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cinecaのアイスクリーム・ノート ザ・ムービー vol.6

詩と死と、心の味
『マイ・ガール』

cinecaコラム
(映画を題材に物語性のある菓子を制作する「cineca」を展開している、菓子作家の土谷未央さん。そのアイディアの源は8年以上書き留めている、映画の中のモチーフを細かく分類したノート。「クッキー」「傘」「ねこ」「お葬式」…様々なモチーフの中でも、「アイスクリーム」は別格だといいます。そんな土谷さんに、「アイスクリーム」から広がる映画の世界を教えてもらいましょう! アイスクリームのレシピ付。土谷さんを取材した連載「DVD棚、見せてください。」はこちら。
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザインの職に就く。その後製菓学校で製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
Instagram: @cineca

11月。西を向く窓からはいる午後3時の陽も、屋上ですくすくと育つハーブの葉に吹く風もあまりに心地がよくて、今日やらなくてはいけないことなんかはすべて投げ打ちぼんやり猫とまどろんでいたい季節になると、私は当然のように死の来訪を身構えてしまう。おじいちゃんもおばあちゃんもおじさんも猫も、みんなこのくらいの季節に旅立っていったから、残された私や私の大切な人を死がまたさらっていってしまうかもしれないと、まずはそばにいる猫をギュッと抱きしめてこの世に留めようとしてみたり。

死は生の一部、なんて言われたところで、やっぱり死ぬことは怖いし、死んで欲しくないと願う命に囲まれて生きているものです。そんな臆病な私を秋の季節が知らせると、映画『マイ・ガール』のあの少女、ベーダと自分を重ねる。葬儀屋の娘として生まれると同時に母を失ったベーダ、父と祖母に育てられてすくすくと成長した11歳の女の子が一番恐れているのは、死というもの。母を、そして、毎日のように家の地下室に運ばれてくる見知らぬ人たちを、死が連れ去ってしまう。死が訪れたら、自分の中からその存在が消えてしまうのだろうと、得も言われぬ悲しさや苦しさを感じ、親友のトーマスを連れて近所の病院へ駆け込む。「先生! 体の具合がおかしいの」と。それは、病気とは診断されないものだけれど、病気にほど近い心の痛みだろう。

病院へ行くときも釣りをするときも、父の恋人を見張るときも、木に登るときも夢を語るときも、いつもトーマスが一緒だ。ベーダの3倍ほどの時間を生きる私からすれば、あきらかに初恋のようなものを見た心地ではあるけれど、本人たちはきっと気づいていない。ベーダは、隣にいるトーマスを他所目よそめ に、担任の先生ビクスラーに夢中のようだから。

夏休みの間だけ、社会人向けの詩の教室をビクスラーが開講すると知ったベーダは、大人に混ざって教室へ通う。詩なんてものはちょっと難しい年頃の少女がはじめて創作したのは“アイスクリームに捧げる讃歌”。

「暑い日はアイスクリームが一番 ゲップが出るほど食べたいな バニラ チョコ ナッツ マシュマロ」。

……最高じゃない! と、ここで思わず手を叩いてしまう私だけど、ビクスラーは厳しくも、ベーダの魂が表現されていないと言う。魂ってなんだろう、心ってなんだろう。そう伏線が張られるシーンだ。

そうしていくらかの時間が流れ、多くの経験をした夏の終わりにベーダは見事な詩を読み上げる。

「涙に濡れる柳の木よ なぜ悲しむの? あの子がいなくなってもう会えないから? 柳の枝をいつも揺らしていた少年が懐かしい 木陰は2人の隠れ家 彼の笑い声が響く 柳よ  泣かないで 悲しみを乗り越えて 死は私たちを引き離せない 彼はいつも心にいる」

心に刺さった骨がとれて、心で感じる意味を彼女なりに知ったからであろう。秋へと歩き出すベーダの背中が頼もしい。

死は、命の終わりであり触れ合う関係の終わりではあるけれど、大切な人の存在は、いつまでも自分の心で生かすことができるのだと映画『マイ・ガール』は教えてくれる。お菓子をつくる私は、いつもその命が終わる空しさを抱えてしまう。自分で吹き込んだ菓子という命の、美味しく食べてもらえる終わりの時間を設定することは、楽しくもせつない。食べもののような命あるものをつくる身が抱える葛藤だろうか。いさぎよい去り際に見惚れつつ、朽ちないものへの憧れもある。自分の手でお菓子をつくってみると、ほとんどはそれほど多くの時間を抱えられないことも知る。だから、大量消費社会が作り出した、信じられないほどに長い賞味期限、消費期限には違和感を感じざるを得ない。コンビニやスーパーに並ぶ、これから1年くらいの時間は食べられますと保証の印を刻されたものたちが、なんだかもうすでに死んでいるように思えるときもある。

「この死にまた命を与えてあげられるのは私だけだ」そう勇んで、ひんやりと並べられたアイスクリームの死たちを拾い上げずにいられない。コンビニから抱えるほどの量を持ち帰ったアイスクリームをまずは2カップほど、容器から取り出しボウルに移してハンドミキサーをあてる。3分ほど攪拌をすれば見事に、生まれたてのようなふわふわのアイスクリームが出来上がる。私が見つけたその楽しみは、死に接吻して命を含ませる神様になったような気分にもなる。乗り越えなければいけない悲しみを抱えるときは、息を吹き返すアイスクリームをつくってみたらどうだろうか。手軽にとりかかれるその遊びが、悲しみを軽くしてくれるかもしれないし(アイスクリームも空気を含んでふわりと軽くなる)、死も生の一部であると知らせてくれるかもしれない。そんな気がするのです。

◎レシピ:
詩と死と、心の味の“息を吹き返すアイスクリーム”

材料(2人分)
お好みのカップアイス…2個
空気…たっぷり
用意するもの
氷…適量
ボウル…2個
ハンドミキサー
  • 1.ボウルに氷を入れ、もうひとつのボウルをその上に重ねたら、アイスを入れる。
  • 2.ハンドミキサーの羽の部分でアイスをぎゅうーとつぶし、少しやわらかくなってきたら撹拌を始める。アイスの中に空気をたくさん取り込むイメージで3〜5分撹拌したらできあがり。
  • 3.元々アイスが入っていた紙のカップへ入れ戻すように盛り付けると、空気を含んでカサが増しカップに入りきらない様子が、まるでアイスが命を吹き返したかのようにも見えるのがたのしい。
FEATURED FILM
監督: ハワード・ジフ
出演: ダン・エイクロイド、ジェイミー・リー・カーティ、マコーレー・カルキン、アンナ・クラムスキ
1972年、夏。
ペンシルベニアの田舎町に住むベーダは、優しいパパとおばあちゃんと一緒に暮らす11才の女の子。
ママはいないけれど、幼なじみトーマスが心の支えになっていた。
ある日パパの葬儀社に美容師のシェリーが雇われた。
思春期を迎えたベーダはパパとシェリーの間に愛が芽生えたのを知って大ショック。
その夏、ベーダは初めてのキスと一生忘れない悲しみを経験する...。
初々しい演技が光るマコーレー・カルキンとアンナ・クラムスキー主演で贈る、フレッシュでちょっとセンチメンタルな初恋物語。
PROFILE
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザインの職に就く。その後製菓学校で製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
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