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映画を観た日のアレコレ No.26

ミュージシャン
マヒトゥ・ザ・ピーポーの映画日記
2020年10月26日

なかなか思うように外に出かけられない今、どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。
誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう?
日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
26回目は、ミュージシャン マヒトゥ・ザ・ピーポーさんの映画日記です。
日記の持ち主
ミュージシャン
マヒトゥ・ザ・ピーポー
Mahito The People
2009年 バンド「GEZAN」を大阪にて結成。作詞作曲をおこないボーカルとして音楽活動開始。
うたを軸にしたソロでの活動の他に、青葉市子との「NUUAMM」として複数のアルバムを制作。
映画の劇伴やCM音楽も手がけ、また音楽以外の分野では国内外のアーティストを自身のレーベル「十三月」でリリースや、フリーフェスである「全感覚祭」を主催。また中国の写真家・Ren Hangのモデルをつとめたりと、独自のレイヤーで時代をまたぎ、カルチャーをつむいでいる。2019年は初めての小説『銀河で一番静かな革命』を出版。GEZANのドキュメンタリー映画『Tribe Called Discord』がSPACE SHOWER FILM配給で全国上映開始。バンドとしてはFUJI ROCK FESTIVAL’19のWHITE STAGEに出演。2020年1月、5th ALBUM『狂KLUE』をリリース、豊田利晃監督の劇映画『破壊の日』に出演し、全国上映中。初のエッセイ『ひかりぼっち』がイーストプレスより発売。

2020年10月26日

エントランスにポップコーンの匂いが立ち込める。映画とワンセットのように扱われているけど、いつからだろう? わたしは食べたくなったことはないけれど。
ざわついた喧騒をくぐり指定の席につくと、眼球を心地いい暗闇がそっと包んでくれる。話す声は聞こえるが、どこかで出来上がった暗黙のルールとして、一定リミットの静寂がシェアされる空間で『TENET テネット』のIMAX上映を待つ。
IMAXがいかにすごいかのCMが流れるが、このVの作りがうんとダサくて笑える。DVDが出始めた時のCMもそうだったが、未来という描写に使われるSF的な描写が一向にアップグレードされない。広告業にとって都合のいい未来は、車が空を飛んだりする、眩いライティングの施されたデザインなのだろう。それに比べ近年のSFはもっと現実的で、資源の枯渇した独特の渇きが都市の中に描写される。

2時間半の映画が走った後、わたしは口をポカーンと開けて放心していた。オーマイガー。半分わかっているかどうか。情報量の多さに脳神経が痙攣している。それでいて強烈に引きこまれていた。面白い面白くないの前に、その光の中に溺れていたのだ。
エスカレーターを降り、外の風に触れると、少しだけ緊張がほぐれた。深呼吸してネオンの歌舞伎町を歩く。
「職業イケメン」うるさいねん。

わたしは、熱を持った頭を揺らしながら光のカーテンをめくり、雑踏を追い越してゴールデン街の行きつけのバーに入る。
ママに、温泉でも入ったように顔色がいいと言われる。頭の中のもやもやと相反して、デトックスされているのかもしれない。
TENETのことを少し話すと、店で何度か飲んだことのある常連さんが痰を切ったように語り出す。解説がやたらと的を得ていて、途中からなんだか人格を否定されている気分になる。きっと優越感が悦に入り、声色が赤らんでいくのが見えたからだろう。お酒がぐるぐると回ってきたので店を出てタクシーに乗り、ふいにネット上に落ちているネタバレ系の解説を読んでみると、先ほど常連さんから聞いた話が上から順番に書かれていた。
「あのおっさんも解説読んでるやんけ。」
わたしのついたため息は、歌舞伎町のネオンの中に吸い込まれていく。少し開いた窓から吹き込む風に、雨の匂いが混ざっていた。明日あたり雨が降るかもしれない。家に帰ったら洗濯物を中に取り込もう。視線を前に戻すと運転手さんが変な道の行き方をしている。
「その行き方じゃ遠回りですよ。」わたしのきつい言い方。
「すみません。」
東北のなまりにハッとする。よくない。わたしは目をつむると、エンジンの音と風が、光を追い越す音が聞こえた。

「追いTENETや。」
後日。解説でバキバキに武装したわたしはもう一回同じ場所で観ようと決意し、タクシーに飛び乗った。
映画館に着くと、前日も飲んでいたとんだ林 蘭やimaiさん、それにokadada君やミツメの川辺君のチームがたまたま観に来ていた。終わったら飲みにいくだろうな。なんとなくそんな予測を持ちながら2時間半の旅に出る。

二度目に見た感想は、筋はスッキリとわかったものの、一度目にあるようなわけのわからない勢いの中でもっていかれるカタルシスの体験はなかった。それはそうだ。二度目だもの。
同じく二度目の鑑賞だったimaiさんと、女優さんの肌荒れやファンデーションのノリの話などをした。一番最初に感想として出てきた箇所がそれなのも、我ながらアホだと思う。居酒屋の中でホルモンが焼かれ、箸が交差し、レモンサワーのグラスが汗をかいている。Seiho君が合流し、量子力学にも詳しいokadada君が未来を語る。

ノーランの初期作品である『メメント』は当然予算もなく、アイデアで持っていった作品だが、TENETでは本人を取り巻く環境は変化し、空想を具現化した。わたしは何より2億ドル超えの馬鹿げた予算とジャンボジェットを爆発させ、高速道路6車線を8キロ、数週間封鎖するなどの労力をクリストファー・ノーランという名前で挑戦することができる、その積み上げてきたものに感動するし、全編フィルムで撮影したこともそうだが、二度確かめさせ、多くの人間を映画館に通わせたノーランの劇場に対する映画愛を感じた。
興行として成功させるために、簡潔に綺麗なオチでスッキリ泣かせたり、喜ばせてくれるサロンのような映画が多い中で、混乱を想定しながら、むしろ混乱ゆえに再度誘い込んでくるこの映画には、何をもって映画たらしめるのか、何か映画への恩返しのようなものがある気がしてならない。そして今日の映画界において無茶ともいえるこの製作費には、ある種の映画界におけるサクセスストーリーが内包されている。

酩酊しながら月を見上げていたら、歪んでグニャグニャだ。小便を済ませたわたしは、煙たい輪の中心を千鳥足で目指す。階段を上り切る前から笑い声が漏れているのが聞こえる。わたしは太ももの筋肉にグッと力を入れた。

映画の全部を愛している。

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ミュージシャン
マヒトゥ・ザ・ピーポー
Mahito The People
2009年 バンド「GEZAN」を大阪にて結成。作詞作曲をおこないボーカルとして音楽活動開始。
うたを軸にしたソロでの活動の他に、青葉市子との「NUUAMM」として複数のアルバムを制作。
映画の劇伴やCM音楽も手がけ、また音楽以外の分野では国内外のアーティストを自身のレーベル「十三月」でリリースや、フリーフェスである「全感覚祭」を主催。また中国の写真家・Ren Hangのモデルをつとめたりと、独自のレイヤーで時代をまたぎ、カルチャーをつむいでいる。2019年は初めての小説『銀河で一番静かな革命』を出版。GEZANのドキュメンタリー映画『Tribe Called Discord』がSPACE SHOWER FILM配給で全国上映開始。バンドとしてはFUJI ROCK FESTIVAL’19のWHITE STAGEに出演。2020年1月、5th ALBUM『狂KLUE』をリリース、豊田利晃監督の劇映画『破壊の日』に出演し、全国上映中。初のエッセイ『ひかりぼっち』がイーストプレスより発売。
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