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特別なことが起こらない毎日こそ、
スリリングで面白い!
― 『架空OL日記』は、2017年に放送されたドラマの好評を受け、映画化されました。脚本を手がけたバカリズムさんはドラマ版に引き続き「何も起こらなくても、飽きないで観ていられる」作品を目指されたそうですね。
山田 : だから「この映画の見所は?」って聞かれると、何て答えていいのか難しいんですよね。すべてが見所というか、実際、どこから観ても面白いし…。
臼田 : 見せ場とか山場とかがあるわけじゃないからね。
山田 : 普通の物語だったら、起承転結があって「ここがクライマックス!」みたいなのがあるけれど、『架空OL日記』は特にそういうのを見せようとしている作品ではないし…。でも、そしたら何を見せようとしている作品なんだろう…。
― 住田監督は、映画版を手がけるにあたり「映画だからドラマチックな展開が必要では?」と周りに言われたそうですね。でも、この作品の個性は“ドラマチックでないこと”にあるので、映画だからといって仰々しくすることはしなかったとおっしゃっていました。
臼田 : スタッフの方からは「映画だからって力は入れないで」と言われましたね。でも、そうは言っても「ドラマから映画になると、新たな違う見え方になるんじゃないかな…。お客さんから、この映画はどう捉えられるんだろう?」と思っていて。もちろん、脚本は相変わらず鋭くて面白かったんだけど!
山田 : 脚本は何度も笑いながら読むほど面白かったので、演じる側としては「どうやったら、この面白さをそのまま演技で伝えられるのだろう?」と思ってたんだよね。
― 登場人物の絶妙なバランスから発生する会話が、なんとも可笑しかったです。でも、今作のように、ただ淡々と日常が繰り広げられる「ドラマチックなことが特段起こらない物語」は、演じ手からすると、すごく難しいのではないでしょうか?
山田 : 確かに、日常生活を描くって難しいですよね。例えば緊急事態のシーンだったら、「わ !!」って驚いたり、泣き叫んだり、走ったり、大きなアクションで表すことができるけど、日常って外から見ると穏やかだし、だいたい無表情。しゃべるトーンも淡々としてるもんね…。
臼田 : みんなが普段体験している感情や出来事を、表現しないといけないもんね。例えば、多くの人が体験したことのないような、人間が極限状況に追い詰められた時の表現とかは、ある意味正解がないけれど。
山田 : 実は日常生活って、「何も起こってない」んじゃなくて、「起こっている」んだよね。でも、「何も起こっていない」とみんなが思い込んでしまっている日常に、バカリズムさんはスポットを当てて、「そこにこそ面白さと驚きがある!」ということを見せてくれてるんじゃないかな。よく考えたら日常生活こそ、スリリングだし、緻密な心理劇が展開されていたりするし。
臼田 : 想像し得ないことが、実はたくさん起きてるよね。「同じタイミングで、そんなことが起きる?」っていう偶然の重なりがあったり。
山田 : そう。日常生活って、視点を変えてみたら、結構ドラマチックだよね。平凡だと決めつけているだけかもしれない。
臼田 : この話をするまで『架空OL日記』は、「本当に何も起こらない物語だな」って思ってたんだけれど、今の真歩さんの言葉で「色々なことが起こっているんだ」って改めて気づいた。本当に、そうだね。
山田 : そうそう。でも、そうやって「日常こそ面白い!」ということをこの作品が伝えられているのは “バカリズムさんの視点”が日常に介在しているからだと思う。
― 原作となったのは、バカリズムさんが3年もの間、銀行に勤めるOLになりきって日常を綴ったブログを書籍化したものです。また、バカリズムさんは、主人公のOLの“私”として登場もします。
山田 : 私は演じながら、バカリズムさんが演じる“私”の役が、幽霊のような存在に感じていたんですよね。
― 幽霊、ということは「本当は目に見えない存在」ということでしょうか。
山田 : 「実は、もう死んでしまっている人」みたいな…。というのは、もし、私が死んでしまった後、幽霊となって日常生活を見ていたら、この映画を観る観客のような、「大きな事件が起こらなくとも、こんな面白いことで日常は溢れていたのか」という視点で捉えていたんじゃないかなと。だから、脚本を読んでいると爆笑もするけれど、なんだか切なくなるんだよね。
臼田 : わかるわかる。私は、バカリズムさんではなく、一緒にいる周りのメンバーが実は存在しない、「“私”の想像上の人物」のように感じてた。なぜかバカリズムさん演じる“私”が、みんなといても、ひとりぼっちな存在のように思えて。
山田 : “私”の視点は、日常をどこか超越的に捉えている感じがする。バカリズムさんは見た目も男だけど、OLのみんなはそれをすんなり受け入れている。幽霊でも、宇宙人でもいいんだけど、ちょっと違う視点を持った人が私たちの「日常」を改めて演じているみたいな。そうすると、なんだかこの日常がだんだん愛おしく感じてくる。
臼田 : 日常生活を作品にするって、やっぱり難しいことだね。
― ドラマ版は、向田邦子賞を受賞しています。この賞の名前にもなっている脚本家の向田さんは、日常生活の一コマを鋭い洞察力、そして温かい眼差しで捉えて作品を描かれる方でした。
臼田 : 映画になってより増して感じたのは、登場人物たちがそれぞれに対してちゃんと愛情を持って接していて、それが時間と共にどんどん深まっているということ。周りにいる人たちが愛情を持って接するからこそ、本人が気づいていないような、その人の良いところが浮かび上がってくるんだよね。
「特別なことが起こらない」映画は、
瞬間瞬間を捉えた“詩”である!
― 古今東西の映画を見渡してみると、「ドラマチックなことが特段起こらない」作品というのは、例えば、ジム・ジャームッシュ監督の『パーマネント・バケーション』(1980)や『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984)、小津安二郎監督の『お早よう』(1959)や『秋刀魚の味』(1962)、是枝裕和監督の『歩いても 歩いても』(2008)や『海よりもまだ深く』(2016)など色々ありますよね。
山田 : 小津監督の作品もそう言われてみればそうか…。ジム・ジャームッシュ監督だと『パターソン』(2016)とかも、確かに何も起こらないね。あと、『コーヒー&シガレッツ』(2003)も大好き!
臼田 : 私も好き! もう何度も観てる映画だなー。
山田 : 『コーヒー&シガレッツ』って、「この映画すごく好き!」って思ったのは覚えているんだけれど、何が好きだったのかと聞かれると…。コーヒーとタバコの話なんだろうけど…(笑)。
臼田 : 私も何度も観てるのに、それしか言えない(笑)。
― 『コーヒー&シガレッツ』は、全編モノクロ映像のオムニバス作品ですね。登場人物たちが、時にコーヒーや紅茶をのみ、タバコを吸って、とりとめのない会話をするだけ…といえば、それだけの映画です(笑)。
山田 : …詩なのかもしれない…。「ドラマチックなことは特段起こらないのに、面白くてなんか観てしまう」という映画というのは、詩なのかもしれない! 『パターソン』や『コーヒー&シガレッツ』って、詩の世界に近いですよね。詩は、物語と違って瞬間瞬間を表現しているから、どこから読んでも面白い。そう考えると、『架空OL日記』だって、どこから観ても面白いんですよ!
臼田 : 確かに!
山田 : PINTSCOPEのコラムで私が取り上げた映画『スモーク』(1995)とかも、そういう映画に入るのかも? 私は“詩”のような映画が好きだから、伝える時にすごく苦労するんだ…。そういう魅力を伝えるのが難しい、言葉になりにくい映画が、私は好きなのかもしれない。ストーリーはなんとなくしか覚えてないんだけど、その空気感がすごく好きっていう。
臼田 : 私も、森田芳光監督の『間宮兄弟』(2006)とか、向田邦子さん原作でもある『阿修羅のごとく』(2003)とかが好きなんだけど、そういう空気感が好きな映画ってキャスティングも絶妙だと思う。
山田 : そうだよね。こういう作品をつくるときは、キャスティングも大事なのかも。その空気感をつくり出すために。
臼田 : 『間宮兄弟』も佐々木蔵之介さんと塚地武雅さんだからこそ、醸し出される空気感があるというか。
山田 : ただ立っている二人が画面に映ってるだけで、もうすごく良いもんね。
― 今作も、バカリズムさんを含めた、夏帆さん、佐藤玲さん、そしてお二人の絶妙なバランスと調和が心地よかったです。
山田 : 映画版から出演された坂井真紀さんやシム・ウンギョンさんは、ドラマ版で既に出来上がった空気感というか、世界観に入っていくのがプレッシャーだったと伺いました。確かに、芝居をする上で、みんなでつくりあげた“トーン”はあったよね。波長を合わせるというか。
臼田 : そうか…私たちは演じながら、空気感とかトーンをつくってたのか…。私、『架空OL日記』を映画化するって、すごく難しいことなんじゃないかって、実はちょっと思ってたんだよね。映画ってTVドラマと違って、自ら映画館に赴いてお金を払って観に行くものだし、多くの人が年に鑑賞する本数が1本という状況で、「ドラマチックなことは特段起こらない」『架空OL日記』を映画にするのは、ハードルの高い挑戦なんじゃないかって。
でも、今「ドラマチックなことは特段起こらない」映画の話をして、そう言われてみれば私もそういう映画好きだし、たくさん観てるなって思った(笑)。
山田 : だから、物語で説明できないような作品って、企画を通すのが大変なんじゃないかな? だって「OL5人が更衣室の電源を取り合っているところに、電源タップを持った同僚が登場して、みんなが歓喜し思い思いに充電する話」って説明しても誰も納得しないと思う(笑)。
臼田 : もしかしたら「特別なことは起こらない」っていうのは、映画的な表現なのかもしれないね。ドラマは、例えば11話完結だと、続けて見てもらうために10回山場をつくらないといけないでしょ。映画は、一本で完結するものがほとんどだから。
山田 : 「何も起こらない」作品をつくりあげるのは、実は大変で勇気がいることなのかもしれないな。それを現実に形にしてきた、これまでの映画監督やバカリズムさんは、すごいことを成し遂げていたんだね。