PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の大切な映画があれば…人と映画の物語
女も男も、不必要にニコニコしなくていい。だってそれは芯の強さの表れなのだから

黒沢清監督 インタビュー

女も男も、不必要にニコニコしなくていい。だってそれは芯の強さの表れなのだから

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旅番組の撮影クルーが訪れた未知の国、ウズベキスタン。しかもクルーのメンバーは男性ばかりで、女性はたったひとり。そんな完全アウェーな世界に放り込まれた女性の主人公を、この物語は淡々と追い続ける。その先には、何があるのか?

黒沢清監督の最新作『旅のおわり世界のはじまり』(2019年6月14日公開)は、そんなにっちもさっちもいかないシチュエーションに陥った前田敦子さん演じる女性レポーター・葉子に、全編を通してカメラを向け続けます。

なかなかうまくいかない収録現場で、懸命に仕事をこなしながらも、ときに見知らぬ街で迷子になり、ときに夢と現実が交差する不思議な体験をし、そして、ある驚きの場所で高らかに愛の歌を歌い上げる。

日本に住んでいると、ウズベキスタンがどんな国なのか、イメージできる人は少ないかもしれません。前知識も何もない、言語も文化もちがう国に、女性たったひとりで放り込まれても、前に進み、異国の人との出会いの中で変化していく葉子。

そんな主人公に、黒沢監督はどんな想いを投影したのでしょうか? 女性だから男性だからではない、人としての芯の強さ。社会の常識という目線ではなく、魅力を感じてしまう人とは。さまざまなお話を伺いました。

不必要にニコニコしなくていい。だってそれは芯の強さの現れなのだから

“芯の強さ”がある人が好き。
でも表現すると、とっつきづらい人物になるんですよね。

葉子を演じた前田敦子さんがあるインタビューで、葉子のことを「すごくとっつきづらい女の子」だとおっしゃっていました。とっつきづらいキャラクターがお好きなのでしょうか?

黒沢好きかどうかと言われると…普段の生活で言うなら、正直とっつきづらいのは困りますよね(笑)。

役柄の“芯の強さ”を表現するために、俳優さんには、「絶対に愛想笑いはしないでください」と言うことがあります。「納得いかなければ納得いかない顔を、自信がなければそのままの顔をしてください」と。僕の作品の登場人物は、周りの雰囲気に一切流されず、人と安易に妥協しようとしない。というと、まあ、どこか自然に無愛想な人になり、とっつきづらい感じを与えるんでしょうね。

“とっつきづらい”というのは、芯の強さの表れだったんですね。

黒沢僕の作品では、男女問わず、たとえ年齢が若かったとしても、周りが認めてくれなくても、信念や確信を頑なに持っている人が主人公になることが多いです。もちろん揺れることもあるわけですが、自分は「これだ!」という芯の強さを持っている。

それは、なぜなのでしょうか。

黒沢僕の理想が投影されていると思います、特に主役については「こんな人がいたらいいな」「こんな人になりたいな」という。主人公となる人物に、僕自身が共感したいからなんでしょう。仮に社会的にはとんでもない悪人だとしても、やはりそこに魅力があって「この人はこの人で、他にはない素晴らしい面がある」というような描き方をしたいと思うんです。

不必要にニコニコしなくていい。だってそれは芯の強さの現れなのだから

最新作『旅のおわり世界のはじまり』の主人公・葉子についてはどうですか?

黒沢葉子は海外で、よせばいいのにバザールに行って、帰り道「しまった!」と方向がわからなくなってしまったり、言葉が通じないから人に聞けない、どうしよう…となったり。でも、ビクビクしながら失敗しながらも、何とかして自分の力でその場を乗り越えていく。まあ、食べるものを買いに行ってホテルに戻ってくるという、ささやかなことなんですけどね。

その姿には、僕の理想が反映されています。僕は葉子のように大胆にはなれません。通訳の方に同行をお願いして、安全策をとってしまいます。本当は、人に頼らず自力で異国を周ってみたいんですが。

今作は、全編を通して主人公・葉子にカメラが向け続けられていました。作品を通して、たったひとりの人物を徹頭徹尾追い続けたのはなぜでしょう?

黒沢前々から“たったひとりの主人公だけを追いかけて、それ以外は描写しない”という作品を、いつかやってみたいという思いがありまして。そういう映画は世界中に多くありますが、僕が通常やっていますエンタテインメントといいますか、ジャンル映画(ジャンル分けが容易にできる、娯楽志向の強い映画の総称)になりますと、夫婦であったり刑事と犯人であったり、そういう関係性の中で展開をつくることが多かったので、“たったひとり”というのをやろうとしてもなかなかできなかったんです。

そんな中、本作はジャンル映画とは少し違って、“ウズベキスタンで撮る”ということだけ決まっていて、あとは自由に考えはじめました。

今作は、日本とウズベキスタンの国交樹立25周年と、終戦直後に日本人捕虜が建設に関わったナボイ劇場(首都タシケントにあるオペラハウス)が、完成70周年を記念して行われたプロジェクトということですね。

黒沢プロデューサーも「好きにやって」ということでしたので、ようやく実験的に、こういう形式を試みることができたという感じですかね。

提示された条件は「ウズベキスタン撮影」「劇中にナボイ劇場を登場させること」の2つだったと。ウズベキスタンから「一度、現地を訪れませんか?」という提案があったそうですが、それはされなかったそうですね。

“不必要にニコニコしなくていい。だってそれは芯の強さの現れなのだから
©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

黒沢初めて訪れる人の目線で脚本を書きたかったんです。だから主人公も、初めて仕事でウズベキスタンという国を訪れる女性という設定にしました。

たったひとりで異郷に放り込まれ、戸惑い、怯えながらも前に進んでいく葉子の孤独感を体現できる役者として、前田敦子さんを早い段階からイメージされていたと伺っています。

黒沢普段脚本を書くとき、僕はほとんどの場合、俳優は誰でとは考えません。そればかりか、年齢設定もかなり幅広く、物語によっては男女どちらでもいいぐらいなときもあります。それは誰かをイメージして書いたことで、もしその方と違う俳優がキャスティングされたとき、「何か違う…」と思うことがないようにです。

ただ今回は例外というか、早い段階から「前田さんが出てくれれば嬉しいなぁ、でも…ああいけないいけない。出たいといってくれるかどうかもわからないんだから……」と思いつつ、それでも彼女をかなり想定していましたね。若手のレポーターとして押し付けられるいろいろな無理難題をがんばってこなすとか、前田さんにぴったりじゃないかと。

前田さん演じる葉子と同行する撮影クルーのスタッフは、約束通りにいかない異国でのロケで苛立ちを募らせ、葉子を無遠慮な言葉で追い詰めます。スタッフ役で出演した加瀬亮さんと染谷将太さんは、自身の役割を「葉子を独りぼっちにさせる」存在とインタビューで語っていたのが印象的でした。

黒沢たぶんですが、ウズベキスタンなる未知の国は、どちらかといえば男性が優位な社会なのではなかろうかと考えました。そういう中にひとり放り込まれたとき、たとえそこで特に何も起こらないとしても、より緊張したり不安になったりするのは女性、しかも若い女性だろうと思ったんです。

不必要にニコニコしなくていい。だってそれは芯の強さの現れなのだから

リプリーにナウシカ。
「こんな人になりたいな」と思う憧れに、性別は関係ない。

先ほど黒沢監督は、女性でも男性でも登場人物に自身の理想を反映されているとおっしゃられていました。

黒沢かつてVシネマ(レンタルビデオ専用の映画の総称。内容はヤクザ物などが多い)を撮っていたときは、必然的に男が主役のものが多かったんですが、それ以降は男女均等で、近年は女性主人公のものも多く撮っていますね。でもそれは、何かを意図してのことではなく、たまたまだろうと思います。

キャラクターの性差は、人物同士の関係性上では必要であったとしても、そこまで重要なところではないと。

黒沢僕は物語上、主演が男であれ女であれ、分け隔てなくやっているつもりです。ただ言葉遣いというものは難しく、日本語ですと“女性らしい言葉”“男性らしい言葉”というのがあるので、男女でかなりセリフが違いますよね。僕としてはそこに差をつけたくないんですが、まあそうせざるをえない…でも何でそうしなきゃならないのだろうかと。ですから、これをどこまで女性言葉に、男性言葉にしていくかということは、いつもすごく気になります

“不必要にニコニコしなくていい。だってそれは芯の強さの現れなのだから
©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

具体的にいうと、どういう言葉でしょうか。

黒沢男性の場合、一人称は「俺」「僕」「自分」など色々あって、登場人物によって「こいつは、どれを使うのか…」と、ものすごく悩みます。しかし、女性は「私」で統一できるのでとても嬉しいです。

脚本にも漢字でそう書くのですが、ときどきそれを現場で「あたし」と読む方がいて、「“あたし”ではなく“わたし”と言ってください」と訂正することがあります。「あたし」では、ちょっと女性っぽすぎるような気がするんですよ。

なるほど。

黒沢中性的というのもヘンですけど、あまり露骨に女性っぽくならないようなセリフというものを、けっこう細かく気にしてはいますね。まあこれは、男性に関しても同じことが言えるわけですが。極力、いわゆる男性的ではない言葉にしたいという。

フランスでは男女でセリフの違いはないと言うんですよ。「でも少しくらいはあるでしょう?」と向こうの人に聞いても「いや、まったくない」と気持ちのいいくらいに。ですから、脚本を読んだだけでは、男のセリフか女のセリフかまったくわからないそうなんです。これ、本当にうらやましいと思います。

そうなんですね!

黒沢僕は昔から、男同士だから何かわかりあっているとか、女同士じゃないとわからないとかいう感覚がよくわからないんです。現実問題、僕は男ですけど、男でもわけのわかんない人、さっぱり話が通じない人はいっぱいいますし、すごく話が通じて、価値観も似ている女性もいますから。

仕事の現場でも、むしろ話が通じない男をどう説得するかっていう方がたいへんな作業になっていたりしますよ(笑)。たとえば「性差というより、その前にある“個人”が面白いわけですからね」と言ったとき、その意味が全然わからないという男性を説得する方が大変ですよね。

不必要にニコニコしなくていい。だってそれは芯の強さの現れなのだから

今作の主人公・葉子が女性ということで、映画に出てくるお好きな女性キャラクターがいれば、お聞きしてみたいのですが。

黒沢周りから孤立しつつも自分の意志を貫く、という意味で僕が感情移入できたのは、シガニー・ウィーバーが演じた『エイリアン』(1979年)のリプリーですかね。1作目の方です。2作目以降は徹底的にマッチョな人になってしまうので違うのですが。男女関係なく、賢くて、周りから孤立しつつも自分の意志を貫き、最終的にはエイリアンと対決して逃げ延びるという。

リプリーはラストで宇宙船を爆破して逃げるとき、愛猫を置いて来たことに気づいてもう一度来た道を戻るんです。これ、主人公は男性だったらふつうは戻らせないと思います。でもリプリーは、逃げられるんだけれどあえて戻る。そのシーンでのみ女性性を漂わせるのが素晴らしくて、ほんとに感動しましたよ。だからといって、シガニー・ウィーバーのファンになったというわけではないんですけど。

あくまで『エイリアン』のリプリーに熱狂したんですね。

黒沢ええ、中学ぐらいになると周りは「この人がいい」「あの人がいい」とみんな騒ぐじゃないですか。でも僕はその頃から全然興味がなかったですね。あ、でもハリウッド映画の男性スターなら大ファンになった人はけっこういます。

なぜかと思うと、おそらくですが僕は「自分は無理かもしれないけれど、こうありたいな」という自分の憧れを、映画の主人公に見ているので、そうなると男である自分の憧れは、どうしても男であることが多くなってしまうということではないでしょうか。もちろん僕が憧れる要素をもった女性キャラクターもいて、その一例がリプリーだった。

リプリー以外にも、お好きな女性の登場人物はいますか。

黒沢ちょっと待ってくださいね…誰がいるだろう…古いアメリカ映画ですが、イングリッド・バーグマンが演じた『ジャンヌ・ダーク』(1948年)。歴史上の人物としてのジャンヌ・ダルクをまだよく知らなかった中学生のときに見たものですから、バーグマンがジャンヌのイメージに完全に重なって、「かっこいい!」とすごく熱中しました。あとは『風の谷のナウシカ』(1984年)のナウシカとか。って、みんな同じパターンですね(笑)。……ああ、自分で言いながら恥ずかしくなってきた。

(笑)。みんな、芯の強さのあるキャラクターですね。

黒沢いずれも男がいてどうこうするというのではなく、誰に何を言われようが、たったひとりで責任を持ち、目の前にある問題を解決して乗り越えていく人たち。だから、ラブストーリーに登場するヒロインはいいなと思うものの、熱狂はしません。僕は男女問わずそういう人物像に憧れているんですが、それが女性であるととりわけ感動するようですね。

不必要にニコニコしなくていい。だってそれは芯の強さの現れなのだから
PROFILE
監督
黒沢清
Kiyoshi Kurosawa
1955年生まれ、兵庫県出身。大学在学中から8ミリ映画を撮りはじめ、1983年、『神田川淫乱戦争』で商業映画監督デビューを果たす。1997年には『CURE』で世界的な名声を得、以後、『ニンゲン合格』(99)、『カリスマ』(00)、『回路』(01)、『アカルイミライ』(03)、『トウキョウソナタ』(08)などを発表、国内外で高く評価される。2015年には『岸辺の旅』で第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞。その後も『クリーピー偽りの隣人』(16)、フランス・ベルギー・日本の合作映画『ダゲレオタイプの女』(16)、『散歩する侵略者』(17)、ドラマ『予兆 散歩する侵略者』(17)と話題作をコンスタントに送り出し今に至る。※( )内は公開年
INFORMATION
『旅のおわり世界のはじまり』
監督・脚本:黒沢清
出演:前田敦子、加瀬 亮、染谷将太、柄本時生、アディズ・ラジャボフ
配給:東京テアトル
6月14日(金)より公開中
©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO
巨大な湖に棲む“幻の怪魚”を探すため、旅番組のクルーとともにウズベキスタンを訪れたレポーターの葉子。本当にやりたいことを胸に秘めながらも懸命に目の前の仕事をこなす葉子は、ある日、この異国の地で不思議な体験をし……。ウズベキスタンに1か月滞在し、劇中のクルーさながらの撮影を経て完成させた、ひとりの女性が一歩踏み出すまでを追う黒沢清監督最新作。
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