PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

映画の中の女同士 第5回

私たちの命は、私たちのために輝く。
『パピチャ 未来へのランウェイ』

仲良くはないのになぜか意識してしまうクラスメイト、 人生のある時を濃密に過ごした女友達、 自分を重ねて苦悩する母娘…。
女性が二人一緒にいるだけで、そこに物語が生まれます。
映画は愛すべき女同士の関係を、様々な時代を通じて描いてきました。
そんな女同士の姿から見つかる光をたどるコラム「映画の中の女同士」。

個人的なことは政治的なこと

2022年7月に行われた参院選、投票率が開示され「自分が生きているのは、なんて狭い“世間”なんだろう」と思い知らされた。期日前投票に行き選挙のムードを高めたり、政党のマッチングサイトが多数現れたり、インスタグラムで「自分たちの手で社会を変えよう」と社会参加を促すアカウントも多かった気がしていた。しかし、蓋を開けてみると投票率は52.05%。周囲の盛り上がりとの差を感じる数値に、愕然とする。
投票率が常に8割を越える北欧諸国は、「投票に行くことや、自分の意見を社会に反映させるために集会やデモに行くことが大切だ」と中高生から教えこまれるという。日常的に集会があり、政治は国民が動かすものという意識があるだろう。対して参院選の速報ニュースで万歳三唱する議員たちを見て、「当選=ゴール」みたいなムードがそもそも間違っているのではないかと、この国の選挙の在り方を考えた。Twitterでフォトジャーナリストの安田菜津紀さんが「例え自分が投票した候補が落選したとしても、『がっかり』『もう終わった』ではない。今度はその選挙区から当選した別の候補が、国会でどんな発言をし、どんな行動をしていくのか見続ける。私たちは改めてその、『スタートライン』に今立っているのだと思う」と投稿されていた言葉を胸に、自分のできる社会参加を考えたいと誓った。

1960年代以降のアメリカにおける、第二波フェミニズム運動のスローガンで「個人的なことは政治的なこと」という有名な言葉がある。「強くないと生きていけない」「我慢すれば道が開ける」といったマッチョな思想は、必要な時もあるけれど、よく考えればその苦しさは個人のせいじゃなくて社会のせいであることが、実は多い気がしている。強くないと生きていけない、はずがない。誰が決めたのかわからない古いルールで不当な扱いを受けたり、選択できなかったりする未来を断ちたいからこそ、社会に関心を向けて闘うことが生きていくために必要なんだと思う。その気持ちを強くしてくれたのが、映画『パピチャ 未来へのランウェイ』だ。

舞台は1990年代のアルジェリアの首都、アルジェ。ファッションデザインに夢中な大学生のネジュマ(リナ・クードリ)は、夜な夜な学生寮を抜け出して、ナイトクラブのトイレで女性たちに自作のドレスを販売している。夢は、世界中の女性の服をつくるデザイナーになることだ。しかし、彼女の暮らすアルジェリアは、90年代“暗黒の10年”とよばれ、内戦が激化し、15万人の命が失われたと言われた。台頭した過激派のイスラム原理主義者は、女性に対して行動や衣服を厳しく規制し、頭や身体を覆う布「ヒジャブ着用」を強制するポスターが街のいたるところに貼られるようになった。
しかし、自分のしたい格好を貫き、ヒジャブを着用しないネジュマ。移動のバスでは白い目で見られてしまう。従うことを拒むネジュマに対し、黒いヴェールに身を包んだ武装集団がキャンパス内に入ってきて「女の正しい服装」を指示するポスターを貼り、脅しをかけてくる。高圧的で、政府のルールという権力を誇示して、力でどうにかしようとする人たちばかり。一方で、ネジュマの周りには「いつか世界があなたの才能を認める」と応援してくれる姉や、彼女と共に抵抗してくれる友人たちがいる。

彼女たちの存在は大きく、愛に満ちているけれど、個人の力ではどうしようもできない理不尽な出来事の連続と苦しむ姿に怒りが沸いてくる。監督のムニア・メドゥールも、90年代の内戦を経験し、家族と共にフランスに移住したという。彼女自身もネジュマたちのように弾圧を受け、自由を奪われた。故郷までも離れることになった実体験による怒りが、鬼気迫る思いとして現れている。

© 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS – JOUR2FETE – CREAMINAL – CALESON – CADC

「着たい服を着る」、「学びたいことを勉強する」、「海外で仕事をする」といった未来の選択肢と個人の自由を取り戻すために、ネジュマたちはファッションショーを開催する。私たちの命は、私たちのために輝く──差別的なステレオタイプに抵抗するための、それはある種のデモであり、大きな組織が振りかざす理不尽な権力にも決して屈しない彼女たちの共闘ぶりを観て、私はこの運動が未来を拓いてくれることを望まずにはいられなかった。

前回の本連載で、「セルフケアは想像以上に難しい。私は私を愛したいけれど、一人でこの混沌とした世界に挑み続ける難しさも、自分を見つめる視線を選び取る難しさも同時に理解しておきたいと思う」と書いた。それはつまり、個人の問題だと悩んでいることが実は社会のせいであることも大いにあるということ。あまりに理不尽な社会に呆然とすることもあるけれど、声をあげたりデモに行ったり、その行動が無駄ではないと私は思う。初めは、ネジュマの決断に不安そうだったクラスメイトたちも、自身の苦しみの種はどこにあるのか素直に向き合い、ショーによって一瞬でも自分を取り戻すことができた。(しかし、その先に描かれる暴力的な結末も“ある”という可能性を心得ておきたい)

© 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS – JOUR2FETE – CREAMINAL – CALESON – CADC

自民党の会合で、同性愛について「先天的なものではなく後天的な精神の障害、または依存症」、「回復治療の効果が期待できる」といった性的マイノリティに対して差別的な内容の冊子が配布された事件があった。その発言に否定を求め、自民党本部前ではデモが行われ、多くの人がプラカードを持って抗議をした。私はその列に並びながら、これだけの人が来ていることに勇気をもらいつつ、これまでの失言から進歩していない状況を冷静に見つめて、具体的な行動や発信をやめてはいけないと感じた。なぜなら、私たちの手の中に、私たちの未来はあるから。このデモの少し前、『ベイビーブローカー』と関連して是枝裕和監督に取材する機会をいただいた。シングルマザーや孤児など社会的弱者を題材にしている映画だったので、彼らが「自己責任」という言葉によって追いつめられている現状に意見すると「私たちはもっと怒っていいと思いますよ。私も、あなたも」と監督は私の目をじっと見つめて話してくれた。

私たちは、もっと怒っていいし、そのために対話を重ねるべきだ。
誰かを傷つける形で怒りを示すようでは、参院選中に起こった事件のように、理不尽な戦争のように、荒野だけが残ってしまう。そこからは何も生まれない。面倒でも意見を伝え、相手の意見も聞き、たとえ想いを一つにできなくても「ある怒り」に対して対話を重ねることで、新しい仲間や次なる一歩が見つかるはず。ネジュマたちも、対話をしながら仲間を増やして、ファッションショーを実行していた。相手にも、その心があればよかったのにと悔やむばかりだが、反面教師として学びにするしかない。自分で努力を重ねなきゃいけない場面もあるけれど、理不尽な社会に抵抗して、目指したい未来のために声をあげたい。

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FEATURED FILM
発売元:クロックワークス
販売元:TCエンタテインメント
© 2019 HIGH SEA PRODUCTION - THE INK CONNECTION - TAYDA FILM - SCOPE PICTURES - TRIBUS P FILMS - JOUR2FETE - CREAMINAL - CALESON - CADC
1990年代、アルジェリア。ファッションデザインに夢中な大学生のネジュマはナイトクラブで自作のドレスを販売している。夢は、世界中の女性の服を作るデザイナーになること。だが武装した過激派のイスラム主義勢力の台頭によりテロが頻発する首都アルジェでは、ヒジャブの着用を強制するポスターがいたるところに貼られるように。従うことを拒むネジュマはある悲劇的な出来事をきっかけに、自分たちの自由と未来のため、命がけでファッションショーを行うことを決意する―。
PROFILE
ライター
羽佐田瑶子
Yoko Hasada
1987年、神奈川出身。映画会社、訪日外国人向け媒体などを経て、現在はフリーのライター、編集。PINTSCOPEの立ち上げから参加。関心事はガールズカルチャー全般。女性アイドルや映画を中心に、マンガ、演劇、食などのインタビュー・コラムを執筆。主な媒体はQuick Japan、She is、テレビブロス、CINRA、ほぼ日など。岡崎京子と寅さんと女性アイドル、ロマンチックなものが好きです。
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