目次

どんな所まで僕たちを連れていってくれるんだろう
― 大友さん、若葉さん、冨永監督の3人で取材を受けられるのは、今日が初めてだとお聞きしました。
若葉 : (大友)律は、めちゃくちゃ緊張してるらしいです(笑)。
大友 : …はい。今日が初めてなので。
冨永 : そういう時は、お互いに楽に行きましょう。緊張してる方がいいものができるというのは嘘だと思いますから(笑)。
― 大友さんと若葉さんは、『南瓜とマヨネーズ』(2017)や『素敵なダイナマイトスキャンダル』(2018)など、これまでも冨永監督の作品に何度も出演されてきましたね。
大友・若葉 : はい。
冨永 : 二人には、これまで何回も映画に出てもらってるんですけど、『ぶぶ漬けどうどす』では「こういうのはまだ頼んでないな」という役どころで声をかけさせてもらいました。
― 今作は、京都の街に魅せられていく主人公のまどか(深川麻衣)と、その周囲で巻き起こる騒動を描いた作品ですが、大友さんと若葉さんは主人公の行動に異なる立場から火をつけていく、キーパーソンのような役を演じられました。

冨永 : 京都に憧れを募らせていく主人公を中心に脚本をつくる中で、観ている人にストーリーの前半は「まどかを応援してほしい」、中盤は「かばってほしい」、終盤は「心配してほしい」と思って構成を考えていたんです。
それぞれのパートで関わるパートナーが、どんな人物だったらうまくアシストできるかな…と。まず、大友くんに演じてもらったまどかの夫・真理央は、京都出身でありながら、まどかと対照的に京都を「どうでもいい」と思っている人にしよう、と考えました。
― 大友さん演じる真理央は、京都で450年続く老舗扇子店の長男です。妻であるフリーライターのまどかは、老舗の暮らしぶりを赤裸々リポートしたコミックエッセイを出版しようと企み、夫と共に実家を訪れます。しかし、真理央は家業に対して無関心で、まどかを残して先に東京へ帰ってしまいますね。

大友 : ぼんやりと生きてる、所謂“ボンボン(関西弁で「お坊ちゃん」「良家の若旦那」の意)”ですよね。僕自身も、“ボンボン”気質なところがあるので、あまりイメージを作り込まない方がいいんじゃないかと考えていました。
― “ボンボン”気質なんですね!
大友 : あまり親からうるさく言われずに育って来たんだろうな、というのが僕の“ボンボンイメージ”です(笑)。
冨永 : 真理央が実家を継ぐ意志がないからこそ、まどかは「私が継がなくては」という思いを、より強く持つようになるんですよね。
― ひとり京都に残ったまどかは、義理の父である達雄(松尾貴史)や母の環(室井滋)、京都で商店を営む女将たちに取材を始めます。そこで聞いた「京都を守る」という言葉に感銘を受け、自分が“京都の正しき伝道師”になるべく行動しますが、思わぬ反感を買うことになってしまいます。

冨永 : まどかが暴走するために必要なのは、想いに火をつける人です。それが、若葉くんが演じてくれた中村先生。“いかにも芸術界隈”みたいな風貌で、知性と教養が高いんだけど、心がない人として考えました。
若葉 : (笑)。
― 京都美大の教授である中村先生は、まどかが連載するコミックエッセイの大ファンだと語り、京都の伝統を守るべく奔走するまどかの背中を押します。確かに、冨永監督がおっしゃるよう、心の内が見えない謎めいた人物でした(笑)。
若葉 : 初めての本読み(出演者やスタッフが集まり、台本を読みあわせて演技の方向性を共有する作業)の時、20分くらい話して「あの中村先生」の方向性が決まったというか。

― 冨永監督と若葉さんで20分間ほどセッションする中でできあがったと。
若葉 : 冨永監督から「語尾に全部『〜なんですよ』って付けたらどうなる?」って提案を受けて、実際にやってみたら、すごくしっくりきて。冨永監督の持っているイメージ像が、そこで共有できましたね。
冨永 : 実際は10分間くらい…(笑)。そこから修正も入れて20分間くらい。
若葉 : (笑)。
冨永 : いや実は、本読みを見て「若葉くん、ノってないな」と思ったんです。
若葉 : (笑)。
― 気持ちが乗っていないなと?
冨永 : 多分、変なことしたいと思ってるんだろうなと感じて。それなら、ちょっとセリフを変えるだけでは面白くないので、語尾を全部変えてしまおうと。
そうしたら、流石ですね。語尾を変えただけで、読むスピードや瞬きの回数も全部変わって、「中村先生」像が一瞬でできあがった。それが、本読みが始まって11分くらい。

― (笑)。冨永監督のその提案により、若葉さんの中で全てのイメージが繋がったんですね。
冨永 : 若葉くんは、僕の現場に来る時は、だいたい変なことしに来てるんですよ(笑)。
― 若葉さんにとって冨永監督の作品は、他ではできないことができる現場なのでしょうか?
若葉 : そうなんですよ。いや、冨永監督の現場ではその精神を持っていかないと、というところがあります。自分は冨永監督の考える範疇を飛び越えることができるのかな、といつも思っていて。
冨永監督は、僕の小さな脳で考えたものとは全然違う、「そう来るか」という想像を超えるところに連れていってくれるので。それを楽しみに行っている、というのが正しいかもしれないですね。
大友 : いろいろ事前に考えて準備していても、現場に行くと、冨永監督の一言で思ってもみないことが起こる。役者として貴重な体験だと思います。
京都の「小さな鳥居」にまつわるエピソードがあるんですけど、現場に行ってみたら脚本にない展開が急に加わっていたことがあって。

冨永 : そうそうそう! 撮影する中で出てきたアイデアで、当初そこに関するセリフは台本にはなかったんですよね。
あの時、説明しなかったよね? 何でそうなったか。
大友 : 現場に行ったら深川さんが、明らかに無視できない「小さな鳥居」を手に持ってて驚きました(笑)。
― (笑)。
冨永 : でも、監督からすると、それができるのは俳優が与えてくれるからなんだよね。
若葉 : あーなるほど…。じゃあ、いいコミュニケーションがとれているっていうことですね。

変身しても遠くに行ってしまわない人を描く
― 脚本のアサダアツシさんが今作の企画を立ち上げた当初は、完成された作品とは全く毛色が異なる、ホラーテイストのエンタテインメントを考えていたそうですね。“主人公が実体のない何かに囚われていく物語”の舞台として、京都の街が浮かんだと。
冨永 : そうです、全然違いました。
若葉 : そうなんですか。
― そこに冨永監督が加わり、京都での取材を始めるようになってから、二転三転していったと伺いました。
冨永 : 京都の老舗の世界が舞台になるということは決まっていたので、いろんな老舗の女将さん、ご主人にお話を聞いたんです。それは、「僕らの京都へ対するイメージがどのくらい当たってるのか」を確かめたいという、ある意味ちょっと邪な姿勢で。

― プロダクションノートにも「生粋の京都人には、絵に描いたように排他的であって欲しかった。ところが、みなさん普通に親切で、全然そんな素振りはありませんでした」と、書かれていましたね。
冨永 : 「ヨソさん」と自分達は違うと、線を引かれると思っていたんですが、いざ取材をしてみると全部こちらの思い込みだったということがわかって。
京都の人が持つプライドみたいなものを感じたいと、つまり「いけず」されたかったんですけど、みなさん謙虚で優しい方なんですよね。あえて思い込みを隠さない質問もしたんですけど、普通に困ってらっしゃって。「しまった、普通の優しい人たちだ」と(笑)。
大友 : (笑)。
冨永 : アサダさんも僕もこれまでホラー映画をつくったことがなかったので、新たな挑戦のつもりで臨んだんだけど、取材したことを活かした方が面白くなると思いました。挑戦はいらなかった(笑)。
この思い込みが覆った経験を主人公のまどかにも経験させたいと思って、そこから変わっていったんです。
― この映画の見どころは、京都への想いに囚われ、周囲の声も届かないほどになってしまう、まどかの変身ぶりです。冨永監督は、これまでも映画の中で「人間の変身」を描いてこられましたが、大友さんと若葉さんは、まどかの姿をどのように感じていましたか?
大友 : あぁ、自分もこうなるかもしれない、と思いました。人が変わる時って、気づいていないからそうなるわけで。変化って小さいことの積み重ねだから、自分では変わっていることに気づかないんですよね。
でも、ふと立ち止まって過去を振り返った時に、自分って前はこんな感じだったんだ、と初めて気づく。僕自身も、20代の役者を始めた頃に比べると、だいぶ自分が変わったなと思います。
若葉 : 僕の場合は、日々変わっていると感じているかもしれないですね。友達や家族といる時とこうして取材を受けている今とでは、顔も喋り方も全然違うだろうし。毎日そうやって変動している自分がいる気がしますけどね。

― 変わり続けることは、自然なことなのだと。
若葉 : 変わっていくことは恐れることではなく、一番人間らしいことなのかもな、と思います。
― 確かに、まどかの変身も、どんな暴走をしていても、どこか憎めなくて笑ってしまいました。実は、私の友人にもまどかに似ている人がいます。
冨永 : あ、そうでしたか。それは一番嬉しい感想ですね。観た人が、まどかのことを友だちみたいに思ってくれたらいいなと考えていたので。深川さんに演じてもらうことで、親しみが持てるようにしたかったんです。
つまり、「変身しても、遠くに行ってしまわない人」なんですね。
― なるほど。
冨永 : このくらいの変身だったら、実は誰でもできるんじゃないかなと思うんです。そして、それが正直なその時の気持ちによるものだったら、人を不幸にはしないんじゃないかなと。まどかはいい変身をしているんですよ。

「1960年代の大映映画」を出発点に
― 最後にみなさんの「心の一本の映画」をお伺いしてるのですが、撮影中に思い出した作品や、今作に繋がると思うお好きな作品などありましたら、ぜひ教えてください。
若葉 : 僕は、作品ではないんですけど、中村先生を演じるにあたって読み返していた台本がありました。本読みが終わって帰宅してから、冨永監督に言われたことを思い出し反復しながら、「中村先生は、思考よりも先に言葉や知識が出てくる人」なんじゃないかなぁって漠然と思って。
それで思い浮かんだのが…シェイクスピア戯曲のリズムです。
冨永 : そうなんだ。
若葉 : 僕、蜷川幸雄さん演出の舞台でシェイクスピア作品を演じたことがあって。
― 彩の国さいたま芸術劇場開館20周年とシェイクスピアの生誕450年にあたる2014年に企画され、“NINAGAWA×SHAKESPEARE LEGEND”第一弾として公演された『ロミオとジュリエット』ですね。若葉さんは、ベンヴォーリオを演じられました。
若葉 : その時に、丸々1ページあるセリフをしゃべり続けるシーンがあるんですけど、セリフを区切るブレスの位置が台本に記されていて、1ページに3、4ヶ所あるかなぐらいで、ほぼ息継ぎがない。
中村先生を演じるにあたって、ブレスの数を1にしたらどうなるのかな、と当時の台本を読み返しながら考えてましたね(笑)。それであのスピード感になったんです。

大友 : 僕は真理央と自分が重なる所が多かったので、特段参考にした作品はありませんでした。
冨永 : そういえば、当初アサダさんと今作をつくるにあたり共有していた作品として、1960年代の大映映画があるんですが、真理央のような何も考えてないボンボンの男の人が、そういう映画には必ずいます。
大友 : 真理央のような役が大映映画にいるんですね。
― 先ほど、企画時にはホラー映画をつくろうと考えていたとおっしゃっていましたが、大映映画もイメージされていたんですか?
冨永 : 当初アサダさんは、脚本を書いていく中で『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)や市川崑監督の『炎上』(1958)を思い浮かべていたと話していて。その中で、僕とアサダさんの間でイメージが一致していたのは、1960年代の大映映画でした。
若葉 : そうなんですね。
― 『ローズマリーの赤ちゃん』は、ロマン・ポランスキー監督がアイラ・レビンの同名小説を映画化した作品で、“自分は悪魔の子を妊娠したのではないか”という考えに追い詰められる主人公を描いています。『炎上』は実際に起こった“金閣寺放火事件”をもとにした作品で、どちらも、主人公が実体のないものに囚われ、心が変化していく様が描かれていますね。60年代の大映映画というのは?
冨永 : 市川崑監督作もそうですけど、吉村公三郎監督とか、増村保造監督とか。あと、今回のまどかを考える時にアサダさんがイメージしていたのは、三隅研次監督の『女系家族』(1963)です。
― 山崎豊子さんの小説を映画化した、女系が続く家族の遺産相続争いを描いた作品ですね。主演を若尾文子さんが務められ、3姉妹の長女を演じた京マチ子さんとの壮絶なバトルが見どころです。
冨永 : 大阪の船場を舞台に、ある老舗の後継者争いを描いた話なんですけど、最終的には、若尾文子さんが演じる死んだ父親の愛人が、権利を奪い取る。僕とアサダさんが共有していた、まどかのモデルは、大映映画の中の若尾文子さんでしたね。
