PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば
自分の幸せを、他人任せにしない。大人だからこそ、自分の気持ちは自分で理解する

松雪泰子 インタビュー

自分の幸せを、他人任せにしない。大人だからこそ、自分の気持ちは自分で理解する

「“私”は今、どう感じているんだろう」
最近、自分の気持ちと向き合っていますか? 周りを優先してしまい、自分の気持ちを後まわしにしていませんか?
歳を重ねるに連れ、仕事や生活など担うことが多くなり、なかなか自分と向き合う時間を確保することが難しくなります。ふと気づくと、自分の幸せの基準を他人任せにしてしまい、自分の気持ちに鈍感になっていることは多いのではないでしょうか。
映画『甘いお酒でうがい』(2020年9月25日公開)は、自分に向き合う時間を大切にしている女性・川嶋佳子が主人公の物語。もの、言葉、人に対して、自分がどう感じているのか、日々確認することを怠りません。今作で主人公を演じた松雪泰子さんも、自分を確かめる時間を大切にしているそうです。忙しい毎日の中で、どのようにその時間を捻出しているのでしょう。そして、自分が見えてきた時間や言葉、映画とは?
松雪泰子 インタビュー

自分の心のあり様を知るため
暮らしを整える

今作で松雪さん演じる主人公は40代独身の女性です。最近の日本映画で、40代以上のいわゆる「大人の女性」が主人公の作品は珍しいのではないかと思いました。

松雪私が今回、「出演したい」とこの役をお引き受けしたのは、かねてより好きだった大九明子監督の作品だったということや、脚本のシソンヌのじろうさんが書いた言葉が美しく、主人公の人物像や物語がとても魅力的だったということもありますが、この年代の女性を主人公に描いた作品だったということも、理由のひとつとしてあります。

大九監督は、「お母さんでも、奥さんでもない、大人の女性を主人公にした映画を撮りたいと思っていた」とおっしゃっていますね。

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松雪海外の作品ではたくさん描かれていますが、日本ではあまりないじゃないですか。大九監督が海外の映画祭に招待された際、よく海外の出席者から「日本では若い女性が主人公の映画はよく作られているけれど、大人の女性が主人公の映画はすごく少ないので、大九さん撮ってください」と言われたそうです。

女性は、家事や育児、介護と、歳を重ねるに連れて、自分の幸せだけを基準に、なかなか生きられないという状況があったと思うのですが、主人公の川嶋佳子さんは日々の中で、自分の気持ちと向き合っている姿が丁寧に描かれていました。

松雪そうですね、佳子さんは急に被害妄想的な視点になったり、軸がブレてしまったりすることもあるのですが、その度に自分の居場所と言いますか、ポジションを確かめますよね。確かめながら、進んでいく。

私も割と日々内省して、内観するタイプなんです。軸がブレたら戻す、その時間や感覚ってとても大事だなと思っていて。

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松雪さんが演じた主人公・川嶋さんは日記を綴ったり、その日の気分に合った靴を選んだりして、自分と向き合う時間をとっていました。松雪さんは、日々の中でどうやってご自身と向き合っているのですか?

松雪家事をやっている時間って無になれるので、私にとって大事な時間なんです。掃除したり、空間を整えたり。そこから始めると、思考も整理されていくんです。佳子さんがアクセサリーや家具に話しかけるように、私も掃除をしながら「ありがとう」と、ものに話しかけることもあります(笑)。

生きるためのことを自分で整えることができると、地に足がつく感覚になるし、自分の心の中も知ることができます。それを「大変なことをやらなくてはいけない」と後ろ向きに感じるときは、自分がブレてる証になる。

日々家事などを通して自分に向き合う時間を大切にされているから、「自分のブレ」に気づくことができるんですね。

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松雪家事もそうですが、“子育て”という「子供と向き合う」ことも、自分と向き合う時間になってるんです。子供と向き合うことで、自分のいろんな面を鏡のように見せられているというか。

育児も、自分に向き合う時間になってると。

松雪例えば息子と向き合うとき、「彼が今嫌がっているのは、なんでだろう?」と、自分の外にではなく、まず自分の中に原因を探してみるんです。それは、子育てだけじゃなく、人と関わることすべてに言えることもかもしれません。

何事も「まずは自分を省みる」ということでしょうか?

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松雪その感覚はあります。俳優という「人間を演じる」職業は、人の心や生き方に向き合っていくという仕事でもあると考えていて。

俳優は「人間の専門家」でもあると。

松雪そうですね。「人間を探求している」という感覚があります。だから、必然的にまずは一番近くにある「自分」という人間を探求する。「自分」がどういう背景にいて、心理状態にあって、生き方を選ぶのか、自然と追求してしまうんです。

自分を使って実験をしている感覚でしょうか。

松雪そうですね…。生きている時間が、ほぼそういう時間な気がします。

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知らない自分を
覗くことのできた言葉と映画

松雪さんのように、主人公・佳子さんも周りの人間関係を通して、自分と向き合っていました。特に、黒木華さん演じる会社の後輩・若林ちゃんから、誕生日を伝えてほしかった、一緒に祝いたかったと伝えられたとき、「こんなにも嬉しいんだ」と自分の気持ちに気づくシーンは印象的です。松雪さんもそういう体験はありますか。

松雪はい。大切にしている仲間から「もっと自分を大切にして」という言葉をもらって、ハッとしたことがあります。そんなつもりではなかったんですが、多分本質的なところで「自分を大切にする」ことができていなかったんでしょうね。「自分のことを深く愛する」と言いますか。

それを言われたのは普通にお茶を飲んでいるときだったと思うんですけど、号泣してしまいました。きっとどこかで頑張りすぎていたんでしょうね。

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松雪さんにとって、その言葉のような、自分と向き合うことのできた「心の一本の映画」はありますか。

松雪「ものづくりに携わりたい」という自分の気持ちに気づいたきっかけとなった映画があります。高校生くらいの時に観た『グラン・ブルー』(1988)ですね。

『グラン・ブルー』は、フリーダイビングの世界を描いたリュック・ベッソン監督の作品です。天才ダイバー、ジャック・マイヨールの協力を得て映画化されました。まだ松雪さんが、このお仕事に携わる前にご覧になられたということでしょうか。

松雪そうです。映画って、こんなに人を動かす力があるんだって思ったんです。「映画って、すごい」って。

松雪さんはこれまで、映画『フラガール』(2006)でのフラダンスチームを率いるダンサーや、『リメンバー・ミー』(2017)での娘を女手ひとつで育てたママ・イメルダ、ドラマ『Mother』(2010)でのDVを受けていた生徒を娘として育てる決意をした教師など、自分が行動することで自分や周りの人生を切り開いていく「女性の生き様」を多く演じてこられました。

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松雪「女性の生き様」という意味では、私も影響を受けた映画があります。岸田今日子さんが出演されている『砂の女』(1964)です。安部公房さんの小説を結構読んでいる時期があって。

『砂の女』は安部公房の代表作を自らが脚色、勅使河原宏監督が映画化し、第17回カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞した作品です。『ミッドサマー』(2019)のアリ・アスター監督も影響を受けた一本として挙げていました。

松雪ある舞台で共演した二人の俳優さんに、「松雪さんは、どこか岸田今日子さんを思わせるところがある」とおっしゃっていただいたことがあって。そのお二人は、晩年の岸田さんと三人で、舞台をつくっていた方なんですね。

岸田さんと松雪さんの雰囲気が似ている、ということでしょうか。

松雪そのお二人は、「ムードやトーン、演技の打ち出し方とかが、岸田さんに似て面白い」とおっしゃってくださいました。私は、舞台上の岸田さんを拝見する機会がなかったので、「岸田さんの演じる姿を改めて見たい」と思い、この映画を観たんです。そして衝撃を受けました。この作品は前にも観たことがあったんですけど、その時観た感覚とまた違って。

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どんなところが違ったんですか?

松雪この映画は、二人の男女が砂の穴の中に閉じ込められているという、ワンシチュエーションを中心に展開するんです。

一人の男が昆虫採取のため訪れた村は、砂の穴の中に家があり、一晩泊まることになった家には一人の女(岸田今日子)が住んでいた。その穴の中に二人は閉じ込められ…という物語ですね。

松雪閉鎖的空間に閉じ込められた人間の心模様、そこで繰り広げられる男女の欲情に圧倒されました。前とは違って感じたのは、より人間の心理に焦点をあてて観たからですかね。作品はもちろんですが、岸田さんの演技とエロティシズムが本当にかっこよくて。

あの妖艶さは、目に焼きつき忘れられない印象を残します。岸田さんは、『利休』(1989)や『卍』(1964)、『犬神家の一族』(1976)、『秋刀魚の味』(1962)など、様々な名作映画に出演されていますが、どの作品も岸田さん独自の間といいますか、時間の流れを感じます。そこが松雪さんと似ているように感じました。

松雪岸田さんに似ているなんて恐縮なんですが、「独自の時間の流れ」というのは表現の中に持っていたいと思って。岸田さんの存在感をリスペクトしているんです。

まだまだ表現者として探求していきたいと思っています。

松雪泰子 インタビュー
FEATURED FILM
出演:松雪泰子、黒木華、清水尋也 ほか
監督:大九明子
脚本:じろう(シソンヌ)
原作:川嶋佳子(シソンヌじろう)『甘いお酒でうがい』(KADOKAWA 刊)
音楽:髙野正樹
製作・配給:吉本興業
©2019 吉本興業
ベテラン派遣社員として働く40代独身OLの川嶋佳子は、毎日日記をつけていた。撤去された自転車との再会を喜んだり、変化を追い求めて逆方向の電車に乗ったり、踏切の向こう側に思いを馳せたり、亡き母の面影を追い求めたり・・・。そんな佳子の一番の幸せは会社の同僚である若林ちゃんと過ごす時間。そんな佳子に、ある変化が訪れる。それは、ふた回り年下の岡本くんとの恋の始まりだった・・・
PROFILE
俳優
松雪泰子
Yasuko Matsuyuki
1972年生まれ、佐賀県出身。1991年女優デビュー以降、数々のドラマ、映画、CM、舞台など幅広く活動。近作は、舞台ハムレット、テレビドラマ「ミス・ジコチョー~天才・天ノ教授の調査ファイル~」 (2019年)など。2020年3月、松雪泰子プロデュース企画始動。様々なコンテンツを楽しめるart projectであるウェブサイト「mondoart project official web site」の立ち上げと共に、アーティスト活動を再開。
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