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嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち! 第6回

“毒親”になってはいないか?
弱い者を支配してしまう危険性を問う『この子の七つのお祝いに』

© 1982 松竹株式会社

“毒親”になってはいないか?
『この子の七つのお祝いに』

「毒親」という言葉が一般的になったのはいつの頃からでしょうか。「毒親」とは、肉体や言葉による暴力、過干渉・ネグレクトなど、虐待行為によって子どもを思い通りに支配する「毒になる親」という意味です。人間の赤ん坊はとても小さく無力で、誰かの保護がないとあっという間に死んでしまう儚い存在。生き続けるためには自分よりも大きな人間の力が絶対に必要で、多くの場合それは親です。この世に生まれてからしばらくの間は、親が世界の大部分を占めているといっても過言ではありません。そのため大人になってから、自分が毒親に育てられたと気付く人も少なくないでしょう。

親にとって、何があっても自分だけを頼り切っている弱い存在は、どれだけ愛おしくても、ときに疎ましいものになり得ます。最初の数年間は自分の時間のほとんどを奪われますし、場合によっては自分の人生すら奪われた気になるでしょう。しかも、なかなか思い通りに動いてくれないとなれば、イライラしない方が不思議というもの。虐待のニュースを見て、「他人事ではない」と感じてしまう親は大勢いるはずです。不自由やイライラに限らず、親の苦しみの捌け口が子どもに向かってしまうのは、哀しいけれど大いにあり得ることなのです。

© 1982 松竹株式会社

映画『この子の七つのお祝いに』は、親の虐待と、虐待の犠牲になった子の物語です。東京で起きた連続殺人事件を中心に物語は展開します。その発端は、35年前にひっそりと暮らしていた母と子の関係にありました。病弱だった母親は、幼い娘に毎日毎日こう言い聞かせていました。

「お父さんは私達を捨てた悪い人。恨みなさい、憎みなさい。絶対に許しては駄目。」

自分が味わった苦しみを体感させようと父親への憎悪を繰り返し繰り返し植え付けた母親は、娘が7歳になった誕生日、終に自ら命を絶ちます。それも、娘の目の前で……。母親に目の前で死なれた娘は、父が残した手形と同じ手相の男を探し当て、復讐を遂げることに人生を捧げます。母が夜な夜な囁いていた呪いは、娘の人生に楔のように打ち込まれていたのです。

© 1982 松竹株式会社

私にも息子がいますが、「この子は自分のコピーでも所有物でもない」という意識を常に保つように気をつけています。そうしないと、道を誤りそうになるからです。放っておくと、「賢い子になってほしい」「聞き分けの良い子になってほしい」……そんな気持ちが強化されていくのではないかと、恐ろしいのです。親と子は別の人格なので、子を思い通りにコントロールすることなどできませんし、するべきではありません。でも、常に一緒にいる小さな存在に対して、支配的にならないように意識するのは意外と難しいもの。子育ては親の鍛錬だとつくづく感じています。

本作は、虐待の功罪を描いた作品です。岸田今日子演じる母親が常軌を逸していく姿や、その娘・ゆき子を演じる岩下志麻のゾッとするほど美しい演技がセンセーショナルではありますが、決して彼らを平面的には描いていないように私は感じるのです。「頭がおかしい」とか「狂っている」といった、失礼で雑な表現でおさまるようなキャラクターにしてはいないからです。虐待の犠牲になった娘はもちろん、戦争を経て精神的に追い詰められた母親も同情的に描き、彼女たちにしっかりと寄り添っています。

© 1982 松竹株式会社

ゆき子は天涯孤独だったわけではなく、引き取られた家で愛を持って育てられ、親友をつくり、出会った男性を心から愛することができる女性でした。ゆき子は二重人格でも、サイコキラーでもなく、とても人間らしい重層的な人物として表現されています。それでも、滓のように母の呪いは蓄積し、何度も何度も頭の中に響いてしまう……。虐待は連鎖すると言いますが、この映画は「虐待された子供はモンスターになってしまうわけではない」と言っているように感じます。虐待の傷は、鎖のように巻き付いて離れなくなってしまうから、子どもを一生苦しめる。その罪深さを、丁寧かつ誠意をもって描いた作品なのだと思うのです。

映画のクライマックスで、それまで氷のように冷たく無感情な表情を見せクールだったゆき子が、初めて感情を露にしてすべてを吐き出すシーンがあります。人生をかけて探していた父親とゆき子は対面するのですが、父親の口から語られた真相は、母からの呪いを人生の指針に生きてきたゆき子にとって受け止められるものではありませんでした。今までの表情が嘘のように、ゆき子は我を忘れていきます。その表情を見ると、親が子を支配してしまうことがどれだけ罪深いことなのかを感じずにはおれません。

© 1982 松竹株式会社

ゆき子は「嘘よ!嘘よ!みんな大嘘よ!」と叫び、「私は今まで何をしてきたのかしら…?」と空ろな目でフラフラと部屋を動き回ります。そして、ひとつひとつ自分の犯行を振り返っていきます。口封じのために1人の女性を殺してしまった、愛した人を殺してしまった。親友を殺してしまった……。しかし、ゆき子はやぶれかぶれになって父親を切りつけたり、自分を騙した育ての母に憎悪をたぎらせたりはしませんでした。衝撃を受け止め、必死で理解しようとしているようにすら見えました。そして、母親が優しく寝かしつけてくれたことを思い出しながら、「おかあさん、寒くて暗いよ。助けて……」と呟き、幼い日の子守歌だった「とおりゃんせ」を口ずさむのでした。

『この子の七つのお祝いに』は、極端な親子関係と虐待の末の悲劇を描いているように見えます。しかし、そこに描かれているのは誰もが抱き得る大人のエゴであり、自分よりも弱い者を支配してしまう危険性です。毒親とは、二重人格でも、サイコキラーでもなく、私と同じ人間なのです。

名作映画をもっと味わう!
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FEATURED FILM
【あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション】この子の七つのお祝いに[Blu-ray]
監督:増村保造
原作:斉藤 澪
脚本:松木ひろし/増村保造
撮影:小林節雄
音楽:大野雄二
©1982 松竹株式会社
次期総理の座を狙う大臣の秘書、秦一毅(村井国夫)の家に出入りしていた池畑良子(畑中葉子)の惨殺死体が発見される。
政界の闇を暴こうと良子に接触していたルポライターの母田(杉浦直樹)は、秦の内妻で占い師の青蛾(辺見マリ)の身辺を探っていたのだ。母田は後輩記者の須藤(根津甚八)に協力を請う。その時に初めて会ったバーのママ、ゆき子(岩下志麻)に惹かれる母田。ふたりは密会を重ねる。
そんな矢先、青蛾の正体を突き止めた母田が謎の死を遂げた。母田に代わって事件の真相を探るため、会津に向った須藤がそこで彼が目にしたのは…。
PROFILE
映画・演劇ライター
八巻綾
Aya Yamaki
映画・演劇ライター。テレビ局にてミュージカル『フル・モンティ』や展覧会『ティム・バートン展』など、舞台・展覧会を中心としたイベントプロデューサーとして勤務した後、退職して関西に移住。八巻綾またはumisodachiの名前で映画・演劇レビューを中心にライター活動を開始。WEBサイト『めがね新聞』にてコラム【めがねと映画と舞台と】を連載中。
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