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今回は7月26日公開の『時々、私は考える』です。
2019年に発表された短編映画『Sometimes I Think About Dying』を長編化した作品で、今作の原題も同じタイトルです。
人付き合いの苦手な主人公・フラン(デイジー・リドリー)が淡々と送る日常の中で、ふとした瞬間に思い浮かべる「ある妄想」と、入社したばかりの同僚・ロバート(デイヴ・メルヘジ)との交流によって少しずつ日常が変化していく様子を描いた作品です。
最初から最後まで一貫して映像が繊細で、どのシーンを切り取ってもそのまま部屋に飾りたくなるような、詩的なカットの多さが印象的。
きっと一日中家で流していてもストレスにならないであろうこの穏やかさは、どことなくミュージックビデオにも近い雰囲気があります。
私が観ていて思わず顔が綻んでしまったのは、フランが働く会社でのシーン。
同僚たちの些細な会話は耳障りとまではいかずとも、心に紙やすりで一擦りされたような感覚をフランの表情から察してしまいます。
中でも、会社を退職する同僚のキャロル(マルシア・デボニス)の送別会と、その後に入社したロバートを交えた自己紹介のシーン。
人と打ち解けることが苦手なフランにとってはあまり居心地の良い空間ではなく、送別会では賑やかな場から気配を消すようにそっと距離を置きます。

私が印象に残っているのは自己紹介のシーンである人物が「ここの仲間たちはみんな個性的よ! はい、じゃ自己紹介スタート!(意訳)」という始め方をするところ。
新しい環境で「ここの人たちはみんな変な人ばっかりだからね」とか「みんな個性的で面白いから」などと言われると、逆に個性がぼやけるフィルターがかかってしまう、という経験はないですか?
確かにこの会社にいる人物たちは、愉快な人から気難しい人までしっかりと幅はあるので、個性的という言葉に間違いはないのですが、この前置きはそこまで万能ではないのかもしれない、とも思うのです。
(実際に作中ではこの流れに難なく乗れる人もいれば、怪訝な顔をする人もいるのがとてもリアル。)
そういう前置きをせずに人と関わったほうが、その人の個性や面白さを発見したときの喜び(逆も然り)が明確に実感できて、その実感こそが人付き合いの醍醐味ではないか?と思ってしまうので、この”みんな個性的だよ宣言”に私はあまり乗れません。
でも、確かにその宣言をする人はいます。結構います。その場の空気を温めたくて言っている場合がほとんどなので、憎めない宣言でもあります。
要は宣言の良し悪しではなく、そういう人がただただ存在するという描き方が、この自己紹介シーンのリアリティーなんだと思います。
実際にこの映画でその宣言をする人物は、決して嫌な人として描かれているわけではなく、むしろ好感を持てるキャラクターでもあります。
その絶妙な描き方に、この映画が描こうとしている人物造形の優しさを感じます。
自己紹介で好きな食べ物を言うシーン(これもやりがち)でも、「クラムチャウダーはパンをつけて食べると美味しいよね」とか「やっぱりあなたは酒か〜」みたいなノリとか、一つの回答に一言添えることで会話の温度は上がっていくものですが、ここでフランが言う「カッテージチーズ」には誰も話を広げられないあの感じ。
決して全員に悪意があるわけではなく、話を広げようとしても広げる術がパッと思いつかずに全員沈黙してしまうあの時間。
とても分かる。経験ある。話を広げられる回答を出せなかった自分に対しても気まずいですよね。
ちなみにその場面でロバートが「気まずい時間が好きだ」という発言をすることで、フランはロバートに興味を持つことになります。
(カッテージチーズから派生する社内チャットでの会話も好きです。ああいうチャットのやりとりで生まれる関係性はまあまあありますよね。)

そんな会社と自宅を淡々と行き来するフラン。その彼女が最も安らぎや解放を感じるのが、妄想の時間です。
映画の原題からも分かるように、彼女の妄想はどれも「死」が関わっています。
おそらくフランは死にたいと思っているわけではなく、それが彼女にとって必要な時間というだけなんだと思います。
映像だとシリアスに見える死の妄想は、ダブニー・モリスによる音楽でやや軽快なものへと変化し、不気味でありながらロマンチックさもあるという、妄想ならではの感情が表現されたシーンになっています。

ダブニー・モリスのインタビューによると、映画制作の初期段階で監督のレイチェル・ランバートから、映画の舞台であるオレゴン州のアストリアを、ハワイで休暇を楽しむ時の現実逃避的な魅力のあるものとして扱いたいという話があったそうです。
あの詩的で穏やかで軽やかな映像や、おとぎ話のような音楽にも納得がいきます。(エンドロールではディズニーの「白雪姫」の楽曲が使用されています。)
フランの妄想がロバートの存在によってかき消される様子も、コメディー的に描かれていて愛らしいです。
ロバートは穏やかでありながら社交的な面もあって、フランとは対照的な人物にも見えますが、彼は彼で抱えているものがあります。
フランとは一定の距離をとったり、逆に詰めてしまったりを繰り返しながら関係性を探ろうとしていることが分かります。
フランもフランで、淡々と過ごしていたはずの日常がロバートによって少しずつ変化し、ペースを乱されることに苦悩しつつも、人と関わることの本来の味を少しずつ知っていく様子が見られます。
周囲から孤立して妄想にふけることを決して否定はせず、ただ変化することで見つけられたものを暖かく扱う。
フランが何かから脱却したような描き方をしないところに、この映画の誠実さを感じます。

今回の爪は、フランの妄想や人との関わりの中で動いていく心情を描いています。
右手の紺色の3本の爪は、フランとロバートが二人で映画を観にいく夜のシーン。
単純な恋愛感情とも違う、人との関わりの最初の段階に感じるぎこちなさや、言葉が混ざる様子を描いています。
フランが妄想する死の描写に出てくる、虫や黄色いクレーンなど分かりやすいモチーフも取り入れつつ、両手の親指にはうまく人と関われなかったり、人と同じことをすることに抵抗を感じたりする様子を抽象的に描いています。
左手の小指に舞う白、水色、赤のモチーフは、フランの妄想の中で大量に舞うコピー用紙のシーンを描いています。
台紙は、映画の舞台でもあるオレゴン州のアストリアの風景から色を選んで描いてみました。
「imagination」

● Pick Up ネイルポリッシュ
ADDICTION THE NAIL POLISH + Sunlit Sands

外側から見ればささやかなことかもしれませんが、本人にとっては日常で関わるどんな物事よりもイマジネーションが光る瞬間です。
そんな日常の中でかすかに存在する光を、このポリッシュで表現してみました。
建物の外壁や室内を想像させるベージュに、細やかなゴールドのラメ。
フランの妄想は「光」と呼べるほど明るいものではありませんが、あまり否定的に扱いたくない妄想でもあるので、光が繊細に見えるポリッシュを使用しました。
● 使用ネイル
・ADDICTION THE NAIL POLISH + Sunlit Sands
・et seq.ネイルポリッシュ KE2001 東京タワー
・NAILHOLIC GR706・YE502
・ADDICTION THE NAIL POLISH + Sunlit Sands
・NAILHOLIC GR706
・TMネイルポリッシュM ホワイト・ブラック
・NAILHOLIC BL913
・OSAJIアップリフトネイルカラー 40 Kiminonamae
・SMELLYマニキュア 013 パールウラヌス
・NAILHOLIC BL913
・OSAJIアップリフトネイルカラー 40 Kiminonamae
・SMELLYマニキュア 013 パールウラヌス
・GENE ネイル トープ
・NAILHOLIC BL913
・OSAJIアップリフトネイルカラー 40 Kiminonamae
・GENE ネイル トープ
・ADDICTION THE NAIL POLISH + Sunlit Sands
・Kure BAZAAR ネイルカラー ミント
・SMELLYマニキュア 285 カフェモカ
・TMネイルポリッシュM ホワイト
・et seq.ネイルポリッシュ KE2001 東京タワー
・et seq.ネイルポリッシュ KE2003 号泣する準備はできていた
・ADDICTION THE NAIL POLISH + Sunlit Sands
・et seq.ネイルポリッシュ KE1999 すみれの花の砂糖づけ
・NAILHOLIC SP011
・OSAJIアップリフトネイルカラー 39 Sode
・OSAJIアップリフトネイルカラー 502 Amanojaku
・et seq.ネイルポリッシュ KE2003 号泣する準備はできていた・KE2001 東京タワー
・TMネイルポリッシュM ホワイト

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