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芝居を忘れるほど呼吸がしやすかった「尾道」
― 今作は、“タイムリープ×青春ミステリ”の金字塔である大林宣彦監督『時をかける少女』(1983)へのオマージュを込めて、夏の尾道でオールロケが行われました。
― 松居監督は、シナハン(※)で尾道を訪れた時に「細い坂道が多く、時間が止まったような風情がある」と感じたそうですが、お二人はいかがでしたか?
※……シナリオ作成のために、舞台となる場所や人物などを訪れて調査や取材を行うこと
池田 : 風の純度が高いなと思いました。夏の撮影だったので、風が吹いてくれると一瞬涼しくて、恵みの風だったよね。
倉 : 土地柄に助けられた部分が大きくて。海とか山とか自然がたくさんあって、呼吸がしやすかったし、お芝居もやりやすかったです。あとは、匂いを感じられる地域でした。

― 潮の匂いですか?
倉 : それもあるんですけど、「匂いを感じられる映画」ってあるじゃないですか。それこそ、『夏、至るころ』の撮影も僕はすごくそれを感じて。
― 『夏、至るころ』は、池田さんが初監督を務め、倉さんが映画初主演を務めた作品ですね。
倉 : あの現場で、祖父役のリリー・フランキーさんとお芝居をした時、すごくリラックスできて。いろんな音とか空気とか匂いを、お芝居をしながら感じることができたんです。その感覚を今も大切にしているんですけど、今作の撮影でも、その気持ちを味わいました。
池田 : 本番でお芝居をしていることを忘れられることほどラッキーな体験ってないですよね。尾道で撮影していると、特に母親役の石田ひかりさんとのシーンでは、気を抜きすぎてセリフを忘れそうになるくらいでした。ずっとここで暮らしてきたんじゃないか、って錯覚するぐらいに。
石田さんのお力と、尾道という場所がそうさせてくれたんだと思います。

― 池田さんが演じた美雪の実家は、坂を登った先の見晴らしのいい場所にあり、部屋からは、瀬戸内海に沈んでいく太陽も見えたそうですね。 “ずっとここで暮らしてきた”という感覚になれたことで見えてきた、美雪の人物像はありましたか?
池田 : 「居心地いいのが、居心地悪い」んですよね。
倉 : わかります。
池田 : 私も美雪と一緒で、仕事をするために福岡から上京したんですけど、せっかちな性格になっちゃって。働くうえでは、悪いことではないんですよ。
でも尾道を訪れたら、西日本ということもあって何となく地元に帰ってきたような気分になって。「落ち着くのが怖い」とか「早く東京帰らなきゃ」みたいな、ソワソワした感じが撮影中にありました。それが美雪の気持ちとリンクしていたんです。
― 今作は、小説家である美雪が、高校3年生の夏に転校してきた保彦(阿達慶)との“約束”を果たすため、尾道に帰省するところから始まります。ところが、同級生との再会から想定外のことが立て続けに起こり、このままでは10年越しの約束が果たせないと、美雪は困惑していきますね。

池田 : 映画のモノローグにもあるんですけど、地元に戻るとみんなの優しさがちょっと面倒に感じる、みたいな相反する気持ちってあるじゃないですか。
「やるべきことをやらないと」という緊張感と、懐かしいこの場所をもう少し感じていたいという両方の気持ちが美雪にはあって。尾道にいることで、それを自然と体感することができました。
― 高校時代が描かれる前半のパートでは、転校生の保彦が実は300年後からタイムリープしてきた未来人であること、その秘密を共有しているのは美雪だけであること、という二つの“運命”を軸に、物語が進んでいきます。
池田 : 尾道は造船所も多いので、そこから立ちのぼる煙が海越しに見えるんです。未来からやってきた保彦が、その煙を見て「あそこは内戦が起きてるの?」と危惧する場面があるんですけど、その気持ちも何となくわかるというか。
― 「旅立ち」を感じるような、不思議な場所ですよね。
池田 : 子どもの頃って、海の先では何が起こってるんだろうとか、自分の知らない不思議な世界があるんじゃないかとか、考えることがありますよね。それこそ、未来人とか宇宙人とかに思いを馳せたり。
尾道の景色を眺めてると、そういう甘酸っぱい記憶が一気に蘇ってきて。撮影の合間も「子どもの頃ってこんなこと考えてなかった?」とみんなでよく話してました。セリフだから言おうとしてるんじゃなくて、なんかその感覚がわかる、と自然と発してしまうんです。

― 本作は、脚本の上田誠さんが「自分史上最大のパズル」だと話すほど緻密なギミックが詰まっており、だからこそ松居監督は、撮影の中で“映画の息づかい”が出てくることを大事にしていたそうですね。
池田 : みんなで徒歩で移動するとか、そういう撮影の合間の時間が結構記憶に残ってます。
夜に、同級生同士で2、3人ずつ撮影するシーンもあったじゃん?
倉 : ありましたね。
池田 : 普段だったら椅子に座って待ち時間を過ごすんですけど、今回は人数が多いから、みんなで階段とかに並んで座って待ってて。そばにいる人とも話す時もあれば、一人でいる時もあるし、(橋本)愛ちゃんとくっついてたりもするし、「こういう時間」と定義づけできない時間が、なんかリアルで良かったです。
そういえばえいば、尾道はガソリンの匂いがしないんです。
倉 : ほんとに。湿度はあるんですけど、心地いいんですよね。

これまでに経験したことのない「自分の感情」に触れる
― 未来人の保彦役を演じた阿達さんは今作が映画初出演となりますが、茂が作品上のある“大仕事”を果たすワンカットの撮影を見て、強く感銘を受けたそうですね。倉さんの姿を見て、「一番下っ端の僕がちゃんとやらなきゃ、と強く思いました」とコメントされていました。
倉 : 阿達くん、素晴らしかったですね! 「未来人」でした。
池田 : 保彦は、阿達くんじゃないといけなかった。
倉 : 「保彦」って、みんなで呼んでたんです。
池田 : アドリブで戸惑わせるのが楽しかったりして。松居監督も、あえてカットかけないで阿達くんの反応を見てるシーンもありました。一生懸命、映画づくりのこと、現場のことを理解しようとしている姿も、未来から来た保彦と重なって見えました。
阿達くんを見てると、なんとなく懐かしい気分になった?
倉 : はい、懐かしかったですね。

― 美雪と保彦の青春ラブストーリーから一転、後半になると、いくつもの謎が交錯し、物語は思いもよらない方向へと加速していきます。主人公が次々と入れ替わっていくようなこの群像劇が、本作の見どころでもありますが、クラスメイトを演じるのは、橋本愛さん、前田旺志郎さん、森田想さんなど、実力派の方々ばかりです。
池田 : 信じられないクラスですよね(笑)。松居監督だと、こんな豪華なキャストを1カ月間も尾道に呼べるんだ!っていう。
倉 : 松居マジックですね。
― 同級生たちとの再会の中で、自分に向けられる態度がどこかおかしいことに美雪は気づきますが、クラス全体を巻き込むこの“混乱”の鍵を握るのが、倉さんが演じた茂でしたね。これだけ個性の集まったキャストの中で、展開をリードしていく役を演じるのはいかがでしたか?

倉 : ここまで近い世代が集まると、戦ってるみたいな側面もあるじゃないですか。あまりない経験だったので最初は緊張したし、怖い部分もありましたけど、尾道で1カ月くらい一緒に過ごしてる分、チームとして臨むことができました。
クラス全員が揃う“あのシーン”もすごく大変だったんですけど、周りの人たちに助けてもらいながら、なんとかなんとか、形になったのかなと。でも、もうちょっといけたな、と思ってしまうところもどうしてもあって…。
池田 : ずっと反省してたよね。
倉 : はい(笑)。
池田 : 自分のそういう性格も認めるしかない。
倉 : …はい。
― いま、お二人の現場での会話を覗き見しているようでした。

池田 : ずっと心配してるから(笑)。そういうところが、素敵ですよね。
― 今回の阿達さん同様、倉さんにとっての映画初出演が『夏、至るころ』でした。当時お二人は、監督と役者という関係性でしたが、今回は同級生役として共演されました。
倉 : …はい。ドキドキでした。
― 池田さんのことは、やはり今もどこかで“監督”という感じが…?
倉 : あります、あります。まだ緊張します…。
池田 : 私は、同じ役者として共演ができるということが、ただただ嬉しかったです。海外の作品も含めた多くの現場を経験して、ここ数年で私以上に揉まれてると思うから。尊敬してます。

― 『夏、至るころ』公開当時、池田さんにインタビューした際、印象に残っているのが「役者というのは、演じる時に全部自分を通さないといけないから、初めての感情や知らなかった自分が引き出されることがある。撮影の中で、みんなのその瞬間に立ち会えたことが幸せだった」という言葉で。
池田 : はい。
― あるシーンの撮影後に、「忘れられない不思議な瞬間でした」と倉さんが伝えてくれたことも嬉しかったとおっしゃっていました。
池田 : そうそう。監督をしていて一番の喜びはなんですか、って言われたら、演出する時に、役者が初めて自分も触れたことのない感情の領域に触れて戸惑っている、それを一緒に経験できた、ということなんです。
あの時は、運良くその瞬間を作品に収めることができたし、あれ以上の幸福はないと思いました。
倉 : 覚えてます。かき揚げ丼のシーンですよね。
池田 : かき揚げ丼のね。「一回廊下に来い」の時でしょ(笑)。
― 倉さんが「感情をどう出せばいいのかわからずに時間がかかった」ところですね。池田さんと時間をかけて対話をするうちに役が見えてきて、演じている中で感情が溢れ涙が止まらなくなったと。

池田 : その瞬間に「カメラ回して回して!」って。私、撮影してるカメラの横で「こんな正面にいてごめん!」って思いながら、その場にいる全員で息止めて倉くんのことを見守っていました。いい空間だったよね。
倉 : すごく愛のある空間で。
池田 : みんなが応援してたよ。
― あの現場で経験したことは、倉さんが役者を続ける中でもずっと残っていますか。

倉 : 残ってます。“エピソード0”の原点ですね。映画づくりってこういうことなんだ、って初めて経験した。僕は今でも池田組を背負って生きてるので。
池田 : えー! 嬉しい。
倉 : それはそうです! 最初の現場で主演を任せていただいて、それが本当に心地のいい素敵な現場で、ありがたかったです。「いいもの」を教えてもらったからこそ、それを続けていかなきゃいけないとも思います。戒めじゃないけど、自分の芯として自分の中にドンッとあります。
― 改めて、今回共演されたのは巡り合わせを感じますね。
池田 : そうですね。どちらも、夏の暑い中での撮影だったね。汗かいて演じている倉くんを、いつも現場では見てる(笑)。今回は、特に学校の屋上のシーンがかなり暑そうだったよね。
倉 : あれは暑かったです! 確かに、冬の現場がないですね。
池田 : 今度は、もし機会があるなら「冬の倉くん」も見てみたいですね。

池田エライザ、倉悠貴の「心の一本」の映画
― 最後に、お二人の「心の一本」の映画について教えてください。最近ご覧になった映画の中で、心に残っている作品でも。
池田 : 私、『ソウルフル・ワールド』(2020)が大好きなんです。
― 『ソウルフル・ワールド』は、ジャズ・ミュージシャンを目指す主人公が、地上に生まれる前の“ソウル(魂)”たちが暮らす世界に迷い込んでしまう作品ですね。
池田 : それぞれの宗教観によって見え方は違ってくると思うんですけど、人は、絶対に何かをやり残して死ぬし、後悔もする。でも、そのことをどうしてこんなに容易く忘れるんだろうって。
特に、引きこもりがちでインドアな自分は、あまりにもその事実をすぐに忘れてしまうから、『ソウルフル・ワールド』という拠り所がひとつあると、そのことを思い出しやすくなるんです。純粋にジャズも大好きなので、それがテーマになっているのも楽しくて。ディズニー作品なんだけど、観たことある?
倉 : まだ観たことがないので、観てみます。
― 以前、心の一本をお伺いした時は、「自分のコンディションを確認できる映画」として『カーズ』(2006)を挙げてくださいましたが、ディズニー作品が、池田さんの中でどこか軸として存在しているんですね。
池田 : 変わってないですね、私(笑)。やっぱりこの仕事をしてると、自分と繋がりのある人が関わってることが多いので、アニメなら落ち着いて観れるという面もあって。
あ、でも最近『グランメゾン・パリ』(2024)を観たんですけど、面白かったです。家で、猫たちにもずっと「ボナペティ!」って言ってます(笑)。映画を観ると、影響されすぎちゃうんです。
倉 : 僕は、最近観た中だと『リアル・ペイン 心の旅』(2024)ですね。キーラン・カルキンが素晴らしすぎて、「わー…」ってなりました。これはオスカー獲るな!って。
― 『リアル・ペイン〜心の旅〜』は、かつては兄弟同然に育ち、今は疎遠となっていた従兄弟同士が再会し、亡くなった祖母を偲んで故郷のポーランドを旅する物語です。この作品でキーラン・カルキンは、第97回アカデミー賞の助演男優賞を受賞しました。
倉 : キーラン・カルキンは、この映画で躁鬱の状態を抱えた役を演じていて、時々子どもじみたことを言うんですが、それがすごく核心をついた言葉で。
空港のシーンも素晴らしくて、特に最後の方のシーンがいいんですよ。ぜひ観てください。
池田 : うんうん、観ます。