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映画の中の女同士 第4回

“あの人”の視線があるだけで、
明日も生きられるかもしれない。
『20センチュリー・ウーマン』

映画の中の女同士
仲良くはないのになぜか意識してしまうクラスメイト、 人生のある時を濃密に過ごした女友達、 自分を重ねて苦悩する母娘…。
女性が二人一緒にいるだけで、そこに物語が生まれます。
映画は愛すべき女同士の関係を、様々な時代を通じて描いてきました。
そんな女同士の姿から見つかる光をたどるコラム「映画の中の女同士」。

お姉さんたちの“視線”

小学生の頃住んでいた街には、一つだけ大きな公園があった。公園の中心に円形の大きなグラウンドがあり、そこを囲むようにすべり台、ブランコ、砂遊び場、シーソーが並ぶ。さらに、その公園から放射線上に団地が立ち並び、その街の子どもは大概がそこに集まり、遊ぶ。

放課後は公園に集まることが「常識」で、明日の休み時間には、この公園での出来事が当然のように話される。会話について来られない者はクラスメイトというカテゴリーから外れ、透明人間のように扱われる。それが、窮屈な小学生の世界。鬼ごっこも(人に追いかけられるのが怖い)、ドッチボールも(痛い)、ブランコも(酔う)、外遊び全般が苦手だった私は公園に通うことを嫌い、透明人間になるほかなかった。視線を向けられるのは、テストで1位になった時か、貧血で倒れる時くらい。強烈な印象を残さなければ誰も私に興味を示さず、私の存在は“どうでもいい”ものとされていた。その視線が、私自身の肯定感をどんどんと下げていった。だから、私は誰の世界にも入れない代わりに、私の世界にも誰も入れてあげないと強く決めていた。じゃないと、立っていられなかった。

小学3年生の春、遠出をするために自転車に乗れるようになりたいと思った。運動音痴なので補助輪なしで乗ることが中々できず、働いていた母に四六時中練習に付き合ってもらうのも難しい。専門書を読んだ。漫画でイメトレもした。だけど、私には何かが足りなくて、どうにもできなかった。

クラスメイトに見つからないよう公園の隅で練習していた時、たむろする小学校6年生のお姉さんたちと出会でくわすようになった。馬鹿にする感じはないけれど、じーっと見られる。その視線の熱さが私を動かしたのか、自らお姉さんたちに指導を仰いだ。もう一人で練習を続けていても、この先一生乗れない気がしたから。この人たちは私個人を見て、何かを思ってくれている気がしたから。
「姿勢が悪いんだよ、もっと上見て!」「乗れるイメージをするんだよ」すぐに諦めようとする私の表情に気づいて、少し苛立ちながらも的確なアドバイスをくれた。おかげで、あっという間に自転車に乗れるようになった。
それからお姉さんたちが卒業するまでの半年ほど、時々たむろに混ぜてもらって、大人っぽい話を聞かせてもらった。主に恋愛の話が多くて、どうしてそんなに大変な目に合うのに恋をしたいんだろうと、ますます興味がなくなった。生理の話もお姉さんたちに聞いていたことで、事前準備がバッチリだった。年下の前でも飾らず、いつでも受け入れてくれる。孤独な視線が見つけた人たちは、私の名前を呼び、やさしく話かけてくれた。それだけで、永遠の力をたくさんもらった。またすぐ一人になったけれど、それでも歩いていけると思えた。

自ら“視線”を選びとる権利がある

『20センチュリー・ウーマン』は、マイク・ミルズ監督による2016年の映画。監督は「自分を育ててくれた女性たちへのラブレター」として、自身の母や姉をモデルにした異なるタイプの3人の女性の生き方を魅力的に描いた。私にとって、宮崎駿監督の『魔女の宅急便』に次ぐ、史上最多観賞映画だ。

舞台は1979年のサンタバーバラ郊外。下宿を営むシングルマザーのドロシア(アネット・べニング)は、思春期を迎えたジェイミー(ルーカス・ジェイド・ズマン)と心を通わすことができないと悩む。開放的な下宿先で、フェミニストでパンク好きの写真家アビー(グレタ・ガーウィグ)とヒッピーの大工ウィリアムは家族のように暮らし、毎晩ジェイミーと添い寝をしている幼馴染みのジュリー(エル・ファニング)も加わり、日々の悩みを共有していた。
ある日、母親はジュリーとアビーに、一緒に彼の成長を支えてほしいと頼む。ジェイミーが慕う幼なじみのジュリーには「気にかけて見守ってほしい」、アビーには「生き方や興味の対象を見せてやってほしい」と。最初は、母以外に自分を育てようとする他者の存在に抵抗するジェイミーも、アビーにパンクやフェミニズムを学び、ジュリーに愛やセックスを学ぶことで、他者と真剣に向き合い、影響を与え合う面白さを実感しているように見えた。

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「この混沌とした時代に、自分を保って生きていくのは難しい」とドロシアは言う。「親子」という一対一の関係だけで複雑な人生の問いに向き合い、悩み、意見をぶつけ合うことはあまりに困難だ。価値観は多様化し、あらゆる視点から個人の価値観を検証すべきなのに、「家族」という単位は狭く、偏見に満ちている。

ドロシアは親として望まない学びに対して「やりすぎだわ、止めてほしい」と言うが、ジェイミーは「僕は周りから学ぼうとしているんだ」とはっきりと抵抗する。ジェイミーが変化すると同時に、ドロシアやアビー、ジュリーも変わっていく。それは、アビーの好きな音楽がつめこまれたミックステープを聴き込むように、ドロシアの好きな映画を夜中並んで観るように、互いの好きなものを知ろうとすることで価値観が豊かに広がっていくのだと思う。

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私ももっといろんな人と喋ってみたい。他者は自分が思っているよりも面白い存在で、知ることで私自身も変わるのかもしれないと、この映画を観るたびに思う。そのためには、私が相手を見つめること。リスペクトの気持ちを持って、助ける準備だってする。内にこもって自分や社会を考えることも大事だけれど、まとまらない気持ちが身体を覆い尽くしてしまう前に、誰かを求める自分でありたい。“自分”を見てくれる視線が増えたことは、彼を生きやすくしたと思うから。

でも、視線というのは、時に暴力性をはらんだものが交わることもある。誹謗中傷と名がつく前の些細な言葉でも、相手の気持ちや身体を無視したような言葉は相手を絶対に傷つける。「みんな」や「男、女」という乱暴なカテゴリーで相手を見つめるものは、私に向けられていない視線でも、自分ごととして深刻に受け止めてしまうことだってある。SNSで顔の知らない誰かからの一方的な言葉の攻撃に、疲弊してしまっている人を何人も見ている。

ある大好きなアイドルが、「10年後の自分に何と声をかけますか?」と聞かれて、ものすごく溜めてから「……生きていますか?」と言ったことがあった。衝撃だった。そんな言葉を未来の自分に問いかけたくなるほど窮地に立たされているんだと、焦って、涙が出て、急いでSNSで彼女の状況とファンの反応をチェックした。今のところは無事なようだけど、あの物言いたげな表情と掠れた声が忘れられない。いや、忘れちゃいけないと思った。

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人前に立つことは、完璧な姿を求められる。弱音をはくことも難しい状況に置かれることや、自分を取り繕ってしまうこともあるはず。孤独なプレッシャーを抱える中で、不特定多数の視線にさらされることは想像以上に怖いのではないかと思う。知らない声が形を帯びて、自分の前に立ち塞がる。彼女たちが簡単に声を上げられない状況を利用した視線が交わることもあり、その凶暴さには許せない気持ちになる。だから、気休めかもしれないけれど、あなたには自ら視線を選び取る権利があることを知っていてほしい。大切なひとの声だけに耳を澄ませて、明日も生きてほしい。もし、周りの期待やプレッシャーがあなたを苦しめているなら、いますぐ休んで、自分をとびきり大事にしてほしい。それはアイドルだけじゃなく、周りの友人たちにも同じことを伝えたい。そして、視線を向ける私たちも、自分自身の加害性を自覚しなければならないと強く思う。

「セルフケア」は想像以上に難しい。私は私を愛したいけれど、一人でこの混沌とした世界に挑み続ける難しさも、自分を見つめる視線を選び取る難しさも同時に理解しておきたいと思う。孤独は前提だけれど、私個人をまなざしてくれる“あの人”の視線があるだけで、明日も生きられるかもしれない。新しいことを知ったり、会話が待ち遠しい日があったり、私を大切にしてくれる視線だけを大切にしたい。その人はきっと、「あの時こうしていたら幸せになれたと思う」というミックステープや映画を教えてくれるかもしれない。

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FEATURED FILM
監督・脚本:マイク・ミルズ
出演:アネット・ベニング、エル・ファニング、グレタ・ガーウィグ、ルーカス・ジェイド・ズマン、ビリー・クラダップ

DVD 発売中
発売元:バップ
2016 MODERN PEOPLE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
1979年、サンタバーバラ。シングルマザーのドロシア(アネット・ベニング)は、思春期を迎える息子ジェイミー(ルーカス・ジェイド・ズマン)の教育に悩んでいた。ある日ドロシアはルームシェアで暮らすパンクな写真家アビー(グレタ・ガーウィグ)と、近所に住む幼馴染で友達以上恋人未満の関係、ジュリー(エル・ファニング)に「複雑な時代を生きるのは難しい。彼を助けてやって」とお願いする。15歳のジェイミーと、彼女たちの特別な夏がはじまった。
PROFILE
ライター
羽佐田瑶子
Yoko Hasada
1987年、神奈川出身。映画会社、訪日外国人向け媒体などを経て、現在はフリーのライター、編集。PINTSCOPEの立ち上げから参加。関心事はガールズカルチャー全般。女性アイドルや映画を中心に、マンガ、演劇、食などのインタビュー・コラムを執筆。主な媒体はQuick Japan、She is、テレビブロス、CINRA、ほぼ日など。岡崎京子と寅さんと女性アイドル、ロマンチックなものが好きです。
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