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櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和 第7回

俺はこれを愛と呼べるか?
『彼女がその名を知らない鳥たち』

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櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和

(映画といえば、ジェイソン・ステイサムが出演する映画しか観ないという演出家・脚本家 櫻井智也さんが、普段自分では絶対選ばない「恋愛映画」を観てみるという実験コラム。さて恋愛映画を観ると、どんな記憶がよみがえって来るのか!? 隔月連載中です。)

「あたしオバンバ、あなたの脳味噌食べさせて?」
言わずと知れた1985年公開の映画『バタリアン』のキャッチコピーですけど、これってどうですか? キャッチコピーとして相応しいと思います?
そもそも『THE RETURN OF THE LIVING DEAD』という原題を『バタリアン』という邦題にしてしまうという、何がどうしてそうなったんだ、というところからのスタートなんですけど、それにしてもだよ、この映画って基本はゾンビ映画でありまして、ゾンビって急に襲いかかってくるからゾンビの怖さがある訳ですよ、それをですね
「あたしオバンバ」
と自己紹介してからの
「あなたの脳味噌食べさせて?」
と言われたからって、ハイどうぞとは絶対にならないじゃないですか。
この映画が公開された時、僕はまだ小学生だったんですけど、キャッチフレーズがテレビCMで流れて来る度に混乱し、これは自らの目で確認するしかないと映画館に行きました、はい、行きましたよ。
そうしたらですね、まず、オバンバっていう名称のゾンビがいませんでした。
バタリアン然り、オバンバも日本の配給会社が勝手につけたキラキラネームだったんですけど、こっちとしては「オバンバはどこだ」と画面をくまなく探すじゃないですか、オバンバがいないなんて在り得ないんだもの。
そのうちに、もしかしたらこれがオバンバなのではないか? これを勝手にオバンバと名付けたんだな? と思われるオバンバが登場しまして、そいつが何の挨拶もなしに主役級の俳優に襲いかかって投げ飛ばされ、手術台の上でグルグル巻きに固定され、そこでポツリと一言「ブレイン…(脳味噌くれ…)」と言いました。

「やっぱりお前がオバンバだったか! そして日本の配給会社は、何故にお前という存在を前面に押し出したのか!」

子供心に驚愕したのを覚えています、それと共に、キャッチフレーズの強さを思い知りました。
そんな、前置きが超長くなった僕が今回見た恋愛映画はこちら。

『彼女がその名を知らない鳥たち』

蒼井優演じる面倒で身勝手な「十和子」という女性が、阿部サダヲ演じる不潔で下劣な男「陣治」と一緒に暮らしながらも過去に付き合っていた恋人のことが忘れられず…という話なんですけど、そもそもこの話って、始まりからしばらくは「何故?」という疑問が付きまとうお話なんですよね。
「何故この二人は一緒にいるのか」「何故この人たちはこんなにも拗らせているのか」
「何故受け入れる」「何故怒らない」「何故こうなっているんだ」「何故そうなる」
物語が進む中で、浮かび上がるいくつもの「何故?」は解消されていく、ものもあるんですけど、僕にはちょっと、「それはどうしても分からない」というものもありまして、例えばですね、十和子がデパートの時計売り場に対して執拗なクレームを入れ、それに対処するために水島という男が十和子の部屋に新しい時計を持ってくる、というシーンがあるんですけど、そこで十和子が泣いちゃうんですよね。
そこまではまあ、わかる、いや、分からないけど、わかったような気になれる、十和子の状況と気持ちを鑑みるに、そこで泣いちゃうのは何となく理解できるんですけど、目の前で泣いてる十和子に対してですね、水島という男はキスをするんですよね。
「クレーム対応で来ていて、初対面で、しかも泣いている女に、キスをした」
そこでもう、僕としては「どういう事だそれは」と天を仰ぐ訳ですよ。
ネタバレ恐れずに詳しく説明しますよ? 想像してください? いいですか? あなたはデパートの時計販売員をしている水島です、厄介なクレーマーがいると部下から聞かされていました、あなたはそいつに対応する為に新しい時計を持ってクレーマーの家に行きました、その女は噂通り厄介な人物で、散々喚いた挙句に泣き出しました、下手なことをすれば大問題になる、どうするべきか、よし、キスをしよう。

おい水島よ、そうなるかね?

水島「申し訳ありません、こうするしかないように思いまして」

嘘だろ? それだけは無いだろってことをお前はしたよ?
そこでもう、僕としては「これはダメだ、俺にはついていけない」と思ったんですけど、それと同時にかつて自分が経験した事のある光景が蘇ってきました。

彼女が泣いている。それはもう、ものすごく泣いている。
僕が悪いのは明白だ、ここは言葉で弁明するしかない、そうして理解して貰うしかない、しかし、彼女は泣いている、泣いているというか、僕を罵倒し喚き散らしている。
どんなに謝ってもおさまらない、どれだけ理解して貰おうとしても突き返される。
どうしたらいいんだ、もう何をどうすればいいのか分からない、膠着した時間の中で彼女は僕の目を見て強く、こう叫びました。

「いいからさっさと抱きしめてよ!」
「ギュッとされればそれで終わるんだから!」

僕はしばしの無言の後、彼女にこう言い返しました。
「…罠だな?」
彼女はそれを否定しますが、僕は
「だって、俺がすげえ怒ってるところに、お前が抱きついて終わらせようとしてきたら、それをきっかけにした新しい戦争が始まるよ?」と冷静に対処し、その後も距離を取って言葉で落ち着かせようと努力し続けました、一向におさまりませんでした。
どうしたらよかったんだ、あの時俺はどうしたらよかったんだ。

水島「こうするしかないように思いまして」

そうしたらよかったんだ! 水島! 水島すげえなお前!
すげえけど、俺にはやっぱりできない! なぜなら俺には、それが無礼と思えるから!
そうなって僕は思い知ります、この映画、俺とは決して混ざらない映画なんじゃないか? 俺がこの映画を見て、何事かを語ってはいけないんじゃないか? と。
「分かるけど分からない」
「分かるけど俺は絶対それができない」
そうなるとですね、浮かび上がるのは
「甘いものを食べて幸せそうにしている人を見て、幸せなんだろうなあとは思うけど、俺は甘いものが食べられないから、本質的にお前の気持ちは分からん」
という感情なんですよね、ぶっちゃけて言えば。

どんなに十和子が、陣治が、水島が、この映画に出てくる登場人物が「それぞれの愛の形」を提示してきても、僕からしたら
「あ、それ、食えたら美味いんだろうな、とは分かるけども、俺には食えない」
「だから俺、お前を羨ましいとも思わないし、だからと言って蔑みもしない」
という、普通だったらなんだか冷めたところから見ちゃう感じになってしまうんですけど、タチが悪いことにこの映画、映画としてすげえ面白いから、映画の求心力に引っ張られて「分からない」とか言っちゃいけないんじゃないか? と思えてくるんですよね。
「お前、これが分からなかったら終わりだよ」
そんな押し付けがましい感じではないんですけど、映画が面白いから、分かりますとしか言えない雰囲気になっちゃってるんだよ!
そんなこんなで、映画を見る以前に己の葛藤に疲弊した僕はひとまず映画を止めて、なんとなくDVDのパッケージを眺めて見たらですね、そこにはこういうキャッチフレーズが載っていました。

「あなたはこれを愛と呼べるか」

呼べるか、じゃないだろ、呼ぶしかないだろ。
呼ぶしかないって分かってるくせに「呼べるか?」とか聞いちゃうんだよな。
「分からない」に満ちたこの映画を「分かる」と言うしかない状況に引っ張る物語の強度、俳優陣の演技、オバンバなんて出てこないけど「あれがオバンバだな」と納得させるように、もしかしたらそこには愛なんて少しも無いのかもしれないけど「これは愛だな」と思わせる映画、それが『彼女がその名を知らない鳥たち』です、なんかもう、俺にはそれしか言えない、それしか言えないんだ!
……あ、でも、そうか、物語のラストに待ち構える展開に於いて、それはね、それは心から愛だと思いました。
ネタバレになっちゃうから詳しくは書けないんですけど、あのですね、
「俺じゃ君を幸せにできないから、君は俺から離れたほうがいい」
とか言って離れていこうとする男っているじゃないですか、僕なんですけど、それって都合のいい言い訳じゃなくって本気でそう思ってるんですよね、彼女を愛してるから、彼女には幸せになって欲しいから、俺じゃないほうがいいなって、そう思うんですけど、この映画もそれに似た、似たというか、違うんですけど、受け入れて押し付け、その場から去るような展開が訪れるんですよね。
僕の場合、彼女から「あたしの幸せをあんたが勝手に計るな」って、もっともなことを言われるんですけど、でもね、なんと言われても「これが俺の愛なんだ」と思っちゃうし、お前はこれを愛と呼べるか、と言いたくなります。
僕の場合、その気になってんじゃねえよって言われて終わりですけど。

櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和
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FEATURED FILM
PROFILE
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。

2020年5月9日~17日にMCR Presents「Smells Like Milky Skin」(下北沢ザ・スズナリ)を上演予定。
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