PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

FILM INDEX 〈PINTSCOPE style〉 No.1

『悪は存在しない』の「車」

悪は存在しない
© 2023 NEOPA / Fictive
「アイスクリーム」「モーテル」「傘」「ウエディング」…映画を観ていると、人物以外にも、繰り返し登場したり、ひときわ存在感を放っていたりするものに、目をひかれることがあります。
映画は、恋愛とかホラーなどといった分類以外にも、いくつかのパターンやモチーフで分類することができるのでは? そんな、お菓子作家の土谷未央さんのアイデアをもとに、PINTSCOPEでも映画を独自に分類してみることにしました。
ユニークな映画目録から映画をひくと、どんな発見があるのでしょうか?
第一回は、『悪は存在しない』の「車」から映画をたどります。
今回のインデックス
「車」
『悪は存在しない』より
記録者
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
東京都生まれ。グラフィックデザインの職に就いたのちに都内製菓学校で製菓を学ぶ。2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作する「cineca」を創める。製菓において、日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法をオリジナルのものとする。2017年頃からは企画や菓子監修、アートワーク制作、執筆業なども手がける。2022年春には、間が表象する造形、概念に焦点をあてた「あわいもん」を立ち上げ、店主として製菓と店づくりを行う。著書に『She watches films. She tastes films.』(aptp books)、『空気のお菓子』(BON BOOK)。
Instagram: @cineca

車の中から見える風景

前作の『ドライブ・マイ・カー』が記憶に新しい濱口竜介監督の最新作『悪は存在しない』。 自然が豊かで水の美味しい長野県、水挽町みずびきちょうに暮らす父娘の生活とその周辺の人々の暮らしを美しい映像と巧みな言葉で綴ります。しかしある日、東京にある芸能事務所が、彼らの住む場所のすぐ近くにグランピング場をつくる計画を打ち出したことによって、それまであった穏やかな暮らしは大きく揺さぶられていくのです。

悪は存在しない
© 2023 NEOPA / Fictive

ところで、「車のある生活」が劇中に描かれると、そこが地方都市だと読み取る人は多いでしょう。本作でも車での時間が多々描かれます。つまり、車なしでは生活できない“不便な”場所であると「車」が語るのですが、それは、自然とともに生きているように見える人も、便利さをすべて手放して自然と共存することはできないという矛盾を伝えるようにも感じます。

本作での車は多くを語ります。『ドライブ・マイ・カー』のように、車の外観が入る少し離れた視点でのシーンはほとんど描かれませんが、車の中から見える風景がゆったりと映されます。それは、車に後ろ向きに座ったときに見える風景、横にある窓に顔を近づけると見える風景、天を仰ぐように頭を後ろに倒すと見える風景といった、車中からの人の目を通したような風景ばかり。あらゆる視点で映される風景は、少し不安定に、車や人の頭が小さくゆらゆらと動いているように切り取られているものだから、「誰かが見ている」ことを感じて不気味さを醸し出します。木の葉を透かす朝の光、木々の間から覗く雪原や、遠く山の端に薄づく太陽に美しさを感じながらも、あきらかな人の気配から、あとに何か事件が起きることを予見させるのが本作の妙でしょう。

悪は存在しない
© 2023 NEOPA / Fictive

風景を切りとりゆく車がこの映画の中で答えを語ることはありません。ただただ問いかけ続ける役目を車が担います。答えの用意された映画は多いですが、『悪は存在しない』は、車という新しい視点を持って、観る者に「問い」を与えます。

映画において、車という道具はよく使われます。それはおおむね、「悪」や「恐怖」の代弁者としてですが、本作での車はそのどちらにも寄らず、人と自然の仲介者として存在する。その曖昧な存在こそが、この映画における「答え」なのかもしれません。

映画の始まりとともに一台の車に乗車する。どこで降りたらいいかはずっと分からないまま、心地よさにもつながる揺れを片手に、少しずつ問いを集めていく感覚。気がついたら車から放り出されているのだけれども、またあの車に乗りたい、問いかけを浴びたい。そう願いながら映画を観終えるでしょう。

それを知らないということは恐ろしいこと、でも答えはここにはない。本作でも濱口監督がそう語るように感じたのは私だけではないはずです。

悪は存在しない
© 2023 NEOPA / Fictive
映画の中の「○○」に注目!

FEATURED FILM
出演:大美賀均 西川玲 
小坂竜士 渋谷采郁 菊池葉月 三浦博之 鳥井雄人
山村崇子 長尾卓磨 宮田佳典 / 田村泰二郎
監督・脚本:濱口竜介
音楽:石橋英子
製作:NEOPA / fictive
プロデューサー:高田聡
撮影:北川喜雄
録音・整音:松野泉
美術:布部雅人
助監督:遠藤薫
制作:石井智久
編集:濱口竜介 山崎梓
カラリスト:小林亮太
企画:石橋英子 濱口竜介
エグゼクティブプロデューサー:原田将 徳山勝巳
配給:Incline
配給協力:コピアポア・フィルム
宣伝:uhuru films
2023年/106分/日本/カラー/1.66:1/5.1ch

4月26日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、K2ほか全国順次公開
© 2023 NEOPA / Fictive
長野県、水挽町(みずびきちょう)。自然が豊かな高原に位置し、東京からも近く、移住者は増加傾向でごく緩やかに発展している。代々そこで暮らす巧(大美賀均)とその娘・花(西川玲)の暮らしは、水を汲み、薪を割るような、自然に囲まれた慎ましいものだ。しかしある日、彼らの住む近くにグランピング場を作る計画が持ち上がる。コロナ禍のあおりを受けた芸能事務所が政府からの補助金を得て計画したものだったが、森の環境や町の水源を汚しかねないずさんな計画に町内は動揺し、その余波は巧たちの生活にも及んでいく。
PROFILE
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
東京都生まれ。グラフィックデザインの職に就いたのちに都内製菓学校で製菓を学ぶ。2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作する「cineca」を創める。製菓において、日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法をオリジナルのものとする。2017年頃からは企画や菓子監修、アートワーク制作、執筆業なども手がける。2022年春には、間が表象する造形、概念に焦点をあてた「あわいもん」を立ち上げ、店主として製菓と店づくりを行う。著書に『She watches films. She tastes films.』(aptp books)、『空気のお菓子』(BON BOOK)。
Instagram: @cineca
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