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櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和 第9回

モブだって、恋をする。
『サイドウェイ』

櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和
(映画といえば、ジェイソン・ステイサムが出演する映画しか観ないという演出家・脚本家 櫻井智也さんが、普段自分では絶対選ばない「恋愛映画」を観てみるという実験コラム。さて恋愛映画を観ると、どんな記憶がよみがえって来るのか!? 隔月連載中です。)
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。

僕が子供の頃、父親がテレビに映るアイドルを見て「みんな同じ顔してんな」「誰が誰だか見分けがつかない」と言う度に
「この人は何かしらの病気なのだろうか」
と思っていたんですけど、この間ですね、ドラマに於けるキャスティング候補として4枚の写真を見せられたんですが、僕がそこで
「ははあ、これは同一人物を様々な角度から捉えた写真ですね?」
と言ったら
「違う人が4人です」
と言われまして、ああ、ついにこの時が来てしまったかと絶望しました。
そんな、いよいよ「なりたくなかった自分」になってしまった僕が今回鑑賞した恋愛映画はこちら。

『サイドウェイ』

人生を半分過ぎたと自覚している小説家志望の英語教師マイルスは離婚のショックから2年経っても立ち直れずにいる。
そんな中、結婚を一週間後に控えた友人のジャックと共にカリフォルニアのワイナリーを巡る旅に出て、結果、自分を見つめ直す事になる、と言うお話なんですけど、なんでしょうね、こういうお話って既視感があるというか、観る前からなんとなく「ああ、そういう系ね?」みたいな感じがあるじゃないですか。
きっと旅先で魅力的な女性と出会って? 恋に落ちて? いい感じになるけどダメになって? 最後はハッピーみたいな?
きっとそんな感じの映画なんだろうな、と思っていたんですが、まあ、8割方そういう映画だったんですけど、この映画には圧倒的に「そういう系」の映画と違うところがありまして、そこがどこかと言えば、そう、登場人物の見た目が圧倒的に「地味」だという事です。
出てくるやつ出てくるやつみんな地味、キラキラしたルックスの人間がほぼほぼ出てこない、そこが素晴らしい、素晴らしすぎる。

主人公のマイルスって言う男はダメな奴っていう設定なんですけど、見た目からして本当に「ああ、君は今いる場所に、辿り着くべくして辿り着いたんだね」と言いたくなっちゃう風体であり、友人のジャックは落ち目の俳優なんですけど、これがもう、顔面がシワくちゃの性欲全開顔であり、マイルスが恋に落ちるマヤという女性も「綺麗だけど綺麗じゃない」感じで、マヤの友人でありジャックが恋に落ちるステファニーに至っては、なんかもう、モブ(群衆)なんですよね、モブ、圧倒的にモブ顔、だけど、何度も言うけどそこが良いんです。
設定としては「ダメでモテない」けど、実際演じるのは美形だったりする映画とかドラマって多いじゃないですか、そうなると、いまいち乗り切れないというか、感想として「お前だったら最後は何とかなると思っていたよ(美形だから)」というところに落ち着いちゃうんですけど、この映画はほんとにもう、世間的に言えば圧倒的に普通で、世間的には圧倒的に大多数であろう、「だからお前はダメなんだ顔」の奴らが右往左往するもんで、劇中で巻き起こる喜びや悲しみに親近感が湧くと言いますか、ノンフィクション感がえげつないんですよね。
そこで気付くわけです、そうだ、恋愛は「綺麗な男女だけが享受し得る特別な経験」ではなく、世間的にはただのモブでしかない「俺やお前が普通に経験する特別な出来事」なのだと。
そしてそれは、若い頃だけの、肌にハリがある頃だけの「期間限定」なイベントではなく、マイルスやジャックやマヤやステファニーのように、「人生の半分を過ぎて未だ何一つ達成していない人間」にも不意に訪れる、圧倒的に刺激的でドラマチックな事件なのだと。

そうだ、そうなんですよ、最近妙齢の女性と接するとですね、その女性から
「なんかもう、恋愛とかする気も起きない」
とか
「恋愛とか疲れちゃうから、もういらない」
とか
「もう落ち着いちゃった」
とか
「今更恋愛とか恥ずかしい」
とかいう、尼寺に片足を突っ込んだ人みたいな言葉をよく聞くんですけど、ほんと、僕はもう、そんな、したり顔で恋愛を遠ざけている低体温女性には、恋愛なんてお前が飼い慣らせるほど従順なものじゃねえだろ? と言いたい。
思い出してください、かつて、恋愛って野郎は出会い頭の事故のように突然あなたに噛み付いてきませんでしたか?
恋愛する気なんか少しもなかったのに、恋愛っていう馬鹿野郎は突然草むらから顔を出して、気がついたら全身をガブガブと噛みつかれていませんでしたか?
そう、こっちの思惑や言う事なんて全く意に介さない、あなたが美人だろうがモブだろうが若かろう妙齢だろうが、恋愛をしたいとかしたくないとか、そんなあなたの都合なんて全く無視して飲み込もうとしてくる獣であったはずだ。

そして飲み込まれたが最後、意図せずともあなたは主役になってしまう、モブなのに、モブでしかないはずなのに、あなたを中心に世界は光り輝いてしまう。
どうだ、ざまあみろだ。

ごめんなさい、ざまあみろっていうのはよく分からないですけど、恋愛なんてほんと、それぐらい空気も読まずにズカズカと上がり込んでくる代物だと思うんですよね。
この映画のマイルスもまた、恋愛を遠ざけるような人間なんですけど、それはまあ、自分の年齢や見た目も考慮した上で
「今更人を好きになったりするなんて、恥ずかしいし申し訳ない」
みたいなところがあると思うんですけど、この映画の中でマイルスとマヤがワインについて語り合う場面がありまして、そこでは
「ワインには、ここぞという飲み頃がある」
という話をするのです。
瓶の中で熟成し、日々変化していくワイン。
古ければ良いというものでもない、新しければ良いというものでもない、時間を経て、今しかない、今こそ開けるべきだというタイミングがある。
そうだ、そうなんだ、あなたがワインだとしたら、緩やかに時間を経て、熟成し、若い頃には醸し出せなかった風味を得た今こそが、あなたの飲み頃かもしれない。
そしてあなたが封を開けたい時が来たならば、恋愛に封を開けられてしまった時が訪れたならば、グラスにワインを注いで飲み干しましょうよ。 飲み頃のワインを無駄にするほどバカな事はないと思いませんか? 今、あなたがワインの封を開けるつもりもないならば、それはきっと、恋愛をしたくないとか面倒くさいとかじゃなくて、単純に、あなたのワインが未だに飲み頃ではなく熟成しているだけで、いつかの開封を待っているだけなのだと思うのです。
良いじゃないですか、それで良いじゃないですか、小難しく考えても何も考えてなくても、恋愛なんていう獣はあなたの思惑なんて無視してガブついてくるんですから、あなたは何も考えなくて良い、恋愛なんてしたくないと嘯いていれば良いのです。
あなたがその他大勢だろうが名前もついてない登場人物だろうが、いつか恋愛に噛みつかれて主役になっちゃう時が来るんですから。
その時は、ざまあみろと、エールを送らせていただきます。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:アレクサンダー・ペイン
出演: ポール・ジアマッティ、トーマス・ヘイデン・チャーチ
カリフォルニア州サンディエゴに住む、小説家志望の中年の国語教師マイルス(ポール・ジアマッティ)は、2年前の離婚のショックからいまだに立ち直れないでいる。ようやく書き上がった小説も、正式に出版されるか否か、出版社の返事待ちだ。でも、そんなダメ男マイルスも、ことワインに関してはオタクといえるほどの深い知識と愛情を持っていた。マイルスには、大学時代からの悪友ジャック(トーマス・ヘイデン・チャーチ)がいる。ジャックはだいぶ落ちぶれたとはいえ、かつてはテレビ・ドラマにレギュラー出演するほどの人気タレントで、それを武器に女性を口説き落とす名うてのプレイボーイ。恋愛には全く不器用なマイルスとは真逆の存在だ。ところが、そんなジャックもとうとう年貢の納め時、アルメニア人の不動産屋の娘と結婚することになった。そこで二人は、ジャックの結婚とマイルスの小説の完成を祝して、結婚式前の1週間、二人してワイン・ツアーと洒落込むことにした。ワインやゴルフ三昧の気ままな男二人旅。マイルスは、人生の憂さをワインに夢中になることで粉らせようとしている。そんなマイルスが旅の途中で出会う、ワイン好きの魅力的な女性マヤ(ヴァージニア・マドセン)。さまざまな事件を通して、旅はいつしかマイルスが自分自身を見つめ直す旅へと変わっていく。
PROFILE
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。
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