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誰にも知られたくない、奥底にある感情のしこり
― 今作で皆さんは、中高一貫の私立女子高校に通うクラスメイトを演じていらっしゃいました。撮影当時、高校在学中、もしくは卒業したばかりの時期でしたが、制服を着て、学校の中にいることで、呼び起こされた記憶や感情はありましたでしょうか?
當真 : 当時、私は高校3年生だったんですけど、通っていた学校が私服通学もOKだったので、あまり学校っぽくない雰囲気があったんです。だから、撮影現場で制服を着て学校にいることは、どこかすでに「懐かしい」感覚がありました。
中島 : 私も、私服通学が許されていたので、ほとんど私服で通っていたんです。撮影当時は高校を卒業していたこともあって、「制服を着るのは久しぶりだな」と思いながら現場にいましたね。

南 : 私の学校は制服通学だったんですけど、あんまりかわいいデザインじゃなくて(笑)。衣装の制服がすごくかわいかったので、「こんな制服を着て登校したかったな」と思っていました。
― 最近では生徒の個性を尊重する傾向で、私服通学が可能な学校も増えてきているそうですね。一方で制服には、その空間をより「学校」と意味づける効果もありますよね。
平澤 : 当時、私は高校1年生だったので、まさに「いま」という感覚で撮影現場にいたんですけど、同じ制服を着ることで不思議と「仲間意識が出てくる」というか、みんなと「同じ時間・空間を過ごしてきた」という感覚になるんですよね。
― 今作では、誰かに憧れて劣等感を抱いたり、自分のコンプレックスを指摘されて傷ついてしまったり、高校生たちの揺れ動く心情が丁寧に描かれていました。當真さんが演じた希代子の、「今とは違う世界に飛び込みたい」と願いながらも、周りに合わせて一歩踏みとどまってしまう姿は、多くの人が持つ思春期の記憶と重なる部分があるのではないかと思います。

― そんな希代子は、大人びた雰囲気を纏い、学校でも孤高の存在である朱里(中島セナ)に憧れ、仲良くなっていきます。学校に行く朝、彼女から「学校をサボって江ノ島に行こう」と誘われ、一緒に電車に飛び乗る場面は、二人の関係性に大きな変化が起こるひとつの分岐点でもあったと思うのですが、皆さんには希代子の葛藤や行動がどう映りましたか?
平澤 : 私は学校をサボって朱里と一緒に行っちゃうなと思いました。自分の惹かれる新しい世界があったら、飛び込んでしまうと思います。周りの目も気になるけど、見たことないものを見たい、という気持ちの方が上回るかも。

― 希代子は、朱里と一緒に電車に飛び乗りますが、途中で不安になり、「やっぱり学校に行く」と言って引き返しますね。
平澤 : あそこで「行かない」という選択肢を取ったところに希代子らしさが出ているし、誘い出した朱里には強さが見えますよね。二人の性格がよく表れているあのシーンは、私もすごく好きです。

當真 : 私は、性格は希代子に似ていると思うんですけど、「まぁ、なんとかなるか」という思考の持ち主でもあるので、朱里と一緒に江ノ島に行っちゃうと思います。

當真 : 最近は特に「思い立ったらすぐ行動したい」という思いが強いので、楽しそうだなと自分が惹かれることがあったら、迷わずそちらに進むと思います。
熱しやすく冷めやすいタイプでもあるので、「興味を惹かれたその瞬間に飛び込まないと、もう一生その世界に出会うことはないかも」という思いもあって。
― 中島さんは、役柄では「新しい世界へと誘う側」でしたが。
中島 : 私だったら、どうだろう。一緒に行かない…かもしれないです。
當真 : へぇ、そうなんだ。
中島 : 「人から誘われて」ではなく、「自分の意志で」行きたいです。自分で決めたい(笑)。

南 : 私もセナちゃんと一緒で、自分で決めたいかも。自分が「今海に行きたい」と思ったら行くけど、「今日はあんまりだるくないかも」と思ったら、学校に行く(笑)。
平澤 : (笑)
南 : あの時の希代子は、「朱里と一緒に過ごすこと」への興味の方が、本当は「学校に行くこと」よりも勝っていて。でも、だんだん不安になってきて、途中で引き返した。
その選択を見て、私は希代子とは違うんだなと思いました。

― 希代子と朱里は次第に仲良くなっていきますが、あの時、土壇場で引き返して一緒に江ノ島に行かなかったことが、二人の間に小さなしこりとして残っていきます。そして、夏休みのある日、希代子は朱里の家で、あの時の自分を批判する内容が書かれた朱里のノートを見つけてしまいますね。
當真 : あのノートを読むシーンは、「見てはいけないものを見る」という後ろめたさや罪悪感もあるけど、「読むのが止められなくなってしまう」という複雑な心情を表した場面で。朱里に対する怒りもあるけど、自分自身もコンプレックスに思っていたような、痛いところを突かれた気持ちも希代子にはあったと思います。
ひとつの感情だけじゃない、いろいろごちゃごちゃな矛盾した気持ちを抱えていて。それを自分でどう処理したらいいのかわからない、あの年齢ならではの心の揺れを考えながら演じていました。

― 希代子は思わずノートを持ち帰ってしまいますが、そこには他のクラスメイトに対する朱里の本音も、たくさん綴られていました。
平澤 : あのノート、読みました…?
南 : 読みました!
平澤 : 私も、映画の中でそういうシーンはなかったんですけど、現場で準備されてるのをたまたま見ちゃって。先生やクラスメイトのことが、すごく細かく書かれているんですよね。みんなの小さなコンプレックスとかも、びっしり綴られていて。
撮影時は、役が自分の中に強く入っていたこともあって、見ただけで傷ついちゃって。これ以上は読んではいけない、と強く思ったのを覚えています。
南 : 私が演じた恭子も、結構ひどいことが書かれていた…(笑)。
平澤 : ひどかった!
南 : なってそうで怖かったもん。あり得るなって。
― 南さんが演じた恭子は、クラスのリーダーとしてみんなからも一目置かれる存在でしたが、次第に特別視されていく朱里のことを、意識していきますね。作品では、朱里がノートに恭子について綴っていた内容も明かされます。

南 : 「朱里の視点から見た恭子」が、「確かにそうかも…」って腑に落ちる部分もあって。だから逆に、他の子がどんなことを書かれてるのか、もっと見たくなりました。自分と同じように酷いこと書かれていて欲しい!って。
中島 : あー(笑)。
― 希代子のことを“意気地なし”と批判するなど、朱里が書いていた言葉には、本人が密かに抱えるコンプレックスを指摘してくるような、的確な眼差しもありました。だからこそ、書かれた本人は堪えますよね。
當真 : パッと見ると悪口だけど、よく読むと正論が書かれている感じもあるんですよね。
平澤 : ちょっとユーモアもあるんだよね。むかつくけど…ちょっと面白い、なんでだよ!みたいな(笑)。
南 : そう。自分が自分に対して思っていたことを人に指摘されるから、余計に痛いんだと思いました。

「傷ついた自分」や「孤独」を認めることで、見えてきた景色
― 吉田浩太監督は本作について、「感受性が傷ついて、そこから起こる感情みたいなものに興味がありますし、それはすごく自分の描きたいところです」とコメントされていました。
當真 : 吉田監督は、撮影の後に「どうでしたか?」とよく問いかけてくださいました。
― 皆さん自身が、役柄を通して“傷”を体験することでの感情の変化や反応を吉田監督は確認されていたのですね。
當真 : 撮影の前、吉田監督から「當真さんの普段のままで、日常の延長線みたいな感じで撮りたい」というお話をいただいたんです。だから、「役を作る」というよりは、自分の希代子に似ている部分を最大限に、自然に出せるようにしていました。
でも、例えば誰かが傷つくような行動を希代子が故意にするシーンでは、演じてみて「そんな自分が嫌になってくる」というより、「自分だったら、この行動をどう感じるかな」ということに目を向けていたように思います。

― 希代子を演じている自分を俯瞰で見て、その自分がどう感じているかを考えていたんですね。
當真 : はい。
― 朱里は、希代子から距離を取られ、クラスの中で孤立していきます。「学校の中でひとりになったり」、「希代子と対峙したり」という場面で、中島さんはどんな感情や感覚がありましたか?
中島 : そうですね。撮影現場で実際に人と向き合ってみると、台本にはない絶妙な間が生まれたりするので、「今こんなこと考えてるのかな」と、相手の気持ちが自然と伝わってきました。
クラスメイトが仲良くしている教室に私ひとりで入っていくシーンでは、みんなからの焼き付くような視線を身体で感じましたし、台本で読んでいた時以上に、実感としてくるものがありました。

南 : うん。台本を読んでいた時は、朱里のノートのことを知っても、「こういう悪口を書かれるんだ」とちょっと笑っちゃったんです。確かに恭子って、こんなところあるかもって思ったし。
でも、実際にあのノートを開いて読んだら、想像以上に痛みを感じました。見透かされている、ということも屈辱だったし、攻撃力が高かったですね。
― 平澤さんが演じた奈津子は、希代子と中学からの友だちでしたが、朱里が現れたことで、次第にひとりになっていってしまう役柄でしたね。
平澤 : 「友だちを取られちゃう」みたいなことって、学生時代って意外とありますよね。友だちが先輩や後輩と一緒にいると、自分はその中に入っていけなかったりして。そういう誰にぶつけていいのかわからない切なさみたいなものが、現場にいる時は自分の中にずっとありました。
― 平澤さんは、奈津子の役に対して、「撮影中に言葉が詰まる時や、休憩中に涙が出てくる時があるほど、強く共感しました」とコメントされていましたね。
平澤 : 共演者の皆さんとは同世代ということもあって、ワイワイと過ごすことが多かったんですけど、無意識に「私はあの輪の中にいるのは違うんだろうな」と思ってしまって、自然と現場でひとりでいることもありました。休憩時間も、教室の端っこにいたりとか。
私は一番年下だし、みんなと楽しくいようと考えていたので、そういう自分が出てくるのが意外でした。
― 劇中に描かれているように、自分の心を守ろうとして誰かを傷つけてしまうという経験は、誰しも身に覚えがあることだと思います。その上で、人間関係の中で傷ついた時、どのようにリカバリーして前に進むかというのは、10代の頃に限らず、ひとつの課題だなと感じました。

中島 : 私は、作品全体を通して、“わかりあえなくて当たり前”という考えを持つことは大事だなと思ったんです。そのうえで、仲良くするのかしないのかは自由だし。客観性を持って、“わからない”ということを前提に相手と接するのは、すごく大切なことなんだな、と。
それは以前から感じていた部分だったんですけど、この映画に携わったことで、再確認できました。
平澤 : 私は、今回の役を通して過去の自分を救ってあげられたな、と思うことが多かったんです。小学校の時はコンプレックスがすごく多くて、周りの目を気にすることばかりだったんですけど、「他人は他人」という考え方を、この作品を通して私もひとつ得ることができたと思います。

平澤 : 友だちとか家族という関係性はあっても、自分ではないから、そこの価値観に自分の軸を揺らすことはないなと思って。そう考えると、自分のことも、周りのことも客観的に見られるようになりました。
― 自他の境界線を引くことができると、他人をありのまま受け入れることができ、自分の心を守ることにも繋がるような気がします。
南 : 私が演じた恭子は、周りから先入観を持たれやすい人物だったけど、同時に、他人のこともそういう視点で見てしまう。「あの子は地味だから、付き合うと自分もそう見られてしまう」とか、友だち付き合いの中で、メリットやデメリットをどこかで考えてしまっていたり。
そんな恭子を通して、私も無意識にそういう面があったのではないか、と考えさせられました。人と仲良くなることに定義なんてないのに。「この子は優しいから好き」とか、「こういう面があるから一緒にいたい」とか…。どこか他人事に思えなかったですね。
― 今作を通して、過去の自分自身を俯瞰するようになったのでしょうか。

南 : そうですね。私は好き嫌いがはっきりしていて、突発的にものを言ったりしてしまう部分もあるので、言葉足らずで誤解されることもあるんですよね。そんな自分を振り返るきっかけにもなりました。発言に対して繊細になるということは、自分にとっても相手にとっても、大事だなと思います。
當真 : 私は、リカバリーという意味では、自分が傷つきそうな予感がすると、その前に回避するタイプなので、深く傷ついたなという経験があまりないんです。傷つく前に、すっと距離を取っちゃう。
南 : そうなんだ。
當真 : 考えてみると、今、私が仲良よくさせてもらっている人たちも、「学校の友だち」ではないけれど、こんなに深く仲良くなれるんだなと思うし。学校から一歩外に出てみると、「学校ってほんとに一時的な場所だったんだな」と実感します。たとえ学校で辛い経験があっても、3年間我慢すれば次の新しい世界に行けちゃう。そう捉えると、少し気楽になれるのかなって。
だから将来、「そんなこともあったね」ってなんでも笑えるような、強い大人になれるんじゃないかなと思ってます(笑)。

當真あみ、中島セナ、平澤宏々路、南琴奈の「心の一本」の映画
― 最後に、皆さんの「心の一本」の映画についてお聞きしたいのですが、何度も繰り返し観ているお好きな映画や、最近観て心に残っている映画などありましたら教えてください。
當真 : 昔から繰り返し観ているのは、スタジオジブリの作品です。『となりのトトロ』(1988)とか『天空の城ラピュタ』(1986)、あとは『風の谷のナウシカ』(1984)。…たまに『千と千尋の神隠し』(2001)も!
一同 : (笑)
當真 : もう何回目なのかわからないくらい観てるんですけど、小さい時の懐かしさを求める気持ちもあるし、大きくなればなるほど、作品が描いているテーマや、現実に訴えかけていることが見えてくるというか。年を重ねるごとに、より一層楽しめる映画だなと思っています。
平澤 : 私は『レオン』(1994)がそうですね。もう何回観たのかわからないぐらい。
― 家族を殺された少女と一流の殺し屋である男の、奇妙な共同生活と復讐劇を描いた作品ですね。孤独な少女をナタリー・ポートマン、殺し屋の男をジャン・レノが演じています。
平澤 : 主演のお二人の、自然体なのに強く見える存在感が大好きです。お互いが抱えている傷とか繊細なところが、画面を通して伝わってきて、初めて観た時から魅了されました。内容も覚えているのに何度も観ちゃうんですよね。私の中ではすごく大切な一本です。
中島 : 繰り返し観るのは、私もスタジオジブリの作品なんですけど、最近観て心に残った映画でいうと、『コンスタンティン』(2005)です。
― 『コンスタンティン』は、特殊能力によって超常現象が見えてしまう主人公の男の活躍を描いた、アクション映画ですね。
中島 : つい先日観ました。物語も面白いんですけど、主人公の、いい感じに力が抜けたやさぐれ感とか、ドライでさらっとしている部分が好きでした。映画全体のトーンや、黒スーツ姿もかっこよくて印象に残ってます。
南 : 私は、9月のリバイバル上映で観た、『リンダリンダリンダ』(2005)が心に残ってます。私がまだ生まれる前に公開された作品なんですが、映画好きの友だち数人からおすすめされてたんです。でも、「せっかく観るなら映画館で」と思っていたら、ちょうどリバイバル上映が決まって!
念願叶って、友だちと一緒に映画館で観ることができたんですけど、期待を遥かに超える最高な映画でした。
― 文化祭のステージを目指し、急遽バンドを結成することになった女子高生4人の青春の日々を描いた作品ですね。偶然にも、『終点のあの子』と同じ女子高生の物語ですね。
南 : そうなんです。同じ「女子高生が出てくる映画」でも、こんなに違うんだって思いました(笑)。








