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好きなものとの距離感
― これまで松山さんは、映画『デスノート』(2006)『デスノート the Last name』(2006)の名探偵・L(エル)や『カムイ外伝』(2009)の忍者・カムイ、『聖の青春』(2016)の棋士・村山など、数多くの天才を演じられてきましたが、『BLUE/ブルー』では、情熱はあっても「才能がない」ボクシングのトレーナー兼選手の主人公・瓜田を演じられました。準備として約 2 年もの間、ボクシングのトレーニングを続けられたそうですね。
松山 : 2年という期間ですが、ゆったりと取り組んでいましたね。ジムにいる時も、短時間に集中してというよりは、ダラっといて、そこにいる人たちを見ていました。瓜田はトレーナーでもあったので、ジムに「いる」という存在になりたいと思ったんです。
𠮷田 : 撮影に入るのが予定よりも延びたんで、その分練習期間も増えたということもあって。でも、ボクシングは覚えることがたくさんあるので、それはありがたかったですね。
松山 : 僕も時間をかけられたのは、ありがたかったです。
― とはいえ2年もの長い間、役づくりのためボクシングに向き合うというのは大変ではなかったですか?
松山 : 細く長く、だったので。休みたくなかったんですよ。ダラッと長く続けたかった。そういうことが生活だったりするじゃないですか。
― 𠮷田監督も長きにわたってー中学生時代から30年以上ーボクシングを続けられてきたそうですね。
𠮷田 : でも、毎年やめるって言ってるんだよ。「やめるやめる詐欺」を30年(笑)。
― (笑)。そもそも、始めたきっかけはなんだったのでしょうか?
𠮷田 : ボクシングって、一人でできるでしょ? 団体競技が苦手で、中学で部活に馴染めなかったから。あと、空手だと早くは幼稚園の時から初めている人もいるけど、ボクシングをしている人は、当時周りにいなかったというのもあって。
そんなぐらいの感覚で始めたことなのに、やめれなくなって…。
― それで、30年。
𠮷田 : いまだに続けてるもんね。
松山 : 𠮷田監督は、多分、30年間根詰めて向き合っているというよりは、適度な距離を保ちながらだと思うんですよ。ボクシングの練習も一緒にさせていただいたんですが、その際のアドバイスがすごく的確で驚いたんです。ボクシングのことがすごく見えてるんだなと。だから、やっぱり長く続けることは、強いなと思ったんですよね。
𠮷田 : ガッと取り組むタイプはね、やめる人多いんだよ、ジムでも。
松山 : 難しいですよね…。
𠮷田 : すごい熱量でボクシングやってたのに、2日で来なくなったとか。ダラっとやって「やめます」って言ってる人ほど、「お前ずっといるな!」みたいな(笑)。ハードに取り組んでしまうと、緊張の糸がプツッて切れた時に「そこで終わり」になってしまうことがあるね。
松山 : それで思い起こす現場での𠮷田監督の姿があって。俳優やスタッフは、監督がつくる現場の雰囲気に身をゆだねることが多いと思うんですが、僕は𠮷田監督がつくる空気感がすごく好きなんですよね。
印象深かったのが、休憩時間やシーンのセッティング中に、𠮷田監督がどこかへ走って行ったなと思ったら、ニコニコして肩で息をしながら戻ってきたんですよ。「何やってたんですか?」って聞いたら、「ポケモン探しに行ってた」って。
𠮷田 : そうそう(笑)。
松山 : 「ポケモン仲間のおばちゃんと喧嘩してた」って言ってて。
𠮷田 : 「(ポケモン)交換の割りが合わない!」って、いつも喧嘩してね。
松山 : (笑)。それがすごい好きで。
𠮷田 : 人によっては、怒られることかもしれないけれど(笑)。俺は作品にのめり込んでしまいがちだから、映画の登場人物やそれを演じている役者を好きになっちゃったりすると、どのシーンも感動しちゃうのね。
松山 : はい。
𠮷田 : (現場で撮影した映像を)モニターで見ながら、一人で泣いてしまうこともあって。それって結構危険なことで、その時は「OK!」ってなっても、あとで編集する時に改めて見ると、「あれ?」ってことが多々あるから。だから、カメラが回るギリギリまでゲームして、「次、何やるんだっけ?」みたいな感覚でいないと、すぐに気持ちを持ってかれちゃう。ある程度、作品と距離を置いたポジションにいたいのよ。
松山 : でも、そういうポジションにいてくださったから、僕もセオリーとか全部取っ払って、力まずにいられたんですよ。2年間トレーニングをしていた時も、自分を信じることができた。𠮷田監督は話もすごく面白いから、出会った時から好きだったんですけど、最大の決め手は「ポケモン探しに行ってた」でしたね(笑)。
「やめることができない」という才能
― 松山さん演じる瓜田は、ボクシングで挑戦者を象徴する“ブルーコーナー”がお似合いと、ジム仲間に揶揄されてしまう存在です。誰よりもボクシングへの熱量は負けないのに、試合に負け続けている瓜田の「ボクシングとの距離の取り方」をどう捉えてらっしゃいましたか?
松山 : うーん…瓜田にとってのボクシングは、自分にとっての居場所のような気がするんですよね。自分の中心にあるというか。
― なるほど。「好き」というよりは、もう自分の人生にあるのが「当たり前の存在」になっていると。
松山 : もちろん、勝ちたいという気持ちはあるし、勝った時の快感を味わいたいという気持ちもあると思います。勝ったのは2回、負けたのは13回でしたっけ?
𠮷田 : そうです。
松山 : 小川(東出昌大)のように試合に勝って、階級を登っていきたいという思いもある。
― 小川は、瓜田がボクシングを勧めた後輩で、才能と強さをあわせもち、ジムで20年ぶりの日本チャンピオンを狙う人物です。
松山 : でも、その13回の負けの中で悟ってしまったことが、たくさんあると思うんです。だから、ボクシングや、チャンピオンを狙う小川、これからプロを目指す楢崎(柄本時生)たちのことを、割と冷静に見ているんじゃないかな。
― 負け続けてきたことで、近視眼的ではなく距離をとって見れるようになってると。
松山 : でも、だからこそ、“渡せるもの”があるとも思っているんじゃないですかね。
― 今作では「負け続ける」瓜田が主人公でしたが、𠮷田監督の5作目となる映画『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013)でも、シナリオライターになる夢を諦める、諦めたいけどそこへの気持ちにも踏ん切りがつかない女性が主人公でした。
𠮷田 : …何でしょうね…。そういう人物が主人公なのは、昔の自分に対して、ちょっと褒めてあげたいという気持ちがあるんですかね(笑)。
― 昔の自分に。
𠮷田 : 映画コンテストに出品すると、俺は一次で落選してるのに、「お前も映画撮れよ!」なんて声かけていた仲間が受賞してたりするんだよね。あの時、お金を払ってその作品を観に行ってる自分の後ろ姿に、「俺まだ頑張ってるぞ!」って言ってあげたいという気持ちが、どこかにあるのかな。
― 𠮷田監督は、幼稚園の時から「映画監督になりたい」とおっしゃっていたそうですね。高校を卒業後、上京し自主映画をつくり続け、30歳の時に『なま夏』(2005)でゆうばり国際ファンタスティック映画祭のファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門でグランプリを獲得。長編デビューへ繋がりました。
𠮷田 : だから、“負け”が染み付いちゃって、天狗になりづらいんですよ(笑)。褒められたら、そのことをSNSへ素直に書けるようになりたいんだけど、どうも負けてる感覚が取れないんですよね。なんかね。
― “負け”というのは、“やめれない”というか。
𠮷田 : やめる才能がないんだよね。「自分は才能無いな、やめたい」って思うですけど、色々ね。ボクシングも映画も、多分、他のものを見つける才能がないから続いてるだけで、もっと他に何か見つけられれば、やめられたのかもしれない。
多分俺ね、依存してるだけなんだよ(笑)。単純に他のものに切り替える能力がなくて、ただ続けてたことが、たまたまこの「映画」だったんだと思うな。
― プロレスラーの棚橋選手に、「40代に突入した現在も情熱を絶やさず戦い続ける理由」を伺った際、「初期衝動」とおっしゃっていたことを思い出しました。松山さんの言葉にもありましたが「長く続けることは、強さにも繋がる」ことでもありますよね。
𠮷田 : そうね。だから、「辞めない才能」っていう言い方にもできるのかな、うん。
― 先ほど松山さんは、「負け続けてきたからこそ、“渡せるもの”がある」とおっしゃっていましたが。
松山 : 𠮷田監督の話にもありましたが、熱量を持って取り組むということは力みにも繋がってしまうんですよね。
― そう思われたのは、何かきっかけがあったんですか?
松山 : やっぱり、僕も好きな監督、脚本でのお仕事や、「このセリフすごい!」って思って発した言葉に限って、思ったより伝わってないというか、自分が表現しきれてないという経験がありました。
そういう時って、一つの側面だけしか見ることができていない状態になってしまっているんじゃないかと。
― 熱量を持つことで、向き合うものと距離が近くなってしまうと、広く伝わらない原因にも繋がると。
松山 : 自分の趣向ってちっぽけだなって思うし、そこにとらわれてしまうのがすごく嫌だったんです。役者という仕事も、突き詰めていこうと思えば、どこまでもいける気がするんですけど、でも突き詰めた分、観客に広く伝わるかといったら、どうもそうじゃない。
だから、現場の空気感などに全て委ねられるぐらい、大きい器のような存在になりたいなと。そのためには、最初から自分を“満タンにしない”ということが大切なのかなと思います。
松山ケンイチと𠮷田恵輔の
「心の一本」の映画
― では最後に、つくり手の熱量に心を動かされた映画を教えてください。
𠮷田 : それを聞いて最初に思い浮かんだのは、塚本晋也監督の『鉄男』(1989)です。俺は、塚本監督が自らの唯一無二の世界観を、自主映画でつくり上げてしまう姿勢に衝撃を受けて塚本組に入ってるんで。根幹はそれかな。
― 𠮷田監督は、ご自身で自主映画をつくる一方で、塚本晋也監督の作品に『バレット・バレエ』(2000)から照明スタッフとして参加されていますね。
𠮷田 : 俺にとっては、監督の仕事も大変だけど、それ以上に脚本と一人で向き合ってる時が一番きつい。それなのに塚本監督は、監督、脚本だけでなく、プロデューサーから、撮影、美術、宣伝、そして自分が主演まで務めている。そして、誰よりも現場でエネルギッシュなんだよ。怪人としか思えない(笑)。
― 以前、塚本晋也監督にインタビューした際、ご自身で多くの役割を担うのは大変じゃないかと伺うと、「映画というのは、僕にとって面白いことの塊なんです」とおっしゃっていました。
𠮷田 : その姿を見て育っていると、自分が弱い人間というか、薄味人間に感じて。どうしても比較してしまって、自分にはそのエネルギーがないと思ってしまう。だから俺は、自分と映画との距離をとってるのかな。
― 松山さんはいかがですか?
松山 : 僕はチャップリンの作品ですね。どの作品を観ていても、一本つくり上げるのにどのくらいの時間と熱量をかけているんだろうなって思います。
― 『街の灯』(1931)に『モダン・タイムス』(1936)、『独裁者』(1940)、『ライムライト』(1952)などと、チャップリンの作品は、時を経た現在でも多くの人へ届き続けています。
松山 : 𠮷田監督の理由と似てると思うんですが、“濃い”んですよね。見惚れるんですよ、その技に。でも、その対極にある作品は何なんだろうなとも、ずっと考えているんです。
― その逆ですか。
松山 : 落語って聞きます? 5代目(古今亭)志ん生さんと、その次男である3代目(古今亭)志ん朝さんという落語家がいるんですが、志ん朝さんは技術がすごいんですよ。女性を演じると、女性が話しているようにしか聞こえない。一方で、志ん生さんは高座の上で寝るような人で。
𠮷田 : (笑)。
― NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリンピック噺〜』では、志ん生の視点で見た明治から昭和にかけた東京の変遷、そして東京オリンピックが描かれました。「(落語の)セリフは自分で作ってもいい」という考えだったということは、よく知られていますね。
松山 : 映画は、技に見とれる作品が圧倒的に多いと思うんですが、逆に志ん生さんみたいな映画ってありますかね? 今は志ん生さんのようになりたいと思っているんです。
𠮷田 : でも、俺もそうだけれど、「濃いもの」に惹かれてしまうのは、そこに憧れている側面もあると思うよ。
松山 : やっぱり、そうですかね。
𠮷田 : 自分がやりたいことは逆だからこそ、だね。
松山 : そうなんですよね…。
◎五代目 古今亭志ん生 落語