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「悪気がなかった」は免罪符にならない。 自分の想像が及ばないことを、表現するために

志尊淳×若林佑真 インタビュー 【前編】

「悪気がなかった」は免罪符にならない。 自分の想像が及ばないことを、表現するために

Sponsored by 『52ヘルツのクジラたち』
「悪気がなかった」を言い訳に、他人を傷つけてしまうことはしたくない。「何が相手を傷つけるのか」を知りたい時、 “声なき叫び”を持つ人たちをも可視化、可聴化できる映画は、手がかりのひとつになるのかもしれません。だからこそ、誤った偏見を生むことなく、当事者にとって嘘のない形で表現することが今求められています。
2021年の本屋大賞に輝いた、町田そのこのベストセラーを映画化した『52ヘルツのクジラたち』。トランスジェンダーの人たちを取り巻く差別、ヤングケアラーやネグレクトなどの社会が抱える問題など、今作では他者からの抑圧や偏見に苦しむ人々が、人生の荒波の中でも、人と人は繋がり、寄り添い合うことができるのだと、強く信じる姿が描かれています。
今作で主人公に寄り添うトランスジェンダー男性の塾講師・岡田安吾おかだあんごを演じた志尊淳さんと、トランスジェンダーの表現をめぐる監修そして出演者として参加した若林佑真さんに、脚本の段階から撮影中に至るまで、二人三脚で役をつくりあげたというその過程と、観る人すべてに“居場所がある”映画のあり方について、お話を伺いました。
志尊淳×若林佑真 インタビュー

二人で「アンさん」をつくりあげていく

志尊さんは今作で、岡田安吾おかだあんごというトランスジェンダー男性(※出生時に割り当てられた性別が女性で、性自認が男性の人)の役を演じていますが、オファーを受けた当時の思いについて、「自分が演じることで、当事者の方々を傷つけたり、ステレオタイプを助長したりすることにならないか不安でした」とコメントされていました。

志尊はい。実は、お話をいただいた当初は、どうして僕にオファーをくれたんだろう、と逡巡があったんです。「過去に、ゲイの役やトランスジェンダー女性の役を演じたことがあるから、志尊君ならできるだろう」という理由だけなら、引き受けることはできないと思いました。

志尊さんは、過去に連続テレビ小説『半分、青い。』(2018)でゲイの青年役を、ドラマ『女子的生活』(2018)ではトランスジェンダー女性の役を演じていらっしゃいました。

志尊淳×若林佑真 インタビュー

志尊当事者じゃない自分がどれほど役に寄り添えるか、この作品と共にしたいと感じられるかがまず大事だと思ったんです。だから、監督とプロデューサーさんにお会いしたいと伝えしました。

「なぜ自分が演じるのか」を直接問われたんですね。

志尊その時、成島出監督から「脚本に関する率直な意見を言ってほしい」と言われたので、全部正直に伝えたら、「僕も同じ気持ちです。ここから改良していくつもりだから、今の段階の脚本が全てだと思って欲しくない」と言ってくださって。「自分も勉強中で、こういうことを考えている」という話もしてくださったんです。

覚悟を聞いて、僕も責任を持って役に向き合おうと決断することができました。「ここから一緒につくっていきましょう」と。

“スタッフとキャスト全員でここから一緒につくっていく”という思いを共有することができたと。

若林うんうん、そうでした。

若林さんは、今作に 「トランスジェンダー監修」(※脚本の段階から、トランスジェンダーに関するセリフや所作などの表現を監修)として参加されています。どのような経緯で参加されたのでしょうか?

若林最初は「一度取材をさせてください」と、所属事務所に連絡が来たんです。「登場人物のひとりがトランスジェンダー男性なので、当事者としてお話を聞かせてください」と。

原作を読んだ状態でお話させていただいたんですが、後日、改めて脚本を送っていただいたのでまた感想をお伝えしたら、「正式な監修として作品に入ってもらえませんか」と依頼をいただきました。

志尊淳×若林佑真 インタビュー

志尊伝えた感想が、的を得てたんだろうね。

若林わー、それだったら嬉しいんだけど。

志尊多分佑真君は、作品におけるトランスジェンダー男性の描かれ方が、社会にどのような影響をもたらすか、という視点で脚本を読んだのではないかなと思うんです。

若林それもありましたね。トランス男性が登場する作品というのは、世界的にも少ないんです。

トランスジェンダー女性(※出生時に割り当てられた性別が男性で、性自認が女性の人)を描いた作品の方が多い、ということでしょうか?

若林そもそもトランスジェンダーを描く作品自体少ないですが、描かれるとしたらトランス女性の方が多いと思います。だからこそ、トランス男性が登場する作品に自分が関わって、誤った偏見を助長しないよう、最大限大事に届けたいなと思いました。

でも最終的には、志尊君に会って決めました。これ本当のことなんですけど、実際に会って「この仕事を受けよう」と思ったんです。

志尊一緒にバーに行ったじゃん? あの時? 佑真君が、トランスジェンダー男性の友だちを何人か呼んでくれて、いろんなお話を聞いたんです。

若林そう、会ってお話して、「なんて素敵な人なんだ!」と思って。考えの層に厚みがある方だなと。それで、一緒にやりたいと思ったので、正式に引き受ける返事をしました。

52ヘルツのクジラたち
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

志尊さんが演じた岡田安吾は、複雑な家族関係の中で苦しんでいた主人公・三島貴瑚みしまきこ(杉咲花)と出会い、彼女の幸せを祈りながら、近くで支え続ける人物でした。お互いに「アンさん」「キナコ」と呼び合いながら、貴瑚の心の拠り所になっていく存在でしたが、お二人でどのようにアンさんという人物をつくりあげていったのでしょうか?

志尊撮影に入る前に、キャストが揃って行われる脚本の本読みというのがあるんですけど、その時までは、佑真君と話す機会もそんなになくて。

若林コミュニケーションをとってなかったよね。

志尊だから自分が思うようにやってみたんです。それで、一回目の本読みが終わって休憩に入る時に、佑真君が「今どういう気持ちでつくってる?」って話しかけてくれて。

若林うん。

志尊僕は、本読みでは俳優さんが揃っている場だからこそ、そこで生まれるものを大事にしたいという考えがありました。

だから、最初はそんなに感情をつくり込まず、フラットに向き合うようにしてるんですけど、そうしたら佑真君が「なんでさっきあんなにフラットに読んでいたの?」って声をかけてくれたので、理由を伝えたら佑真君が自分の意見を遠慮なく言ってくれたんです。

志尊淳×若林佑真 インタビュー

志尊その意見を聞いて、「わかった。次の本読みでは、もうちょっと僕が思うアンさんの要素を付け加えてみるから、見ててください」と、二回目でガラッと変えて演じました。

若林すごかったですよ…!

志尊そうしたら、「その方向性、最高だと思う」と感想とともに伝えてくれたんです。

その本読みから作品に携わる期間を通して、若林さんからはどのような助言があったのでしょうか?

志尊僕は、俳優という職業だから、瞬間的に衝動的に出てくるものに関しては嘘がなくつくれます。でも、「アンさん」という人物の根底にあるもので、僕の中では想像が及ばないところがある。それを、佑真君が「アンさんって、こういう生い立ちでこういう育ち方をしてる人だから、こういう反応になるんじゃないかな?」とか、ひとつひとつ掘り下げてくれました。

僕もひとつひとつ聞いて。「こういう状況の時は、どういう気持ちになるの?」とか。時には、失礼な質問もあったと思うんですけど。

若林でも、だからこそできました。「失礼になるから、言わないでおこう」と遠慮するんじゃなくて、疑問に思うことを全部伝えてくれたことが、ありがたかったんです。

志尊淳×若林佑真 インタビュー

志尊脚本に書かれている全ての文字を一緒に考えたよね。佑真君が俳優として活動する時に、どう作品に向き合ってきたのかはわからないんだけど、句読点の位置とか接続詞ひとつに対しても「そんなに深く考えてるの?」と驚きました。いい意味で火をつけられたというか。

監修と俳優という関係性の中で、若林さんの俳優としての一面からも、刺激を受けたんですね。

若林そんな、恐れ多すぎて!

志尊いや、本当にそうだったよ。アンさんをつくっていく上で佑真君がくれた言葉は、どれも僕には考えられないことだったし、俳優としては恥ずかしいんですけど、「力を貸してください」という気持ちでした。

佑真君の支えがなかったら、僕一人で「アンさん」をつくりあげるのは無理でした。

若林…ありがとうございます。もうここで取材終わってもいいです、というくらい嬉しいです(笑)。

志尊淳×若林佑真 インタビュー

「絶対」がない表現に、二人でどう向き合うのか

「アンさん」こと岡田安吾を演じているのは志尊さんですが、その内側には当事者である若林さんの見てきた世界が一体となっていることがよくわかりました。

志尊僕は、自分の評価とかはどうでもよくて、それよりも、この作品を通して「アンさん」という人の生き方を見てほしいし、トランスジェンダー男性の今置かれている立場を知ってほしい。

それが、僕がこの作品に出る意義だと思ったので、プライドも捨てて、とにかくそこを大事につくっていきました。

撮影が始まってからも、若林さんは現場に入られたのでしょうか?

志尊実は、佑真君の参加はリハーサルまでというお話だったんですよ。でも僕が「来てほしい」と希望したら撮影現場に来てくれました。嬉しかった。

若林うん。志尊君にはリハーサルですでに「アンさん」という役をお渡しできたと感じていたし、完全に信頼していたので、現場に行くつもりはなかったんです。それくらい二人で話し合ったし。でも、僕がいることで少しでもお守りになるなら、と思って。

志尊現場では、「誰よりも僕がアンさんのことを考えていないと」と思ったし、プレッシャーもありました。だから、悩んだ時に「大丈夫だよ」と肯定してくれる佑真君の存在は、とても大きかったです。

若林僕が行けない日も、LINEや電話でやりとりしたよね。

志尊そうそう。撮影前のリハが終わった後に、演技で迷った時は逐一佑真君に電話して聞いてました。もうずっと二人でひとつ、みたいな感じでした。

決して長くはない時間の中で、お二人がそこまでの関係性になれたのはなぜでしょう?

志尊淳×若林佑真 インタビュー

志尊なんでなんだろうね。

若林最初に約束したことがあったよね。「僕は当事者で監修という立場だけど、絶対に正しいわけじゃないから、違うと思ったら言って」と伝えました。

志尊うん。だから僕も佑真君が言ってくれたことに対して違和感があったら、「いや違う、申し訳ないけどこういう気持ちでやってるから一度見てみてほしい」とか、結構バチバチしてたよね。

若林そうそう! 遠慮なく言い合った。今までは、人との付き合い方って、最初はお互い探り探り話しながら、次第に距離を縮めていって本音を見せ合う、みたいな感じだったけど、淳ちゃんとは最初から上辺がなくて、なんでも言い合えた。

志尊最初からぶつかり合ってたよね。このまま喧嘩になるんじゃないか、みたいなこともあって(笑)。

志尊淳×若林佑真 インタビュー

若林あった! どのシーンかもはっきり覚えてる。

どういったシーンだったのでしょう?

若林新たな人生を歩み始めたキナコとアンさんが再会し、橋の上で会話をするシーンです。アンさんのある言葉によって、二人の意見がぶつかり合う場面なんですけど、淳ちゃんと僕の表現の仕方が異なっていたんです。

志尊僕の演技に「違和感がある」と伝えてもらって、僕も考えを伝えて。お互いの意見を率直にぶつけ合ったんだよね。

若林でも、根底で考えていたことは同じだったから、僕の考えも視野に入れてもらったうえで、淳ちゃんの思うアンさんをやってみようって。

あの時は、狭い場所で二人で話してたのに、一番大きな声が出てたよね(笑)。

志尊「言ってることはわかるよ? わかるけどさ、違うんだよ!」みたいな(笑)。

若林でもやっぱり現場で見ていると、僕が頭で想像していたのとは違ったけれど、「最高だった」と感じる場面がいくつもありました。アンさんのお母さん役である余(貴美子)さんと淳ちゃんが部屋で話すシーンとかは、特にそう感じました。

52ヘルツのクジラたち
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

志尊最初は「母親は床に座って、アンさんはベッドの上で話す」という演出だったんですけど、実際にリハーサルをしてみたら、全然演技に気持ちが入らなくて。成島監督に、「一回だけ床に座ってやってみてもいいですか?」とお願いして、余さんの隣に座ってみたら、自然と気持ちが入ったんです。

若林そっちの方がいいねってなったんだよね。僕も当初は考えつかなかったんですけど、その演技を見て感覚的に「アンさんだったらそうするな」と思えました。

杉咲さんや余さんと現場で実際に向き合った時に、淳ちゃんの中から出てくるアンさんの姿が確実にあって。「淳ちゃんすごいな、これが人とつくりあげるということだよな」と感じました。

後編へ続きます。

FEATURED FILM
出演:杉咲花 志尊淳 宮沢氷魚 小野花梨 桑名桃李 / 余貴美子 倍賞美津子
監督:成島出
原作:町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」(中央公論新社)
主題歌:「この長い旅の中で」Saucy Dog(A-Sketch)
2024年|日本|カラー|ビスタ|5.1chデジタル|136分|配給:ギャガ

3月1日(金)全国ロードショー

※本作には、フラッシュバックに繋がる/ショックを受ける懸念のあるシーンが含まれます。ご鑑賞前にこちらをご確認ください。
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
「この〈52ヘルツのクジラ〉の鳴き声は、あまりに高音で、他のクジラたちには聴こえない。だから、世界で一番孤独なクジラって言われてるんだ─」

傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家へと移り住んできた貴瑚は、虐待され、声を出せなくなった「ムシ」と呼ばれる少年と出会う。かつて自分も、家族に虐待され、搾取されてきた彼女は、少年を見過ごすことが出来ず、一緒に暮らし始める。やがて、夢も未来もなかった少年に、たった一つの“願い”が芽生える。その願いをかなえることを決心した貴瑚は、自身の声なきSOSを聴き取り救い出してくれた、今はもう会えない安吾とのかけがえのない日々に想いを馳せ、あの時、聴けなかった声を聴くために、もう一度 立ち上がる──。
PROFILE
俳優
志尊淳
Jun Shison
1995年生まれ、東京都出身。2011年にミュージカル「テニスの王子様」でデビューし、2014年に「烈車戦隊トッキュウジャー」で主人公に抜擢され注目を集める。さらに、「女子的生活」(18)で文化庁芸術祭賞テレビ・ドラマ部門の放送個人賞を受賞。主な出演作は、『帝一の國』(17)、NHK連続テレビ小説「半分、青い。」(18)、「潤一」(19)、『さんかく窓の外側は夜』(21)、NHK連続テレビ小説「らんまん」(23)、「フェルマーの料理」(23)、「幽☆遊☆白書」(23)など。2022年にGUCCIのグローバル・ブランドアンバサダーに就任する。
俳優
若林佑真
Yuma Wakabayashi
1991年生まれ、大阪府出身。
生まれた時に割り当てられた性別は女性で、性自認は男性のトランスジェンダー男性。
同志社大学在籍中から演技のレッスンを受け、卒業を機に上京。
俳優、舞台プロデュースの他、作品監修、講演活動など多岐に渡り活動している。
2022年にはドラマ「チェイサーゲーム」(テレビ東京)にトランスジェンダー当事者役として出演。
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