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いまこそ『コーラスライン』について語りたい!

華やかな舞台の陰で、全力で生きる人たち。
ブロードウェイにみる光と影。

All Rights Reserved ©Vienna Waits Productions LLC.

唐突だが、もうすぐミュージカル好き歴28年周年を迎える。四半世紀以上の間、「一番好きなミュージカルは?」という質問に対する答えは、ブレることなく『コーラスライン』一択。1974年初演のこの傑作ミュージカルを愛してきた日本人の中でも、好き度でいったら、かなり上位に食い込む自信がある。

“コーラスライン”とは、役名のつかないコーラスたちのアクトスペースを定めるために、舞台上に引かれるラインのこと。ミュージカル『コーラスライン』で描かれるのは、オーディションで名もなき出演枠を必死で奪い合うダンサーたちの戦いと、それぞれのモノローグ。ミュージカル特有の華やかさは皆無に近く、ストーリーらしいストーリーもない。いわゆる異色作というやつで、ミュージカル嫌いを公言するタモリが、「唯一『コーラスライン』だけは大丈夫だった」と言っているのをテレビで見たことがある(ほら、ミュージカルが苦手なあなたも、少し興味が湧いてきたでしょう?)。今夏、7年ぶりとなる『コーラスライン』来日公演がやってくるので、見逃し厳禁だ。

1990年12月、初めて『コーラスライン』を観たときの衝撃は忘れられない。フィナーレ以外は華やかなシーンもなく、全般的に暗く悲惨なエピソードばかり語られていく『コーラスライン』は、まだ11歳だった私に強烈なパンチを食らわせた。一緒に観た母は「セックスの話が多くて気まずかった」と言うが、私からしてみれば「はあ?恥ずかしい?なにが?」という感じだった。なぜなら、そこには確かにダンサーたちのリアルな人生があったから。劇中で語られるセックスも、性自認も、親からの虐待も、すべてがリアルな人生だと素直に思えた(『コーラスライン』は、ワークショップでダンサーたちが実際に語ったエピソードを基に製作されている)。多くの人がイメージする華やかで夢のようなミュージカルではない。“リアルでヒリヒリしたミュージカル”というものを初めて知った。そして、私は【オーディション】というもの自体に強烈に興味を持った。

月日は流れ、社会人になった私は念願のミュージカル製作の仕事に携わることに。遂にオーディションに関わる日がやってきたのだ! 実際に目にしたオーディションは、どれも過酷だった。オーディションはいわば、決闘の場。それまでどんなに努力しても、どんな苦難に打ち勝ってきたとしても、オーディションで選ばれなければショービジネスの世界で生きていくことはできない。オーディションという場所で、与えられた瞬間にベストのパフォーマンスを見せられるかどうか。その一点にすべてが掛かっている。その緊張感は並ではないし、審査する側の疲労度も尋常ではない。ビックリするほど疲れ果てる。そりゃそうだ。自分の選択で、役者の未来が決まってしまうかもしれないのだから。正直、どの業務よりもオーディションがキツかった。体力的にも、精神的にも。

でも、そんな極限の緊張感があるからこそ、オーディションでは奇跡的なパフォーマンスが生まれる瞬間が訪れることがある。滅多に起こることではないが、“その瞬間”に立ち会えたときには身震いするほど感動した。だから、どんなに疲れ果てるとしても、私にとってオーディションは最高に好きな仕事のひとつだった。

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私がミュージカルの仕事をするようになった頃に出会ったドキュメンタリー映画『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』にも、“その瞬間”が映っている。歴史的ロングランを記録した『コーラスライン』初演(1974年)から15年。満を持して企画されたリバイバル公演に向け実施された大規模オーディションの規模はハンパじゃなかった。19人の出演枠に対して、オーディションへの挑戦者はなんと約3000人。実施期間は約8か月。気が遠くなるほど壮大なスケールで繰り広げられる『コーラスライン』さながらのドラマを記録したのが、『ブロードウェイ♪ブロードウェイ〜』だ。

『コーラスライン』の登場人物に、ポールという青年がいる。演出家から指示され、順番に自分の過去について語っていくダンサーたちの中で、断固として告白を拒否し続ける役だ。最終的に、彼は演出家にだけ哀しい過去を告白する。『コーラスライン』の見せ場のひとつだが、歌も踊りもなく、ただステージに突っ立って訥々と語るだけ。ミュージカルとしては極めて珍しい見せ方で、役者に高い演技力が要求される難役だ。『ブロードウェイ♪ブロードウェイ〜』の中で、ポール候補の役者たちは、審査員の前で順番にこのシーンを演じて見せる。そして、最後の候補者が演技を始めたとき、“その瞬間”が訪れる。

その候補者の素晴らしい演技に、画面の中にいる審査員も泣いているし、画面の前にいる私も、いつもボロボロと泣いてしまう。そして、私自身が経験した数少ない“その瞬間”を思い出す。それだけではない。残酷に落選を告げられるダンサーたちの姿を見ても、不安に押しつぶされそうになっているダンサーを見ても涙が出てくる。彼らの努力や苦しみが想像できるからだ。私も、そんな人たちと仕事をしてきた。努力の量=成功とはならないショービジネスの残酷さは痛いほどわかっているつもりだ。

最後に、私が実際に経験した“その瞬間”についてお話ししたい。とある海外ミュージカルの日本版をキャスティングする際、我々はある役のために年配の実力派俳優を探していた。出番は少ないものの、鮮烈な印象を残すユニークな役で、超難曲を朗々と歌い上げることができる高い歌唱力を必要とする難役。しかし、そんな役者は簡単には見つからないだろうということで、まずは他の青年役のオーディションを行っていたのだが、ひとりの10代の青年が歌唱審査で歌い始めた瞬間、すべての計画が変わった。“その瞬間”が訪れたのだ。

伸びやかで余裕のある美声と、10代とは思えないテクニックは場の空気を一変させ、我々は度肝を抜かれた。ああいうとき、本当に世界が止まったような気がするのは不思議だ。彼が歌い終わると、息をするのも忘れていた我々審査員たちは、驚きに満ちた表情で互いの顔を見合った。「絶対に彼を何かの役で使いたい。いや、使わなければいけない」そう意見が一致した我々は、本国では中年~老人が演じていた難役を、思い切って10代の青年にキャスティングすることに。期待通り、彼は水を得た魚のように伸びやかに演じ切り、主役に次ぐと言っても過言ではないほどの喝采を浴びた。

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オーディションに臨む役者たちは、自分の人生の全てを懸けてやってくる。審査員の前で、どれほど優れたパフォーマンスを見せることができるか。それだけだ。ほとんどの人間は、ステージに立つこともできずに消えていくという残酷な世界。しかし同時に、オーディションはチャンスを掴む人間を生み出す場でもある。そしてときには、奇跡的な“その瞬間”に出会わせてくれることもある。また、役者たちは数少ない成功を掴むために、“その瞬間”を自ら生み出すために、ショービジネスへの挑戦を続けるのだ。彼らが思う【人生の喜び】を味わうために。

全力で生きている人々が自分のすべてを注ぎ込むオーディションには、人生のすべてが詰まっている。夢も、努力も、絶望も、喜びも。私は役者ではない。でも、オーディションに立ち会うたびに、『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』を観るたびに、『コーラスライン』に足を運ぶたびに、自分を奮い立たせずにはいられない。こんなにも全力で生きている人たちがいる。私だって。

FEATURED FILM
『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢 プレミアム・エディション<2枚組>』
監督・製作:ジェイムズ・D・スターン/アダム・デル・デオ
製作総指揮:ジョン・ブレリオ(ミュージカル「コーラスライン」プロデューサー)
DVD ¥4,700+税 好評発売中
発売元:松竹 販売元:松竹
All Rights Reserved ©Vienna Waits Productions LLC.
とあるミュージカルのコーラスダンサーオーディションが行われています。最終審査まで進んだのは17人の男女。演出家であるザックは、候補者たちを並ばせて「自分自身の話をしてくれ」と要求します。戸惑うダンサーたちでしたが、やがて1人また1人と自分自身の過去を語りはじめ……。
PROFILE
映画・演劇ライター
八巻綾
Aya Yamaki
映画・演劇ライター。テレビ局にてミュージカル『フル・モンティ』や展覧会『ティム・バートン展』など、舞台・展覧会を中心としたイベントプロデューサーとして勤務した後、退職して関西に移住。八巻綾またはumisodachiの名前で映画・演劇レビューを中心にライター活動を開始。WEBサイト『めがね新聞』にてコラム【めがねと映画と舞台と】を連載中。
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