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櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和 第1回

なんでかわかんないけど、すげぇ好き。『あと1センチの恋』

櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。

さて、自己紹介がてら説明しますと、僕は普段、映画やドラマ、舞台の脚本家として活動していまして、その中でも恋愛モノの作品を結構な頻度で書いているのですが、観る映画を選ぶときには「恋愛映画(特に純粋なラブロマンス)」というジャンルに全く触らない男であります。
では、どのような映画を観ているのかといえば、最近は主に「どの映画を観てもだいたい同じキャラクター」でお馴染み、ジェイソン・ステイサム主演の「昔は軍隊にいたけど今はのんびりしている男が昔の仲間や恋人が殺されたので復讐に赴き、最後は撲殺で決着をつける」ような映画ばかりを観ています。

そういうジャンルの映画ばかり観ている僕ですが、そんな映画も無限にあるわけではありませんので、たまに訪れる「観たい映画は特にないけど、どうしても映画が観たいとき」に凄い悩む訳です。
ジェイソン・ステイサムの映画は観尽くした、でも何かしらの映画が観たい、どうしようどうしよう、悩んで悩んで、最後の方は「なんでも良いのに! どれも嫌だ!」というパニック状態になり、挙げ句の果てには「自分からは選べない! 誰でもいいから抱いてくれ!」って感じになるんですけど、じゃあそのときに恋愛映画が

「ならば私はいかがでしょう」

と僕の肩に手を回してきても

「お前を観るなら水道水を飲んでいる方がマシだ」

というシニカルな返しをしたくなるぐらい、僕にとって恋愛映画は何故だか惹かれない、どんなに暇でも抱けないほどに億劫で縁遠いジャンルなわけです。

「そんな僕に恋愛映画を観せると、どのような感想が湧き上がるのかを観察してみよう」という事で、一体誰が得をするのか分からない感じですけど、でもまあ、考えてみれば恋愛映画をちゃんと観たことはないような気がしていて、もしも誤解があるならばそれを解消する事で何かが見えるかもしれない、そう、これは自分の世界を広げるチャンスだ! なのでオススメの恋愛映画を教えて! と言う流れから今回鑑賞した映画はこちら。

『あと1センチの恋』(2014)

観始めたときは恋愛映画に対する偏見もあり、どうしても遠巻きに眺めてしまい、自分ごととして捉えられずに「知らない奴らの恋愛事情なんて、遠い国で起こっている戦争をニュース映像で見ているようなもんだ」とか正直思ったんですけど、時間が経つにつれて「そうも言ってられなくなってきたぞ」に変わって行きました。
それは何故かといえば、自分の中にあるかつての(もしくは今現在の)風景や感情を掘り返されるからなのかな、と思うんですよ。
誰でもあると思うんですよね、自分でもなんでか分かんないけどすげえ好きな人がいた思い出とか、後々恋仲になる自分たちを締め付ける友人時代のやりとりとか。そういうものが自分の中にある状態でこの映画を観ると、「これは決して人ごとではない」と思うのですよ。

この映画に登場するアレックスという男とロージーという女は、とにかく「すれ違い」ます。二人は、子供の頃から仲良しで、お互い好意を小出しにしつつも、なぜだか友人のまま時を過ごし、数々の「だらしない」と「我慢がきかない」をそれぞれが重ねた上ですれ違い、二人は別の人と初体験したり、子供ができたり、結婚したり離婚したり浮気されたりしつつもすれ違い、やっと一緒になれるかな? と思ったらすれ違い……すれ違いまくった数十年を経て、結果、海の見えるホテルで結ばれます。

つまり「ひたすらすれ違い」続ける二人の物語なのですが、すれ違いの原因は「好きだから、あなたが幸せならそれでいい」だと思うんです。
だけど、そんな「すれ違いつつもお互いを強く思い合うエピソード」から浮かび上がるのはお互いの、特にアレックス(男)のクソ野郎度数の高さです。
例えば、シングルマザーとなってしまったイギリスに住むロージーの前にアレックスが現れ「俺でよければ父親代わりにならせてくれ」とか言うんですけど、何してくれるのかな? と思ったら、ちょっと子供連れ出して散歩してすぐ自分が住むボストンに帰ったりするんですよね。

「家族サービスを基本から勉強しろ」

そんな感想が映画を観ながらフツフツと湧き上がって来て、繰り広げられる恋愛模様どころじゃない瞬間も正直ありました。

でもですね、徐々に没入して行く自分がいまして、例えば途中でロージーがアレックスに対して「あなたどうかしてるもの」と言うシーンでは「その通りだよ!」と声が出てしまうほどでした(あまりにもアレックスがクソ野郎だから)。
何故そこまで入り込んでしまったのかといえば、おそらく、この映画に出てくる二人が「なんでか分かんないけど、お互いにすげえ好きなんだろうな」という部分が強く強く表現されているからであり、それは自分の中にも実際に存在した感情だったり時間だったりするからなのです。

僕もありました、しなくちゃいけない事があるのに恋愛でそれが滞り、恋愛してる場合じゃないのに恋愛しかできない時間帯が。
自分をこんなに惑わせる相手ならいっその事離れた方がいいとは思うのだけど、何故だかその人の横にいるのが好きで、だけど横にいるから喧嘩して、そしてその喧嘩の理由は、大半が僕のクソ野郎ぶりが原因だったりもして。
いつだったか、彼女と別れ話になり、なぜだか流れで「死ぬとこ見せてやるよ! 死んだら別れろ!」と包丁を持ち出して手首に当てて(いま考えてもなぜそんな流れになったのかは不可解)「チョイ・・」ってやったら凄い痛くて「ごめん、痛いからやめる」って言ったら彼女が「血も流せねえのか」って言ったからムカついて手の甲を包丁で「ドンッ」ってやったら太い血管が切れて噴水のように手の甲から血が吹き出し、その後、床に流れた大量の血を二人で拭いて、最後は「これからも仲良くしようね」で終わるという狂った時間が僕にも確かにあったのです。
そんな僕がね、この映画に出てくる「なぜか好きだから困っちゃう」二人を見てたら自然とフィードバック現象が起こるのは当然な訳ですよ。
タイトル通り、キスまであと1センチで踏みとどまる二人の物語で、そういった描写も出てくるんですが、あれはいいですよ、皆さんも倦怠期な相手がいる人は是非試して見て下さい、唇まであと1センチで数十秒間ストップです、最初は「何してんだこれ」と思って笑えてくるかもしれませんが、ふと訪れる静寂の隙間に湧き上がる、忘れかけていた「相手を愛おしいという気持ち」や興奮が蘇ってきて、この瞬間が、キスよりキスなんじゃねえか?って思えてくるはずです。

どうですか、この僕のハマりっぷり。今回、初めてといってもいい恋愛映画体験をしたわけですが、早速「ほかの恋愛映画もちょっと観てみたい」になっちゃっております。
なぜ「ちょっと」なのかといえば、あと1センチ先の距離に苦しみ楽しんだアレックスとロージーのように、どっぷりハマるよりはこの距離感でもう少し恋愛映画を楽しんでみたいかな、という斜に構えた姿勢で臨みたいからなのです。
一応、僕は未だに、ジェイソンステイサム専用機を自負しておりますので。

僕は今回、偶然にも近い形で「縁がない」と思っていた恋愛映画に触れ、そのおかげで「食わず嫌いの食べ物に存在する自分の好きな味覚」に出会うことができました。
皆さんにもきっと、そう言った「出会ってない大好物」があると思います。
だから、恋愛映画ばかり観ている人は、ちょっとだけ、ジェイソン・ステイサムの映画を見てみたらいかがでしょうか。
きっと、どれ見ても同じようなジェイソン・ステイサムだと思います。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
ロージー(リリー・コリンズ)とアレックス(サム・クラフリン)は6歳のころからの友達同士。自分たちの住むイギリスの田舎町を出て、アメリカのボストンの大学へ進学しようと約束し、二人とも合格。ところがロージーは、クラスの人気者クレッグと軽い気持ちで関係を持ち、身ごもってしまう。アレックスはボストンへ移り、ロージーは一人で子育てに奮闘するが……。
BD / DVD発売日: 2015年7月3日
製作年: 2014年
監督: クリスチャン・ディッター
出演: リリー・コリンズ、サム・クラフリン
PROFILE
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。
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