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「データは信用していない」映像制作プロデューサーが、映画を集める理由

DVD棚、見せてください。第13回/映像制作プロデューサーtimo

「データは信用していない」映像制作プロデューサーが、映画を集める理由

クリエイティブな世界で活躍する人の、創造の原点に迫る連載「DVD棚、見せてください」。
DVD棚。そこには、持ち主の人間性が映し出されています。
繰り返し観たい映画、そばに置きたい大切な映画、贈りものだった映画、捨てられない映画……。いろいろな旅を経て、棚におさまっているDVDたち。同じものはひとつとしてない棚から、そのクリエイションのルーツに迫ります。
13回目のゲストは、映像制作プロデューサーのtimoさんです。
映像制作プロデューサー
timo
日本生まれ、ドイツ育ち、19歳で日本へ渡り、モデルマネージメントからフリーのグラフィックデザイナーに。2004年に制作会社 雨に就職、2005年にはshotsの日本窓口でもあったハイブリットに転職し、日本と世界のクリエイティブを繋げる事を始める。2006年に東北新社の国際課に転職。数々の海外プロジェクトをこなし、国際課の部署化に貢献。
2012年に海外のポストプロダクションCuttersの立ち上げから参加し、成功に導く。
2018年より新会社Connectionを立ち上げ代表を務める。過去にAICE 2015と2016, One Show Young Ones Portfolio 2017, AdStars 2017と2018, AdFest 2017
そしてAdFest Jury President for Film Craft in 2018, A-List Hollywood Award 2018, YDA Cannes 2018, Spikes Asia 2018, Ciclope Berlin 2018の審査員などを務める。
CONNECTION Inc.: http://cnct.work/
DVD・ビデオ所有枚数:400本

「映画の山」と向き合うことで、自分の現在地を知る

大きな窓の前に置かれた観葉植物の隙間から、午後の明るい光がたっぷりと差し込むリビングルーム。普段は、お子さんが元気に部屋中を歩き回っているのでしょう。その広い空間には、ぐるりと一周してベビーサークルが置かれています。

広告映像プロデューサーとして、話題のアーティストや企業の映像制作を手掛けるtimoさん。小さな頃から映像や音楽が大好きで、映画についても「家族にも呆れられるくらい。オタクですよ」と笑います。ところが、テレビ台や食器棚などが壁に沿って並ぶリビングを見渡してみても、DVD棚らしき場所はどこにもありません。

「昔は壁一面にずらっと並べていたんです。でも、結婚して子どもが生まれてからは、だんだんとスペース的にも厳しくなって…ちょっと待っていてくださいね」

そう言って、奥のクローゼットから出してきてくれたいくつかのクリアボックスが今のtimoさんのDVD棚。それぞれにDVDが30枚ほど、ぎゅうぎゅうに詰まっています。初回限定版の豪華な箱に入ったものや、フィルムケースのようなアルミの缶に入ったものなど、パッケージデザインも様々で、リビングのテーブルに積み上げられた「映画の山」は、その見た目も含めてなかなか壮観です。

「僕は基本的にデータを信用していないので、好きな映画は今も必ずDVDで買います。時々このボックスを眺めてみて、数年前に好きだったものを観てみるんですけど、中には“当時の熱量は何だったんだろう”と思う微妙なものもあって(笑)。でも、そういう自分の変化がわかることも含めて、DVDで持っているのは楽しいですよね。いつか広い家に引っ越したら、もう一度、壁一面に並べるのが夢です」

19歳までドイツに住んでいたというtimoさん。子どもの頃は、親戚のおじさんが日本から送ってくれるビデオテープが、娯楽のすべてだったと言います。そのテープに入っていたのは、日本のテレビで放送されたアニメや時代劇、そして映画でした。

中学や高校ではインターンシップ先にビデオレンタルショップを選んで働き、たくさんのビデオを借りて帰る日々。冒頭に収録されている予告編にも心躍らせ、毎日のように映画を観ていたという学生時代。あるひとつの映画との出会いが、timoさんの映画に対する捉え方を大きく変えました。

「『セント・オブ・ウーマン』(1992)でのアル・パチーノの演技です。映画はたくさん観ていたけど、それまではテレビやアニメと同じように、エンターテイメントとして楽しんでいたんです。でも、この映画を観てから、映画を“作品”として捉えるようになりました。盲目の退役軍人を彼が演じているんですけど、最後に壇上に上がってスピーチをする場面があって。瞬きもせず、瞳も動かさずに力強い言葉で訴えかけるその姿を観て、圧倒されました。俳優の素晴らしさを観るのって、こんなに幸せなんだなと。ストーリーの重厚さや俳優の演技力も含めて、映画って面白いなと思いました」

『セント・オブ・ウーマン』から広がった、timoさんの映画への探究心。アル・パチーノの出演作を追いかけて観るうちに、他の映画監督の作家性にも惹かれるようになっていきます。

「ちょっと癖のあるキャラクターを通して、人間の本質的なおかしみを描くコーエン兄弟や、ビジュアルの発想も含めて強烈な作家性を持つ、テリー・ギリアムが大好きなんです。少しファンタジックな世界観の中でも、人の弱さや人間関係など、現実世界に通じるようなテーマを描いた映画が好きですね」

映画も広告も、
人の探究心や美学を育てる存在でないといけない

ドイツに住んでいた学生時代から映画に夢中になっていたtimoさんですが、自身の仕事として心を惹かれたのは、「広告映像制作」でした。音楽や映像など、映画にも共通する要素がすべて含まれ、それでいて、一番好きな映画よりも客観的に捉えることができる広告の仕事。また当時は、今は映画監督として有名なミシェル・ゴンドリーやスパイク・ジョーンズも広告業界で活躍していた時期であり、そんな時代の盛り上がりもtimoさんの背中を押したそうです。

「企業の商品を広める、というビジネス面での目的ははっきりありますけど、広告って僕は、教育という責任も抱えていると思ったんです。そういう面白さが、この仕事にはあるなって。世の中に発信するにあたって、影響力もあるし、いつでも憧れの対象でいないといけない。町を歩いたりテレビから流れてきたり、そういう日常で出会うものだからこそ、人の美学を育てていく役割があると昔も今も思っています」

任天堂の「スーパーマリオ・ラン」、ユニクロやコカ・コーラなどの企業テレビCM、OK Goやきゃりーぱみゅぱみゅのミュージックビデオなど、話題の作品を数多く手がけている映像制作会社CONNECTION。そこで代表として働くtimoさんですが、iPhoneで映像を撮り、誰でも簡単に発信ができる時代だからこそ、映画や広告などの大きなコンテンツに対して、感じることがあると言います。

「人の成長って、探究心からくると思うんです。“もっと知りたい”という欲があれば、楽しく知識を広げることができますよね。僕の場合は、それが映画だったんです。映画を通して広がった世界がたくさんあったし、今の仕事にもつながっている。でも今は、多くの人の探究心がYouTubeなどの動画配信に向かっていますよね。それは、作り手に“自分の好きなものを作っている”という作家性を感じるからだと思うんです。そこに、みんな惹かれるんじゃないかな。

僕は、自分が学生時代に観てきた映画のように、もっと作家性の強い映画が今もたくさんあればいいのになと思います。ここ数年で一番面白かったのは、ウェス・アンダーソンの『犬ヶ島』(2018年)でした。他のどの映画にも重ねられない、強烈な作家性がありますよね」

一方で、「最近は年間に上映される映画の本数が多すぎて、何を観ればいいのかわからなくなるんです」と話すtimoさん。仕事が多忙でなかなか映画館に足を運ぶことができず、自宅で動画配信サイトのテレビドラマを観ることも増えたそうです。

「コンテンツのクオリティーも上がっているし、だんだん映画との境界が曖昧になってきていますよね。でも、“映画館”という場所がある限り、映画という概念は消えないと僕は思います。2時間きっちり現実から切り離されて、暗闇の中でその世界に没入することができる。そういう特別感は、映画の他にはないですよね。物語があったり、想像をふくらませる余白があったり。広告は15秒や30秒と短いですけど、僕もそういう映画に共通する、人の探究心をそそるような広告を作っていきたいですね」

俳優の素晴らしさに圧倒され、コーエン兄弟やテリー・ギリアムのような作家性に心を奪われ、映画の世界を通して自分の探究心を広げてきたtimoさん。“もっと知りたい”という欲求から積み上がったこのDVD棚のように、今度はtimoさんの手がけた広告映像から、誰かの探究心を満たす新しい棚が作られていくのかもしれません。

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PROFILE
映像制作プロデューサー
timo
日本生まれ、ドイツ育ち、19歳で日本へ渡り、モデルマネージメントからフリーのグラフィックデザイナーに。2004年に制作会社 雨に就職、2005年にはshotsの日本窓口でもあったハイブリットに転職し、日本と世界のクリエイティブを繋げる事を始める。2006年に東北新社の国際課に転職。数々の海外プロジェクトをこなし、国際課の部署化に貢献。
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