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櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和 第15回

思い通りに進まなかった2020年。
世界一頑張って生き抜いたあなたへ休息を『ホリデイ』

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櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和
(映画といえば、ジェイソン・ステイサムが出演する映画しか観ないという演出家・脚本家 櫻井智也さんが、普段自分では絶対選ばない「恋愛映画」を観てみるという実験コラム。さて恋愛映画を観ると、どんな記憶がよみがえって来るのか!? 隔月連載中です。)

皆さん、お元気でしょうか?
僕ごときに言われるまでもないとは思いますが、色々と大変だったのではないでしょうか。
「自分よりも苦しんでいる人がいるから私は大丈夫」なんて言いながら酸素の薄い場所で我慢していませんか? ここまで生きてくると流石に気づいてきちゃったんですけど、苦しさに「誰々と比べて」なんていうものは無いような気がするんですよね、あなたが苦しいのならば、それは単純に
「あなたが世界一苦しい」
ということであって、誰々と比べる必要とかないし、だって実際自分よりも苦しい人がいるから大丈夫になることなんか一つもないじゃないですか、だから我慢しないで
「ああその通りだ、自分こそが世界一苦しい」
と叫んでしまった方が良いような気がします、まあ、それを言ったところで何かが大丈夫になることも無いのかもしれませんが、自業自得ならばいざ知らず、不意に訪れた災難にあなたが苦しめられているのならば、あなたが叫ぶことで誰かがその声に気づきあなたに手を差し伸べてくれるかもしれないし、だってねえ、あなた世界一苦しいんだから、世界一苦しい人は「世界一苦しい」っていう資格あるじゃないですか、なので遠慮せず
「これはだめだ! どうにも苦しい!」
と言った方が良いと思います。
僕もですね、世界一苦しいので言っちゃいますけど、今年はほんと世界一クソみたいな一年で、世界一クソみたいな出来事に巻き込まれ、世界一理不尽な目にも遭いました。
かわいそう、ほんとに世界一かわいそうで世界一優しくされるべき人物が俺でした。
あなたもそうだ、あなたも世界一苦しかったし世界一かわいそうだった、だけど頑張ったね、だってさ、これを読んでいるってことはですよ、世界一苦しかったのに息をしている状態でそこにいるって事じゃない?
そんな頑張りありますか、すごい頑張ったじゃない、世界一頑張ったんじゃないですか?
まあ、世界一は俺なんですけど。
そんな、クソみたいな風が吹き荒ぶ世界の中で気がついたら世界一苦しいくせに世界一頑張ってしまっていた僕が今回鑑賞した恋愛映画はこちら!

『ホリデイ』

ロンドンの新聞社に勤めるアイリスは同僚の男に都合よく扱われ失恋、一方アメリカに住むアマンダも恋人に浮気されて別れを決意。
そんな二人がインターネット上のサイト「ホーム・エクスチェンジ」で知り合い、それぞれは二週間の休暇をとってお互いの家や車を交換する生活を始める。

(C) 2006 columbia Pictures Industries, Inc. and GH One LLc. All Rights Reserved.

まあ、簡単に言えばそう言うお話なんですけど、なんでしょうね、語弊を恐れず書きますけど、この映画、少しの隙もなく「そうなると思ったらやっぱりそうなった」映画なんですよね、例えば二人の女性(二人とも失恋中)が家を交換する、その導入からして
「それぞれ、交換した先で知り合った男と良い仲になるんだろ?」と思うじゃないですか、そうなるんですよ。
例えばアマンダがですね、どれだけ悲しくても、どれだけ泣きたくても涙が出ないと言う設定なんですけど、そうなると
「とか言って最後には現地で知り合った男との別れが悲しくて泣いちゃったりするんだろ?それで自分の気持ちに気づいちゃったりするんじゃないの?」
と思うじゃないですか、そうなるんですよ。
大きなところで言えばそんな感じなんですけど、その他にも随所随所で「これはもしかしたらそうなるんじゃないの?」と思った事が全てその通りになりまして、なんて言えば良いんですかね、体操競技でいえばですよ

捻りゼロ、ただ真っ直ぐ飛ぶだけ、そして着地は完璧

と言う感じなんですよね、そうなると自然に
「なんだよそれ、面白くなさそうだなあ」
と思うじゃないですか、そうはならないんですよ。

そうは、ならないんですよ。

思いもよらない事態が起こる訳でもないし、どんでん返しでびっくりする事もない、きっとそうなるんだろうなあ、が次々と起こり続ける現象を目の当たりにしていく中で僕の中に生まれた感情は「退屈」ではなく「嬉しみ」しかありませんでした。
それはなんだか不思議な感覚で、当然退屈に陥りそうな展開なのにどうして自分はこんなにニコニコしながら見ているんだろう、何が楽しいんだろう俺は、と思っていたんですけど、途中で気づいたんですよね。

僕の中の「こうなるんだろうなあ」はきっと「こうなれば良いなあ」なのだと。

思えばここまで生きてきた中で、きっとそうなるんだろうなあ、が何度も覆ってきた人生を過ごしてきました。
そうなれば良いなあと思っていたことが、理不尽な事態に巻き込まれ、全てなくなってしまうような事もたくさんありました。
数年前、父親が癌で死んだんですけど、その、死ぬ間際の頃にですね、僕はまあ、定職にも就かずフラフラと稼ぎにもならない劇団というものをやっていて、父親からしてみれば自慢の息子とは程遠い所にいたと思うんですけど、ちょうどその頃映画の脚本を書いてまして、それを父親に見せることが最後にして唯一の親孝行かな、と思ってたんですよね。
父親も喜んでいたんですけど、ある日、それが突然「予算の関係で、あの話はなくなりました」という、なんの説明にもなってない理由で無くなっちゃって、それはもう、心から「そんな、あっと驚く展開も思考を裏切る要素もいらねえよ」って感じでした。
父親が喜んでいたから、父親を喜ばせたかったから、親孝行をしたかったから、それがもうすぐできたはずなのに、きっとそうなるはずだったのに、そうなれば良いなあと思っていたことがもう少しで手に入る所だったのに、全てなくなってしまった。
「喜ばせてやりたかったんだけどなあ」
と僕が言って、父親は「良いんだよ、そういう事もあるだろ」と言ってくれたけど、僕は全然納得いかない、いくはずが無い、そりゃそうだ、だってそれは父親を喜ばせたかった訳じゃなくて、父親に「褒められたかった」だけなんだから。

(C) 2006 columbia Pictures Industries, Inc. and GH One LLc. All Rights Reserved.

僕は父親に褒められた記憶があまりありません、自分がやっている劇団にも一度も見にきてくれた事はありません、反対された事はないですが応援された事もないです。
母親からは「お父さんは、あんたのこと凄いと言ってたよ」と聞かされたけど面と向かって言われた事もないし、僕が初めて書いたドラマの新聞記事などを切り抜いて集め、知り合いに見せていた事も知っていましたが僕に向けて感想を言ったりすることはありませんでした。

よくやったな、頑張った、えらいぞ、すごいじゃないか、さすがだ。

そのどれでも良い、どれでも良かった、どれでも良かったしそうじゃなくても良かった、ただ褒められたかった、俺が生まれてきたことが間違いではなかったと思わせて欲しかったし、思って欲しかった、それだけだったのに、きっとそうなるはずだったのに。

それ以来、僕はなんとなく「言葉にするとそれはいつかダメになるから、形として世の中に出るまでは誰にも言わないでおこう」と思うようになりました、というか、なんとなくですが、何事に対しても「多分ダメになるんだろうなあ」と思って進めるようになりました。
思い通りに行くことなんかある訳が無い、期待なんかしない方が良い。
父親の一件だけじゃなく、こういう仕事をしていると理不尽にゼロになってしまうことがままあります、ゼロにしても大した事ねえだろと思われている立場である事も作用していると思います、そこには致し方ない事情もあるとは思いますが、致し方ない事情が僕にとっては「致し方なくない」事だってあります。

だから、だからこそ。
映画の中でのアイリスが、アマンダが、見ていて幸せになって欲しいと思える人たちがもれなく幸せになっていく、アイリスを都合よく扱うクズ野郎をギャフンと言わせたい、そうなるんだろうな、そうなって欲しい、そうなれば良いなあを見事に叶えてくれる。
あっと驚く展開も思考を裏切る要素もいらない、そうなりたいのにどうにもならない僕たちの「こうなれば良いなあ」を具現化してくれる幸せ、そこに生じる有難み、ままならない世の中を生きていく上で息継ぎになり得る、捻りゼロ、ただ真っ直ぐ飛ぶだけ、そして着地は完璧な映画、それが『ホリデイ』だと思うのです。

今年は本当に、誰にとっても思い通りに進まなかった一年だと思います。
言葉にするとダメになるかもしれませんが、それでも言いたい事なので言いますけど、
来年こそは僕にとっても、あなたにとっても「そうなれば良いなあ」と「そうなって欲しい」が叶う一年になれば良いなと思っています。
頑張った、俺もお前も世界一頑張った、良いお年を。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
Blu-ray: 1,886 円+税/DVD: 1,429 円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
※2020 年 12 月の情報です。
(C) 2006 columbia Pictures Industries, Inc. and GH One LLc. All Rights Reserved.
PROFILE
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。
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