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嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち! 第14回

憧れの人に認められたい。秀吉と利休、強い羨望が憎しみへと変わるとき『利休』

(C) 1989 松竹株式会社

子どものころに少しだけやっていた習い事で、こんなことがありました。初心者の私は当然上手くできず、不格好な作品を仕上げていたのですが、先生はいつもニコニコして「よくできました」と褒めてくれるのです。しかし、私よりもずっと歴が長くて明らかに上手だった1人の生徒に対しては、常に真剣な眼差しを向けて決して簡単に褒めたりはしませんでした。「私には見込みがなくて、あの生徒には才能があると先生は判断しているのだな」子ども心にハッキリとそう悟ってしまった私は完全にやる気をなくし、すぐにその習い事を辞めてしまいました。

自分なりに頑張っているとき、私にとって一番辛いのは叱られたりダメ出しをされることではありません。相手にもされないことです。口先でいくら褒められても、その言葉が本心かどうかは直感的にわかってしまうもの。それが、心から尊敬する人であればなおさらです。

勅使河原宏監督『利休』は、天下を取った後の豊臣秀吉(山崎努)と、茶頭として重用された千利休(三國連太郎)との関係を丁寧に追った作品です。芸術的なセンスと叡智を持った千利休に秀吉は深く心酔していましたが、やがて2人の意見は乖離していき、遂には千利休が切腹を命じられるという最期を迎えます。彼らの周囲で起こる出来事と両者の心情の変化を彩るのは、美術館から借りてきたという貴重な茶器や掛け軸などの美術品。茶会のシーンはもちろん、あらゆる場面が芸術性に満ち溢れ、実にアーティスティックな作品となっています。

とはいえ、長い上映時間の中で秀吉と利休が2人だけで顔を突き合わせるシーンは2回しかありません。1回目は映画の冒頭、有名な朝顔のエピソードのシーンです。

秀吉を迎えるにあたって、利休は弟子に指示して庭に咲き誇る朝顔をすべて刈り取らせます。やってきた秀吉は朝顔が咲いていないことを不思議に思いますが、茶室の入り口をくぐった先に一輪だけ活けてある朝顔を見て感心するのでした。ご機嫌な秀吉はどこか浮足立った様子。憧れの利休の前で緊張してテンションが上がっているように見えます。やはり器は赤がいい、黒は好かんと言いながら茶を点てて利休に差し出しますが、「どうだった?」という秀吉に対して利休は「ええ、まあ」と答えるだけでした。

冒頭のシーンで秀吉は何度も利休に笑顔を向けますが、利休は一度も秀吉と目を合わせることはありません。派手なものを好み、賑やかでエネルギッシュな秀吉と、侘びの精神に生き、常に落ち着き払って思慮深い利休。憧れの利休になんとか認めてもらいたい秀吉と、そんな秀吉の腕前を明らかに評価していない利休という関係性が印象的です。

このシーンでの秀吉は、まるでスターを前にしたファンのようです。その目に浮かぶのは羨望と期待に満ちた眼差しであり、その表情には恥じらいすら感じられます。しかし、終盤に訪れる2回目の対峙では、秀吉の表情と態度は一変。ふたりの関係性もまったく違うものになっています。そこから読み取れるのは、「憧れの人」利休に対する秀吉の複雑な想い。 強い羨望が憎しみへと変貌する様が、生々しく表現されていました。

時間が進むにつれ秀吉の権力はより強大になり、利休もどんどん影響力を増していきます。しかし、利休を疎ましく思う石田三成の存在や、利休の後ろ盾となっていた秀吉の弟・秀長の死去によってその立場は危うくなっていくのでした。

(C) 1989 松竹株式会社

そんな中、映画の終盤に2回目の対峙は訪れます。激高した秀吉が利休の弟子を処刑した事件に加え、様々な悪い噂を立てられていた利休の下に、再び秀吉がやってきたのです。自分の立場が危ういこと、秀吉に不信の目を向けられていることを知りながら、利休はかつて秀吉が「好かない」と言った黒い茶碗でもてなします。

秀吉は大きな盆に水を注ぎ、利休に1本の梅の木を渡して活けるように命じました。ただ置いただけでは不格好になるのは確実でしたが、利休は枝から花びらを何枚も取って落とし、まるで花びらを散らしながら泉のほとりに立つ梅の木のような風景を作り出したのです。魔法のような利休の美的感覚と発想に、秀吉は再び朝顔の時と同じ驚きを覚えました。秀吉を演じる山崎努の表情からは、「決して敵わない」と呆然とした様子を読み取ることができます。

秀吉は利休に思っていることを正直に言ってほしいと促しますが、利休は遠慮するばかり。ここでも、ずっと利休を見詰めて話している秀吉とは対照的に、利休は決して秀吉と目を合わせませんでした。この期に及んでまともに応えてくれない利休に対して、次第に秀吉は怒りを露わにしていきます。感情の起伏をコントロールしきれない不安定さを感じさせる秀吉(山崎努)の演技が、茶室全体を言いようのない緊張感で満たしていきます。

朝鮮出兵について問いただされた利休は、ようやく秀吉の目を見据えて話し始めます。その内容は、朝鮮出兵などやめるようにという説得でした。あれほど憧れていた利休がようやく自分に真っ直ぐ語りかけてくれたのは、芸術についてでも茶道についてでもなく、自分の行動を真っ向から否定し諭そうとする言葉だったのです。

最後まで秀吉の能力やセンスを心から認めることはなかった利休に、秀吉は絶望します。「他の誰でもない、この人にだけは認めてもらいたい」という想いが強ければ強いほど、その願いが叶わなかったときの悲しみは大きいはず。

秀吉は農民出身でありながら自力でのし上がった武将。だからこそ、利休と心を通わせていた織田信長や、古田織部ら利休に認められていた武将たちの芸術の素養や教養に引け目を感じていたのかもしれません。幼い頃から英才教育を受け、美しいものに触れてきた武将たちが自然に身に着けているものを、秀吉は持っていなかったからです。「自分には育ちからくる品位と美的センスがない」という劣等感と焦りが、彼をひたすら派手なものに向かわせたのだとしたら? そして、その証として「利休に認められること」を渇望したのだとしたら?

誰かに恋焦がれたとき、「決して手に入らない」と悟った瞬間に愛が憎しみに変わることがあります。秀吉が利休に抱いていた想いも、これに似ていたのかもしれません。自分は決して利休には敵わない、利休は絶対に自分を認めてはくれないと悟ったとき、秀吉の身体全体に満ちていた利休への羨望は、激しい嫉妬と憎しみへと姿を変えたように見えました。

(C) 1989 松竹株式会社

一方、この件によって秀吉の怒りを買い閉居を命じられた利休は、許しを乞うべきだという周囲の言葉を断固として拒否します。自分は殿下に頭を下げることは何ひとつしていない、一度頭を下げてしまえば、それからずっと這いつくばって生きなければいけないと頑なに語る利休。結局、利休は切腹を言いつけられてしまいます。

表面的な派手さや美しさに固執する秀吉のことを、利休は最後まで認めませんでした。口先だけで秀吉を褒めているときの利休の表情と、秀長など自分が認めている人物と話すときの利休の表情は全く違います。終始抑えた芝居の中にも、鮮やかにコントラストをつけた三國連太郎の利休は見事としか言いようがありません。だからこそ、私たちには利休が秀吉を認めていないことがハッキリとわかるのです。自分が認めていないものは決して認めない。自分が悪いと思っていないならば決して謝らない。秀吉が何を望んでいるのかを十分にわかった上で、自身のプライドのために彼を傷つける道を選んだのです。なんと誇り高く、なんと残酷な人なのでしょうか。

本当に秀吉に芸術的素養がなかったのか、利休にはもっと黒い野心があったのか、歴史に消えていった真実は今となってはわかりません。しかし、映画『利休』には「本物の武将が持つ品位」の象徴として芸術を渇望した秀吉と、すべてを知りながら命よりもプライドを守り抜いた利休のいわば「精神の対決」が描かれていたように私は感じました。

何かを追い求める想いが強ければ強いほど、拒絶されたショックは大きいもの。それはなにも、秀吉のような偉人に限った話ではありません。狂おしいほどの恋に破れたとき、必死の努力が結果に結びつかなったとき……自身の無力を痛感させられ、望みを絶たれた苦しみは誰しも同じです。横暴で粗野な秀吉の言動の裏にある、誰よりも人間くさく繊細な感情の機微。山崎努の強張った表情を見ながら、私は先生に相手にされずに傷ついた幼き日の自分を思い出さずにはいられませんでした。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:勅使河原宏
原作:野上彌生子「秀吉と利休」より
脚本:赤瀬川原平、勅使河原宏
撮影:森田富士郎
音楽:武満徹
衣装デザイン:ワダエミ
(C) 1989 松竹株式会社
本能寺の変でこの世を去った織田信長の後を受けた羽柴(後の豊臣)秀吉によって、戦国乱世は平定されていった。同時に、信長の茶頭であった千利休は、秀吉の庇護の下で茶の道を追求し続けていく。しかし、石田三成が秀吉の側近として台頭していくとともに、粗雑で傲慢な態度を強めていく秀吉と、美と知の静謐なる体現者・利休の関係は次第に狂い始めていき、朝鮮への出兵をめぐって両者の対立は決定的なものとなってしまう……。
PROFILE
映画・演劇ライター
八巻綾
Aya Yamaki
映画・演劇ライター。テレビ局にてミュージカル『フル・モンティ』や展覧会『ティム・バートン展』など、舞台・展覧会を中心としたイベントプロデューサーとして勤務した後、退職して関西に移住。八巻綾またはumisodachiの名前で映画・演劇レビューを中心にライター活動を開始。WEBサイト『めがね新聞』にてコラム【めがねと映画と舞台と】を連載中。
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