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生島淳の映画と世界をあるいてみれば vol.6

ブリジット・ジョーンズやシャーロック・ホームズのように暮らし、ハリー・ポッターの世界を歩く。生活してみたくなる街ロンドン

(スポーツジャーナリストとして活躍する生島淳さんが、「映画」を「街」と「スポーツ」からひもときます。洋画のシーンに登場する、街ごとの歴史やカルチャー、スポーツの意味を知ると、映画がもっとおもしろくなる! 生島さんを取材した連載「DVD棚、見せてください。」はこちら。)
スポーツジャーナリスト
生島淳
Jun Ikushima
1967年生まれ、宮城県気仙沼市出身。早稲田大学社会科学部卒業。スポーツジャーナリストとしてラグビー、駅伝、野球を中心に、国内から国外スポーツまで旬の話題を幅広く掘り下げる。歌舞伎や神田松之丞など、日本の伝統芸能にも造詣が深い。著書に『エディー・ウォーズ』『エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは信じること」』『気仙沼に消えた姉を追って』(文藝春秋)、『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』(文春文庫)、『箱根駅伝』『箱根駅伝 新ブランド校の時代』(幻冬舎新書)、『箱根駅伝 勝利の方程式』(講談社+α文庫)、『どんな男になんねん 関西学院大アメリカンフットボール部 鳥内流「人の育て方」』(ベースボール・マガジン社)など多数。

ロンドンのヒースロー空港に着いたら、町の中心部に向かうのに、私はいつも「ヒースローエクスプレス」を使う。
のんびり地下鉄で行くという手もあるが、時間がもったいないので、割高だけれどこの列車を使う。

乗ることおよそ15分。到着するのは、「パディントン駅」だ。
そう、映画にもなった熊のパディントンの名前の由来となったのは、このターミナル駅である。
ずらりと列車が並ぶ様子は、壮観。
ここからロンドンの旅が始まる。
では、パディントンで地下鉄のサークル線かディストリクト線に乗り換えてみよう。
目指すは、「ノッティングヒル・ゲート」。そう、ジュリア・ロバーツと『ノッティングヒルの恋人』(1999年)の舞台だ。
ノッティングヒルは高級住宅地の代名詞。そしてまたフリーマーケットが開かれることでも有名だ。
『ノッティングヒルの恋人』は、ジュリア・ロバーツ演じる世界的に有名な女優が撮影でロンドンを訪れ、ヒュー・グラント演じる旅行書専門店の店主と出会うという映画だ。
1999年に公開され大ヒットしたが、ジュリア・ロバーツの美しさもさることながら、ノッティングヒルの街の風景が美しい。特に、関係に行き詰ってしまったヒュー・グラントが散歩するシーンがあり、ここで四季の移ろいが描かれ、長い時間、ふたりが音信不通だったことが示される。
このロンドンの季節の移り変わりが素晴らしい。

ロンドンを舞台にした映画やテレビドラマは、俳優たちの歩く姿が生き生きとしている。
『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001年)でも、レネー・ゼルウィガーが生き生きとしてロンドンを歩き回っているし、テレビドラマ『シャーロック』では、ベネディクト・カンバーバッチ扮するシャーロックが、ロンドンのあらゆる情報を頭に入れ、ワトソンを連れて、彼の場合は走り回る。
ロンドンは地下鉄が発達しているからどこに行くにも便利だが、『ノッティングヒルの恋人』のロケ地は観光客が訪れているし、ブリジット・ジョーンズが住んでいた建物も、改装はされているが、いまも残っている。
映画に描かれたロンドンは、特別な場所ではなく、生活の一部分としてそこにある。

ロンドンは世界に冠たる大都市だけあって、映画を観る体験もまた豊かだ(映画都市パリとまではいかないけれど)。
2018年の秋にラグビーの取材でロンドンに行った際、日曜の夜は時間が空いたので、インターネットで調べると、気になる映画がかかっていた。
『9 to 5』。
ドリー・パートン、リリー・トムリン、そして全盛期のジェーン・フォンダ主演のアメリカ映画。日本では『9時から5時まで』という題名で、1981年に公開された作品のリバイバル上演があるではないか!
この映画、中学2年の時に、岩手県に当時あった映画館・高田公友館で観て以来の再会だ。
映画館はテムズ川沿いの「BFI(British Film Institute) Southbank」。
このシアターは新旧取り交ぜた番組編成になっていて、たとえば2019年の8月には「ケイリー・グラント特集」が組まれ、『汚名』(1946年)、『断崖』(1941年)、『ママのご帰還』(1940年)などのクラシックが上映される一方で、『ライオン・キング』(2019年)といった新作、ロンドンらしくスタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』(1971年)がかかるという。選択肢が多いので、いつ行っても観たい映画がある。
37年ぶりに観た『9時から5時まで』は、記憶に残っているものとはまったく違っていた。「ウーマンリブ」(いまや死語だよね。もっと、社会は進んだ)が盛んだった時代の息吹があり、いまにも通じる内容で、改めてジェーン・フォンダの先見性に驚かされた。

BFI Southbankで映画を観た後は、テムズ川を渡るという贅沢もできる。
現代美術を集めた「テート・モダン美術館」と「セントポール寺院」を結ぶ橋こそが、『ハリー・ポッターと謎のプリンス』(2009年)の冒頭で、デス・イーターたちによって破壊された「ミレニアム・ブリッジ」。
この橋は天気のいい日中に歩くのもいいが、ライトアップされた夜に渡るのも趣がある。

映画の主人公たちと同じように歩く。ロンドンはいま、私が世界でいちばん好きな街かもしれないが、それは歩いて楽しいということが大きい(比較的安全という要素も欠かせない)。
朝、走り出せばほぼ必ず公園に出くわし、芝生の絨毯の上をジョギングすることもできる。
私がよく民泊で使うのは、「キングス・クロス・セント・パンクラス駅」周辺なので(ここは『ハリー・ポッター』シリーズで有名な“9と4分の3番線”のロケ地がある駅ね)、近くには「リージェンツ・パーク」がある。
ここには400mトラックや、サッカーグラウンドが数えきれないほどあり、週末になると親子連れがたくさんやって来て、サッカーに興じている。
これだけの環境があれば、うまくなるよね……。
そしてジョギングの後は、ブランチ。民泊する仲間とよく連れ立って出かけるのは、「カムデンタウン」(最近、若者に大人気の街)にあるカフェ「Coffee Jar」。
このお店、うなぎの寝床のようになっていて、とても狭く、店内には10席と椅子がない。それでも、ここのコーヒーは“特別”であり、お店の人が常連さんに声を掛けている姿を見ていると、とても気分が良くなる。

Coffee Jarの帰りにはスーパーマーケットに寄って、野菜、果物(UKはベリー天国)、そして肉などを買い込む。ロンドンは外食をすると高くつくけれど、キッチン付きの民泊であれば、東京と同じように生活できる。

もしも、「3か月間、世界のどこでも住んでいいですよ」と言われたら、きっとロンドンを選ぶと思う。
朝、原稿を書き、ジョギングをしてからコーヒーを飲む。また、少し原稿を書いたら、ウェストエンドに行って、好きなミュージカルを安い席で観るのも良し。自炊がベースだけれど、インド、中華、エスニック料理も充実しているから、食事も飽きない。天気が悪いのは受け入れるとして、夏だって涼しい。
おっと、ロンドンの顔でもあるパブのことを一行も書いてなかった。
ロンドンのことなら、もう一度書きたいくらいだな。

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PROFILE
スポーツジャーナリスト
生島淳
Jun Ikushima
1967年生まれ、宮城県気仙沼市出身。早稲田大学社会科学部卒業。スポーツジャーナリストとしてラグビー、駅伝、野球を中心に、国内から国外スポーツまで旬の話題を幅広く掘り下げる。歌舞伎や神田松之丞など、日本の伝統芸能にも造詣が深い。著書に『エディー・ウォーズ』『エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは信じること」』『気仙沼に消えた姉を追って』(文藝春秋)、『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』(文春文庫)、『箱根駅伝』『箱根駅伝 新ブランド校の時代』(幻冬舎新書)、『箱根駅伝 勝利の方程式』(講談社+α文庫)、『どんな男になんねん 関西学院大アメリカンフットボール部 鳥内流「人の育て方」』(ベースボール・マガジン社)など多数。
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