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櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和 第16回

世間体なんて気にしない!そんな恋愛は「ワガママ」ですか?
『ノッティングヒルの恋人』

櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和
映画といえば、ジェイソン・ステイサムが出演する映画しか観ないという演出家・脚本家 櫻井智也さんが、普段自分では絶対選ばない「名作恋愛映画」を観てみるという実験コラム。さて恋愛映画を観ると、どんな記憶がよみがえって来るのか!?
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。

どうも皆様、お久しぶりです、いかがお過ごしでしょうか?
相変わらず家に籠る生活を余儀なくされている中、皆さんも配信で映画を観る機会が以前よりも増えたのではないでしょうか?

僕もそうでして、以前はジェイソン・ステイサムの出ている映画しか観ていなかったんですが、おかげさまで成長しまして、今では主に「新しく引っ越した家にお化けとか悪魔の類がいて、どうにも困ったことになるけど、最終的に高齢の女性霊媒師がなんとかする」ジャンルの映画を片っぱしから観ています。
そんなジャンルあるの? と思いますよね?
すごいあります、ほんとにすごいあるんですよ、霊媒師が高齢の女性じゃなくて夫婦だったりカンフー使いのおじさんだったりするパターンもあるんですけど、作品ごとの当たり外れが異常に大きいのでそこを含めて楽しんで頂ければ幸いです。
ちなみにある作品では映画本編が終わりそうな気配を醸し出したので「駄目だ駄目だ! いま終わっちゃ駄目だ! いま終わったら何一つ理解できないまま放置されることになる! それだけは辞めてくれ!」と声に出して懇願した瞬間にエンドロールが流れて、そのまま虚無に放り出されて朝を迎えたことがあります。
そんな、そういう映画を観ているときは劇中のセリフが聞こえなくなるほど喋り倒してしまい、重要なシーンだったみたいだから一応巻き戻して確認したらやっぱりどうでもいいシーンで、それに対する文句も含めて結果的に登場人物の誰よりも喋ることになってしまう僕が鑑賞した恋愛映画はこちら!

『ノッティングヒルの恋人』

ロンドンのノッティングヒルで旅行書の店主をしている男性ウィリアム。ある日彼の店にハリウッド女優の大スターであるアナが訪れる。その後も偶然が重なって二人は恋に落ちるが、様々な困難や障壁が「住む世界の違う二人」の前に立ち塞がる。

まあ、簡単にいえばそういうお話なんですけど、なんか、ちゃんと観たことはないんですけど、それこそこういうジャンルの映画もたくさんあるじゃないですか。
相手が有名なことを知らないパターンとかね、そこにスターが安らぎを感じて恋に落ちちゃうみたいな、そういうのかな? と思ってたんですけど、この映画は
「知らない訳じゃないけど、そこまで詳しくない」
って感じなんですよね、なので二人が出会った瞬間からお互いに
「お前、あれだよね?」「私、あれです」
みたいな、無言のそれがありまして、なのでウィリアムが「その本辞めたほうがいいですよ」とか「こっちの本をサービスで袋に入れておきますね」みたいな親切な発言をするんですけど、それがどうしても「気に入られたいから気づいてないフリするけど、あわよくば仲良くなりたい」って感じのですね、下心が透けて見えると言いますか、そこにウィリアム自身の誠実さを感じられない仕上がりになってまして、いや、多分本当に良い人なんですよ、良い人なんですけど、どうしても下心がベースにあるように見えてしまうんですよね。 アナもそれを感じているのか警戒心を途切らせる事なく接していくんですけど、結果的に家までついていって、自らウィリアムにキスをしちゃうんです。

僕はそれを見て、ははーん、これは所謂「下心と純愛のせめぎ合い」を描いた映画なのかなと思った訳ですよ。
ウィリアムは相手が世界的に有名な女優である事を知っている、しかしそこに浮かれてしまうと「本当に君のことが好きなんです」と言う部分が曇って伝わってしまうからなるべく隠そうとする。
アナは相手が自分をスターとして認識している事を分かっている、なので突然キスをしても嫌がられないだろうし、もっと言えばホテルの部屋に誘ったら絶対について来るだろう事を分かっている、だけどそれと同時に「本当にあなたのことが好きなんです」と言う事を伝えたいから、その優位性と恋人がいる事を隠そうとする。

ぐちゃぐちゃじゃないですか、ぐちゃぐちゃですよこれは。
なので目に見える形だけを捉えれば
「欲望に忠実になりたいけど格好をつけたい二人が綺麗事に縛られている」
もっとわかり易く、例えて言うならば
「ラブホテルにまで入っているのに、そんなつもりはないですよと言わんばかりに世間話で時間を浪費する」
そんな二人なんですよ、こざかしいじゃないですか、とにかくこざかしい二人な訳ですよ。
でもね、でも、ここに「本人達にしか感じ得ない、運命の感覚がそこにはあった」というエッセンスを加えたら途端に圧倒的な説得力と共に美しい輝きを放つ二人になるから不思議です。
「パズルのピースがぴったりと、はまってしまった」
キスするまでは不純だったかもしれない、しかし、キスしたことでそれが分かってしまった。
世間的にはキスする事こそが不純なんでしょう、実際キスするまでの二人は不純の塊だったかもしれません、しかしその先に「圧倒的な説得力と美しい輝き」が見えてしまった二人にとって、それ以降は「だって仕方ない、ぴったりしちゃったんだもん」と言う純粋な
「ああ、ごめん、なんか好き、どうしても、なんか好き!」
という要素しかない訳ですよ、それはもう純愛でしょう、純愛以外の何者でもない。
それは感覚でしかないけど、状況や世間体を跳ね返せるのはそういった感覚でしかないと思いませんか?
仕方ない、仕方ないじゃない、色々を考えたら絶対にやめた方がいいけど、仕方ないんだよ、だって、ぴったりしちゃったんだもん。

それだけ聞けば「子供じゃねえんだから」と思うかもしれないですけど、自分に最も当てはまるものを見つけてしまったのに、それを無視して生きることは我慢して生きるって事ですよ、生きるんだから、生きていくんだから、生きていかなきゃいけないし生きるしかないんだから、だったら生きていきたい世界で生きていく事は我儘ではなくて、純粋に、生きるための手段であったりするじゃないですか。

自分が「仕方ない」と思うことは、世間的に見れば大抵は「仕方ない事じゃない」です。
ぴったりとはまってしまった事が「良いこと」なのか「悪いこと」なのか、ウィリアムもアナも分からないまま悩んで進んでいったのだと思います。
世間と向き合うことも絶対に必要だけど、世間は世界の全てじゃないでしょう? あなたが大切にすべきはあなたを抽象として扱う世間ではなく、あなた自身が存在する世界じゃないですか?
いや、これはあくまでもキスシーンにエッセンスを足したからそう見えるだけの事であって、もしかしたら「ぴったりはまった」などと二人は思っていなかったかもしれません。
だとしたら途端に全てが色褪せて見えてきちゃいますけど、僕はこの映画をそう見たい、そう見たかった、そう見ることで僕自身を肯定するような気持ちになれた、だからそう見ます。
そう見ると、本当に、良い映画だと思えました。
ただ、宇宙船のシーン(※)は何もかもを飛び越えて、非常にダサかったです。

※:劇中劇として、アナが出演する映画のワンシーンで描かれる。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:ロジャー・ミッシェル
出演:ジュリア・ロバーツ ヒュー・グラント リス・アイファンズ
ウェストロンドンにある平凡な街“ノッティングヒル”。そこで小さな本屋を経営するウィリアムの店に、ある日偶然ハリウッドスターのアナ・スコットが訪れる。互いに運命を感じた2人は、やがて恋に落ちるが……。
PROFILE
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。
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