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映画は仕事への熱量を高めてくれる存在。写真家のそばにあるDVD棚

DVD棚、見せてください。第29回

映画は仕事への熱量を高めてくれる存在。写真家のそばにあるDVD棚

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クリエイティブな世界で活躍する人の、創造の原点に迫る連載「DVD棚、見せてください」。
DVD棚。そこには、持ち主の人間性が映し出されています。
繰り返し観たい映画、そばに置きたい大切な映画、贈りものだった映画、捨てられない映画……。いろいろな旅を経て、棚におさまっているDVDたち。同じものはひとつとしてない棚から、そのクリエイティビティのルーツに迫ります。
29回目のゲストは、写真家の増永彩子さんです。
【持ち主プロフィール】
増永彩子(写真家)
DVD所有枚数:42本

映画館のアルバイト、渡英先の出会い。
人との関係から広がった映画の楽しみ方

仕事机の隣にある、同じ背丈ほどの木製の棚。さまざまなサイズの、本や写真集が並ぶ中、同じ佇まいをしてずらりと揃って見えるのが映画のDVDです。

「10年ほど前から、好きな映画はDVDで買うようになりました。昔、イギリスに2年ほど住んでいた頃、向こうでお気に入りの映画を買い集めていたんですけど、帰国する時に荷物を減らそうと中身のディスクだけを抜き取って持ち帰ってきたんです。そのことを後からすごく悔んだので、それ以降、好きな映画は本体が入っているパッケージも含めて、手元に揃えようと思うようになりました」

そう話してくれたのは、今回ご紹介するDVD棚の持ち主、写真家の増永彩子さんです。写真集『ライドライドライド』や『もう、家に帰ろう』などで多くのファンを持つ写真家・藤代冥砂さんに師事後、現在フリーランスで活動をしている増永さんは、数多くの雑誌やオンラインメディアなどで、役者やミュージシャン、クリエイターなどのポートレートを中心に撮影をしています。

写真家である増永さんが、仕事机から目の届く距離に置いているDVD棚には、どんな作品が並んでいるのでしょうか? オンライン取材の画面上では見えにくいのでと、DVDのタイトルが見えるよう、数枚ずつを棚から取り出して目の前に並べてくれました。

『レディ・バード』(2017)、『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992)などのアメリカ映画や、一番最近この棚に追加されたというイタリアの映画監督ルカ・グァダニ―ノの『君の名前で僕を呼んで』(2017)、また『つみきのいえ』(2008)や『AKIRA』(1988)などのアニメーション映画。ジャンルの偏りはなく、DVD棚にはさまざまな国や作風の映画が肩を並べています。

「ホラー映画以外は、何でも観るかも」と話す増永さん。部屋に棚ができるほど、映画が好きになったきっかけはあったのでしょうか? そう質問すると、太陽の光に照らされた5人の少女たちが映る、2冊のフォトブックを本棚から見せてくれました。

「大学生の時に、ソフィア・コッポラ監督の『ヴァージン・スーサイズ』(1999)を観て、衝撃を受けたんです。淡い光の中で撮られた少女たちや、古いフィルムのような映像の質感、音楽、すべてにショックを受けて、映画を観てこんなにアドレナリンが上がることがあるんだと思いました(笑)。この2冊のフォトブックを何度も何度も見返していて、時には仕事で写真を撮るヒントを探すため開いていた時期もあります。この映画以降、意識的に自分から映画を選択して観るようになっていきました」

1970年代のアメリカ郊外の町を舞台に、10代の美しい5人姉妹が自ら命を絶ってしまうという悲しい物語を、当時まだ20代だったソフィア・コッポラが撮った『ヴァージン・スーサイズ』。花柄のキャミソールやコットンレースのドレスなど、ポップで甘い世界観の中に、思春期の少女たちが抱える不安や絶望を滲ませた作品です。この映画に出会ったという渋谷の映画館、今はなき“シネマライズ”が、増永さんと映画の関係をますます深めていくことになります。

「シネマライズに通い詰めてたくさんの映画を観ていました。写真のアシスタント募集に落ちてしまって、カメラに携わる仕事に就いていない空白の期間があったんですけど、その時期はシネマライズでアルバイトもしました。監督や脚本家、配給会社など映画業界を目指している人も多く働いていて、すごく刺激になったんです。日常会話にも映画のタイトルが自然と入ってくるくらい、みんな映画に詳しくて。自分だけ知らないのが悔しいのもあって(笑)、この時期に、普段観ないようなジャンルの映画にも多く触れましたね」

その後、写真のアシスタントの仕事に無事合格し、写真家としての活動を始めた増永さんですが、以前から憧れていたという海外での生活を実現するため、一度日本を離れて渡英をすることに決めます。

「あまり自分が望むような仕事ができていないなぁという時期があって。思いきって、ワーキングホリデーを使って2年ほど渡英しました。最初の2ヶ月くらいお世話になっていたお家のおばあちゃんが、偶然にも若い頃写真の仕事をしていた人で、しかも映画を大好きだったんです。古いフランス映画をリビングでよく一緒に観ていたんですけど、ある日、そのおばあちゃんが、出身地のスウェーデンで撮った自分の写真を見せてくれた時があって」

増永さんは、部屋の片隅から一枚の小さな写真を大切そうに取り出して、私たちに見せてくれました。まるで映画のワンシーンのようなモノクロの風景の中には、トレンチコートのような上着のすそを風に揺らして立つ、美しい一人の女性が映っています。

トレンチコートのような上着のすそを風に揺らして立つ、美しい一人の女性が映っているモノクロの写真

「これは、おばあちゃんの夫であるおじいちゃんが撮影した一枚なんですけど、景色も、若い頃のおばあちゃんも、すごくかっこいいですよね! この写真を見た時に、私はおばあちゃんの出身国であるスウェーデンという国に一目惚れしてしまって、以来、憧れの場所なんです。それから、北欧の景色や映画が気になるようになって、北欧の旅の途中たまたま乗った船で、スウェーデンが舞台の映画『長くつ下のピッピ』(1970)のDVDを買いました。作品そのものは、子どもの頃に観た記憶があるんですけど、当時は北欧ということを意識していなかったから、改めてもう一度観てみたくなったので。今でも大好きで、よく観返す映画のひとつです」

ここ数年は、旅行で北欧を何度も訪れ、写真を撮りためているという増永さん。「いつか北欧の写真集を出すことが目標です」と話してくれました。仕事から少しだけ離れて滞在した異国での出会いが、映画の楽しみ方や写真家としての想いを、さらに広げ、深めていったのです 。

仕事の前と後で
モチベーションを高めてくれるそれぞれの映画

大学時代は油絵学科を専攻していたという増永さん。卒業後の就職に悩んでいたちょうどその頃、世間は空前の“ガーリー・フォトブーム”。ソフィア・コッポラやHIROMIXなど、女性クリエイターが次々と雑誌で写真を掲載し、誰もが気軽にコンパクトカメラを持ち歩いては写真を撮れる時代でした。

そんな時代の空気の後押しもあり、増永さんもカメラマンとしての道を志すことにしたそうです。撮影スタジオに就職し、カメラやライティングなどの技術を学んでから約1年半が経った頃、決定的な出会いがありました。

「車にブルドッグの犬を乗せて、長髪に半袖短パンという格好でふらっとスタジオに現れたカメラマンがいたんです。その日は、女優さんの雑誌の表紙撮影が行われる予定だったのですが、その人はたった10分くらいで撮り終えてしまって“もう終わった⁉”とビックリして (笑)。撮影スタジオでは、しっかりとライティングを組んで、1時間とか2時間かけて撮影する人がほとんどだったので。後日、その雑誌の表紙を書店で見たら、他で見たことのないような、すごくかっこいい写真だったんです。あんなカメラマンさんいるんだ…と驚愕でした」

その人こそ、後に増永さんが師事することになる、写真家の藤代冥砂さんでした。すぐに履歴書を送り、藤代さんのアシスタントに就くことになった増永さん。その時期の経験は、独立してフリーランスの写真家となった今も、自分の中の指針として残っているそうです。

「被写体の方に、“今日のあの撮影は楽しかったな”と思ってもらえるような写真が撮りたいと、いつも思っています。俳優さんのポートレートを撮る時、同じスタジオ内をいくつかの媒体で一緒に使う、という機会もあるんですけど、その際も印象に残るような撮影がしたい。“変わったことをする”という意味ではなくて、自分らしい撮影というか…。そういう時、光の当たり方とか構図とか、何かヒントがないかなと、前日に映画を観ることもあります」

クレジットを見なくても、写真を見ただけで、自分が撮ったことがわかるような写真を目指していると話します。でも、その時に気をつけているのは、映画や別の何かにヒントは求めても、決して“模範”はしないということ。

「例えば、アキ・カウリスマキ監督の映画って、人物の照明の当たり方を観ただけでも、あの監督の作品だってわかりますよね。それが理想ではあるんですけど、それをそのまま自分の撮影でやろうとすると、絶対うまくいかないんです。再現しようとしてライティングを組んでも、どこか不自然だししっくりこない。だから、そこからあえて崩したり、自分の視点をどこかに入れたりするようにしています」

さらに、光の当たり方や構図のような技術的なヒントだけではなく、撮影に向かうための自分の心持ちを高めるため、増永さんが前日によく観る映画があるといいます。

「以前は、『ヴァージン・スーサイズ』をよく観ていましたが、グザヴィエ・ドラン監督の『わたしはロランス』(2012)に出会ってからは、“明日の撮影どうしようかな”と不安な時は、そればかり観ています。この映画には、それまで観たこともなかったような、新しい表現や映像がたくさん詰まっているから、“新しいことをしてみよう!”と思えるというか、勇気をもらうんです。テンションがぐっと上がる。少し前、リバイバル上映でウォン・カーウァイ監督の『ブエノスアイレス』(1997)を観た後も、しばらくモチベーションが高まっている状態が続きました」

数年に一度ほど、仕事に向かう熱量を一気に高めてくれるような、運命の映画と出会うという増永さん。そして、映画が仕事へのモチベーションを高めてくれる存在となるのは、撮影に向かう前だけではなく、撮影後のタイミングでもあるのだそうです。

「撮影した写真の、明るさやコントラスト、色味などを補正するレタッチ作業の時も、BGMのように好きな映画を再生しています。テレビが仕事机の背後にあるので、ほとんどの時間は音だけ聴いている状態で、お茶を淹れたり立ち上がったり、休憩のタイミングだけ映像を観る、という距離感で。うっかり観始めて、お茶を淹れる時間が長くなっちゃったりもしますけど(笑)」

作業中に流す映画は、モーリス・センダックの絵本をスパイク・ジョーンズが映画化した『かいじゅうたちのいるところ』(2009)や、アメリカ西海岸を舞台にスケートボードに熱中する若者たちを描いた『ロード・オブ・ドッグタウン』(2005)など。音だけで聴く時間も長いため、劇中の音楽が心地いいものや、撮影した写真の雰囲気に合わせてセレクトするそうです。

映画『ロード・オブ・ドッグタウン』と『かいじゅうたちのいるところ』のDVD

「作業をしながら、自分の中のテンションや気分をその映画に近づけていくんです。だから、台湾映画なら黄色みが強くなったり、北欧映画だと淡いブルーになったり、再生している映画によって、レタッチの色味が多少影響を受けることもあります。編集部から“この写真の色味、あの映画の雰囲気みたいですね”と言われて、ドキッとしたことも(笑)。後から自分の写真を見返すと、当時はこの映画をよく観ていた頃だなぁとわかったり」

そんな映画好きの増永さんにとって、カメラの仕事を始めた当初から憧れている、ある仕事があります。

「映画のスチール撮影の仕事を、いつかやってみたいです。私、DVDを買う理由のひとつとして、特典映像についている撮影現場のメイキングを観るのが好きということもあるんです。ものづくりの過程や、そういう人たちが集まる場が好きで。スチール撮影は、長時間現場に同行しないといけないので、その期間他の仕事が入れられないなど、いろいろと大変さはあると聞きますが、この仕事を始めた頃からの憧れのひとつなので、いつか挑戦してみたいですね」

好きな映画を観ることと、仕事でもある写真を撮ることとが、自然と隣り合わせにある。だからこそ、映画と適度な距離感を保ちながらも、内面の情熱に火をつけてくれ、そういう意味で自身のクリエイティブに影響を与えてくれる存在として、またいつか、新しい運命の一本に出会うのでしょう。

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PROFILE
写真家
増永彩子
Ayako Masunaga
熊本生まれ。写真家 藤代冥砂氏に師事後、渡英。現在、東京を拠点に活動中。
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