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信じているからこそイライラしたり、感情をぶつけやすいからこそ言い過ぎてしまったり。相手と親密であるほど、気持ちの伝え方がわからなくなることがあります。
そんな“愛憎渦巻く”夫婦が、旅先での時間を通してお互いに向き合う姿を描いた映画『喜劇 愛妻物語』(2020年9月11日公開)で、水川あさみさんは、売れない脚本家の“超ダメ夫”を支える毒舌の恐妻家・チカを演じています。子どもの前でも言い合いばかり、他人から見たら大人気なくてみっともない二人。それでも、相手に正面から向き合い続ける姿は、夫婦という一番身近な他人同士が、共に人生を歩んでいくことの難しさや面白さを、愛らしく、まさに“喜劇”として見せてくれます。
夫婦や家族も「自分とは違う他人」
それを受け入れて、初めて向き合うことができる
― 「顔も見たくない、死ね!」「クソ馬鹿が〜!」など、水川さん演じるチカから夫へ向けて発せられる言葉は、夫婦という近い関係ならではのセリフの連続でしたね。
水川 : 私のセリフのほとんどが、罵詈雑言という(笑)。あんなに怒ってばかりの役も、そうそうないですよね。でも、脚本を最初に読んだ時からすごく笑えたし、演じていても楽しかったです。
― チカは、観ているこちらも身体に力が入ってしまうほど、全身全霊で超ダメ夫に活を入れる恐妻家でしたが、あそこまで怒りのパワーを出し続けるのは大変だったのではないでしょうか?
水川 : エネルギー切れを起こさないように、リハーサルでは爆発させないで、本番に取っておこうとか、自分で調整してました。でも、監督から「もっと怒ってください!」とかリクエストされることもあって。「本番に取っておいてるんです!」って、濱田さん演じる豪太だけじゃなくて、監督にもイライラしたり(笑)。
― 今作は、足立紳監督ご自身の夫婦生活をベースにした物語ですね。つまり、豪太という超ダメ夫役は、監督自身でもあります(笑)。
水川 : そう! だから、現場に豪太が二人いるみたいな感じなんです(笑)。でも、濱田(岳)さんと夫婦役をやるのは、本当に楽しかった。最高でした。足立監督は、基本的には喧嘩のシーンなども私と濱田さんに任せてくださったんですけど、ひとつアドバイスで面白いなと思ったことがあって。
― どんなアドバイスでしょう?
水川 : 夫婦の日常は、アップダウンの繰返しだから、ずっと同じエネルギーで怒り続けるのも違うんだと。例えば、友人や仕事相手だったら、一度すごく腹が立ってしまうと、なかなか気持ちを切り替えられなくなりますよね。でも夫婦の場合は、感情をぶつけたら多少スッキリして、次の瞬間には普通に会話していることもある。
明日も明後日も一緒に暮らすわけだから、いちいち怒りを引きずっていられないんですよ。感情のアップダウンが日常の中にあるのが、夫婦や家族なんだと監督は言っていて。なるほど、と思いました。
― 出会いからお互いが変化していく中で、それでも人生を共にしているからこそ、感情を伝える調整が難しいという側面もあるかもしれませんね。
水川 : 夫婦って、一番身近にいる他人ですよね。期待や信頼、成功してほしいという願いが、出会った時より変わらず根本にあるから、あれだけぶつけてしまうのかなって。
罵詈雑言も、愛情から来ているんだということは常に意識していました。チカだけは、豪太の脚本の才能を信じていて、そこだけ頑張っていれば他はだめでもいいと、きっと思っている。でも人との関係って、それが大事だと思うんです。
― 人として惚れ込む部分、ということでしょうか?
水川 : そうですね。友人でも仕事で関わる人でも、その人だけが持つ、他の人にはない素敵な部分を見つけて信じること。だめな部分を見るんじゃなくて、「この人のここはどうしようもないけど、この部分は素敵だよね」という。人間関係って、それを相手の中に見つけられるかが大事だと思うし、夫婦の場合は、それがもっと深くて大きいから、こんなに喧嘩していても一緒にいるんだと思います。
― 水川さんは、夫婦や家族だけではなく、友人などでも、長く付き合いのある相手が変わってしまったと感じた時や二人の関係性に変化が生じた時、想いを正直にぶつける方ですか?
水川 : 夫婦であれ友だちであれ、何か違和感を覚えたら本音を言える関係性でいたいなと思います。でも、その伝え方は考えなくちゃいけないと思いますけど。
― 今作のチカのように、直球には…
水川 : あれは無理ですよ(笑)。でも、チカも長年我慢してきてることが多すぎて、どうしてもああなっちゃうんでしょうね。
― 急に爆発したわけではなく、蓄積で…。
水川 : そうそう! 10年という夫婦の関係性や、伝え続けたのに相手が変わらなかった、という怒りの蓄積もありますよね。あんなに頭ごなしに感情的にぶつけたら、普通は跳ね返ってきちゃうと思う。私だったら、もう少し相手に染み渡るように伝えるかな。
― 「染み渡るように」ですか!
水川 : 自分の意見を通したいとか、この考えを変えたくないという時は、特に仕事ではあって。そういう時は、ただ言葉にして伝えるだけじゃなくて、相手に響いているかどうかを大事にします。
― 伝えたことがゴールではない。
水川 : 今私が長く一緒にいる人、例えば、友だちやマネージャーなどは、自分とは全く違うタイプの人が多いと思います。でも、自分と全く同じ価値観で、すべての物事に共感出来る人なんて、そうそういないじゃないですか。家族でさえ、難しいので。私はどんなに親しい人でも“自分と違うことは当たり前”だと思っているかもしれません。
だから、言葉にしただけで自分がスッキリしちゃうと、結局関係性が前に進まないなと思って。“自分とは違う相手”にどう届いて、どう感じ取ってくれたのか。そこまで染み渡って初めて、人との関係をつくっていくスタートラインに立てる。人と付き合うって、そういうことだと思うんですよね。
映画館は、私にとって
まだ観ぬ映画に巡り合わせてくれる「新しい出会いの場所」
― 水川さんと濱田さんのお二人は、行定勲監督の『今度は愛妻家』(2009)という映画から、10年以来の共演でしたね。前回は恋人同士の役を演じていらっしゃいました。
水川 : そうなんです。その恋愛の結末がこれか、と思うと…(笑)。でも、前回も今回もタイトルに“愛妻”というワードが入っていて、しかも濱田さんとの共演で、ものすごく縁を感じました。私のエネルギーを、濱田さんがあの表情ですべて受け止めてくれるので、遠慮なくぶつけることができましたし。でも、正確に言うと、チカの怒りを受け止めるというよりは、ニヤニヤしながら交わしているだけなんですけど(笑)。
― お二人は何度も夫婦を演じているかのような名コンビでしたが、足立監督も、もし『喜劇 愛妻物語』に次回作があるなら、また水川さんと濱田さんに演じてほしい、とインタビューでおっしゃっていますね。
水川 : 現場でも、ドラマ版では濱田さんが参加していた『釣りバカ日誌』シリーズ(1988-2009)みたいに、連作にできればいいね、とみんなで話していました。訪れた土地で、出会った人たちを巻き込んでいくハマちゃん・スーさんコンビみたいに、この夫婦に日本全国を巡ってほしい(笑)。私たちも年齢を重ねて、また今の自分とは違うタイミングで演じたら楽しいだろうなと思います。
― 水川さんにとって、夫婦や家族を描いた映画で心に残っている作品はありますか?
水川 : なんだろう…あ、思いついたのは『ブルーバレンタイン』(2010)ですね。
― あるカップルの出会いから結婚、そして倦怠期から破局までを描いた作品ですね。幸せな頃の記憶を挟みながら愛の終わりを見せていく演出は、“トラウマ級に辛い恋愛映画”と呼ぶ人も多いです。
水川 : あの映画では、最後は愛情が壊れてしまいますけど、結婚や夫婦という関係の中で、人は変化していくんだということを、男性と女性、それぞれの視点から捉えているのが面白いですよね。そういうところは、今回の『喜劇 愛妻物語』にも通じるなと思います。
― 普段、映画をご覧になる時は、ジャンルやテーマ、好きな監督や役者など、どのような基準で観る作品を決めていますか?
水川 : うーん。その時の気分にもよりますけど、でも最近はグザヴィエ・ドラン監督が好きで、新作が公開されると観に行きます。『わたしはロランス』(2012)も好きだったけど、ドラン監督は、演出も人間関係を捉える視点も、あまり他にない切り取り方をする監督だなと思っていて。
― グザヴィエ・ドラン監督は、19歳で監督デビュー後、『わたしはロランス』、『Mommy/マミー』(2014)、『たかが世界の終わり』(2016)、『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』(2018)などの作品を次々と世に送り出し、世界で注目される若手監督の一人ですね。
水川 : 役者さんで映画を観ることはあるかなぁ…私は安藤サクラさんがとても好きで、いつもスクリーンの中にいると目が離せなくなります。『百円の恋』(2014)も、佇まいだけでもう存在感がありましたね。
― 『百円の恋』は、今作『喜劇 愛妻物語』の足立監督が脚本を務めた映画でもあり、2012年に第一回「松田優作賞」の脚本賞グランプリも受賞しています。32歳でニートだった主人公が、ボクシングを始めることで変化していく姿を描いた、ひとりの女性の生き方としても記憶に残る作品でした。
水川 : 生き様としても、すごいですよね。そういえば、最近観た『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)で主演を務めるシアーシャ・ローナンも素敵でした! 『レディ・バード』(2017)でのお芝居もとても良かったですけど、今回も、成功や挫折の中で、女性が力強く生きていく姿に勇気をもらいましたね。
― 映画館でご覧になったんですか?
水川 : はい。久しぶりに行けたこともあって、映画館で映画を観る、という体験は改めて素敵だなと思いました。知らない人同士が集まって、ああやって暗闇の中でひとつの作品を観るのは、やはりすごく特別なことですよね。
私は、好きな映画を繰り返し何度も観るということがほとんどなくて、どちらかというと、まだ自分が知らない映画をたくさん観たいというタイプで。だから、私にとって映画館は、ワクワクする新しい出会いの場所でもあるんです。