5月の公開になる映画『三日月とネコ』に、主題歌として「Moon Shaped」という曲を書かせてもらった。Homecomongsにとって1年ぶりの新曲は、Homecomoingsが3人になってからはじめてリリースされる楽曲で、かつ2月のライブをもってバンドを卒業した、なるちゃんと(いまのところ)最後に一緒に録音した楽曲だ。
「Cakes」を書き下ろした『愛がなんだ』も「Songbirds」を書き下ろした『リズと青い鳥』も、そして『三日月とネコ』もひとりの主人公に観ている人が入り込んでいくような映画ではなくて、観る人それぞれがそれぞれの立ち位置によって気持ちが入っていく人物が変わるような作品で、そんなところもなんだかHomecomingsに合っているようでうれしい。
「Cakes」はジェンダーを特定しない歌詞を書くことのきっかけになったし、「Songbirds」には水面下で解散が決まっていたHomecomingsというバンドが続いていく大きなきっかけになった、とても大切な楽曲だ。バンドとして、アーティストとして、もっというと人生において転機になるようなタイミングで、音楽と同じくらい大好きな映画というものに関わることができていることがとても嬉しくもあり、少し誇らしくもあったりするのだ。
『三日月とネコ』の主題歌のお話をいただいたのが、去年の夏頃。すぐに近所の書店でウオズミアミさん原作の漫画を揃えて買って、お気に入りのファミレスでその日のうちに最後まで読み切ってしまった。
恋人でも家族でもない3人の共同生活を中心に、年齢やジェンダーや人生における立ち位置の異なる人たちが様々な選択肢を前に、手を取り合い、笑い合い、ときには傷ついたりしながら自分が安心していられる答えを選んでいく。この作品は猫や友人に囲まれたふわふわとゆっくりと流れる穏やかな生活をただ映したようなものではない。この時代に生きること、社会の一部としての暮らしのこと、他者から向けられる視線やことば、そして自分が安心できる場所を選ぶことを描いた、どこまでもリアルで肌に触れる感覚のある物語だ。柔らかく、優しくありながらも、はっきりと「NO」とも声をあげる。そんな強さもある作品だと思った。もちろんこの作品はひとりでいることも否定しないし、誰かといることが人が生きるうえで絶対に必要であるともいわない。そんなところがとても優しく、とても素敵で大好きな作品だった。
監督を務める上村奈帆さんと打ち合わせでお話できたのもとてもよかった。上村さんは僕たちの「i care」という曲がとても好きでそのイメージで今回僕たちに主題歌をお願いしてくれたということだった。「i care」も「ケア」をテーマにした曲で、手をとったりときには距離をとったりしながら、ひとりでいながらお互いを、そしていろんな物事や誰かをケアすることについての歌で、自分たちが大事にしていることがちゃんと誰かに届いていて、それがまた新しい作品に繋がっていることがとても嬉しかった。
個人的なことなのだけど、「すいか」と「anone」の2作品が人生のマイ・フェイバリット・ドラマだったするので、そのどちらでも重要な役を演じている小林聡美さんと、『三日月とネコ』では主題歌というかたちである意味“共演”できたことも本当に嬉しかった。
『三日月とネコ』という作品から受け取ったものをそのまま歌詞にして、できあがったのが「Moon Shaped」だ。新しい視点でも自分なりの解釈でもなく、素直にその作品の世界を、作品に流れる時間や空気を歌にした。上村さんやウオズミさんと一緒に書いたような感覚すらある歌詞になっている。お話をもらったときには、もうなるちゃんがバンドを卒業することは決まっていたので、作品のなかの3人が時折感じる、うっすらと膜をはるような「いつかくる別れの予感」のようなものに共振して歌詞のなかにもそんな気持ちを書いた。このタイミングでこの作品と一緒になれたことでしか書けなかった歌詞だと思う。
もうひとつ、小さな裏話を。はじめにこの作品のタイトルを見たときに「三日月」と「ネコ」というワードから、仕方がないくらい大好きなスピッツのことを連想してしまったのだけど、ウオズミさんが今連載している作品のタイトルが『冷たくて 柔らか』と知り(スピッツの「ニノウデの世界」という曲の歌詞の一節なのだ)、これは!と確信したあとで「Moon Shaped」にも自分なりのサインを歌詞のなかに忍ばせてみていたりする。
『三日月とネコ』で描かれる括弧つきの「ふつう」から少し外れたこの暮らしのかたちは、僕たちミュージシャンの暮らしとも重なってみえる。家族でも恋人でもなく、ただの友人や仕事上のパートナーと割り切ってしまうにはどうにもしっくりこないくらいに愛おしい隣人たちと毎日のように美味しいごはんを食べたり、終電もなくなってしまった夜更け過ぎに高架に沿ってくだらないことを話しながら歩いて帰ったり、秘密を分け合ったり、そっと胸にしまっておいたりする。全員がちょっとずつ変わっていて、誰もが完璧でもなければ、正しくあることを放棄したりもしない。なんでも話すことができるけれど、なんでも話さなくてもいい、そんな関係はとてもケアにあふれていて、10年かけて(バンドを組む前から数えたらもっと長い時間)自然と組み上がっていったこの安心できる場所を僕は心から愛している。
人生は大きな川のように止まって見えても絶えずあるひとつの方向に向けて進んでいて、その流れに合わせてときには距離を置くことを選ぶこともある。こんな日々が永遠に続くか、終わってしまうとしたらそれまでに残された時間はどれくらいなのか、それは誰にもわからない。個人の生活、周りの環境、家族、社会の変化、そのどれもが僕らに関係していて、なにがきっかけでどんなことが起こるのか、どんなきっかけで、どんなことでも起こってしまうだろう。それでも僕たちはいま一緒にいる、それがなによりも大切なことなのだと、はっきりと思う。
僕らもそれぞれがどこか欠けながら、そのかたちを愛したり、愛せなかったりしながら寄り添っていくのだ。
- moon shaped river life
- 『ゴーストワールド』にまつわる3篇
- won’t you be my neighbor? 『幸せへのまわり道』
- 自分のことも世界のことも嫌いになってしまう前に 『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』
- “君”のように遠くて近い友達 『ウォールフラワー』
- あの街のレコード店がなくなった日 『アザー・ミュージック』
- 君の手がきらめく 『コーダ あいのうた』
- Sorry We Missed You 『わたしは、ダニエル・ブレイク』『家族を想うとき』
- 変化し続ける煙をつかまえて 『スモーク』
- 僕や君が世界とつながるのは、いつか、今なのかもしれない。『チョコレートドーナツ』と『Herge』
- この世界は“カラフル”だ。緑のネイルと『ブックスマート』
- 僕だけの明るい場所 『最高に素晴らしいこと』
- 僕たちはいつだって世界を旅することができる。タンタンと僕と『タンタンと私』
- 川むかいにある部屋の窓から 君に手紙を投げるように