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リメイクの鍵は、
岡田将生が“ヒロイン”を演じること
― お二人はこれまでも、山下監督の『ぼくのおじさん』(2016)に宮藤さんが出演したり、宮藤さん脚本のNHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』に山下監督が出演したりと、いくつかの作品で現場を共にされてきました。
宮藤 : ふふふ、そうですね。
山下 : ありましたね(笑)。
― 今回は、初めて監督×脚本という本格的なタッグとなりましたが、「一緒に作品をつくるなら…」と、楽しみにしていたことはありましたか?
山下 : 監督と脚本という初めての関わりもあったんですけど、それ以前にまず、宮藤さんも俺も、リメイクが初めてだったんですよね。だから、そこに一緒に向かっていったという感覚でしたね。
― 今作は、台湾映画『1秒先の彼女』(2020)が原作です。台湾アカデミー賞最多受賞作であり、日本では2021年に公開され大きな話題となりました。
宮藤 : 原作がある映画の場合は、お互いに持っているイメージをまず探り合うことになると思うんですけど、今回は、出来上がった映画のリメイクなので、完成したビジュアルが既にあるので、かえって難しかったです。そんなこと、今までお互いなかったですもんね?
山下 : そうですね。リメイクで難しいのって、そこの変換なんですよね。お話だけだったら作り直せるんですけど、キャラクターも世界観もすでに出来上がってる映画原作の場合、その印象ってどうしたらいいんだろうって。
宮藤 : どんなに好きな作品でも、そのまま再現しても仕方ないし、面白くなきゃ意味がないし。
― リメイクが発表された時、男女のキャラクター設定が反転していることが大きな話題になりました。原作の『1秒先の彼女』は、人よりワンテンポ早い彼女と、遅い彼という設定ですが、今作は人より1秒早い彼・ハジメを岡田将生さんが、1秒遅い彼女・レイカを清原果耶さんが演じています。
― その発想は山下さんからの提案だったのでしょうか?
山下 : これは本当にね、キャスティングを悩みました。
宮藤 : 台湾版はキャストが本当に素晴らしくて、明らかに、この人が演じることを踏まえて書いてるもんなーというハマり具合だったので。
山下 : 日本にも素晴らしい役者さんはたくさんいるんですけど、どの彼・彼女という二人だったら台湾版を上回ることができるんだろう、って考えた時に悩んでしまって。
― 台湾版のワンテンポ早い彼女を演じたリー・ペイユーと、彼を演じたリウ・グァンティンのコンビも素晴らしかったですが、確かにこの物語は、キャストの組み合わせが肝になりそうです。
山下 : そうなんですよ、組み合わせが本当に大事で。ある日、男女を反転させるというアイデアと共に、郵便局で働く主人公を岡田くんにしようという案が浮上して。そこからは、いろいろ可能性が見えてきたんです。レイカを演じてくれた清原さんは台湾版より若いんですけど、その年齢差を活かしてやってみてもいいんじゃないかと思って。
宮藤 : 台湾版のキャラクターは、年齢がもっと上ですもんね。
山下 : 清原さん、撮影当時まだ20歳くらいだったんですよ。「え、そんなに若いの!?」って(笑)。でも、岡田くんと清原さんは全く別の資質を持っている二人だったので、それがすごくバランス良かったなと思います。
宮藤 : そうですね。男女の役は入れ替えてるけど、岡田くんには不思議なヒロイン感があるから、そんなに印象変わらずに、できたんじゃないかと思ってます。
― 「主人公を岡田さんが演じる」という案が、キャスティングの突破口になったのですね。リー・ペイユーが演じた台湾版の主人公と比べると、ハジメには、“口が悪い”や“残念なイケメン”など、いくつかオリジナルの要素が足されていました。
宮藤 : 郵便局の窓口に座りながら「俺は本当はこんなところにいる人間じゃない」と思っている感じとか、京都の洛中(※)にすごくこだわりを持っているんだけど、実は自分は洛中出身じゃないとか(笑)。
※洛中…京都の市中
― 同じ郵便局員の女の子に告白されて付き合うものの、交際期間26日間でフラれてしまうという、残念なエピソードもありました(笑)。
宮藤 : 外見が100点だから、付き合うと、どんどん減点されていってしまうという。そういうところは、「岡田くん」と聞いた時に不思議とイメージできたんです。あんな男子、いないですもんね。
山下 : (笑)。
宮藤 : なんて言えばいいんだろう。こんな不思議な映画でヒロインができる人って、なかなかいないと思います。
山下 : 岡田くんがすごいのは、彫刻のように美しいんだけど、人間味があるというか(笑)。だけど、それが嫌味じゃなくて可愛らしくもなるし。俺が、岡田くんをそう感じたのは、『ゆとりですがなにか』を見た時なんですけど、実は。
宮藤 : 本当ですか?
― 『ゆとりですがなにか』は、宮藤さんが脚本を務めた2016年放送のオリジナルドラマですね。
― 「ゆとり第一世代」と呼ばれる1987年生まれの青年たちが、社会問題や恋愛に直面し葛藤する姿が描かれ、岡田さんは、食品メーカーに勤め仕事や恋に懸命に立ち向かう主人公・坂間正和役を演じられました。
山下 : 「この岡田くん、めちゃくちゃいいじゃん」って。宮藤さんはわかってたんですよね。だから、宮藤さんから今回「ヒロインが岡田将生くんなら、それもアリですね」っていうワードを聞いて、なるほどと思ったというか。今回も、映画の終盤でウルウル泣き出しちゃうのは、レイカじゃなくてハジメくんだし(笑)。
宮藤 : そうそう(笑)。あれ、いいですよね。
山下 : レイカの方が、負傷した兵士のように堂々と立ってて。あの場面であの構図が成り立つのは、「岡田くんにヒロイン感がある」からだよなって思いました。
宮藤 : あとは、多分世の中が「男だから○○、女だから○○」という決めつけではなく、男性の方が実は女々しくて繊細で、女性の方がサバサバしててたくましい、ということがわかってきた頃だから、うまくいったような気がしましたね。
山下 : あー。確かに、そういう変化もあるかもしれません。
今は「胸キュン」以外も求められている
― この映画で印象的な要素のひとつが、舞台となった京都の街並みでした。今を映し出したポップさの中に、ラジオや手紙などのノスタルジックなメディアが効果的に登場してくる物語に、京都の街並みがぴったりだと感じました。
山下 : 京都って、「洛中」とそれ以外で街を分ける文化があったりとか、独特の時間が流れている感じがあるんですよね。
― 劇中でも、ハジメが「洛中以外は京都ではない」と同僚に熱弁するシーンがありました。
山下 : ハジメくんは、天橋立の郵便局に勤めるんですけど、洛中にこだわっていた自分のプライドを捨てていくんですよね。それが、台湾版にはなかったもうひとつの要素で。
それは京都でしかないというか。これが、例えば名古屋に住んでて豊橋に行ったとかだと全然違う意味合いになる(笑)。
宮藤 : (笑)。
山下 : 何回か本編を観た後に、「そうか、ハジメくんは洛中を捨ててここに来たんだ」ということに気づいたんですよね。それが、ちょっとした裏のドラマになっているなと思えて。サブストーリーというか。彼のキャラクターとしての成長がひとつ描けたのは、舞台が京都だったからなのかなと思いました。
― 今作について宮藤さんは、「せっかく山下監督が撮るのであれば、人生の苦味、もどかしさ、おかしみなどのエッセンスを盛り込みたいと思った」とコメントされていましたが、「山下監督とつくるなら」という点でどのような要素を足していかれたのでしょう?
宮藤 : 「父親が突然いなくなって、自分の人生や家族関係に葛藤を抱えている主人公」という設定は同じなんだけど、台湾版では、そのあたりがふわっと描かれてる気がしたんですよね。我々がそう感じただけかもしれないですけど、あまり重くは描かれていない。
でも、「なんでお父さんは出ていっちゃったんだろう」と気になったし、山下監督だったら、そういうところを面白く撮っていただけるんじゃないかなと思ったんです。
― 家を出ていってしまった父親のエピソードが、台湾版よりもぐっとビターに見えました。「世の中のスピードについていけなくなった」という言葉も含めて。
宮藤 : 実は、あのあたりのお父さんのセリフはあんまり変えてないんですよね。
山下 : そうそう。言ってることは、台湾版とほぼ同じで。
宮藤 : 変えてないんですけど、確かに印象はビターですよね。…何ででしょうね(笑)。
山下 : でも言われてみると、主人公のお母さんの描き方も、少し変えたかも。台湾版のお母さんは、お父さんが出ていった後にすぐ引っ越しちゃったり、捜査してくれた警察官を好きになっちゃったのかな? みたいなシーンがあったりと、若干ふわふわしてるんですよね(笑)。
宮藤 : あー、確かにそうだった。
山下 : でも、今回羽野晶紀さんに演じてもらったお母さんは、ずっと同じ家に住み続けていて、帰りを待っている感じがあって。「ミョウガを買いに行ってくる」と言っていなくなったお父さんも、ミョウガだけ届けにきたりとか。
― 家族の距離感やつながりの描き方が、台湾版よりも一歩踏み込んだ印象でした。
宮藤 : 台湾版は、ヒロインの描き方が“仕事も恋もパッとしないアラサー女子”みたいな感じだったから、観ていても家族の問題にあんまり気持ちがいかなかったのかもしれないですね。リメイク版は、「恋人がほしい」とかよりも、「長男である」とか、「お父さんが失踪したことで自分の人生が変わってしまった」とか、そういう本人の“生き方”の方にテーマがシフトしていった気がします。さっき話題に出た、京都という土地柄も含めて。そこは大きく違うかもしれないですね。
― 父親が失踪した年にハジメは受験に失敗し、浪人する資金もなく郵便局に就職する、というエピソードが描かれていましたね。郵便局に勤めながらも「俺の居場所は、ここやない」と常々思っていたり。
山下 : 台湾版の方が、「付き合う」とか「デートする」とか。
宮藤 : 恋愛に焦点があたってますよね。郵便局の窓口で、隣に座ってる若い女の子ばかりモテる、みたいなシーンもあったしね。今回はその窓口の並びに、岡田くんがいるから(笑)。
山下 : そこから変わりましたもんね。
― お二人はこれまでも「不器用に生きる人々」にフォーカスを当てて、人間ドラマや恋愛模様を描いてきました。そうした人々を登場させる時に、時代の流れの中で、より意識するようになったこと、見る側の受け取り方が変わってきたと感じることはありますか?
宮藤 : …もうそろそろ、映画を観る人たちが、そんなにキュンキュンしなくてもよくなってきてるんじゃないかな、とも最近思うんです(笑)。
山下 : (笑)。
宮藤 : というよりも、みんな「胸キュン」以外のものも求めているんじゃないかな、と。男女のキャラクターを反転させる設定になった時点で、それはちょっと考えましたね。
― 恋愛要素だけはなく、その人の生き方だったり、人と人の心の結びつきみたいなものも観たい人が増えているんじゃないか、と。
宮藤 : なんかそっちになってきたような気がしますね、世の中が。
― 自分の「消えた1日」を解き明かしていく中で、ハジメは、レイカとある大切な記憶で繋がっていることを思い出しますが、二人には、同じ困難を乗り越えた“同志”のような側面もありますね。恋愛感情だけではない、いろいろなレイヤーが重なっています。
山下 : そういえば、演出する時も、清原さんに「ハジメくんのことを、異性として、恋愛みたいな目であんまり見ないで」とは言った気がします。二人の間に、恋愛みたいな瞬間があんまりないんですよね。
最後に出てくる、ハジメの部屋にいるレイカの“ある行動”がなかったら、恋愛感情って気づかない人もいるかもしれない(笑)。今、そのことに気づきました。
宮藤 : ほんとだ。
山下 : あの行動を観て、初めて「あ、そうか、レイカは恋愛感情を持っていたんだ」とわかるという。ハジメくんに対する想いを抱えていることは伝わるんだけど、それが恋愛感情なのか、自分の心を支えてくれた人への特別な想いなのかは、観る人に委ねられた作品になったのかもしれません。
山下敦弘と宮藤官九郎の「心の一本」の映画
― 最後に、お二人にとっての「心の一本」の映画をお聞きできたらと思います。
山下 : 一本か〜。難しいですよね(笑)。
― 例えば、今お話に出たような、男女二人が登場しながらも、恋愛だけではない関係性が描かれていて、印象に残っている映画などはありますか?
山下 : あーなんかありそう!
宮藤 : あると思う。わ、なんだろう。
山下 : 絶対あるんですよ…。
宮藤 : …『翔んだカップル』(1980)とかじゃないですか?(笑)
山下 : ありました(笑)。
― 『翔んだカップル』は、共同生活をすることになった男女を描いた青春映画で、相米慎二監督の劇場デビュー作であり、主人公の高校生を、薬師丸ひろ子さんと鶴見辰吾さんが演じています。
宮藤 : あれも、恋愛ともいえない感じですよね。一緒に暮らすことになって、全然それにモヤモヤはするんだけど。
山下 : もうあの頃の相米さんって、全カットヒリヒリするというか。怖いんですよね(笑)。
宮藤 : ストーリーの設定自体はものすごく軽いのに、めちゃくちゃ怖い(笑)。…好きな映画って、その時々で違ったりするし。
― 今だったらこれ、という一本でも!
山下 : 最近観た映画だと、僕はアキ・カウリスマキという監督が大好きなんですけど、学生時代に観て以来、何十年かぶりに『真夜中の虹』(1988)を観返したんです。
― 『真夜中の虹』は、フィンランドの炭鉱の町で仕事を失った男が、父が遺したキャデラックで南を目指して旅に出るロードムービーですね。
山下 : すごく良かったです。『愛しのタチアナ』(1994)とかも好きです。最近、また新作を撮ったんですよね。
― 今年5月に開催された第76回カンヌ国際映画祭で『KUOLLEET LEHDET(Fallen Leaves)』が、審査員賞を受賞していましたね。
山下 : それ、すごく観たいんですよね。カウリスマキ監督の映画を観ると、いい意味でリセットされるというか……言い方が難しいですけど、映画ってそんなにややこしくて考えなくていいんだよなと思える。常に自分をシンプルにしてくれるので、カウリスマキ監督の新作が今は早く観たいですね。
― カウリスマキ監督作品に出てくる男女も、独特の関係性を描いたものが多いですよね。
山下 : そうなんです。あの役者たちだから成立してる、というのもあって、きっとリメイクしたら意味がないんすよね。
宮藤 : あの映画なんでしたっけ。寿司の作り方を知らないフィンランド人が、見よう見まねで寿司のレストランをやる話(笑)。
山下 : 『希望のかなた』(2017)ですね。シリアから逃げてきた難民の主人公が、フィンランドで生き別れた妹を探すという話で。
宮藤 : あれ面白かったですね。ああいうのやりたいですよね。
― 宮藤さんはいかがですか?
宮藤 : うーん。本当のことを言うと、去年からずっと俺は『どですかでん』(1970)を観続けてるんですよね(笑)。
山下 : そうですよね(笑)。
― 『どですかでん』は、黒澤明監督の初カラー映画作品です。宮藤さんは、8月からディズニープラスで配信されるドラマ『季節のない街』の企画・脚本・監督を務めていますが、この作品は、黒澤監督の『どですかでん』の原作となった、山本周五郎さんの小説『季節のない街』を映像化したものですね。
宮藤 : もうずーっと観てるんです。映画の何分目に、どんなことが起こるかもわかるくらい。
― その時は、仕事の目線で観ている、ということでしょうか?
宮藤 : それもあるけど、何かあるごとに観ちゃう映画ですね。映画を観てるっていう感覚ではもうないんですけど。部分的にあのシーンだけ観たいなとか、タイトルバックだけ観たいとか、そういう感じもあって。
山下 : 確かに、どこから観ても、面白い映画ですよね。
宮藤 : いろんな人に等分に光を当ててることとか、時々思い出すんです。観ると必ずその気分になるってわかってるんだけど、その気分になるために観る。僕にとってはそんな映画ですね。