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抗えない変化の波を受け入れる

田中さくら監督×「シアター・イメージフォーラム」支配人 山下宏洋 インタビュー【前編】

抗えない変化の波を受け入れる

Sponsored by 《薄暮の旅路》
変わらないでほしいのに変わってしまうこと、変えたいのに変わらないこと。生きている中で訪れる「抗えない変化」に、あなたはどう応じていますか?
若手映画監督の登竜門とされる「田辺・弁慶映画祭」の受賞作を劇場公開する「田辺・弁慶映画祭セレクション2023」で、同セレクション史上初の3日間全ての回で満席を記録した田中さくら監督の『夢見るペトロ』(2022)と『いつもうしろに』(2023)は、「変化」と向き合う主人公を映し出す作品です。この2作品を上映する企画《薄暮の旅路》が、3月2日より渋谷のシアター・イメージフォーラムにて開催されます。この企画は、支配人の山下宏洋さんが、田中監督の作品に「新しい世代の表現」を感じ、実現したそうです。
ずっとこのままがいいけど、ある日突然変わってしまう。そういう抗えない変化と折り合いをつけて向き合いたいと語る田中監督と、時代をよみながら上映作品を選んできた山下さんと一緒に、大きな変化をどう受け入れ生きていくのか、また映画館で映画を上映する意味を考えました。
田中さくら監督×「シアター・イメージフォーラム」支配人 山下宏洋 インタビュー

抗えない変化と、どう折り合いをつけるのか?

移動しながらの写真撮影お疲れさまでした。シアター・イメージフォーラムからこの渋谷駅近くにある取材場所まで、お二人と一緒に歩いてきたわけですが、渋谷は100年に一度と言われる大規模再開発が行われており、目まぐるしい街の変化を体感する時間でもありました。

山下さんが支配人を務めるシアター・イメージフォーラムは、「新しい映像」と「人」を結び付ける「映像の広場」として、四谷にあった上映施設から現在の渋谷の場所へ移転し、2000年にオープンした映画館です。

イメージフォーラム
個人の手による映像作品を上映、配給する拠点として1972年に誕生。1977年には「イメージフォーラム映像研究所」を設立し、映像を人間的なコミュニケーション・メディアとして捉え、表現の開拓者を育成している。1980年からは出版事業を開始。また、日本で最大規模の映像アートの祭典「イメージフォーラム・フェスティバル」を1987年から開催し、作家性、芸術性、創造性の高い映像作品を世界中から集め上映している。
シアター・イメージフォーラム

長年に渡り、色んな形で作家を育て続けているイメージフォーラムの映画館で、田中さくら監督の短編映画『夢見るペトロ』『いつもうしろに』の2作が同時上映されます。

薄暮の旅路

田中監督は、シアター・イメージフォーラムで上映が決定した際のコメントで「大好きな映画館の歴史の一部になれるなんて、こんな幸せなことはありません」とおっしゃっていましたね。

田中私、『ノベンバー』(2017)という映画を、シアター・イメージフォーラムで観たことがあるんです。閉ざされた村の物語なんですけど…、渋谷の喧騒を離れた場所にある無骨な佇まいの映画館で、この作品を観たことが忘れられなくて。

山下エストニアの映画ですね。

田中エストニアですか…。

『ノベンバー』は、「死者の日」を迎える11月のエストニアを舞台に、不思議な純愛の行方を幻想的なモノクロ映像で描いたダークラブストーリーです。

田中その日すごく天気が良くて、秋晴れっていう感じだったんですよね。銀杏の葉っぱがぶわぁって散っていて。

その「映画館に行って、映画を観て、お家に帰る」という行程も含めて、「イメージフォーラムでの映画体験」として印象に残ってます。

観た映画だけでなく、その行程も含めて記憶されてると。

田中東京にはそこまで長い期間住んでいたわけではないんですが、シアター・イメージフォーラムで上映される作品のラインナップを見て、やっぱり東京は違うなっていうのを素直に感じました。近くにそういう映画館がある嬉しさってありますよね。

「こういう映画がある」ということを教えてくれる、自分の世界を広げてくれる映画館が、行きたい時に行けるところにある嬉しさが。

私も、昨年シアター・イメージフォーラムのジョン・カサヴェテス特集で観た『ラヴ・ストリームス』(1983)が忘れられない映画体験でした。スクリーンに映る主演のジーナ・ローランズの大きさに圧倒されたんです。映画館で観てよかったなと。

山下わけわかんない映画ですよね。わけわかんないけど、いいっていう。私はカサヴェテス監督の映画で最初に観たのが『こわれゆく女』(1974)でした。当時、シネ・ヴィヴァン六本木で特集上映されてたんですよ。

山下97年…もっと前か、92とか3年ぐらいですかね(※)。その時に、観てショックを受けました。その、役者が役者じゃない、生々しい「人」として映し出されている。こういう映画があるんだって思いました。

※1993年に「カサヴェテス・コレクション」としてシネ・ヴィヴァン六本木で上映

私は、カサヴェテス特集が6月24日〜8月18日という長い期間に渡って上映されていたので、見逃さずにすみました。シアター・イメージフォーラムではひとつの作品をある程度の長い期間上映しているのも、他の映画館とは違う特徴ですよね。

山下それは心がけていることです。自分が観客の立場になった時、観たいと思ってたのに終わっていたということが結構あると感じていて。

あとは、作家をプッシュしたいということもあります。

今回の田中監督の企画上映は、山下さんが『夢見るペトロ』をご覧になって決まったと伺いました。

田中さくら監督×「シアター・イメージフォーラム」支配人 山下宏洋 インタビュー

山下田中監督と同世代である20代半ばぐらいの人の「人との距離感」や「時間の感覚」が表現されている作品だと思ったんです。イメージフォーラムでは、新しい作家やその世代の表現を届けたいという理念があります。そういう意味でも田中監督の作品にすごく可能性を感じました。

もちろん、作品自体も良くて、引き込まれました。空気感は自由で広がりを感じる一方で、画や音など作品全体のトーンはすごくしっかりしている。それがマジックリアリズム(※)的な不思議な感覚のお話にフィットしていると感じたんです。

※神話や幻想などの非日常・非現実的なできごとを緻密なリアリズムで表現する技法

『夢見るペトロ』は、田中監督が大学在学中に自主映画制作サークルでつくられた32分の短編映画です。主人公・さゆり(紗葉)のもとに、飼っていたインコのペトロを失くした兄・りつ(千田丈博)が訪れ、兄の結婚という現実から目を背けるように過去や幻想へ沈み込みながらも、少しずつ前に向かうさゆりの姿が描かれます。

夢見るペトロ
『夢見るペトロ』

山下「変化を受け入れる」ということが描かれているように感じました。それは、いまを生きる人全員に通ずることで。変容しないと生きていけない。それを映像的に伝えている作品なんです。

多分、田中監督の個人的な経験が反映されているんだろうなと思うんですが、それが誰にとっても自身の体験と重なるような「普遍的なもの」として描かれていました。

観る人の経験と結びつくと。

山下そうですね。イメージとして伝わることで、観てる人の想像力に入り込むことができる。それは、映画ならではなのかなと。

田中『夢見るペトロ』は、大学3年生ぐらいの時に脚本を書いていたんですが、自分が「喪失」に対して折り合いをつけないといけないのに、つけられないっていう状態にいたんです。

田中さくら監督×「シアター・イメージフォーラム」支配人 山下宏洋 インタビュー

田中大学の卒業が迫っている時期で、その1年前に愛犬が亡くなって、ずっと立ち直れずにもいて。気持ちを整理しようとしていました。

そうだったんですね。

田中卒業って、人生で何度も経験してきたはずなんですけど、そのたびに無慈悲というか、無機質に「終わり」がくるのは慣れなくて。

楽しかった生活が終わり、大切な人との決定的な別れがある中で、言いたかったことや言えなかったこと、そんな色々な想いと、どうやって折り合いをつけていけばいいのかを考えていたんです。

自分ではどうすることもできない「喪失」に向き合いながら、脚本を書いていたんですか。

田中変えたくなくても変わってしまうことと、変わりたくても変わらないことと…うまくいかないなって思うんですけど。そういうことを感じる中で、「変わらない」ということは、「社会の変化にアジャストしながら変わる」ことなんじゃないかと考えるようになりました。

「変わらないこと」は、「変わっていくこと」でもあるのかなと。

田中さくら監督×「シアター・イメージフォーラム」支配人 山下宏洋 インタビュー

なるほど。「変容」とは「変わらないこと」でもあると。

田中ベルナルド・ベルトルッチ監督の映画は、数年間から長い年月を描いたものまでありますが、作品を観ているとそれを感じるんです。

『暗殺の森』(1970)や『1900年』(1976)、『ラストエンペラー』(1987)など、ベルトルッチ監督の作品は、時代の波に翻弄される登場人物たちを描くことで、歴史や時間の流れそのものに踏み込んでいます。

田中例えば『ドリーマーズ』(2003)のように、ある日突然変えられてしまうこと、どう抗っても変わってしまうことが、生きているとあるじゃないですか。

フランス人の双子の姉弟とアメリカ人留学生の青年、3人のティーンエイジャーが、5月革命に揺れるパリの街頭の喧騒をよそに、アパートに閉じこもる頽廃的な日々を描いた青春映画ですね。

田中ずっと3人で家の中にこもることを望んだけれど、社会の動きが部屋にダッとなだれ込んできて、一気に3人は外に出ていくことになる。そういうことが、生きているとあるなと。

ずっとこのままがいいけど、ある日突然変わってしまう。そういう抗えない変化と折り合いをつけて向き合いたいという気持ちが、自分にはありますね。

「現実世界じゃない世界」に救われる感覚

「抗えない変化と向き合いたい」という田中監督の言葉を聞いて、山下さんはどう思われましたか?

山下田中監督の人間性なのか、世代的なことなのかわかんないですけど、柔らかいなと思いました。

自分が田中監督ぐらいの年齢の頃は「変容」に柔軟でなく、もっと頑なだったなぁと。こういう風に「受け入れる」形を描けるのは大人だなと、尊敬します。

田中(笑)。

山下これは自分の中のテーマでもあって。

と言いますと?

山下私ぐらいの年齢になると、新しいものを受け入れにくくなったり、考え方がだんだん固まってきてしまったりして、「変わらない」ことが別の形で見えてくるタイミングだと思うんです。周りの人を見ても思うことがあります。

田中さくら監督×「シアター・イメージフォーラム」支配人 山下宏洋 インタビュー

山下特に男性で歳を重ねてくると、気になってきますね。映画についての考え方もそうだと思いますけど。

映画の在り方はこの数年で大きく変化しましたよね。

山下やっぱり人って、だんだん同じ方向に向かってしまいがちなので、生き方も含めて、意識的にオープンになっていかなきゃいけないなと思うんですよ。

田中監督の作品は、変容に対してオープンな姿勢をとってる作品なのではないかなと。

いつもうしろに
『いつもうしろに』

田中監督は、今回上映される『いつもうしろに』のコメントで、「今の自分も、そして昔の自分も圧縮して、苦しい思いをしている人の心に寄り添うような、ホットミルクのような映画をつくりたい」とおっしゃっていましたね。

田中痛みって、時間の経過と共に無化されるというか、ならされがちじゃないですか。「時間は一方通行」っていうルールの中で生きてるけど、そうじゃないルールが存在する世界があることを知ってもらえたら嬉しいと思っているんです。「痛いは痛い」し、「辛いは辛い」でいい。

『いつもうしろに』は、大学を卒業し、実家を離れ就職することが決まった主人公・ショウタ(大下ヒロト)が、別れた恋人と同じ顔をした女性(佐藤京)と一緒に、過去や思い出たちと出会い直していく姿が描かれています。

いつもうしろに
『いつもうしろに』

田中自分のことがわからなくなる瞬間ってあると思うんです。そういう時に、例えば、ショウタのような自分との向き合い方もあるよって。

『夢見るペトロ』では、主人公のさゆりが、兄と夢の中の幻想的な世界で出会いますが、「出会った後の現実のさゆり」と、「その幻想を見なかったさゆり」では、大きく違います。「現実世界じゃない世界」から受ける影響で、私たちは無意識に変わってると思うんですよね。

夢や想像といった「現実世界じゃない世界」から、人は無意識に影響を受けていると。

田中はい。「夢の世界」は現実ではないけれど、夢を見た後の「現実の自分」は何かしら影響を受けている。そこへ緩やかに身を任せていいのではないかなと。

山下夢が影響を及ぼすって話は面白いですね。2作とも、作品を通して、観る人の潜在的な感覚とコミュニケーションを取れるような作品でもありますよね。

夢見るペトロ
『夢見るペトロ』

仙頭武則さんが本作に寄せて「フィルムの陰影が、紗葉の輪郭と表情を捉えて離さない、死界映画」とコメントされていましたが、その「現実世界じゃない世界」のイメージは田中監督のどこに由来するのでしょうか。

田中どこからなんでしょうか……。この場所すごく知ってるし、ここに行けばあの人がいるんだけど、実際にその人に会ってみたら、なんか違うという夢を結構見るんです。「行ったり来たり」はしてるのかなと。

『幸福なラザロ』(2018)という作品がすごく好きなんですけど、主人公のラザロが過去の華やかな村の生活から都会に出てきて、取り残されてしまう…あの感じなんですよね。

20世紀後半のイタリアの小さな村を舞台に、小作制度の廃止を隠蔽する侯爵夫人に騙され、社会と隔絶した生活を強いられていた純朴な主人公・ラザロと村人たちが、ある事件をきっかけとして、初めて外の世界へ出て行き、その後都市で生活する姿を描く作品です。

田中村にヘリコプターが飛んでくるシーンとか、ほんとにゾッとして。なんか、現実ってこういうとこあるよなみたいな。あれも少し似てるのかなと思ったんですけど…。

そうですね、現実が全てじゃない、現実が力を及ぼせないこともある。それぐらいの気持ちで生きていきたいという感じですかね。

山下めちゃくちゃいいこと言ったじゃないですか。

田中ありがとうございます(笑)。

後編へつづきます。

INFORMATION
田中さくら監督2作品同時上映《薄暮の旅路》
2022年秋、若手映画監督の登竜門「田辺・弁慶映画祭」にて『夢見るペトロ』が審査員特別賞・俳優賞を受賞。2023年夏、受賞監督の特集上映「田辺・弁慶映画祭セレクション」では、併映作品『いつもうしろに』と合わせて、3日間全ての回で満席を記録。弁セレ史上初の快挙となり、話題を呼んだ。そして2024年春、待望の劇場公開へ。
監督は若干24歳の田中さくら。その独特な世界観が高く評価され、彼女の描く繊細な内面世界は多くの若者の心をとらえた。著名人も大きな期待を寄せる日本映画界の“原石”である。

2024年3月2日よりシアター・イメージフォーラムにて上映
FEATURED FILM
出演:紗葉 千田丈博 雪乃
脚本・監督:田中さくら
2022/日本/カラー/16:9/ステレオ/16㎜フィルム/32分
チラシ配りのアルバイトをしながら暮らすさゆりのもとに、ある日、飼っていたインコのペトロを失くした兄・りつが訪れ、突然自身の結婚を告げる。さゆりは、兄の結婚という現実から目を背けるように過去へ、幻想へと沈み込む。
出演:大下ヒロト 佐藤京 在原貴生 二村仁弥 金谷真由美
監督:田中さくら
共同脚本:石井夏美
2023/日本/カラー/4:3/36分
大学を卒業して2年。実家を離れ就職することが決まったショウタは、淡々と思い出たちを断捨離していく。空っぽの新居で出会ったのは怪しげな着ぐるみ。その着ぐるみの中にいたのは、別れた恋人と同じ顔をした女性だった̶
PROFILE
監督
田中さくら
Sakura Tanaka
1999年3月生まれ。静岡県三島市出身、長野県塩尻市在住。同志社大学在学中、自主映画サークルで映画を制作。卒業後は、東京のTV番組制作会社でディレクターを務める。昨年、第16回田辺・弁慶映画祭にて、本作『夢見るペトロ』が審査員特別賞俳優賞(主演:紗葉)の二冠を果たす。
シアター・イメージフォーラム支配人
山下宏洋
Koyo Yamashita
東京生まれ。1996年より実験映画・個人映画のための非営利組織、イメージフォーラムで勤務を開始。2001年よりイメージフォーラム・フェスティバルのディレクターを、2005年より映画館シアター・イメージフォーラムで番組編成を担当。
INFORMATION
シアター・イメージフォーラム
住所:〒150-0002東京都渋谷区渋谷2-10-2
TEL:03-5766-0114
Instagram: @image_forum
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