目次
「あなたはどう感じた?」
作品に問われ、考え続ける
― 本作は、「これまでの価値観を覆す体験」として大きな反響を生み出した朝井リョウさんによるベストセラー小説『正欲』が原作となっています。
― 岸監督は原作について「とにかく衝撃でした」とおっしゃっています。「“普通”ではないと片付けられてしまう人間と“普通”という価値にこだわる人間の、それぞれの苦しみに胸を抉られ、共鳴しました」と。新垣さんはいかがでしたか?
新垣 : お話をいただいた時、企画書をまず読ませてもらったのですが、その段階ですごく惹かれるものを感じていました。その後、原作を読ませていただいたのですが、「あなたはどう思いますか?」と作品から問われているような気がして。「委ねられている」感覚を受けたんです。
― 委ねられている、ですか。
新垣 : 「これは正しい? 正しくない?」とそれぞれの問いについて判断を求められるのではなく、「これを観て、あなたはどう感じた?」と。それは静かに怖くもありました。
私が演じた夏月のような思いをしている人がきっといて、自分が想像しえない世界をいまも生きている人がいるっていうのは、どういうことなのかっていうのを考え続けなければいけないというか…考え続けることが大事なのではないかなと感じました。
― 夏月は、ある性的指向を持ちながら、親や世間には知られていない本来の自分との間で葛藤する人物でした。本作では、彼女を含めた「他人に知られたくない指向」に悩み、生きづらさに苦しむ人々が、“ある事件”によって交錯していく姿を描いています。
新垣 : 原作のどの部分をピックアップしてどう二時間にまとめるかというのも重要な点だと思いましたし、夏月のような「自分の普通」と「世間の普通」のギャップに思い悩みながら生きている、いわゆる「マイノリティ」として括られてしまう人たちが「何をどんな風に感じながら日々を過ごしているのか」ということを、想像し続けました。
そういう意味でも、この作品を映像化するには、難しいことがいっぱいあるだろうなと思ったんです。
― どのあたりが難しいと感じられたのでしょうか?
新垣 : 正解がわからない、自分が想像しえない世界を表現する上でのチームの意思疎通や、監督が持っているイメージを共有できるかという不安がありました。
― 岸監督も、「それぞれの役の立場で、指向をどう捉えるか、マイノリティとしての苦しみはどんなものなのか、時間をかけて話し合いました。正直にいうと自分もつかめなかったし、俳優のみなさんも最後までわからなかったかもしれません」と語っていらっしゃいましたね。
新垣 : 岸監督をはじめ、本当にいろんな人といっぱい話をして、自身でもいっぱい考えて作品に臨んでいました。でも、実際に夏月を演じる瞬間は、あまり何も考えていなかったかもしれません。夏月が何をどう感じるのかということをたくさん考えていたからこそ、感覚を大事にできたというか。矛盾するかもしれないのですが。
― 劇中、夏月が自分と同じ指向を持つ佐々木佳道(磯村勇斗)に、自分のこれまで抱えてきた思いを初めて伝える場面があります。その言葉に佳道が共鳴した際の夏月の表情がとても印象的でした。まさに言葉では言い表せない、映像だからこその表現のように感じました。
新垣 : あのシーンで佳道の言葉を聞いた時は、「わぁ!」って安心感が二人のいる場所から広がっていくような感覚が、自分の中に湧き上がりました。やっと人とつながれたっていう感覚ですかね。
二人は学生時代からお互いについてなんとなく認識はしていたけれど、目で通じ合う以上のことはない関係性で。それがこうして月日が経ち、また巡り合うことができて、お互い確信を持ってつながれたというのは、本当に救われる思いだったろうなと思います。
― その後、今までシャットダウンしてきた「自分の外側の世界」に積極的に向き合おうとする夏月の変化も描かれていますが、そこでも現場で感じることを大切に役と向き合われていたんでしょうか。
新垣 : そうですね、感覚的な部分も大きな要素としてあったと思います。私が撮影に入った後、磯村さんがクランクインされたんですけど、「やっと会えた!」みたいな感覚がありました。それまでは基本的に一人で悶々と思い悩むようなシーンを連日撮っていてたので。
― 役者として、同じ問いに向き合う人にやっと会えたと。
新垣 : もちろん現場では、岸監督をはじめ共演者やスタッフのみなさんにサポートしていただきながら、対話を重ね、分かち合って作り上げていったのですが、役としての苦しみを分かち合える人に、やっと会えた感覚でした。もしかしたら、夏月と佳道も似たような感覚だったのかなって思います。
自分が想像しえない世界を
知ることができるのは、映画の醍醐味
― 岸監督は、本作で追求したのは、「一つではない、多様なかたちのつながり」とおっしゃっていました。新垣さんが夏月を演じる中で感じたように、人は誰しも自分の存在を理解してほしい気持ちがある一方で、大人になるにつれ、人に深く踏み込むことに躊躇することも多いと思うのですが、新垣さんご自身は、人とのつながりを積極的につくっていく方ですか。
新垣 : 人と関わり、良い関係性を築いていくことは素晴らしいことであるというのは、もちろんひとつの価値観としてあるんですけど、「積極的に」と言われると、私はぐいぐいいくというよりは、その前に色々なことを考えちゃうタイプかもしれません。
「一緒にいるとき不快な思いはしてほしくないな」とか、「せっかく同じ時間を過ごせるなら楽しい時間にしてもらいたいな」とか考えだすと、それがプレッシャーになってしまって(笑)。なかなか一歩踏み出せないことがよくありました。
― わかります…。
新垣 : でも年齢を重ねるにつれて、そこまで自分を追い込まなくても、徐々に人と関われるようにはなってきたかもしれないとも思います。
― 新垣さんが本作で感じられたり、劇中で夏月が変化していったりしたように、人と向き合うことは「自分が理解できないこと」や「自分の外側にある普通」に向き合うことでもあると思うのですが、新垣さんご自身はそういったことに出会った際、どのようにアプローチされているのでしょうか?
新垣 : まずは、「あ、そういうこともあるんだな」とただただ受け止めている気がします。でも、無意識のところではわからないです。もしかしたら、自分の中の「普通」や「正しい」を無意識に振りかざし、人を傷つけてしまったことがあるかもしれません。
― 夏月も、同じ職場で働く那須(徳永えり)や親の何気ない言葉に傷つく場面がありますね。
新垣 : 「正しい」って何なのか、本当にわからないですよね。自分の中の「正しさ」も、常に変化していくものだと思いますし。心がけたいなと思うのは、「あなたの世界」「私の世界」と、ちゃんと距離を保ちつつ尊重することです。
でも、向き合わなければいけない、あるいは、その距離を縮めたいなと思うときは、「様々な角度から見てみる」ということも大事だと思います。
― 「様々な角度から見てみる」ですか。
新垣 : 私が思う「映画やドラマの良さ」も、そこにつながるかもしれません。自分だけの人生では出会えない職業や人格、価値観や感情を、作品を通して「知る」ことができる。それが、面白いし、楽しい。
― 映画は、他者を知る体験でもあると。
新垣 : そこで描かれる人たちが、苦難を乗り越えていく過程を通して、変化し、最終的には「希望」として描くことができるのも、映画の魅力のひとつだと思っています。
私、バッドエンドの作品とか実はあんまり観たことがないんです(笑)。観るのもそうですけど、自身が出演する作品も、観終わった後に一握りでもいいから「希望」が残るものであって欲しいと思います。
新垣結衣の「心の一本の映画」
― 最後に新垣さんの「心の一本の映画」をお伺いしたいのですが、先ほど「映画を観ると、知らなかった環境だったり、職業や価値観などに出会える」とおっしゃっていましたが、今までご覧になった映画の中で、新たな価値観に出会ったり、自分の世界が広がった映画があればお伺いできますでしょうか?
新垣 : 映画って自分以外の人生を描いてるから、そこで描かれる出来事や登場人物の感情とか、全てが「出会い」だと思っていて。それでいうと、私にとって映画は全てそうだと感じます。だから、何だろう…一本に決めるのは難しいですね…。
― 普段、映画はよくご覧になられますか?
新垣 : 今は家で観ることが多いですね。元々あまり積極的に映画館に行ったり、映画を観たりするタイプではなかったのですが、以前『ミックス。』(2017)という映画で「第60回ブルーリボン賞 主演女優賞」をいただいて、翌年司会を務めさせていただいたんです。その際に、受賞された作品を観て、映画体験ってやっぱり充実感があるなと改めて思いました。それから、自ら観るようになりましたね。
― 新垣さんが司会を務められた第61回ブルーリボン賞は、『カメラを止めるな!』の作品賞をはじめ、『止められるか、俺たちを』、『孤狼の血』、『万引き家族』など錚々たる作品が賞に輝いた年でした。
新垣 : 私にとって、映画は気合いを入れて観たいものというか、気合いを入れないと観れないというか…(笑)。作品としっかり向き合いたいと思うから、ちゃんと時間と気持ちの余裕がある時に観たいタイプなんです。起伏の激しいような大作映画も好きなんですが、そういう作品はなおさら。
― 最近は3時間を超える作品も多いですからね。
新垣 : 普段は、日常のエピソードを膨らませたような映画を好んで観ます。作品で描かれる人物が、「もしかしたら隣の家に住んでるかもしれない」と思わせてくれるような。誰もが経験したことがあるようなことを映画にすることで、自身の人生がより彩られるように感じるんです。
最近だと、橋本愛さんが出演していた『リトル・フォレスト 夏・秋』(2014)『リトル・フォレスト 冬・春』(2015)を観たんですが、すごく好きでした。
― 『リトル・フォレスト』は五十嵐大介の人気コミックを実写映画化した作品ですね。都会で生活することに挫折して故郷の山村に戻ってきた主人公が、四季折々の恵みをもたらす一方厳しさも見せる自然の中で、自給自足の生活を送りながら再生していく姿が描かれます。主人公が収穫した旬の食材を使って作る、素朴な料理の数々も見どころですよね。
新垣 : 日々の生活をこなすのではなく、丁寧に向き合っている姿が描かれていて、じんわり心に染み込んでくるようで、好みの映画でした。大自然への憧れもあります。人が生活に向き合う様子を見るのが好きで、YouTubeなどの動画で生活を発信している番組を見るのも好きなんですよ。
― 生活を丁寧に過ごす「感覚」を大切にされているのですね。
新垣 : 自身の生活を客観的に捉える機会になるじゃないですか。自分が過ごしている日々の生活はこんなに素敵な時間なんだと気づかせてくれたり、見つめ直す機会になるような作品が好きですね。