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DVD棚は、わたしの半生がわかる「卒業アルバム」のような存在
たくさんの窓から光が差し込む、日当たりのいい開けたワンルーム。木製の家具や観葉植物が並ぶインテリアには温かみがあり、なんて居心地のいい部屋なんだろうと、編集部一同も思わずリラックス。そこへトトトッと、白黒の小さい生きものが通り過ぎ…?
「この子は猫の点子です。一緒に暮らしはじめてまだ4か月なんですけど、娘のような存在です。制作の合間に目をやったり世話をするだけで地に足がつくような感覚をもらえますね」
顔の模様が八の字のように割れた、いわゆる“ハチワレ猫”の点子を抱き上げ、いとおしげにそう話す安藤晶子さん。窓に向かうように置かれた作業机の上には、仕事道具である絵の具やペンなどが所狭しと置かれ、また、点子をモデルにして描いたというチャーミングな1枚も。
そこから少し視線をずらすと、映画のフライヤーや映画館の半券チケットが、飾られていることに気づきました。たとえば窓際に置かれたフォトフレームの真ん中に『わたしはロランス』(2012年)の半券が、本棚の左側面に韓国映画『わたしたち』(2016年)のフライヤーが。
映画館で観て好きだったけれど、まだDVDを買えていない作品は、その好きな想いを忘れないように飾っているのだそう。
「さっき猫の点子のことを『地に足がつくような感覚をもらえる』と言いましたが、わたしにとっては映画もそんな存在に近いかもしれません。家の中で絵を描く仕事をしていると、スランプとまでは行かなくても、煮詰まって筆が進まないこともあります。そんなときに映画を観ると、自分の中で大切だったのに忘れてしまっていたことを思い出せるような気がするんですよね」
部屋には大きな棚がふたつあり、同居中のグラフィックデザイナーの彼の棚、そして安藤さんの棚と、ふたりの持ちものは完全に分けているとのこと。安藤さんはその自分だけの棚へ、本・DVD・CDを一緒に収納しています。棚全体にまんべんなく小説や画集が並ぶ中、棚のちょうど真ん中のスペースに、DVD15枚がひっそりと身を寄せるように収まっていました。
「本は新しいものを買ったら、『これは今の自分には合わないかな』と思う古いものを手放して、常にこの棚に収まる数に調整しています。でもDVDは昔から入れ替えが少なくて、何年もずっとこのラインナップのまま。つまり本棚は“今の自分の興味・関心”が一目でわかるもので、それに対してDVD棚は“自分の根っこにある世界観”がわかるもの、なのかな」
10代の頃から大ファンだというアーティスト・CHARAさんのライブDVD3枚のほか、アート系映画のDVDが洋画邦画を問わず10枚ほど。そんな小じんまりとしたDVD棚について、安藤さんはさらにこう言葉を続けました。
「自分が作り手として、またひとりの人間として辿ってきた道筋が赤裸々に表れているので、人に見せるのは少し恥ずかしい…だからこのDVD棚は、いわばわたしの“卒業アルバム”のような存在かもしれません」
本当はDVDも置いていたくない。でも手放せない…特別な映画
安藤さんの日々のクリエイションにおいて、欠かせない存在になっているという映画鑑賞ですが、映画がとくべつ大切な存在になったのはいつ頃からなのでしょうか。
「小さい頃からディズニーやジブリの映画は親と観に行っていたんですけど、いわゆる単館系映画に初めて出会ったのは中学3年生のときです。当時、好きになった男の子のメールアドレスの“buffalo66”という文字列から映画『バッファロー’66』(1998年)を知って。VHSで借りて観てみたら、『こんな大人っぽい映画が好きだなんて素敵!』ってさらにときめきましたね(笑)」
安藤さんは中3から高校生にかけて、単館系映画の世界にハマっていったといいます。特に夢中になったのは、10代の自分にとってのリアリティを感じられる邦画2作品でした。
「こんなに気持ちを持っていかれる映画は初めてだった」と棚から出してくれたのは、岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)。地方都市で暮らす14歳の少年を主人公に、ある事件を描く映画です。
「最初に映画館で観たとき、観ちゃいけないものを観た気がしました。自分と同い年の、14歳ならではの鬱屈とした感情があまりにもリアルに描かれていることに驚いたからです。ドキュメンタリー的な手法も手伝って、『これは“本当にあった事件”なんじゃないか?』と思うくらいでした。しかも当時暮らしていた地元の街や中学校が、この映画の舞台とそっくりで。田んぼだらけの景色とか、中学の荒れた空気感とか…だから余計、映画の世界の中に入り込んでしまって」
今でもこの映画を観返すと、まるで自分のことのように心を揺さぶられるそう。観ると辛いので本当はDVDも置いていたくない、でも手放せない…そんな特別な映画なのだといいます。
居心地がいいとは決していえなかった中学校生活の中でひとりだけ、安藤さんにとって救いとなる存在がいました。一緒にいると心から安心できる、同級生の女友だちです。
「その子といるとすごく平和で楽しくて、『他に居場所がなくても、このふたりの世界があれば充分』と思えるような、心強い存在でした。だからだと思うんですけど、女性同士の友情を描いた映画や物語が、当時からずっと大好きなんです」
そう言われて棚を眺めてみると、たしかに女性ふたりが主人公の映画のDVDがもう1枚。『リリイ・シュシュのすべて』と同じ岩井俊二監督の作品『花とアリス』(2004)です。
「女性同士特有の、ささいな嘘から大きく転がっていくようなストーリーが好きなんです。“男ふたりもの”の映画は、事件を解決したり仕事で成功したり、何かしら使命や目的が必要になるけど、“女ふたりもの”は一緒にいておしゃべりしているだけで物語になる。あとはポジティブな感情だけじゃなく、嫉妬したり見栄を張ったり、人間の滑稽さが見えるところも、“女ふたりもの”の映画の魅力ですね」
自分にとってのリアリティを感じられる“物語”に惹かれてきた安藤さん。その感情は次第に「どうやってこんなにリアリティのある映画を作ったのか?」という、“作り手”に対する興味へと広がっていったといいます。
「小学生の頃から『自分は絵が得意だから、絵描きになりたい』と思っていました。だから”作り手の人たちがどうクリエイションに向き合っているのか”というのは、当時から気になっていたテーマで。『リリイ・シュシュのすべて』『花とアリス』に衝撃を受けていた中高生の頃は、岩井俊二監督がどんな演出をしたのかを知りたくて、DVDの特典のメイキング映像を夢中で観ていましたしね。監督のインタビュー記事を読むのも好きでした」
作り手の自分を支えてくれる
アーティストドキュメンタリー
安藤さんの“作り手”への興味は、美術大学に進学してからさらに、映画を通して強まっていきます。大学入学とともに安藤さんは上京、初めてのひとり暮らしを始めました。部屋に籠もって明け方まで絵を描く毎日に孤独を感じ、制作に向き合うのが辛い時期もあったそう。
そんなときに観て、励まされた映画が『NARA:奈良美智との旅の記憶』(2008年)。 人気画家・奈良美智に密着し、展覧会『AtoZ』 への道のりを追ったドキュメンタリー作です。
「特に心に残ったのは、奈良さんがタイに滞在中、夕飯を食べた帰りに仲間と車の中から花火を眺めているシーンなんです。とてもリラックスした奈良さんが映っているんですけど、公開当時、その数秒のシーンが観たくて映画館に4回通ったほど(笑)。作り手としてのストイックな時間だけじゃなくて、日常の中で感動したりきれいなものに触れたり、そういう宝物みたいな瞬間を集めることが大事なんだと思えたんですよね。自分が内に籠もっていた時期に観たからこそ、すごく心に響きましたし、その気持ちは今も大事にしています」
最近観たドキュメンタリーの中で印象に残ったものとして、『高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~』(2014年)を棚から取り出してくれました。あまり入れ替わりがないという安藤さんのDVD棚に、新しく追加された大切な1枚です。
「『かぐや姫の物語』(2013)がすごく好きで、高畑監督がどうやってこの作品を作ったのか知りたくなって買ったんです。この中に、高畑監督と作曲家の久石譲さんのやりとりが映っていて。久石さんが『かぐや姫の物語』のクライマックスシーンに提案した音楽について、高畑監督は違和感を感じながらも一度はOKしてしまう。だけどやっぱりどうしても納得がいかなくて、深夜に『思い入れの強いシーンだから、曲を作り直してください』とお願いしに行くんです。高畑監督のように才能がある方だからこそ、こんなに悩んだり粘ったり、ギリギリのところで戦うんだという姿を目にし、すごく大切な裏側を見せていただいたなという気持ちでした」
信じてきたものを否定してでも前に進む。主人公の“強さ”に共感した映画
映画から垣間見える作り手の姿に、大きな影響を受けてきた安藤さんですが、映画のストーリーそのものから、何かインスピレーションを得ることもあるのでしょうか。そう問うと、安藤さんは韓国映画『シークレット・サンシャイン』(2008年)のDVDを取り出してくれました。
「主人公の女性は息子を誘拐犯に殺害され、救いを求めてキリスト教に入信するんですけど、結局そこでも救われず、どんどん我を忘れて過激な行動に走ってしまう。主人公が次々と困難の壁にぶつかっていく姿を描く、結構観るのが辛い作品です。でもわたしにとっては、それがかえってとても痛快なんです。『それでいいんだよ、行け行け!』と思っちゃう。それは、自分がすべてを賭けて信じていたものでも違和感を感じたのならば否定する勇気と、その壁を壊して前に進んでいく強さが見えたからだと思います」
主人公が変化を恐れずに突き進む姿は、“これからどういう風に絵と向き合っていくか”という最近の自分のテーマとも重なるものがあるのだと、安藤さんは言います。
「今、ちょっと悩みの中にいるというか。イラストのお仕事で人の期待に応えることも大好きなんですけど、それと同時に、もっと自分の描きたい絵を突き詰めて描いてもいいんじゃないかなと思いはじめ、新しい手法にチャレンジしているんです。たとえば『絵を描く紙も、既存のものじゃなくて、自分で作ったら楽しいかも?』と思って、紙漉きをはじめてみたり」
安藤さんは、自身が描いた絵を切り貼りするコラージュ的手法で、女性のポートレイトをはじめとした作品を作り続けています。独特の色彩や、触れたくなるような素材の質感、描かれる女性の表情。安藤さんの作品からは、「かわいい」「きれい」という表層的なものではなく、“ストーリー”や“情景”など、映画にも通じる、奥行きのようなものが感じられます。そのユニークな構図や柄・色使いにファンが多く、ルミネ池袋でのショーウインドウ制作、本の装画、CDのアートワークなど、各所からのラブコールも絶えません。
「学生の頃は、おしゃれな映画から素直に影響を受けて、色彩やビジュアルをそのまま絵に取り入れようとした時期もありました。でも、素敵だな、ああいうのつくりたいな、と思ったからといって同じようなエネルギーを持つものをつくるのは簡単なことではなくて、そこまで到達するためには時間をかけて自分だけのやり方を見つけていくべきなんだと今は思っています」
映画から得たインスピレーションをそのまますぐに絵にできるほど器用ではないので、絵は絵で粛々と描くしかない。そう安藤さんは話します。でも、インプットがなければアウトプットはできません。自分のモチベーションを上げ、絵描きとして少しでもいい状態を保つために、映画はやっぱり不可欠な存在なのだそうです。
「絵描きとして変化しながらもっといい作品をつくれるようになりたいので、心が動く瞬間をたくさん集めて、自分の内面を耕していきたいなと思います。そのためには、大切だと思う映画のDVDを手元に置き、いつでも観られるようにしておくことが、わたしにとってはすごく大切なんです」
小柄で、ふんわりと柔らかい雰囲気の安藤さんですが、紡ぎ出す言葉からは、真摯に絵と向き合ってきた芯の強さを感じました。ストイックでありながら、信じてきたものを潔く捨てる柔軟さも持ち合わせている。そのしなやかな強さは、安藤さんが映画を通して見つけたものなのかもしれません。
「映画から新鮮な空気を受け取り、自分の内面を耕し続ける」という安藤さんが、これからどんな世界を描いていくのかたのしみです。
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