目次

「画にエネルギーは足りているか?」
― 今日は柘植さんが描かれたデザイン画をお持ちいただいたということで、ありがとうございます。人物が、ここから立ち上がってくるような迫力がありますね。
柘植 : 実はこのデザイン画を描いた頃、撮影も立て込んでいてとても時間がない時期で、タッチが少し粗いですよね。でも、今改めてこうして見てみると……うん、いいですね。この粗さもすごくいいなと思います。感覚がまっすぐ、とでもいいますか。
― 映画が完成した今改めて見ても、登場人物の本質を突くことができている画になっていると。
柘植 : そうですね。ちょうど、色んなことを同時並行で取り掛かっている時だったから、アウトプットの回路が開いていたんだと思います。あっという間にこの画を描いた記憶があります。

― いわゆる「ゾーン」に入っているような状態でしょうか。
柘植 : そうかもしれないです。描いている時はなぜこの形になったのか、理由はわからないことも多いんです。
― 頭で考えるよりも先に、手が動いていたような感覚なんですね。
柘植 : だから、後から現場や映像で見た時に「これはいいな」と自分でも腑に落ちるんです。
例えば今作は、岡山県西部に伝承される妖怪「すねこすり」をモチーフに描かれていますが、脚本を読んで、渡辺(一貴)監督から作品や、素晴らしいロケーションについてお話しいただいた際、まず「時間」と「神性」ということが頭に浮かびました。

― 「すねこすり」は岡山県西部に伝わる「道ゆく旅人の足にまとわりつき、離れない」という妖怪で、渡辺監督はその伝承からインスピレーションを得て今作を生み出しました。撮影は、岡山県の高梁市、新見市で行われ、主な舞台となった「穴門山神社」は、社殿、社叢ともに何百年という歴史があります。

柘植 : 僕も撮影現場に入ったのですが、実際に足を踏み入れてみると、話で聞いていた以上にパワーを感じる素晴らしい場所でした。あらかじめ脚本やロケ現場の写真から、あの場所に何百年と居る「すねこすり」を考えた時に……「緋袴(ひばかま)」のイメージがすぐに出てきたんです。この画の感じですね。

柘植 : そう、「緋袴」と「長靴」。緋袴が「神性」を象徴するものだとしたら、長靴は「人間の営み」を象徴するものですから、少し鈍重なものを合わせたいなと。
― なるほど、「鈍重なもの」。
柘植 : 例えば、「長い綿入れ」、これも着せたいなとすぐに浮かびました。
― それは、「重さ」みたいなものを見せたいということでしょうか。


柘植 : そうです、そうです。今回、登場人物が3人なので、画づくりを考えた時に、圧力といいますか、「画面にエネルギーが足りているか」ということをすごく考えました。
これがもし、薄いシャツ、あるいはマフラーを巻くだけだったとしたら、物質としての力が弱いですから。衣裳が持つエネルギーを、この作品の条件には活用する必要があるだろうなと。
― そういう捉え方をするんですね。
柘植 : 「綿入れ」に対して、(高橋)一生さんが演じる「謎の男」の着る「軍服」も厚みのあるものにしたかったんです。形や比率が似ている両者が、それぞれ最後には入れ替わっていることで、「時間が移動している」という効果を出せるのではと考えました。

柘植 : あとは色温度ですね。太陽の光はどのようになっていて、というのはいつも考えています。
― 柘植さんは今作では「人物デザイン監修・衣裳デザイン」を担われ、ヘアメイク、スタイリング、装飾を統括し、チームで総合的に人物の扮装を作り上げています。
― 今日はそのデザイン画も持ってきていただきましたが、渡辺監督と主演の高橋一生さんとは、N H Kドラマ・映画「岸辺露伴は動かない」シリーズでもタッグを組まれており、渡辺監督は柘植さんを「今作における、もう一人の監督」とおっしゃっていました。

柘植 : いやいや、それは大変恐れ多いです。渡辺監督は、「いいもの」を知っている、審美眼が非常に高い方なので、生半可なものでは通用しませんからね。自ずと提案やご相談が多くなるということはあります。
― スタイリストの羽石輝さん、ヘアメイクの荒木美穂さん、小林雄美さんも、「岸辺露伴は動かない」シリーズのチームでしたね。やはり、チームとしての積み重ねがあることで可能になる表現というものもありますか。
柘植 : 長年一緒に取り組んでいると、例えば僕がデザイン画を描いて、「こういうものを選択肢として集めたい」と伝えた時に、スタッフが画に描かれていない、その先に広がっているものも集めておいてくれるんです。

柘植 : それが意外な選択肢を生むことがある。偶然という宇宙を生み出しますね。そういう好みをわかっているチームだからこそ表現できる部分はあると思います。
― 柘植さんは、以前インタビューで、そのことについて「予知性が高まる」という言葉で表現されていました。脳内のイメージが本当に現れるかのようなことが起こってくると。
柘植 : そうなんです。先ほどもお伝えしたように、そういうことって後からわかるんですよね。例えば、撮影をした岡山県の高梁市吹屋地区は「ベンガラ(弁柄)」という赤色の顔料の産地なんですが、緋袴で「赤」を入れたのは、そういう土地の記憶に無意識に引っ張られて出てきたかのような気がするわけです。

チームへ「濁りなく伝える」ために
― 柘植さんは以前、自分にとっての映画の仕事は「依頼を受ける」ことで進化し続けてきたとおっしゃっていました。その言葉通り、渡辺監督だけでなく、本木雅弘さん、福山雅治さん、庵野秀明監督、大友啓史監督、武内英樹監督など、数々の表現者から絶大な信頼を受け、指名され続けています。柘植さんのどのような視点やアウトプットが求められていると感じますか?
柘植 : いや、ぜひ僕も皆さんにお聞きしたいところではありますが(笑)。…そうですね、何ていうんでしょうか、…まず脚本を読んで、「ビジョナリーな感覚で画を出す」という能力が求められていると思います。

― 先ほどのお話と繋がる部分ですね。
柘植 : あと、僕は包み隠さずに「こう思っているんですけど、どうですか?」と自分の考えを全て伝えますね。監督は、こちらの画が未熟だろうと、何を伝えようとしているのかを嗅ぎ取ってくれますから。
もしそこで、自分のアイデアが外れていたとしても、全く傷つかずに「そうですか」とすぐに引っ込めることができます(笑)。
― 自分のアイデアに固執しないんですね。
柘植 : 違っていたら、調整すればいいですし。一つのアイデアが採用されなかったからといって揺らぐことはないので。あるいは、他の人のアイデアが入ろうが、自分が「人物デザイン」としてこの作品に携わっている事実は変わりませんから、総じて見れば自分の思いや通過してきた人生が反映されると思うので、「何でも言ってください」というスタンスです。

― 柔軟な、そして自由な思考こそが柘植さんのデザインの源にあるということがわかります。「人物デザイン監修」という役職名は、大河ドラマ「龍馬伝」で柘植さんのために作られたそうですね。「登場人物全員の扮装を統括する職掌」は、大河ドラマ史上初だったと伺いました。その柔軟なスタンスは、映画に関わり始めた頃からですか?
柘植 : 僕が初めて映画に携わったのは『GONIN』(1995)で、本木雅弘さん演じる「コールボーイ・三屋」の女装シーンのヘアメイクを担当しました。その後、初めてヘアメイク監督を担わせていただいた『白痴』(1999)で、「映画」という“巨大なもの”を食らったような感覚がありましたね。僕は、映画は素人だったんですけど、楽しかったですね。
柘植 : その頃はバブル期の後半でしたから、僕がいたファッション業界も予算が潤沢で、どこにも何も配慮せずに普通に挑戦ができたんです。時代自体が、まるでルネサンス期のメディチ家のようでした。手塚眞監督は実験映画的なスタンスを持たれていて、ファッション業界の実験性と匂いがすごく近かったんだと思います。
― その後、『双生児-GEMINI-』(1999)、『式日』(2000)とヘアメイク監督を務められますが、確かに、全て革新性のある作品ですね。
柘植 : おっしゃる通りで、映画業界は少し斜陽感がある頃で、そこから抜け出そうとする、同世代の監督たちとのそういう模索が、「次の映画のあり方」の一つになるかもしれないというような感覚がありました。

柘植 : その根っこの部分が共有できていたから、様々な表現者の方と一緒にやらせていただけたんだと思います。
― 『キューティーハニー』(2004)で「ビューティーディレクター」として、作品全体のヘアメイクを担当された後、『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』(2008)で、登場人物の扮装を統括されます。これが現在の「人物デザイン」の先駆けとなったということですね。
― 日本映画として初めてアカデミー賞外国語映画賞を受賞した『おくりびと』(2008)では、ご自身も実際の納棺師のアシスタントとして入り、エンジェルメイクの現場を学ばれたそうですね。
柘植 : はい、はっきりと覚えています。「葬儀」というテーマですから、生半可な態度では作品に入れないですよね。資料を読むだけでなく、実際の空気感や所作を目で見て感じないとわからないと思いましたし、これまでの故人の霊に失礼にならないように、と思いました。
― 身体でわかるところまで理解すると。
柘植 : そうですね。直感的なことももちろんあるわけです。「ロジカルに、理路整然と作り込まなければいけないところ」と「漠然としているけれども直感に従う方がいいところ」、その線引きが難しいのですが、それぞれに大事なところですね。いずれにしても、最後には体が納得することが大切です。
それはつまり、自分がチームへ伝えることに「濁り」があってはいけないと考えているからなんです。
― チームへ「濁りなく伝えられる」ことが重要と。
柘植 : 「チームに伝えられる」ということは、「=観客にも伝えられる」ということですから。できる限り一次資料に当たり、「わかる」というところまで落とし込むようにしています。

― 柘植さんの映画の仕事のキャリアは 「ヘアメイク」からのスタートでした。現在はチームを統括して「人物デザイン」を行っています。やはり表現できることは広がりましたでしょうか?
柘植 : そうですね。「人物デザイン」として携わることで、「自分一人で担う」から「人に任せる」と枠が広がり、クリエイティブの限界や可能性が大きく広がりました。ただ同時に、他者を介するのでコミュニケーションが非常に重要になってきます。その中で、僕が絶対に大切にしているのは、“「どういう人」が集まったチームにするのか”、この「人選」です。
― どのような基準で選ばれているんでしょう。
柘植 : 圧倒的に「人柄」ですね。技術が優れていても相性が合わない人より、技術は少し劣っていても人柄が良い人を選びます。映画づくりって順調に行くことばかりじゃなくて、ミスをすることもあるじゃないですか。まあ、どんな業界もきっとそうですね。そういう時に「お前なあ」と言いながらも許せる「開かれた関係性」それがすごく大切だと思うんです。
そういうポジティブな波動は、絶対に作品全体に良い影響を与えますから。人柄の良いスタッフに囲まれて仕事ができるのが、僕にとって一番幸せなことなんです。

柘植伊佐夫の「心の一本」の映画
― 普段も映画はよくご覧になりますか。 その時、つい人物デザインの視点で見てしまったりするのでしょうか?
柘植 : いや、映画を観る時はいち鑑賞者として楽しんで観ていますよ。最近だと『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』(2026)が話題になっていたので、ふらっと観に行きましたね。
― そうなんですね!
柘植 : 映画を観るだけでなく、ただ街をプラプラ歩いていて「なんだこれ」って面白いものを発見するなど、「色んなものを見て楽しむ」。そういう日常のインプットの積み重ねが、結果的に人物をデザインし、キャラクターを「憑依」させる時の糧になっているんだと思います。
― 最後に、「心の一本」についてお伺いしたいのですが、影響を受けた映画や、お好きな作品を教えていただけますでしょうか。
柘植 : フランシス・フォード・コッポラ監督が好きですね。あとはウィリアム・フリードキン監督とか。アメリカン・ニューシネマの作品が大好きなんです。
テーマやコンセプトが明快で、わかりやすいハッピーエンドではないけれど、絶望的なバッドエンドでもない。あのちょっとフワフワしているぐらいの悲劇性が好きですね。
― コッポラ監督の作品でどれか一本を挙げるなら?
柘植 : コッポラなら、やっぱり『地獄の黙示録』(1979)でしょうか。あとは、ボブ・フォッシー監督の作品、『スィート・チャリティ』(1968)『オール・ザット・ジャズ』(1979)なども大きな影響を受けていますね。















