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cinecaのアイスクリーム・ノート ザ・ムービー vol.4

ゆっくり食べる味

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cinecaコラム
(映画を題材に物語性のある菓子を制作する「cineca」を展開している、菓子作家の土谷みおさん。そのアイディアの源は8年以上書き留めている、映画の中のモチーフを細かく分類したノート。「クッキー」「傘」「ねこ」「お葬式」…様々なモチーフの中でも、「アイスクリーム」は別格だといいます。そんな土谷さんに、「アイスクリーム」から広がる映画の世界を教えてもらいましょう! アイスクリームのレシピ付。土谷さんを取材した連載「DVD棚、見せてください。」はこちら。

突然の息子の訪問に母は、冷凍庫からおもむろにアイスを取り出す。アイスと言っても、ずいぶん前に購入したどこかのプリンだかゼリーのガラスのカップに、カルピスを注いで凍らせただけのもの。何も工夫はない、飾り気もない、ラップもしないままにカチンコチンに凍りついたカルピスは、少し冷蔵庫臭い… 硬すぎてスプーンが入っていかないから、グリグリとやりながら少しずつ崩してちまりちまりと食べる。食べ終わるのになかなか時間がかかるもので、少しでも長く居て欲しいお客さんの訪問時には決まって用意しておく、とっておきのデザートだ。

映画『海よりもまだ深く』のワンシーン。30度を越える暑い日の午後、良多(阿部寛)の突然の訪問に喜び、母(樹木希林)が冷凍庫から凍ったカルピスのアイスを取り出すシーンがこの映画のハイライトの一つだと思ってる。

たまに抱えきれない寂寥に圧し潰されそうなとき、私はこの“カルピスアイス”を思い出す。カルピスアイス見たさに映画を再生すると、その飾り気の無さと等身大な心地よさに救われる。『海よりもまだ深く』で使われる言葉は、どれもこれもが人生を語るコピーのようで、思わずすべての台詞を書き留めたくなるような、豊かで贅沢な映画作品だ。

食べものが持ち合わせる速度がある。例えば、駅の改札近くにある立ち食い蕎麦だと10分、チェーン店の牛丼なら15分、ファミレスでハンバーグ定食にすると早くて35分、アイスクリームショップでダブルコーンを注文すれば20分、コンビニでガリガリ君は5分、と大体そのくらいの速度感だろうか。

誰かと一緒に食事をするときの「何を食べるか=どれくらいの時間を一緒に過ごしたいか」なんじゃないかと考えてる。さくっと挨拶程度ならあの蕎麦屋で、気楽にゆったり話がしたければケチャップ味のスパゲティが出てくる喫茶店に、じっくりと顔を見て大切な事を伝えたいときは半年先まで予約が一杯のフレンチレストランへ。どんなシーンのあとでももう少し余韻に浸りたい暗黙の空気があったら、道すがら光るコンビニへ立ち寄りアイスキャンディーを手にすることも。
アイスクリームという枠に限定して話せば、棒アイスよりもカップアイスの方が多くの時間を含んでいるだろうし、食べるうちに溶け出してしまうアイスを器が受け止めてくれる安心感は大きいから、一緒にいる人になるべく集中したいときはカップアイスの方がおすすめ。

物語は、15年前に一度文学賞を獲ったきりずっと書けない日が続いている(自称)小説家の良多の視点で進んでいく。大きな事件は起きないが、見落としがちな日々の光や影を丁寧に掬う少しざらりとしたカメラワークにひき込まれる。
“小説のための取材”なんて言い訳をしながら探偵の仕事を生業としているが、別れた妻(真木よう子)への想いが断ちきれず、仕事の合間には、遠くからこっそり妻と11歳の一人息子の生活を盗み見る。そんな良多がいつも頼みの綱にしている母は少し前に時間が止まったような団地で暮らす。一人気ままに暮らすように見えるが端々に寂しさをぼやく母を良多なりに気にかける様子も垣間見れる。
探偵でいる時間、元夫の顔、小説家であろうとする姿、息子になる瞬間、我が子の前では父になり、しっかり者の姉・千奈津(小林聡美)といるときはダメな弟となる。たくさんの顔を持つ良多の傍らには偶発的な尊い会話があり、所変われば移ろうその言葉も表情も決して見逃すことができない見どころの一つ。

たぶん良多は、人と話をすることで少しずつ自分の中の声と答え合わせをしてるのではないかと思う。器用には生きられない不器用な作家が、唯一信じる言葉を頼りに、近くにいる人の言葉に耳を傾ける姿が愛おしい。

なににでもいつかは終わりが来るはずなのに、今日もまた、目の前の生活がいつまでも続くものとして暮らしてしまうから、今を失って初めて「こんなはずじゃなかった」と気づく。私の人生でもこれまでたくさんの失うときがあって、その度に「こんなはずじゃなかった」と嘆く日もあった。明日失うとわかっていたら、今をどれだけ愛することができるだろう。もしも伝えたい人がいるならば、今伝えることをしないといつまでも失くしたものを追いかける日が待っているかもしれない。

身体から心を取り出さないと伝えることができない想いがあると、テレサ・テンも『別れの予感』で歌っているように、どんなに伝えようとしても伝えられないことがあるから、たまには、ちょっと話しすぎるくらいに話をしてみようか。今を精一杯愛することは思うよりも簡単に自分でつくることができるから、冷蔵庫にあるジュースをそっと流し入れただけのガラスのカップを冷凍庫で眠らせて、目の前にあの人が座ることを待ってみる。伝えることを続けていけばいつかは届く想いもあると信じて。

cinecaのアイスクリーム・ノート THE MOVIE
カルピスアイスを食べるシーン
(冷凍庫を引き出す音)

母 「ほらぁ やっぱり 2つ残ってた」
良多「いいよもう夏じゃないんだから」
母 「だって今日30度超えたってよ これどうかしてますよ」
良多「硬くて食えないし」
良多「アイスぐらい買えばいいじゃないの 年金もらってるんだから」
母 「買ってもね 千奈津のとこのが来て全部食べちゃうんだからさ これだと時間かかってちょうどいいの」

(他愛もない話が続く)

良多「これちょっと冷蔵庫臭いんじゃないの?」
母 「あーこれ 上の所をこっちこうよけてさ 下だけ食べればいいじゃん」

(他愛もない話が続く)

ーーーカチカチカチ グルグルグリーーー

母 「か 硬すぎた?」
良多「しょうがないな ケチりすぎだろカルピス」

◎レシピ:
「ゆっくり食べる味の“カルピスアイス”」

材料(ガラスのカップ2つ分)
カルピス(原液) 100ml
水 280ml

◎つくり方

  • 1.カルピス(原液)を水で割ってよく混ぜる。
  • 2.ガラスのカップに注いで、冷凍庫で凍らせる。カチカチに固まったら完成。
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FEATURED FILM
監督・脚本:是枝裕和
出演:阿部寛、真木よう子、小林聡美、リリー・フランキー、池松壮亮、吉沢太陽、橋爪功、樹木希林
(C)2016 フジテレビ バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ
BD&DVD好評発売中
笑ってしまうほどのダメ人生を更新中の中年男、良多(阿部寛)。

15年前に文学賞を1度とったきりの自称作家で、今は探偵事務所に勤めているが、周囲にも自分にも「小説のための取材」だと言い訳している。元妻の響子(真木よう子)には愛想を尽かされ、息子・真悟の養育費も満足に払えないくせに、彼女に新恋人ができたことにショックを受けている。

そんな良多の頼みの綱は、団地で気楽な独り暮らしを送る母の淑子(樹木希林)だ。
ある日、たまたま淑子の家に集まった良多と響子と真悟は、台風のため翌朝まで帰れなくなる。

こうして、偶然取り戻した、一夜かぎりの家族の時間が始まるが――。
PROFILE
菓子作家
土谷みお
Mio Tsuchiya
菓子作家。1984年東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザイナーとしてデザイン事務所勤務。その後製菓学校を経て、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を中心に制作するcineca(チネカ)を立ち上げる。「日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込み、新しいおいしいをつくる」を大切に菓子作りに取り組む。雑誌やwebマガジンなどでコラム連載、執筆業も手がける。
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