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cinecaのアイスクリーム・ノート ザ・ムービー vol.5

静かに溶ける味

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cinecaコラム
(映画を題材に物語性のある菓子を制作する「cineca」を展開している、菓子作家の土谷みおさん。そのアイディアの源は8年以上書き留めている、映画の中のモチーフを細かく分類したノート。「クッキー」「傘」「ねこ」「お葬式」…様々なモチーフの中でも、「アイスクリーム」は別格だといいます。そんな土谷さんに、「アイスクリーム」から広がる映画の世界を教えてもらいましょう! アイスクリームのレシピ付。土谷さんを取材した連載「DVD棚、見せてください。」はこちら。

この夏、これまででいちばん静かな夏を過ごしているかもしれない。なんて考えていたら、映画『あの夏、いちばん静かな海。』がたまらなく観たくなって、ひさしぶりにDVDを再生した。何回も何回も。この夏は、この映画をずっと観ている。

3年近く前から私はすこし難しい病気を抱える身になった。突然のニュープランの訪問に生活は一変し、行動が制限されることも増えて、不特定多数の人が集まる場所などにはあまり行けない。それは、“街の音”から遠い暮らしになるということだと知る。そして、2020年はCOVID-19の襲来。私の行動範囲はますます狭くなり、街がすこし静かになったこともあって、聞こえてくる音は小さくなっていくようだ。

しばらく電車やバスなどの乗りものに乗っていない。公共の乗りもののまわりには街の音が溢れている。バタンッと開いたり閉じたりする改札の扉、ガタンゴトンと心地よく揺れる車両、ピピーと扉が閉まることを知らせる笛や、人が集まったりすれ違ったり話したりすることで生まれるざわめき。環境音と呼ばれる街の音たちは、すっかりと生活に溶け込み、私たちが日々を生きることを知らせる役割もあるように感じる。

最近は、自分が今、いつの時代、いつの季節を生きているのかフッとわからなくなる瞬間があって、それには、街の音から遠くなったことも関係していそうだ。ジージーと鳴る冷蔵庫の運転音や、さーっと静かに空気を回す扇風機、むにょむにょプーと隣で眠る猫のイビキ…。聞こえてくる音は家の中のモノの鼓動のような、小さな音、音、音。前のめりに外の方へ耳を傾けておかないと、時間も季節も取り逃してしまいそう。

映画を観ていると街の景色を目にすることが多くて、その度に、街の音が恋しくなる。私を、遠くの街に連れて行ってくれる反面、街への憧れは強くなる。“日常”を見せられることが苦しくなってきたのかもしれない。そんな音寂しい私に、この夏、映画『あの夏、いちばん静かな海。』が寄り添ってくれた。

『あの夏、いちばん静かな海。』は、聾唖(※1)のカップルのある夏の物語。ゴミ捨て場に捨てられたサーフボードに惹かれ、そのボードを手に(やったことのない)サーフィンを始める茂と、浜辺から海にいる茂を眺め、帰りを待つ恋人の貴子。科白(※2)も派手な動きもなく、歩くこと、見つめることを静かに演じる。求めたり、抱き合ったり、疲れたり、泣くこともないし、なぜ海にいるのか、どうしてサーフィンを始めたのか、家族はいるのか、夢はあるのかという、理屈や説明の一切を排する。ただ、彼らの世界に重ねるように、限りなく少ない音でつくられた、心地の良い映画だということ。

この作品を前にすると、いつも以上に役者の表情や視線の先を見ようとする私がいる。今何を思ったんだろう、今何が聞こえたんだろう。と、想像力をめいっぱい膨らませて、これが本物の映画ってやつなのか? なんて悩ませられもしながら、誰かによってではなく、自分で物語を進めて完成させていくような錯覚もある。

激しい起伏はない静かな映画だが、恋物語ゆえの少しの揉め事はある。ある日貴子が海へ行くと、浜辺で茂が、ミカン女(いい男を見つけるとミカンの皮をむかせて話すきっかけを作る軟派な女)に話しかけられているところに遭遇する。その後すぐに貴子は(何かしらの誤解をして)静かに黙って、帰ってしまう。サーフィンを終えた茂が浜辺に戻ると、いつもであれば一緒に帰ることを待つ貴子の姿がない。ここで茂は落ち込むことを予想するが、顔色も変えず、脇にサーフボードを抱え、アイスキャンディーを食べながら、ひとり帰り道を歩く姿に驚かされるシーン。

私にとって、アイスを食べるということは、“ハッピー”を代弁する行為。だから、アイスキャンディーを食べながら歩く茂は、なんとなくハッピーに見えた。ただし、そのアイスキャンディーをよーく見てみれば、チョコレートがかかったアイスキャンディーのようだ。

カップアイスに比べてアイスキャンディー(棒アイス)が含む時間は少ないから(ゆっくり食べる味) 、食べている途中でアイスを落としてしまうような危険性が、アイスキャンディーにはある。さらに、ガリガリ君のようなむき出しのシャーベット系アイスキャンディーは、チョコレートでコーティングされているアイスキャンディーに比べて、もう少し短い時間の中で食べ進めなくてはいけない。仮に、シャーベット系アイスキャンディーを“裸のアイスキャンディー”ということにする。空気に触れる面積が大きく、外からの影響をもろに受けやすい状態。そこにチョコレート掛けという一手間を加えてあげると、裸のカラダにパンツを履かせてあげたような状態になる。“パンイチのアイスキャンディー”とでも言ってみようか。カップアイスほどの安心感はないけれど、少しだけ身の安全を感じながら食べることができるのが、パンイチのアイスキャンディー = チョコレートアイスキャンディーというわけ。

もしかしたら、あのとき茂は、少しの不安を感じていたんじゃないか。アイスキャンディーを頬張り、ハッピーなふりをしてみたけれど、本当はちょっと悲しくて、不安だった。だから、“裸”ではなく“パンイチ”を選んだんじゃないか。

チョコレートアイスキャンディーは、チョコレートが空気や音の振動を通しにくくするから、中のアイスクリームは、温度や音の影響をゆっくり受けながら、自分のペースで溶けることが許される。その、チョコレートに包まれたアイスクリームがいる世界は、静かで、ひんやり冷たくて、少しずつじんわりとチョコレートを通して熱が伝わってくる…  想像してみるとなんだか心地良さそうな場所。茂と貴子がいる世界も、今私が感じているこの世界も、そんなチョコレートアイスキャンディーのような場所なのかもしれない。あの薄いチョコレートに守られた静かな世界に私はいる。そう考えてみると、うん、この世界も悪くないじゃない。いや、この世界の方が好きかもしれない。

『あの夏、いちばん静かな海。』が、言葉少なな優しさを持つように、情報が少なければ少ないほど、私たちは想像をすることができる。自由に物語をつくることができる。無駄なことはすべて何処かへ退かしてしまったから、残ったものは本物だけのように見える。小さな音の世界は決して悲劇ではないのだと、不幸に浸ることがないように、静かに幸せを描く。そんな寡黙な物語をかたわらに、チョコレートアイスキャンディーを片手に過ごしていたら、少しずつゆっくりと、次の季節の音が聞こえてきたような気がする。

※1 聾唖:耳が聞こえず、話しことばが話せない状態。先天性あるいは乳幼児期から高度の難聴があって音声言語の習得ができなかったことによる。(読み:ろうあ)
※2 科白:台詞、セリフの事。

◎レシピ:
「静かに溶ける味の“チョコレートアイスキャンディー”」

材料(3~4人分)
卵黄 2個
生クリーム 150ml
牛乳 200ml
グラニュー糖 80g
バニラビーンズ 1/2本
チョコレート 400g(細かく刻んでおく)

◎つくり方

  • 1.バニラビーンズはさやから種子をしごき出す。
  • 2.ボウルに卵黄とグラニュー糖を入れ、泡立て器で白っぽくなるまで混ぜる。
  • 3.ナベに牛乳、生クリーム、バニラビーンズを入れ、中火にかけ、ヘラで混ぜながら温める。沸騰直前で火からおろし、半量を2のボウルに入れて手早く混ぜる。すべてをナベに戻して、再び弱火で混ぜながら煮る。
  • 4.木べらを指でなぞるとスジが残るくらいにとろみがついたら、火を止める。
  • 5.シノワ(漉し器)でこしてボウルにうつし、荒熱が取れたら冷蔵庫で3時間以上冷やす。
  • 6.アイスクリームメーカーに入れ、20分程度攪拌したら、アイスキャンディーの型に空気が入らないように流し入れ、アイスの棒をさして、冷凍庫で6時間以上しっかり固める。
  • 7.刻んだチョコレートをボウルに入れ、湯煎にかけて溶かす。チョコレートが完全に溶けたら、アイスキャンディーほどの縦長の容器に入れておく。
  • 8.6のアイスキャンディーを型からはずし、7のチョコレートの入れ物に入れてすぐ引き上げる。余分なチョコレートを落とし、チョコレートが固まったら完成。

<アイスクリームメーカーが無い場合>

  • 5.2をシノワ(漉し器)でこしたらバットに流し入れ、冷凍庫で5〜6時間程度凍らせる。
  • 6.5をフードプロセッサーに入れ、滑らかに攪拌したら、アイスキャンディーの型に入れ、冷凍庫で6時間以上、しっかり固める。
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FEATURED FILM
監督 : 北野武
出演 : 真木蔵人, 大島弘子, 河原さぶ, 藤原稔三, 小磯勝弥
聾唖の青年とその恋人との淡い恋を描いた、北野 武監督の第3作。
聾唖の青年・茂は、サーフボードを拾ったことをきっかけにサーフィンに目覚める。直向きに練習する茂。そんな彼を、恋人であり、同じ聾唖である貴子は優しく見つめていた。
PROFILE
菓子作家
土谷みお
Mio Tsuchiya
菓子作家。1984年東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザイナーとしてデザイン事務所勤務。その後製菓学校を経て、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を中心に制作するcineca(チネカ)を立ち上げる。「日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込み、新しいおいしいをつくる」を大切に菓子作りに取り組む。雑誌やwebマガジンなどでコラム連載、執筆業も手がける。
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