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櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和 第12回

記憶が無い事が怖いんじゃなくて、あなたを傷つけている記憶が無い事が怖い『50回目のファーストキス』

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櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和
(映画といえば、ジェイソン・ステイサムが出演する映画しか観ないという演出家・脚本家 櫻井智也さんが、普段自分では絶対選ばない「恋愛映画」を観てみるという実験コラム。さて恋愛映画を観ると、どんな記憶がよみがえって来るのか!? 隔月連載中です。)

皆様、いかがお過ごしでしょうか、緊急事態宣言が解除されたとはいえ(6/1現在)相変わらず油断のできない現状で、体も心も落ち着かない日々を過ごされているかと思います。
僕の場合は元々が「家に閉じこもってする仕事」なもんですから、基本的な生活スタイルは変わっていないのですが、ちょっと前までの
「俺は閉じこもっているけれど、外に出ればみんな居ます」
と言う状況から
「たまに外に出てみたら、誰も居ません」
と言う状況に変化して、それがですね、一丁前にショックと言いますか、ショックじゃないな、なんだろう、パニックか、言うなれば静かなパニックに襲われまして
「なんかわかんない、どうしよう!」
と部屋の中をウロウロする始末です、ほんとに、普段から家に居続けて体を動かす事なんてコンビニにタバコを買いに行くぐらいだった癖に、こうなった途端に
「とりあえず、筋トレとかしなくちゃ!」
とか思って筋トレしたんですけど、普段やってないから加減が分かんないんですよね、だからもう、『ロッキー4/炎の友情』で「ロッキーがドラゴを倒す為にシベリアの山小屋みたいなところでする特訓」ぐらいの筋トレをしちゃってですね、激しい動悸と目眩の末に、気がついたら猫のトイレに頭を突っ込んで失神してました。
僕としても「あ、倒れるかも」みたいな感じはあったんですよね、なので「もしも立ち上がった状態で失神したら頭とか打っちゃうだろうからとりあえず座っておくか」と思って座ったんですよ、そこまでは覚えてるんです、その後は一部始終を見ていた証人がいるので、そこからの情報なんですけど、

1、 ゆっくりと猫のトイレに頭から突っ込んで行き、顔面を砂に埋める状態で失神
2、 大声で呼びかけてもビンタしても瞳孔を開いたまま意識は無く
3、 全身からドバドバと汗を吹き出しつつ意識がない状態が続いたので、これはダメな事になったと思って救急車を呼ぼうとした時に意識を取り戻したのか、こっちに向き直って「お、どうした?」と言われた

と、言う事らしいんですよ、僕からしたら「お、どうした?」からの意識しかないのでアレなんですけど、気がついたら親愛なる人が髪を振り乱してワンワン泣いていたので「なんかアレだな、マズイ事になったぞ」と感じ、ここは気丈に振舞うのがベストと判断してシャワーとか浴びてみたんですけど、状態的には全然無理で、結局体も拭けずにビショビショのままベッドに倒れ込む始末になりました、死ぬかと思った。
つまりですね、何が言いたいかって言うと、何事も程々が一番ですよって事なの、かな、分かんない、ごめんなさい、記憶が無いので悪気が芽生えにくい、気をつけたいけどどうやって気をつければ良いのか分からない、何よりもあれ以来怖くて筋トレできない僕が気を取り直したフリをしつつも今回鑑賞した恋愛映画はこちら!

『50回目のファーストキス』

©2004 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

ハワイの水族館で働く「ヘンリー・ロス」はかなりのプレイボーイで、様々な女性と一夜限りの恋を楽しんでいたが、ある日「ルーシー」と言う女性と出会い恋に落ちる。
だが、ルーシーは事故の後遺症から1日しか記憶を保持できず、ヘンリーとの会話や関係性も次の日には全て忘れてしまう。
それでもヘンリーは諦め切れず、ルーシーにアタックし続けていく…と言うお話なんですけど、これね、最初のうちは
「ああ、これはきっとあれだ、無敵では面白く無い、というお話なんだろうな」
と思っていたんですよ。
ヘンリーはハンサムだし口も上手いし、とにかく女性にモテる訳です、言うなれば「女性に苦労した事がない」「苦労もせずに全てが上手いこと行く」「つまりは無敵」なんですけど、そこにきてルーシーという「どうにも思い通りにいかない」「無敵状態が発揮できない」女性が現れてですね、ヘンリー的には「試練があるからのめり込むんだ」「そこに本当の愛があるんだ」「挫折こそ恋愛を燃え上がらせる薪なんだ」という階段を駆け上がり、最後には画面越しに
「みんな無敵になりたがるけど、無敵になったら空虚なだけだよ?」
というメッセージをぶっ込まれると思っていたんですけど、全然違いました。
ヘンリーがなんか、そんないけすかない感じじゃなくてですね、普通に良い奴で健気で真っ直ぐなナイスガイで、とにかくマメなんですよね、観て貰えば分かるんですけど、ルーシーの為にひたすら時間を使うんですよ。

毎日ルーシーの気を引く行動して、毎日ルーシーに恋させようと頑張り、毎日ルーシーが朝起きた時に見る用の説明ビデオを撮影して編集して机の上に置いておくという(内容は日々更新)、あれだよ、お前いつ寝てんだよ? 働いてる時間無いだろ? 働いてんの? 働いてる上でそんな事してんの? っていう、とりあえずはもう

#ヘンリー寝ろ

っていうハッシュタグ付きメッセージをツイッターに書き込みたくなっちゃうような、そんな感じであり、それがまた自己満足や使命感から来る行動じゃなくて「彼女の為にそうしたいんで!」って感じなんですよね、すげえ良い奴じゃないですか、だからもう「元々彼はプレイボーイであった」という設定いるの? と思っちゃうんですけど、きっとアレなんでしょうね
「一夜限りの恋で満足していた男が、一夜限りの恋じゃ満たされなくなる」
というロジックが必要だったんでしょう、ロジックとか言って意味分かってないですけど、多分そういうロジックが必要だったんだと思います。
お話はまあ、そういう感じで進んでいくので、ヘンリーの頑張りがクローズアップされる仕組みになってるんですけど、僕はですね、そこにはあまり目がいかず、ルーシーの感じている恐怖にばかり意識がいってしまい「おお、怖え、これは怖え」とガタガタ震え、当然の事ながらヘンリーを応援する気も起きず、もしもヘンリーを応援する声が聞こえて来ようもんなら
「お前らにルーシーの恐怖が分かるか!? 俺は分かる!」
と声を荒げたい、そんな感じになってしまいまして、ええ、そうなんですよ、僕にはルーシーの恐怖を「想像上の感覚」ではなく「実感」として感じる事が出来る訳です、それは何故か?
冒頭に書いた失神事件を指しての事ではありません、そんなレベルじゃない。
ここ数年の出来事なんですけど、ここ数年、たまにですけど、信じられない事に、酔っ払って帰ってきた後で、僕、夜中にムクリと起き出して、部屋の端っこにおしっこするらしいんですよ。
信じられないでしょ? 僕だって信じられないし、実際のところ、信じ切れていないところもあるんですよ、だって、一切の記憶が無いから。
でもしてるみたいなんです、ここからはまた一部始終を見ていた証人がいるので、そこからの情報なんですけど

①酔っ払って帰ってきて、ひたすら同じ事を繰り返し喋ったあと、急に寝る
(それはなんとなく覚えている)
②寝静まった後、急に起き出して、暗闇の中、隣の部屋に移動するので「あれ? 仕事するのかな?」と思うが部屋の電気がつく様子がない
(全く覚えていない)
③水が流れる音が聞こえてくるので慌てて隣の部屋に行ってみると、掃除機に向けておしっこをしている
(全く覚えていない)
④「何してんの!」「やめてよ!」と止めると、フフフと笑った後で、なんもしてねえよ、と水たまりを前にして言い放ち、続けて
「違うんだよ、なんかさ、あいつが笑うんだよ」
と怖すぎる事を言ってベッドに戻る
(すげえ怖いこと言ってるのに全く覚えていない)
⑤意識が戻ったのか、泣きながら床を拭いている自分に「どうしたの?」と言ってくる
(完全に覚えている)

という事があるんですよ! しかも通算で3回も! 2回目は掃除機が壊れたから仕方なくなのか部屋の隅に、3回目は未遂で終わりましたが(②の時点でこれはあれだなと思ったらしい)心の奥底で「床にするのは違うかな」と思ったのかなんなのか、ゴミ箱に向けてしようとしてたらしいです、怖い! 怖すぎる!
とは言ってもですよ、何度も言いますけど僕には全く記憶が無いので「悪い事したんだけど、悪い事をした感覚が残っていない」のですよ、タチ悪いでしょ?
でもね、そのタチの悪さが自分の中で滅茶苦茶に怖さを倍増させるんですよ。
だって、冒頭の「お? どうした?」っていうアレじゃないですけど、毎度気が付いたら
「親愛なる人が泣きながら床を拭いている」
訳ですよ、そこからの記憶はある訳です、怖くないですか? 無意識の上で親愛なる人を傷つけている自分、しかもそれを目の当たりにしてもなお「それはでも、俺か?」と、罪を自覚できず反省がしきれない、ああ、消えてなくなりたい!
ルーシーごめん、きっと「それとは違うよ」って普通に怒られるんだろうけど、俺の中では「それとは違うことないんだよ」なんですよ、だって、怖いから「いびきチェック」みたいなアプリがあって、寝ている間の音声を録音できるアプリがあるんですけど、それの有料版買っちゃいましたからね、罪を自覚しようと思って、うん、結局は猫の声しか録音されてなかったし、それ以来そういう粗相も無くなったんですけど。
劇中にもルーシーが「迷惑かけたくない」って言って身を引く場面があるんですけど、それはつまり、ただ単純に記憶が無い事が怖いんじゃなくて、お前を傷つけている記憶が無い事が怖いって事だと思うんです、だって、それは本当にそうなんだもん。
「怖いから逃げるんじゃなくて、まずは泣きながらおしっこを拭いてくれるヘンリーに感謝だろ!」と言われるかもしれないし、ヘンリーはおしっこ拭いて無いからそんな事言われないかもしれないけど、時に罪悪感は感謝と愛情を上回るモノだぞ、と言いたいのです。

©2004 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

幸いなことに、ルーシーには「それでも諦めないヘンリー」がいたし、僕には「泣きながらおしっこ拭いた上で明日も一緒にいてくれる人」がいたので、その人に寄り添って、その人に寄り添って感謝しつつ、言い方はアレですけど甘やかされながら頑張って行きたいな、とは思うんですけど、普通に考えたら「俺ヘンリーほどは頑張れねえや」となるだろうし、「私、おしっこされたらその瞬間に無理だわ」ってなると思うので、どうなんでしょう、この物語は、やっぱり、夢物語に近いお話なんでしょうねっていう、乱暴なまとめで終わりたいと思います。

ちなみに、おしっこした際の「あいつが笑うんだよ」という発言についてですが、ここからは憶測ですが、空想上の登場人物に「お前、部屋でおしっこなんかできねえだろ?」と笑いながら煽られたんじゃ無いかと思うんです、だからこその
「(出来ねえだろって)あいつが笑うんだよ(だから出来るぞって、おしっこしたんだよ)」
なのかなって、思います。
まあ、それでも充分に怖いですけど。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
©2004 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
『50回目のファースト・キス』発売中
Blu-ray 2,381円(税別)/DVD 1,410円(税別)
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
PROFILE
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。
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