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好きな映画の話を相手にすると 深いところで一気につながる感覚がある 

DVD棚、見せてください。第20回/グラフィックデザイナー巣内雄平

好きな映画の話を相手にすると
深いところで一気につながる感覚がある

クリエイティブな世界で活躍する人の、創造の原点に迫る連載「DVD棚、見せてください」。
DVD棚。そこには、持ち主の人間性が映し出されています。
繰り返し観たい映画、そばに置きたい大切な映画、贈りものだった映画、捨てられない映画……。いろいろな旅を経て、棚におさまっているDVDたち。同じものはひとつとしてない棚から、そのクリエイションのルーツに迫ります。
20回目のゲストは、グラフィックデザイナーの巣内雄平さんです。
DVD棚の持ち主
アートディレクター、グラフィックデザイナー/オフィス「LINO」
巣内雄平
Yuhei Sunai
2017年独立。
コンセプト開発、ロゴ・KV開発など、デザイン領域から目的にあったビジュアルコミュニケーションの設計を担当。チームの一員として並走しながらデザインすることを得意とする。
ブランディングデザイン、VI、ビジュアル開発など企業やプロジェクトのシンボルをコンセプトから作り上げる実績多数。
ラジオ デザイン3歩 : https://www.facebook.com/design3po/
シェアオフィスLino: fb.me/LinoCommunity
DVD所有枚数:198本

敬遠していたアメリカ映画から広がった「好き」を共有することの楽しみ

オフィスに入ってまず目を引くのは、カフェのように椅子が並べられた大きなカウンターテーブル。奥には、パソコンや作業中の資料などが置かれた机が3つ並び、グラフィックデザインのポスターが壁に貼られています。ここは、3名のデザイナーが事務所を共有しているシェアオフィス「LINO」。今回ご紹介するDVD棚の持ち主は、ここのメンバーのひとり、グラフィックデザイナーの巣内雄平さんです。ラジオ局のロゴデザインや、西池袋のまちづくりプロジェクト「NishiikeMart」のアートディレクションなど、ブランディングやロゴ、キービジュアル、グラフィックを軸にデザインの仕事をしています。

「ここは仕事の打ち合わせや作業をするオフィスという側面の他にも、イベントを開催する場としても使ったりしています。仕事以外にもイベントなど余白のプロジェクトを作りたかったので、カウンターテーブルを置きました」

そう言うと巣内さんは、手際よくナイフで切り分けてくれた梨とコーヒーをカウンターに並べてくれました。その向かい側にある大きな本棚には、オフィスを共有しているメンバーがデザインした腕時計や器、デザイン関係の資料本や雑誌などが並び、その一部にはDVDが20枚ほど収まっています。

「自宅にはもっとたくさんありますが、数が増えすぎてしまったので、1/3くらいはケースからディスクとカバーだけを外してファイリングしているんです。ここにあるのは、パッケージとしてちゃんと残しているもの。僕はネット配信ではほとんど映画は観ていなくて、映画館に行くか、店頭でDVDのタイトルロゴや字面の雰囲気を見てジャケ買いをしています」

背表紙のタイトルを追っていくと、ヒューマンドラマを中心としたアメリカ映画や、PIXARのアニメーション映画が多いことに気づきます。今でこそボーダーレスに何でも映画を観る巣内さんですが、学生当時はアメリカ映画やハリウッド映画など敬遠し、偏ったジャンルの映画しか触れていなかったといいます。

「NHKの深夜放送でやっていたヨーロッパ映画や、黒澤明監督、相米慎二監督の映画など、同級生があまり観ない映画ばかり観ていました。多額の製作費をかけてリッチに作ったハリウッド映画とかは、内容が薄いと思っていたんです…。だから、映画の趣味が合う人も近くにいなくて、誰かと共有して楽しむという発想もありませんでした」

転機が訪れたのは、今から7年程前。巣内さんは『グランツーリスモ』というカーレースのゲームスタジオで新人デザイナーとして働いていました。このゲームのグラフィックデザインを考えるうえで、ある映画との出会いがあったのです。

「このゲームの世界観を理解するためには、アメリカでリッチに作られたアクション映画の臨場感や、AppleなどIT企業の最先端技術をイメージさせるような表現を、まず自分が理解することが必要だったんです。でも、それは当時の僕にあまりない要素でした。その時、たまたま会社の先輩から『トイ・ストーリー3』(2010)のDVDを貸りていて。それまでPIXARの映画は全く観たことがなくて、むしろ子どもが観るアニメだと思っていたんですけど、ウッディやバズなどのおもちゃの持ち主アンディの成長を、お母さんがビデオで撮影するシーンに心をつかまれて、冒頭から泣いちゃいました。登場人物のおもちゃたちに、PIXARのクリエイター自身の葛藤する姿が映し出されていて、ストーリーもすごく地に足が着いている。PIXARの映画って、こんなに面白いのかと印象がひっくり返ったんです」

『トイ・ストーリー3』以降、その他のPIXAR映画から、ハリウッドの大作映画や『グラン・トリノ』(2009)『レスラー』(2009)などのヒューマンドラマまで、垣根なく幅広いジャンルのアメリカ映画を追いかけるようになっていった巣内さん。“内容が薄い”と敬遠していましたが、そこにはアメリカ社会が抱える問題や時代背景が、エンターテイメントとして作品の中に昇華されていました。アメリカ映画の印象が覆った巣内さんは、そうなったことで初めて、好きな映画を誰かと共有したいという欲求が出てきたのです。

「ちょうど、noteなど、個人がメディアとして発信できるプラットフォームも増えてきた時期だったので、ブログに映画の感想を書いたり、人の感想を読んだりと、共有することが楽しくなっていきました。このオフィスを初めてからは、知り合いのクリエイターを10人位集めて映画部を作ったんです。毎月、公開されている6つの映画で僕がサイコロを作って、振って出た映画をみんなで同じ日に観に行くんです。それで、帰り道に感想を言い合うという(笑)」

他にも、月に一度このオフィスで開催しているのが“水曜のみ”。「旅」「ミステリー&サスペンス」など、毎月ひとつ特集テーマを決めて、漫画や小説、映画などについて参加したメンバーで紹介し合い、知識を深めていこうというイベントですが、ここでも、「青春映画」「オープニングタイトル特集」など、映画をテーマにした集まりを何度か行っているそうです。

「デザイナーや編集者など、いろんな職種の人が集まるんですけど、異業種交流会と言われるのはすごく違和感があって。お互いの仕事がどう結びついていくかよりも、カルチャーを通して生まれた個人的な体験や思考を共有することで、何かお土産になるような情報を持ち帰ってもらえたらいいなと思っているんです。そういう時も、映画のネタで盛り上がることが多いので、こうして棚にDVDがあるといいですね」

映画の話で盛り上がれる人とは、
深い付き合いができる

企業やメーカー、お店など、プロジェクトに関わる人たちの思いやビジョンを、グラフィックデザインという方法でかたちにしていく巣内さん。そんな仕事において、映画を観る時間というのはどのように影響しているのでしょうか?映画のポスターやウェブサイトの、レイアウト、カラーリングやキービジュアルの作り込みなどを参考にすることがあり、「最近では『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)の海外の公式ウェブサイトをよく観ていました」という巣内さんが、映画からインスピレーションを受けた仕事として紹介してくれたのは、自身がイラストを描きデザインをした、このシェアオフィス「LINO」のポスターでした。

「オフィスの名前には、“デザインのスタートラインである“線を引く=Line of Design”や、仕事を通して様々な人の人生模様が交錯していく“Line of Life”などのイメージが込められています。そういう幾つも重ねられた意味を一枚の絵にデザインする時に、映画的なエッセンスを踏襲できないかなという考えが、頭の隅にありました。映画のストーリーのような、奥行きを感じるものにしたかったんです」

他にも、映画の美術セットやオープニングタイトルなど、映像そのものからも、ヒントをもらうことがあるそうです。

「映画界にタイトルデザインの分野を確立したと言われている、ソール・バスの作品は、ヒッチコック映画など、好きなものがたくさんあります。今見ても、タイポグラフィなど洗練されていて、かっこいいなと思います。そういう個人の作家性が光るものも好きですが、一方で、スティーブン・スピルバーグ監督の『タンタンの冒険』(2011)のオープニングタイトルのように、集団でディスカッションを重ねて、お金と時間をかけて作り上げた精度の高いものも好きです。こういうのは、アメリカ映画がやっぱり上手だなと思いますね」

巣内さんが映画を幅広く観るきっかけにもなった、アメリカ映画やPIXARなどのアニメーション映画。長期に渡って製作され、多くの人数が関わる規模の大きな作品だからこそ、チームが同じ方向を見てゴールに向かうまでの「チームビルディング」が確立されています。巣内さんは、作品としての魅力だけではなく、その仕組みづくりにも興味を持っているのです。

「先日、東京国立近代美術館で開催されていた『高畑勲展』に行って驚いたんですけど、高畑勲さんは70年程前の『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968)の時代から、キャラクターの“香盤表(全体の進行や出演者の出番などを記した進行表)”や“テンションチャート”と呼ばれるものを作っていたんです。登場人物の感情の推移を波形や図形で表したり、ストーリー内での年表や人物相関図を作ったり、かなり理論的で、緻密に設計されている。そうやって、作品の世界観をスタッフ全体で共有していたそうです。そういうシステムや仕組みの作り方は、他のスタジオや監督によっても違うので、調べるとすごく面白い。人への伝え方、感覚の共有の方法など、僕の場合はもっと全然ミニマムな規模ですけど、自分の仕事に置き換えても参考になりますね」

そんな“感覚を共有する”方法として、巣内さんが普段行っていることのひとつが、好きな映画の話を相手にしてみること。どんな映画を観てきたのか、その映画のどの部分に惹かれているのか、などの雑談を打ち合わせの合間に挟むことで、共有できるものがあると言います。

「映画の話で盛り上がる人とは、ひとつの仕事で終わるんじゃなくて、その後も深い付き合いになることが多い気がします。クリエイティブな仕事って、技能や能力も大事ですが、軸になるのはその人自身が持つ嗜好性だったりするので、デザイナーも、映画や漫画などのカルチャー好きの人が多いですよね。その中でも映画は、観る前と観た後では、見えている景色が一変するほどの力があるので、特別だと思います。映画の中にしか流れていない時間を体験しているから。その“映画時間”の感覚を共有できると、仕事の話だけではわからなかった深い部分まで、一気につながることができますよね」

毎月開催される“映画部”や“水曜のみ”などのイベントで「LINO」に集まるゲストたちや、巣内さんが仕事で出会う人々。さまざまな業種の人たちの人生模様が交錯する時間の中で、その中心にあるのは、今日も「好きな映画」の話題なのでしょう。

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PROFILE
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巣内雄平
Yuhei Sunai
2017年独立。
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