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“一人”ではなく、“家族”で解決していく
― 今回演じられた薫子は、答えの出ない難題と向き合う役柄でした。重いテーマですが、役を引きずることはあったのでしょうか。
篠原 : 全く引きずりませんでした! こんな重いテーマなのに、薄情ですよね(笑)。でも、本当に全部楽しかったんです。どんな風に演じようかなと想像する時間も、現場に入って演じている時間もすごく楽しかった。それは、薫子を演じていると感情がどんどん溢れきて、「演じる」というよりは「生きている」という感覚に近かったからだと思います。
― 「こんな自分もいたのか」という発見があったとも、おっしゃっていましたね。
篠原 : 自分がこんな表情も持っているんだなと、撮影された映像を観て驚きました。この映画が決まってから、堤監督と初めてお会いした際に「薫子は芯が強い人」と説明して頂きました。だから、弱さの中に少しでも「強さ」を感じてもらえるように演じていましたね。絶望の中にあっても、わずかな可能性を信じて進んでいくところは、自分にも似ていると感じました。
でも、実はこの映画のお話を頂いた時、一旦はお引き受けすることを躊躇したんです。それは、私がこういう役を演じることで、自分の子どもが同じような目に遭遇してしまうんじゃないか、ということが頭をよぎったから。
― 篠原さんは、現在二人の息子さんを子育て真っ最中ですね。
篠原 : そう。だから、そういう思いがあって躊躇していたのだけれど、色んな周りの人に背中を押してもらって、再度作品を見直してみました。そしたら、一人の人間の様々な感情が表されているなと改めて感じて。ひとつの作品でこんなに感情を表現できる役柄には、これから巡り会えないのではないかと思って、お引き受けすることにしました。「怖い」と思う自分の気持ちを乗り越えなきゃって。
― 夫である市村正親さんに「こんな素晴らしい作品をやらないのは損だよ」と声をかけてもらったとお伺いしました。
篠原 : よく「“仕事と子育て”どういう風にバランスを取っているんですか?」って聞かれるんですが、私一人でバランスを取っているのではなくて、家族みんなでバランスを取っているなと感じるんです。私だけで「こうしたい!」と思っていても、それぞれ人格を持った人間なんで、私の思う通りに事は進みません。それに、一人で考えるのではなくて、家族みんなで考えた方がいいこともあります。
でも、私は仕事をしているので、子どもともっと向き合いたいと思う時でも、充分に時間が取れないこともある。そんなすれ違いがある時でも、家族がバランスを取って、そういうことも乗り越えてくれている。みんなで助け合いができていると思います。
― 自分一人で頑張ってるわけではなく、家族みんなで助け合いながら毎日を乗り越えていっていると。
篠原 : 私、「家族を犠牲にする」「仕事を犠牲にする」という考え方が嫌なんです。結婚していようが、子どもがいようが、変わらない。「自分の責任です」といって、すべてに取り組みたいじゃないですか。でも、独身の頃と比べると、子どもがいて仕事をするということは「一人ではない」「しっかりしないと」という強さに繋がっているとは思います。
― 篠原さんは、この映画で新しい自分を発見したとおっしゃっていましたが、日常の中で家族と接することで、自身に向き合うようなことはありますか?
篠原 : 子どもたちは私が仕事に行く時に、最初は「寂しい寂しい…」っていうんです。でも、いざ行く直前になると子どもの方から「ほらー、行ってきなよ。頑張ってね」と言ってくれるんです。行きやすいんだけれど…逆に行きにくいみたいな(笑)。そういうときは「子どもたち大丈夫かな…」って、後ろ髪を引かれながら仕事に向かいます。
毎日の中で、そうやって子どもの方から成長していってくれるのを感じる時がある。私の精神が、子どもや家族のおかげで、安定しているのを感じます。
篠原涼子の「心の一本」の映画
― 篠原さんがこれまでの人生を振り返って「一番もがいた」と思い出す時期はありますか?
篠原 : 「もがいた」か…。結構、あっけらかんとしているタイプなので「そういう事も人生だ、糧になるな」と思っちゃうんです。古くさいですか?(笑) 答えのない問いに出くわしたときも、「出会えてラッキー」と。若かったときは、特にそうかな。
だから、「もがく」っていうまでのことは、これまでになかったかもしれない。でも、家族ができた今は、そういうことがあるのはちょっと困る(笑)。確かに、主人が胃がんだとわかった時は苦しかったし、自分の手で治すことはできないから「どうすればいいんだろう」って悔しかったりもしたけれど、「思いは強く念じていれば叶う」って私思ってるんです。だから、あんまりクヨクヨする方向にはいかないようにしている。前を向くことを大切にしていますね。
― 市村さんも大変明るい性格なので、篠原さんのポジティブな性格と相乗効果で、「大ポジティブ家族」ですね。
篠原 : そうかも、家族みんなポジティブですね! 悩みのない家なんです(笑)。悩み相談とか、家であまりないなー。強いていうなら、子どもが「○○くんに、手をギュッとつねられた〜」とか(笑)。「くだらないー!」って親は微笑ましく思うんだけれど、本人は真面目に悩んでるので「大丈夫大丈夫! そのことで手がもっと強くなるよー!!」って返答して。…意味のわからない回答ですね(笑)。
そんな風に、子どもの悩みも最後は笑い話になってる。悩みを悩みのままにしたくないなって気持ちがあります。
― 子育てと仕事でお忙しい毎日だと思いますが、お子さんと映画を観ることはありますか?
篠原 : 家で子どもと一緒に観ますね。この前は、藤木直人くんが日本版の吹き替えで出演していた『リメンバー・ミー』(2017)を観ました。『ボス・ベイビー』(2017)も観た!
そうそう、最近私が『新宿スワン』(2015)を家で観ていたら、隣にいた長男も少し観たみたいで、「こういう喧嘩の映画は観たらダメだ!」ってすごい私に言ってきて(笑)。「こういう喧嘩の仕方はよくない!」って言うんです。でも、私は「こういう喧嘩こそ、観ておいた方がいい! こういう喧嘩を仕掛けられたら、どう逃げたらいいかがわかるから。」って言ったんです。こういうことをしちゃいけないのは、わかっているんだからこそ、それを時々観ておくのも必要なんです。でも、そう言ったら「僕は大丈夫だから…」って言って、どっかに行っちゃいました(笑)。
― 「悪いことも観ておくのが必要」ということですね。役に向き合うことや、日常で子どもと向き合うことのように、映画に向き合うことで自身を知ることになった映画があれば、教えてください。
篠原 : 20歳の頃に観た『ベティ・ブルー 愛と激情の日々』(1986)です。映像も、音楽も、出演している俳優も、シチュエーションも、この映画のぜーんぶが好きです! 中年男性のゾルグと少女ベティが出会って愛を紡ぐという物語なんだけれど、その話が最初に展開される海辺の砂浜にあるコテージもいいんですよね。その家はベティに燃やされてしまうんだけれど。その狂気的な愛もすごく好きで。
― どこまでもポジティブな篠原さんが、どうにもならない愛を抱えて、前に進めなくなっていく男女を描いた『ベティ・ブルー〜』をそんなに愛しているのは意外です!
篠原 : ベティはゾルグを愛しすぎてどんどん狂っていくんですよね…。ゾルグも愛しすぎるが故にラスト彼女を殺してしまう。全部「愛」なんです。愛ですべてを物語っている、その強烈な愛の形が好きで…。この映画を観て、私はどんな形であれ“愛”が表現されているものが好きなんだと気付かされたんです。
フランス映画もこれをきっかけに観るようになったかな。ちょうど、『ピアノ・レッスン』(1993)が流行っていた時期に、とある先輩に勧められて観ました。ゾルグ演じるジャン=ユーグ・アングラードの顔がすごく好きで。もう、かっこいいんですよねー。あー、もう全部が好きですねー。