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cinecaのおかしネマ vol.1

テディベアなポップコーン

cinecaのおかしネマ
(「映画を題材に物語性のあるお菓子を創案、制作」されている菓子作家・cinecaの土谷未央さん。朝起きて一番にすることは「映画を観ること」なくらい、映画が好きな土谷さんが「映画の中のお菓子」に注目し、毎回ひとつテーマとなる”お菓子”の話をお届けします。第1回のテーマは「ポップコーン」。土谷さんを取材した連載「DVD棚、見せてください。」はこちら。。)
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザインの職に就く。その後製菓学校で製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
Instagram: @cineca

朝起きて一番にすることは「映画を観ること」なくらい、映画が好き。
映画にはアイコン的に散りばめられた服装や美術アイテムがたくさんあって、そんな中でもお菓子の登場にはいちいちときめく。
わたしは、cinema(シネマ)とocasi(お菓子)をくっつけた造語「cineca(チネカ)」という活動名というかお菓子のブランド名で、ちょっと変わった映画にまつわるお菓子をつくっている。
ところで、この仕事を始めてからさらに映画を観るようになったわたしだが、今のところ“食”が登場しない映画に出会ったことがない。もう何年もそんな映画を探し続けているけれど、いまだに1本も見つけられないのだ。それだけ映画にとって“食”が担う役割も大きいということなんじゃないか?
そして、映画の中では“ごはん”より“お菓子”が持つ意味の方が大きくなる、とも勝手に考えている。お菓子は、なくても生きていけるものだけど、あれば心に潤いをもたらす。
「非日常で」「贅沢品で」「付加価値で」ある“お菓子”の登場を映画の中で目撃すると、ついその意味について分析をはじめてしまう。

こちらのコラムでは「映画の中のお菓子」をテーマに、毎回ひとつテーマになるお菓子を決めて、おかしな話をしていきたいなと。

第1回目に選んだお菓子は「ポップコーン」。
映画の恋人とも言えるあのお菓子。

と、いきなりだが、わたしは少し前までポップコーンがあまり好きじゃなかった。パサッと乾いたイメージ通りに口の中でくしゃっと、なんだか紙くずを頬張っているような気分になってしまうからだ。

もし、“映画の中のお菓子見逃しランキング”があるとしたら、1位にかがやくお菓子はポップコーンだろうと決めている。
ポップコーンはいつもさりげなく登場人物たちの手に抱えられ、つままれ、口へ運ばれる。わたしはそれを“ながらお菓子”とよんでいる。映画を観ながら会話をしながらデートをしながら、片手で持たれ、特別大切にもされずスクリーン内で消化されていくその様は、うかうかしていると見逃してしまう。

過食症に病む250kgの母親に振り回される家族を描いた『ギルバート・グレイプ』(1993)では、テレビの前にギルバート家全員がそろうちょっとあたたかいシーンがあって、そのときもみんなが片手でポップコーンを抱えていたし、車を女性にたとえ主人公にしたシュールなホラー作品『クリスティーン』(1983)では、ドライブインシアターでデートするカップルの車中に当たり前のようにポップコーンが用意されていた。
風変わりな少年マックスの恋と青春を描いた『天才マックスの世界』(1998)では、レスリングの試合や学校での芝居を見ながら大盛りのポップコーンを食べていたし、高校生の三角関係が楽しい『花とアリス』(2004)では映画館でのデートシーンでちょっとレトロなパッケージのポップコーンも登場する。
そして、90年代のラブコメ女王メグ・ライアンを主人公に迎えた『めぐり逢えたら』(1993)では、ヒロインとその友達がかの名作『めぐり逢い』(1957)を見ながら涙を流すシーンの傍らにもポップコーンはそっと存在していた。
往往にしてポップコーンの存在をみつけるには、ドーナツ頬張りながらの張り込み屋のように、スクリーンの見張りが必要であろう。

ところがわたしは、「食べる」となると存在感薄めのポップコーンに、“食”以外の役割を持たせるとキラリとかがやく側面があることを発見した(!)
たとえば、『トゥルー・ロマンス』(1993)では、映画館でポップコーンをわっさーとぶちまけたことで主人公のふたりが運命的な出会いを果たすこととなったり、『マチネー/土曜の午後はキッスで始まる』(1993)では、映画館の劇場でホラー映画の上映を待ちきれない観客たちが興奮のあまりポップコーンをポポポンッ!とまき散らすその風景に、花火が空に打ち上がるような迫力が与えられていたりしていた。

こぼしても濡れたりシミになったりしないポップコーンは、相手に不快感をあたえすぎないチャーミングな出会いのアイテムにもなり得るし、ピンポン球のようなその軽快さがお祭りシーン並みの華やかさを演出する小道具にもなりえるから、おもしろい。
わたしはポップコーンのそんな側面を発見したとき、「マイナスからはじまる恋はプラスにしかならない」という言葉が頭に浮かんだ。まさにそんなときめきだった。

映画はポップコーンに救われてきた歴史がある。第二次世界大戦中、物価の高騰に悩んだ時代でも安価に供給できたポップコーン。ロビーにいけば手に入り、その売り上げを借りて不況中でも利益を得ることができた映画館。たくさんの映画館を赤字から黒字へ導き、映画とポップコーンの関係は切っても切れないものとなっていった。

お菓子という役割を超え、映画美術にも変わることができ、映画業界の救世主にもなったその強さは、どんな時代でもわたしたちに寄り添う安心材料だ。

“ポップコーン=抱えていると安心できるテディベア”

と言っても怒られることはないだろう。

あらためてじっとながめてみると、テディベアを構成するあの毛のひとつひとつが、弾けきったポップコーンの一粒一粒に見えてきた……なんて気のせいだろうか?

PROFILE
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザインの職に就く。その後製菓学校で製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
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