PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

生島淳の映画と世界をあるいてみれば vol.3

ビル・ゲイツがナチョス片手に野球観戦!
リベラルな街、シアトル『めぐり逢えたら』

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(スポーツジャーナリストとして活躍する生島淳さんが、「映画」を「街」と「スポーツ」からひもときます。洋画のシーンに登場する、街ごとの歴史やカルチャー、スポーツの意味を知ると、映画がもっとおもしろくなる!生島さんを取材した連載「DVD棚、見せてください。」はこちら。)
スポーツジャーナリスト
生島淳
Jun Ikushima
1967年生まれ、宮城県気仙沼市出身。早稲田大学社会科学部卒業。スポーツジャーナリストとしてラグビー、駅伝、野球を中心に、国内から国外スポーツまで旬の話題を幅広く掘り下げる。歌舞伎や神田松之丞など、日本の伝統芸能にも造詣が深い。著書に『エディー・ウォーズ』『エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは信じること」』『気仙沼に消えた姉を追って』(文藝春秋)、『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』(文春文庫)、『箱根駅伝』『箱根駅伝 新ブランド校の時代』(幻冬舎新書)、『箱根駅伝 勝利の方程式』(講談社+α文庫)、『どんな男になんねん 関西学院大アメリカンフットボール部 鳥内流「人の育て方」』(ベースボール・マガジン社)など多数。

まるで、自分の故郷みたいじゃないか。
はじめてシアトルを訪れた時のことが、いまだに忘れられない。
空港からレンタカーを運転しながらダウンタウンに向かうと、ロードサイドにあるたくさんの木々が目に入ってきた。
緑! みどり! 緑!
私がアメリカで訪れた街で、これほど緑に恵まれている都市は記憶になく、まるで宮城県の故郷にいるかのようで、とても気持ちが落ちついた。
絶対にこの街が好きになるに違いない。
私の予感は間違っていなかった。

2002年、2003年と毎月のようにシアトルに通った。毎度毎度、成田空港からシアトルまで8時間のフライトは長かったが、到着してからのことを思えば、それが苦痛ではなかった。
当時、シアトル・マリナーズではイチロー、「大魔神」佐々木主浩、長谷川滋利がプレーしていたのだ。

マリナーズの本拠地、セーフコ・フィールド(2019年からは「Tモバイル・パーク」へと名称が変更された)はダイナミックな鉄骨構造が特徴の開閉式の屋根を持つ球場で、現代ボールパークの傑作だ。
全盛期のイチローがプレーするこの球場で、私は幾度か歴史の1ページに居合わせた。
2004年、イチローがメジャーリーグのシーズン最多安打記録を破り、年間262安打を達成した瞬間は一生の宝物だ。

セーフコ・フィールド(2003年当時)。

そしてもうひとつ忘れられないのは、私はこの球場で正真正銘のビリオネアに会ったことがある。
ビル・ゲイツだ。
バックネット裏、私の数列前でナチョスを食べている人がいて、「どこかで見たことがある顔だな」と思ったら、マイクロソフトの創始者であるビル・ゲイツその人がフツーに野球観戦をしていた。びっくりするほどオーラがなく、世界の歴史に名を残す人が、気軽に野球を見ている光景が、とても印象に残っている。
そういえば、リトルリーグの試合を見学に行った時、チームの監督を務めていたのはマイクロソフトの社員の人で、
「息子がチームにいるんだ。会社から『ボランティア休暇』をもらって、早めに仕事をあがり、夏の間の夕方は監督をしていてね。息子の成長を感じられるのがうれしいよ」
と言っていたのを思い出す。
もう10数年前のことだが、ボランティア休暇があることに驚いた記憶がある。
シアトルは、当時からリベラルな街だ。

シアトルで過ごす時は定宿を決めず、ダウンタウン、日本人が多く住むベルビュー、そしてワシントン大学エリアと様々な場所で街の自由な雰囲気を楽しんだ。ダウンタウンから郊外に行く場合は、湖に架かる橋を渡るのだが、そのたびに私はある映画を思い出す。
1993年に製作されたトム・ハンクス、メグ・ライアン主演の『めぐり逢えたら』。
原題は”Sleepless in Seattle”。
私だったら、「シアトルで眠れなくて」とでも訳すだろうか。
シカゴに住んでいた建築家のサム(トム・ハンクス)は妻をがんで失い、新天地を求めて8歳の息子ジョナと一緒にシアトルに移り住む。この親子が住んでいるのがレイク・ユニオン沿いにあるボートハウス。湖のそばに住み、子どもと一緒に遊ぶというライフスタイルは、いま観てもなかなか素敵だ。
サムは妻のことがなかなか忘れられず、それを見かねた息子のジョナはラジオの人生相談に電話をかける。息子がお父さんは不眠であることをバラしてしまい、そこでついたラジオネームが”Sleepless in Seattle”。
その相談を耳にしたのが、東海岸のボルチモアに住む新聞記者のアニー(メグ・ライアン)で、恋愛妄想が膨らんだ彼女は飛行機で対岸のシアトルにまで飛ぶのだが……。

『めぐり逢えたら』にも遠景で登場するマーケット。

この映画には、アメリカ大陸の反対側にある東海岸の人間がシアトルについて揶揄するセリフがあり、中でも傑作なのは、
「1年のうち9か月は雨が降っている街だぞ」
というもの。
たしかに雨が多い街だが(球場に開閉式の屋根がついているのはそのせいでもある)、そのおかげで緑が豊かになっているのはたしかで、「恵みの雨」と呼んでもいい気がする。
それに、雨は人を内省的にさせてくれる。何日も雨が降り続けるのはつらいけれど、自分のことを顧みる時間が得られるからこそ、シアトルに滞在するのが私は好きだ。雨の日は、原稿も進む。
『めぐり逢えたら』では、主人公のサムが夜になって湖を見ながらじっと考え込むシーンがあるが、考えごとをするにはぴったりな街なのだ。

この映画が作られた1993年から、シアトルは大きく変化した。もともとはボーイング社の本社があり、航空関係の街として知られていた(ボーイング社は2001年にサムが去ったシカゴに移転)。航空機産業はビジネスサイクルが長く、その影響なのか、ゆったりとした時間が流れる街だった。
今はマイクロソフトをはじめ、スターバックスやAmazon.comがこの街に本社を置き、シアトルから世界へと広がっていった。いまや雨の街ではなくて、最先端の事業が発信される街として知られるようになった。

観光名所パイク・プレイス・マーケット。

『めぐり逢えたら』で、主人公はかつての築地市場を連想させる観光名所、パイク・プレイス・マーケットの近くにあるレストランでランチを食べるが、そのエリアにはスターバックスの1号店がある。
世界に広がったスターバックスだが、この発祥の地のお店は驚くほどこじんまりしていて、テーブルも椅子もなく、持ち帰りのみ。
それだけでもびっくりだが、とても印象的だったのは、収納スペースがあまりないのか、段ボールがお客さんの目につくところに置かれていたり、雑多な感じがすること。さらにびっくりしたのは、私が「トールサイズのデカフェのラテ」と注文すると、名前を聞かれてカップに記され、そのカップが注文カウンターからラテを作るバーカウンターに「ポーン」と投げられたこと!
「なんだか自由だな、スターバックス」と感心してしまったのである。
街にはスターバックスだけでなく、「タリーズ」、「シアトルズ・ベスト・コーヒー」などの世界に展開するチェーン店、その他にもシアトル・エリアを中心に展開するお店や独立系のカフェがひしめく。
特に、ワシントン大学近くにある「Zoka」では店内でパソコンに向かって作業をする学生の姿を見て、衝撃を受けた。10数年前、日本の喫茶店やカフェで、パソコンで作業する人は見かけなかったからだ。

現地カフェの“ラテアート”。

街にあふれる緑に、たくさんのカフェ、そして今もイチローはマリナーズの背番号51をつけ、2019年も現役を続ける予定だ。
出来ることなら、もう一度、シアトルでイチローを見てみたい。そして、湖沿いにドライブしながら、故郷に思いを馳せてみたい。
穏やかになれる街。
それがシアトルだ。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:ノーラ・エフロン
脚本:ノーラ・エフロン、デヴィッド・S・ウォード
出演:トム・ハンクス、メグ・ライアン
ロマンティック・コメディの名手ノーラ・エフロンによる、心温まる名作ラブロマンス。妻を亡くし、シアトルに越してきた建築家のサム(トム・ハンクス)。彼はクリスマスの晩、息子が彼を気遣って電話をかけたラジオの人生相談で、やるせない胸の内を切々と語る。遠く離れたボルチモアで番組を聴いた新聞記者のアニー(メグ・ライアン)は胸を打たれ、見ず知らずのサムに心惹かれていく。のちに監督・脚本ノーラ・エフロン、主演トム・ハンクス&メグ・ライアンという同じ布陣でのラブコメ映画『ユー・ガット・メール』も実現、こちらもラブロマンス好きなら必見。
PROFILE
スポーツジャーナリスト
生島淳
Jun Ikushima
1967年生まれ、宮城県気仙沼市出身。早稲田大学社会科学部卒業。スポーツジャーナリストとしてラグビー、駅伝、野球を中心に、国内から国外スポーツまで旬の話題を幅広く掘り下げる。歌舞伎や神田松之丞など、日本の伝統芸能にも造詣が深い。著書に『エディー・ウォーズ』『エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは信じること」』『気仙沼に消えた姉を追って』(文藝春秋)、『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』(文春文庫)、『箱根駅伝』『箱根駅伝 新ブランド校の時代』(幻冬舎新書)、『箱根駅伝 勝利の方程式』(講談社+α文庫)、『どんな男になんねん 関西学院大アメリカンフットボール部 鳥内流「人の育て方」』(ベースボール・マガジン社)など多数。
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