目次

ミニシアター、飲み屋、古着屋…
下北沢という街を“あて書き”する
― 本作は、これまで映画『サマータイムマシン・ブルース』(2005)や『夜は短し歩けよ⼄⼥』(2017)『リライト』(2025)などの話題作で脚本を手がけてきた、劇団・ヨーロッパ企画代表 上田誠さんの初長編監督作となります。
― 伊藤さんと井之脇さんは、昨年の初夏に上演された、上田さんが脚本・演出を務めた舞台『リプリー、あいにくの宇宙ね』に出演されていましたが、今回の映画はちょうどその頃に動き出したそうですね。公演の後すぐに撮影が始まったのでしょうか。
伊藤 : そうです! 地方公演の際には、「構想はあるけど脚本はこれから書きます。9月に撮ります」とおっしゃっていて、「こんな短期間で書くんですか!?」と驚きました。
上田 : そうだよね(笑)。企画の立ち上げから撮影まで4か月足らずでしたから。
伊藤 : でも私は、上田さんが脚本を担当されたドラマ『時をかけるな、恋人たち』(2023)でもご一緒していましたし、ヨーロッパ企画とトリウッドが組んだ過去2作品のファンでもあったので、「面白いに違いない!」とワクワクしていました。

― 本作は、『ドロステのはてで僕ら』(2020)、『リバー、流れないでよ』(2023)に続く、ヨーロッパ企画と下北沢にあるミニシアター・トリウッドがタッグを組んだオリジナル長編映画でもあります。
伊藤 : 実際に脚本を読んだ時も、声を出して笑ってしまって。
井之脇 : 僕もゲラゲラ笑いながら読みました。登場するキャラクターに上田さんの思いが乗っているのがすごく伝わるから、「三河悠冴くんは、こんなふうに喋るんだろうな」とか台本から想像することができるんです。
もう絶対に面白くなるという確信がありました。

井之脇 : あて書きに近いっていうこともあるんですかね?
― お二人が演じられた主人公「マドカ」と「カズマ」も、それぞれ「劇作家」と「バンドマン」でしたが、お二人の役どころも、あて書きに近い部分があったのでしょうか?

上田 : 僕は、まず「場所から考えていく」というのがありまして。これまで、ヨーロッパ企画×トリウッドでつくった2作は京都が舞台でしたが、今回は「東京のチームで撮ろう、場所は下北沢にしよう」ということを決めていました。
下北沢は、いわゆる若者の文化の街ですし、それを代表するようなシチュエーションがいいな、その中でも「演劇と音楽」という組み合わせはいいんじゃないかなと。なんか、海くんがギターを持ってるイメージがあったんですよね。

井之脇 : 実際、劇中では一度も持ってないですけどね(笑)。
伊藤 : バンド仲間のミコシバ(金丸慎太郎)は持ってるけどね。
上田 : 誤差です(笑)。でも本当に、海くんにバンドマンのハードボイルドものをやってもらったら面白そうだなと思ったんです。ライブハウスの煙った雰囲気があるし。
万理華さんとは、「SFや複雑なギミックの作品が好き」という共通項があったので、劇作家はどうかなって。
― お二人とも複雑なギミックのある作品がお好きなんですね。過去2作の『ドロステのはてで僕ら』では“2分の時差でつながった「2階と1階」”、『リバー、流れないでよ』では“2分が無限にループする「老舗料理旅館」”でしたが、本作でも、下北沢に実在するビル「シェルボ下北沢」を舞台に、予測不能なギミックコメディが展開していきます。
上田 : そのビルの2階にある、マドカたちの劇団の拠点のバー「グッドヘブンズ」の店内の雰囲気も手伝って、非常に可愛らしい劇団ができたなと思います。あんな劇団があったらいいな、っていう。
伊藤 : 劇団のみんなも、いいメンバーでしたね。本当に可愛かった。

上田 : 海くんのいるバンドは「これぞバンド」っていう雰囲気でね。それぞれ、「アッパーなチーム」と「ダウナーなチーム」というイメージでつくりあげていきました。
― 上田さんは、本作について「下北沢の若者たちの煌めきとやりきれなさを描こうとした青春映画でもある」とコメントされていました。京都ご出身の上田さんから見た「下北沢」を描かれている作品でもあるんですね。
上田 : 例えば、京都は、老人になっていても格好がつく街というか、若者文化ももちろんあるけど、どちらかというと「歴史を感じる街」なんです。下北沢は、良い意味で若いエネルギーが満ちている。僕は20代の時に演劇をやるために初めて下北沢に来ましたけど、「ワクワクする街」だと思ったことを今でも覚えています。
― 映画は、マドカとカズマがそれぞれに映画館・下北沢トリウッドへ行く場面から始まり、バー「グッドヘブンズ」や、カズマのバンドが集まる居酒屋「三日月ロック」などに展開していきます。劇中で描かれていた「劇団員とバンドマンが同じ居酒屋の隣で飲んでいる」という光景も、下北沢ならではかもしれません。

上田 : 『リバー、流れないでよ』は、京都の貴船という温泉街を舞台にしていて、わりと整った色味で映画がつくれたんですけど、今回は「雑多な色」。
その分難しさもあったけど、その「雑多な感じ」が下北沢の楽しさでもあるから、積極的に多くの色を映画の中に取り入れようと思いました。特に、トリウッドの座席が黄色だったのが最大の決め手で。
伊藤 : あの色、本当にかわいいですよね。

― 舞台となったミニシアター、バーや居酒屋などには、「演劇と音楽を愛する人」や、「夢と現実の狭間で悩む人」など、下北沢ならではの個性的なキャラクターが多く登場します。
伊藤 : 下北沢は劇場やライブハウスも多いので、夢追い人や、何かを表現したい、つくりたいという人が、自然と集まってくる街なのかなぁって改めて感じました。
私も下北沢が大好きで、普段から買い物へ行ったり、舞台を観に行ったりしています。それこそ、『リプリー、あいにくの宇宙ね』の東京公演も本多劇場での公演でした。舞台が終わった後、みんなで中華屋に食べに行きましたよね?
上田 : うん、行ったね。
伊藤 : そうだ! 私、『リバー、流れないでよ』はトリウッドで観たんです!
― マドカが座っていたあの席に、伊藤さんご自身も観客として座っていたんですね。

伊藤 : 「この作品を観るぞ」と決めてあの映画館に行き、同じ席に座っていたという体験があったから、自然と本作の世界にも入り込めたのかなと思います。
井之脇 : 僕も、学生時代からトリウッドに映画を観に行ったり、下北沢映画祭に行ったり、演劇を見に行ったりしていました。街を歩いていても思うんですけど、下北沢は人と人の距離が近いような気がするんです。
例えば、渋谷ってスマホを見ながら歩いてる人が多い印象があるけど、下北沢では人が街を見ながら歩いている。それがいいなと思います。
伊藤 : うんうん。
井之脇 : 古着屋とか個性的なお店が多いから、自然と外にアンテナを張ってるんだろうね。 だから「生きてる街」だなと感じるんです。その空気感が『君は映画』にもつながっているんじゃないかな。

「自分の人生を誰かが観ている」
その視点が、悲劇を喜劇に変える
― 井之脇さんは本作の撮影現場について「映画愛に満ちていて、改めて“映画作りが好きだ”と強く感じました」とコメントされていましたね。
井之脇 : 楽しかったです。映画だけど、ワンカットでカメラをぶん回しながら撮るシーンも多くて、その緊張感は「演劇の醍醐味も味わっている」感じがありました。
伊藤 : うんうん。
井之脇 : 「カメラが自分の方を向くまで喋っちゃいけない」という“アングル待ち”とか、撮影で制約が生まれるのもみんな楽しんで取り組んでいて。

井之脇 : 俳優としての役割以上に、スタッフの皆さんと一緒につくり上げているという実感が強くて、その“手触り感”が楽しかったです。
― 俳優も含めて全員がギミックを理解していないと撮影できないと。
井之脇 : はい。ギミックが本当に複雑だから、みんなでつくらないと成立しない(笑)。
上田 : 簡単に撮れるカットが何ひとつなくて、ハードルの高い撮影でしたね。

― 「映画館のスクリーンに、映画を観に行った同士が映し出される」、という奇妙なシチュエーションから本作は始まります。マドカにとってカズマが、カズマにとってマドカが“映画”であるという構造の中で次々と事件が起こり、二人は協力して解決に奔走していきます。
井之脇 : 例えば、僕と万理華ちゃんが映画館のスクリーン越しに会話をするシーンも、3日間かけて撮ってるんですよ。マドカ側、カズマ側、両方、みたいな順で。
― お互いが映し出されていることに驚いた二人が、スクリーン越しに会話を始めるシーンですね。スクリーンの中と外、両方の視点を別々に撮影していたんですか!

伊藤 : 最初は、私が何もない空間に向かって話しかけるシーンを撮影して、次はその映像をスクリーンに映しながら海くんがスクリーンに映った私と会話して…と、何回も繰り返してシーンを完成させていくという。
― 「映画館側にいる時」と「映像としてスクリーンに映し出される時」を別々で撮影しないといけないんですね。
伊藤 : さらに、スクリーンに映った時には、客席と目線が合わないといけないから…これ説明が難しい。自分でも、何を言っているのかわからなくなってきました(笑)。
上田 : 客席から見上げる高さにスクリーンがあるから、映画の中に映っている人は、客席を見下ろすような目線の角度でしゃべらないといけないんですよね。

井之脇 : 「映画館側にいる時」は、映像と会話するのでスクリーンを見上げて会話しているんだけど、「映像としてスクリーンに映し出される時」は少し見下ろしてしゃべらないと目が合ってるように見えない。
― なるほど…目の錯覚を使ったトリックアートみたいな感じですね。
上田 : そうです、客席側から見上げるスクリーンと、スクリーンの中から客席を見下ろす視線。この角度の計算が、騙し絵みたいな感じで。実際は目が合っていないけど、横からカメラで撮ると目が合っているように見えるという。撮っている時も、途中から「トリックアートじゃん」ってなりました(笑)。

井之脇 : そういう色んなギミックがあるので、撮影したシーンのプレビューを現場で見る時にも一体感があるんです。
上田 : 「ヒュー!」って盛り上がるんですよ。プレビューのたびに、技が決まるような歓声が上がるのは嬉しかったですね。みんなプロなのに、初めて映画撮ったんかなっていうくらい(笑)。そんな高揚感がありました。
伊藤 : 学生の自主映画みたいな。
井之脇 : わかるわかる。
上田 : 撮りながら、「これうまくいってるのかな」「このシーンでどれぐらい時間がかかるかな」っていう日々でしたね。
伊藤 : でも、ピリピリする瞬間はなかったですよね。上田さんをはじめ、スタッフの皆さんが、映画の複雑な構造を理解して、しっかり準備して現場に来てくださったからこそ、スムーズに入っていけたのだと思います。
伊藤 : 混乱することがあっても、 “面白い映画を撮っている”という自信に満ちた空気を全員で共有していたので、それに引っ張られて、「プレビュー見たいです」「やばい!」と盛り上がっていました。
井之脇 : 色んなハプニングが起こっても、チームを信じ抜けるんですよね。

上田 : 経験値の高い、ものづくりの手練れたちが集まっていたから、普通なら殺伐とするようなハプニングの時にも、ちゃんと第二、第三の手を持っているんですよね。登ったことがない高い山だけど、頼もしいチームだからどんなトラブルも対応できる。初回からチームに恵まれていたなと思います。
― 本作は、映画を「つくる側」だけでなく、「観客側」、例えば「映画を観に行くまでの道のり」や「席について上映を待つ時間」なども同時に映し出されていましたね。
上田 : あー、なるほど。今回舞台となったトリウッドもそうですけど、映画館というのは街の延長にあって、「いい映画を観た後に外に出たら、街が綺麗に見える」みたいなことがありますよね。
一歩外に出たら賑やかな街の気配も感じるけど、映画館の中に入ると静謐で、突然別世界の物語が始まる。そこが映画館の好きなところで、今回はその感覚が上手く撮れたと思います。そういえば「映画館に入っていく」場面は、映画であまり描かれないですよね。
― 新鮮でした。入口でスマホにチケット画面を表示するところも、ノーカットで映していましたよね。
上田 : 堂々とね(笑)。
― 映画を観る前の、ワクワクする瞬間を思い出しました。

上田 : そうそう。映画を観ながら映画館に行きたくなるっていう、不思議な感じありますよね。
― 井之脇さんにとって、映画館はどのような場所ですか?
井之脇 : 映画館に行くっていうのはやっぱり体験だと思っていて。家だと、自分の日常の中で観ているから、こっち側の世界が抜けない時もあるけど、映画館のスクリーンに映画が映ったら、それがどんな別次元の世界でも、そこにいるかのように感じることができる。
真っ暗な中で没入できるからこそ、なんてことはない自分のいる世界も、実は素敵だったんだと気付かされることもありますよね。『君は映画』もまさにそうで。生きていくことって表現だと思うんです。そんな人生を肯定してくれるのが、映画なんですよね。
伊藤 : 自分が亡くなる時、それまでの人生が走馬灯のように流れて、自分の人生を映画館で観ているような感覚になる、みたいな説がありますよね?
上田 : そうなんですか? 素敵な話ですね。

伊藤 : 自分の人生を誰かが見ている、という視点は本当にある気がします。そういった視点があると、悲しくて落ち込んだりとか、心が折れそうだったりする瞬間があっても、悲劇が喜劇になる気がしていて。
それを体現してエンタメに昇華してくれるのが、映画や舞台だったりするのかなと。主人公が落ち込んだ瞬間から這い上がる場面があると、応援したくなりますし。『君は映画』は、まさにそれを表現してくれている気がするんです。
― 劇中、マドカとカズマがお互いを肯定するように、「君の映画、面白かったよ」と言い合うシーンがありましたね。人生の最後に、そう言ってもらいたいなと思いました。
伊藤 : 「私の人生最高だったな、生き抜いたんだな」と思えるような、人生讃歌の作品だな、と。完成した作品を観た時、心からそう思いました。

伊藤万理華、井之脇海、上田誠監督の「心の一本」の映画
― 最後に、みなさんの「心の一本」の映画についてお聞きしたいのですが、映画館で観て、場所や街の記憶とともに記憶に残っている作品はありますか?
上田 : 僕は、「京都みなみ会館」という今はもう閉館してしまった映画館が記憶に残っています。子どもの頃、家族で時々映画を観に行ってたんですけど、大林宣彦監督の『青春デンデケデケデケ』(1992)を観て、「なんて面白い映画なんだ」と思って。
― 『青春デンデケデケデケ』は、香川県観音寺市を舞台に、ベンチャーズの影響を受けた高校生たちがバンドを結成し、ロックに情熱を燃やす姿を描いた青春映画ですね。
上田 : 父親がグループサウンズが好きで、ベンチャーズとかを聴いてたんです。映画も良かったけど、「父親はこういう世界を持ってるんだ」と印象に残った記憶があります。映画に登場する高校生たちにまんまと感化されて、僕もそこからギターを始めました。今も弾くんですけど、劇団とはあまり繋がってこなくて(笑)。
伊藤 : でも、作曲もされてますよね! 『リプリー、あいにくの宇宙ね』の時も、上田さんがつくられた歌がありましたし。
上田 : 劇団が音楽と程遠いメンバーだったから、20年ぐらいギターも封印してたんですけど、あの時に解き放たれました(笑)。
井之脇 : 僕は、新文芸坐でレオス・カラックス監督のオールナイト上映に行ったことを覚えています。初めてのオールナイトでドキドキしましたし、100人近くのお客さんが一晩中映画館の中でドニ・ラヴァンの狂気を観続けるという特殊な空間でした(笑)。
― ドニ・ラヴァンは、『汚れた血』(1986)や『ポンヌフの恋人』(1991)などに主演した、レオス・カラックス監督の映画には欠かすことのできない名俳優ですね。
井之脇 : それこそ、非日常ですよね。あの夜、あの空間だけは「フランスだった」と思うんですよ。
伊藤 : いいなぁ。
井之脇 : 一晩中スクリーンに没入して、明け方に外へ出た時の、池袋に漂う気だるい感じ。今でも覚えています。映画館に閉じ込められた後でないと味わえない、世界が少し違って見えるような特別な感覚でした。
友だち3人と観に行って、寝るやつもいれば、休憩のたびにすごい熱く喋ってくるやつもいたりして(笑)。みんなで観た、という思い出としても記憶に残ってます。
― 同じ顔ぶれで長時間映画館に篭るので、オールナイト上映は特別な体験ですよね。
井之脇 : 上映の合間になると、エナジードリンク飲んで眠気に耐えてる人もいて、「そこまでして、僕たちはなんで映画を観てるんだろう」って気分にもなるんだけど(笑)。でも、上映が始まるとすっと映画に集中できるんですよね。
― 最後に、伊藤さんはいかがでしょうか?
伊藤 : どの劇場かは忘れてしまったのですが、韓国映画の『お嬢さん』(2016)と『哭声/コクソン』(2016)を、なぜか続けて観た日がありました(笑)。
井之脇 : それはつらいなー(笑)。
― 『お嬢さん』は、莫大な財産の相続権を持つ美しい令嬢をめぐって、騙し合いと復讐が繰り広げられるパク・チャヌク監督のサスペンス映画、『哭声/コクソン』は、得体の知れないよそ者が現れた平和な村で、残虐な殺人事件が次々と起こる様子を描いた、ナ・ホンジン監督のミステリーホラー映画ですね。どちらも2017年の3月に日本で公開されました。
伊藤 : 『お嬢さん』は、観ていて“痛い”場面もあるけれど、美術セット含めて美しい瞬間があるので面白くて。そのあと、「あ、『哭声/コクソン』も予約していたんだった」と思い出したんです(笑)。すごく体力を消耗しましたが、いい思い出です。映画館の記憶として、パッとあの二作品が浮かんできました。
― 一日中映画館にいると、どこか遠くに行ってきたような、日常から離れた気分が味わえそうですね。
伊藤 : 私は、映画を一日に3作ほど続けて観ちゃうんです。映画館を梯子することもあれば、同じ映画館で続けて別の作品を観ることも。行こうと思えば毎日でも行けますし。小さい映画館も大きい映画館も、それぞれの楽しみ方がありますよね。
先ほど海くんが言っていたように、スマホを触らずに、映画の世界にとことん浸れるのが映画館の好きなところですね。












