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音楽は現実、映画は夢。 孤独と向き合い拓けた、全米シンガーへの道【後編】

シンガーソングライター Mitski インタビュー

音楽は現実、映画は夢。
孤独と向き合い拓けた、全米シンガーへの道【後編】

ニューヨークを拠点に活動する日本生まれのMitskiさんは、黒髪でギターをかき鳴らし、英語でアイデンティティーの葛藤を叫ぶように歌うシンガーソングライターです。
彼女の才能はいまや音楽業界だけではなく、映画監督など、他ジャンルのクリエイターからも注目されています。
Mitskiさんの音楽は、孤独なティーンエイジに自分の内面ととことん向き合うことで、内側からマグマのように湧き上がってきたのだといいます(前編)。そして、彼女が自分の内面と向き合うための場所が“映画”なのだとMitskiさんは話してくれました。

現実から一旦離れ、夢に浸りたくて映画を観る

最近、Mitskiさんは友だちから「どうしても映画を最後まで観続けられないんだよね」と伝えられ、その理由をずっと考え続けているといいます。

「結局それは、たとえば140字のツイートとかYouTuberの動画とか、短い情報が一斉にたくさん流れてくるこの時代のせいなのだと思って。そういう情報を浴びっ放しでいると、インスタントな満足感に慣れてしまいがちです。だから人によっては、2時間座ってひとつの作品に入り込むということが難しいんじゃないかな、と」

「動画がない人生なんて想像できない! 人生のたのしみの半分は、自分が今、映画の中にいると想像することにあるんだもの(I can’t imagine life w/o the moving image! half of life’s enjoyment is in imagining yourself in a movie.)」。

とツイートしていたMitskiさん。一方で、一時期SNSの利用をあえて少なくし、いわゆる“情報断食”をしていたこともあるそう。そのMitskiさんが、なぜ時間をつくってでも映画は観るのか、理由を聞いてみました。

「ある意味、夢に浸りたくて映画を観ているところがあると思います。現実からちょっとだけ逃げて、フィクションという夢の世界で休むんです。それは、自分の中に溜まっていた想いを整理する時間でもあります。」

さらにMitskiさんは「人間が夢を観るのは、頭の中を整理するためって言いますよね」と言葉を続けます。

「映画にも夢と同じような効果があると思います。人は普段『いい人でいなきゃ』『ちゃんとした人でいなきゃ』と、外の方ばかりを向きがちです。だから、社会の一部として過ごしているときは、なかなか自分に向き合えません。ときには、自分の内面を見つめ直す機会が必要です。わたしにとって、そのひとつが映画なんです」

「自分の内面を見つめ直す機会」。小さい頃から孤独を感じ、自分に居場所をつくってきたMitskiさんは、人一倍自分と向き合ってきたと話します。その時間のひとつが“映画”だったのです。

日本とつながりたい、その想いを映画や音楽が叶えてくれた

Mitskiさんが映画好きになったルーツは幼少期にあります。引越しを繰り返してきたMitskiさんは、友だちがあまりおらず、家にひとりぼっちでいる時間が長かったそうです。そうしたときによく、子ども向けの映画をビデオで観て過ごしていたといいます。

「人生で最初に観た映画って、一番記憶に残りますよね。わたしの場合はそれが『もののけ姫』(1997年)でした。当時住んでいたマレーシアで、母がビデオを買ってくれて、何度も繰り返し観ていました」

山犬に育てられた人間の少女サンと、日本人とアメリカ人の両親の元で育ち、引越しを重ねることで「自分の所属するコミュニティが見つけられなかった」と話すMitskiさん。アイデンティティーに揺れる二人の孤独な少女の姿が重なります。

「ある日、いつものように『もののけ姫』を観ようとしたら、なんとビデオの中にアリが巣をつくっていて! ビデオを捨てるしかなくなってしまい、すごくがっかりしましたね。南国のマレーシアにはアリがたくさんいるんです」

Mitskiさんはマレーシアで『もののけ姫』を観て以来、人生に迷ったときにはジブリの作品を観るほどの大ファンだといいます。

Mitskiさんに“思春期に影響を受けた映画”について聞くと、『嫌われ松子の一生』(2006年)をあげてくれました。中高生のときに日本に住んでいたことがあり、そのときに日本の映画館で観た思い出があるそうです。

「最初はビジュアル的に、ものすごくポップで色鮮やかなところに惹かれたんです。そのコントラストがあるからこそ、主人公・松子の転落人生がかえって生々しくリアルに感じられるような気がして。より悲劇性が高まるというか」

過剰にコントラストのある刺激的な映画の世界観は、自身の曲づくりにも大きく影響を受けたと、Mitskiさんは話します。たとえばギターのディストーション(機器で楽器の音色を歪めること)を使いながらも、歌詞や声色はやさしくするなど、コントラストのある表現を意識するようになったそうです。

他にも、『花様年華』(2000年)や『ロミオ&ジュリエット』(1996年)も同じ理由で好きなのだと話してくれました。しかし、その中でも『嫌われ松子の一生』が一番印象に残っているといいます。

「それはアジア的、日本的な色使いが好きだったんだと思います。多分、海外にいて、そういうものを介して日本とつながっていようとしていたんじゃないかな」

映画の他にも、母親が持っていた日本のCDも聴いていたというMitskiさんは、中島みゆきさんや松任谷由実さん、椎名林檎さんも好きだと話してくれました。Mitskiさんの曲“Liquid Smooth” (アルバム『Lush』に収録)には、「崩れてゆく前に」という日本語が歌詞として登場します。また、“First Love / Late Spring” (『Bury Me at Makeout Creek』収録)には、「胸がはち切れそうで」という日本語も。

「例えば、10代のときに、もし自分と同じように半分日本人でアメリカに住んでいて、ロックをつくっているようなシンガーと出会っていたら、もっと早くに音楽活動を始めていただろうなと思います。わたしはいろんな人に音楽をつくるチャンスがあることが大事だと思っているので、アメリカで暮らすアジア系の女の子とかが、わたしを見て『ああ、じゃあわたしもできるかも』って、もしかしたら感じてくれるかもしれないと期待しているんです」

孤独を見つめ続けた思春期、とことん内面と向き合ったMitskiさんは、自分の内側に音楽をみつけました。現在、Mitskiさんは自分と同じようなルーツをもつ人に向けても、「わたしの背中を見て」と言わんばかりに音楽や言葉を発信しています。最近 MitskiさんのTwitterで、両親が日本人でアメリカ国籍を持っているフィギュアスケート選手・長洲未来さんの名前について、つづっているツイートを発見しました。

「the name Mirai means “the future” in Japanese :) 」

長洲未来さんの名前には、「ミライ」という音だけでなく「”the future”(未来)」という意味が存在することを、Mitskiさん自身の言葉で届けること。かつて、自分のルーツを日本の映画や音楽にみつけたMitskiさんだからこそ、それが若き才能へのエールになるのだと思いました。

PROFILE
歌手
ミツキ
Mitski
アメリカと日本のハーフであるミツキ・ミヤワキのソロプロジェクト。日本で生まれたのち、7か国を行き来する環境の中で育つ。ニューヨークのパーチェス校で音楽を学びながら『Lush』(2012年)、『Retired from Sad, New Career in Business』(2013年)をセルフリリース。シンガーソングライターとしての才能を驚異的なペースで発揮し、大学卒業後に3作目『Bury Me At Makeout Creek』をリリース。『Pitchfork』『NME』『Rolling Stone』等主要音楽メディアから多くの賞賛を浴びた。そして有名インディーズレーベル<Dead Oceans>と契約、2016年にニュー・アルバム『Puberty2』をリリース。同年12月にはソロアコースティックセットでの初来日公演を開催。2017年11月、バンド編成での初ジャパンツアーを行った。
INFORMATION
Mitski - Your Best American Girl
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