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嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち! 第23回

“未来”を「知る」ことは不幸ではない。
限りある“今”という時間を認識するきっかけとなる。『メッセージ』

© 2016 Xenolinguistics, LLC. All Rights Reserved.
名作映画の中の思わず魅惑されてしまった登場人物にスポットをあて、映画を紐解く「嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち」。
今回は、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督による『メッセージ』に登場する言語学者・ルイーズの姿に注目します。どんな映画の世界が見えてくるのでしょうか?

「言葉」と「認識」の繋がり

「1+1は田んぼの田」という引っかけなぞなぞがありますが、私の息子はポルトガルに滞在していた頃、これの“英語バージョン”を考案して友人たちに披露していました。それは、「1+1は“Dog”」というもの。OneとOneで「ワンワン」=犬、というわけです。しかし私が観察していた限り、このなぞなぞの意味を理解して笑ってくれる確率は50%といったところでした。なぜでしょうか?

それは、日本語以外の言語では犬の鳴き声が「ワンワン」ではないからです。「ワンワン」と言われてすぐに犬を連想できないと、このなぞなぞは成立しないため、息子の「ワンワン」という発話が犬の鳴き声を真似たものだとピンときた子どもだけが笑った、というわけです。

つまり、日本語話者が犬の鳴き声を「ワンワン」と認識するのは実際に「ワンワン」と聞こえているというよりは、「犬の鳴き声はワンワンである」と学習しているからだともいえそうです。英語話者は「bowwow」、仏語話者は「ouaf ouaf」、タイ語では「ホンホン โฮ่งโฮ่ง / โฮ่งๆ 」と犬の鳴き声を表しますが、これだけ見てもかなり響きにバラエティがあることがわかります。結果、母語以外の擬音語を提示されても頭の中で繋がらないという現象が生じるのでしょう。

テッド・チャンによるSF短編小説『あなたの人生の物語』を映画化した『メッセージ』は、地球外生命体が地球に飛来したことから始まる言語学者が、彼らの目的を聞き出すために試行錯誤する経過描いた作品です。徹底的に世界観を作りこんだ映像や、深い余韻を残す理性的な語り口が特徴のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が初めて手がけたSFである本作。宇宙人たちの「言葉」を解き明かしていく中で描かれていたのは、「1+1=“Dog”」で私が感じたような言葉と認識の繋がりでした。

ある日、突如として世界各地に出現した謎の宇宙船で世の中は大騒ぎに。言語学者のルイーズは米国陸軍大佐の依頼を受け、物理学者のイアンと共に飛来した宇宙船のひとつのそばに設営された宿営地に滞在することになります。ルイーズとイアンに与えられた指令は、宇宙船がやってきた目的を知ること。彼らは18時間ごとに行われる2体の地球外生命体とのセッションを繰り返すことにより、彼らの「文字」を解読すべく苦心惨憺くしんさんたんしていくことになります。

本作はこんな風に始まります。大きい窓の外に広がる湖。画面は青みがかった暗いトーンで、とても美しい風景です。次のカットではルイーズが新生児の小さな手を握って目をつぶっていて、画面は柔らかい光に包まれ幸せに溢れています。続いて、西部劇の保安官に扮した少女が、湖の畔でルイーズと遊んでいます。どうやら湖は冒頭に出てきた湖と同じようです。ルイーズは笑顔ですが、ふと寂しそうな表情を見せ……こうして少女とルイーズとの軌跡を少しずつ映し出した後、大学で講義を始めるルイーズが登場。しかし、間もなく生徒たちの元に次々と宇宙船のニュースが飛び込んできたことにより中断を余儀なくされ、あの湖の畔に建つ家に帰って行きます。

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どうでしょうか。この一連のオープニングシークエンスではセリフはあまりなく、落ち着いた雰囲気に終始しています。宇宙船の飛来という大ニュースにパニックになる大衆は出てきませんし、ルイーズはハリウッドのSF映画の主人公のイメージとはかけ離れています。真面目そうで、物静かで、いつもどこか寂しそうで。静謐かつ極めて内面的な物語が紡がれていくことを予感させる、印象的な導入部。そして、ルイーズが常に浮かべている物憂げな表情こそが、本作の核である「言葉と認識」を雄弁に物語っているのです。

ルイーズの物憂げな表情を通して
“人生”に想いを馳せる

七本の足を持つ地球外生命体を“ヘプタポット”(ギリシャ語で七本足の意)と名付けた彼らは、対話相手の2体の個体それぞれに“アボット”“コステロ”というあだ名をつけて、文字による対話を積み重ねていきます。ヘプタポットたちの文字には音声言語との関連性がない、時制がない、などの法則が少しずつ明らかになっていく中、イアンとルイーズは“サビア=ウォーフの仮説”についての会話をします。「思考は話す言葉で形成される」「(言葉は)物の見方にも影響する」というその仮説を聞き、イアンはルイーズに「君は彼らの言語で夢を見る?」と尋ねます。実は、ヘプタポットたちの言語への理解が進めば進むほど、自分の娘だとしか思えない小さな女の子と一緒にいる夢を見るようになっていたルイーズ。しかし、不思議なことにルイーズは独身で出産経験もなかったのです。

その謎が解けるのにそんなに時間はかかりませんでした。ルイーズはあるとき、ヘプタポットには未来が見えていて、彼らの言語を習得した自分にもまた未来が見えているのだと悟ったのです。前述したように、ヘプタポットたちの言葉には時制がありません。それはつまり、過去→未来という時間軸では物事を認識していないということを意味しています。この辺りの理屈を原作の表現で表すと、人類は「因果律的解釈」をするが、ヘプタポットは「目的論的解釈」をするということになります。我々人類は「原因があるから結果がある」「過去の選択に従って未来が変化する」という因果律的な感覚を持っています。しかし、ヘプタポットは原因が発生するより前に結果について「知って」いて、その「満足されねばならない要件」を満たすための、最大化または最小化という目的を知覚しているというのです。シンプルにいうと、まず最初に「結果」を知っていて、そこに向かうための最適なルートを辿るべく行動しているということになるでしょうか。

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ルイーズはヘプタポットの言語を習得したことにより、結果(未来)を「知る」という認知の仕方を会得しました。それにより、彼女は娘と一緒に暮らしているという未来、さらにはその先に待っている辛い出来事も夢のようなイメージで「知って」しまっていたのです。

「ワンワン」という擬音語を知った人が犬の鳴き声を「ワンワン」と認識するように、ヘプタポットの言葉を知ったことで未来を認識するようになったルイーズは、常に憂いを湛えた表情をしています。自由意志の選択によって未来が変えられるという前提は、あくまでも我々人類の世界の見方でしかありません。「未来を知っている」ことを前提とする世界の見方においては、選択によって未来が変わるという因果律的な(原因があるから結果があるという)法則自体が成り立たず、行動を変えたところで決められた未来からは逃れられないのです。

では、未来を知ってしまったルイーズは不幸なのでしょうか? きっとそれは違うと私は思います。喜びも悲しみもあるのが人生であり、我々は未来を知らないから、不安になったり期待に胸を膨らませたりします。その代わり、当たり前に感じている喜びや幸せに過ぎ去ってしまってから初めて気づいて後悔するということも起こります。もしあの日々が終わってしまうことを知っていたら、かけがえのない日々をもっと大切に生きたのに……誰もが一度はそんな風に思ったことがあるはずです。反対に、もし未来を先に知っていたら、その未来に至るまでの間最大限に幸せや喜びを感じようとするのではないでしょうか? まだ見ぬ未来に胸を高鳴らせることはできなくても、それまでの限りある時間を決して見逃すまいと大切に生きようとすることはできるでしょう。

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常にどこか寂しそうな表情を浮かべながらも、少女を愛おしそうに見つめ、1秒1秒を噛みしめているように幸せを感じている……未来のイメージに出てくるルイーズの複雑で愛情に満ちた表情は、言語によって未来を知るという認識を得た者の生き方を、なによりも雄弁に物語っていたのです。

ルイーズはある人物に、「この先の未来が見えたら、選択を変える?」と尋ねます。相手は「自分の気持ちをもっと相手に伝えるかも」と答えてルイーズへの想いを打ち明けますが、ルイーズはどこか悲しそうな表情を浮かべます。きっとそれは、その瞬間こそが「知っている未来」に向けて進みだす瞬間だったから。これから待ち受けている、とてつもなく幸せで耐えられないほどに悲しい未来のイメージを思い浮かべながら、彼女は相手をしっかりと抱きしめるのでした。

人生とは、瞬間瞬間を積み重ねて築いていくものです。ルイーズを通してヘプタポットの言葉に触れた私は、人生というものの素晴らしさ、かけがえのなさを新たに認識できたような気がしています。

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ヘプタポットの目的を巡って各国の意見が割れる中、ルイーズたちがいかにしてその目的を聞き出し、人類がどうなっていくのかは実際に観て確認していただくとして、きっと本作を観た人は誰しもが切ない気持ちになり、自分自身の人生に想いを馳せるでしょう。まさにこれは、『あなたの人生の物語(Story of Your Life)』(原作題名)なのです。初めて英語の自作ジョークを披露して、友達に笑ってもらえたときの息子の誇らしげな表情を思い出しながら、私はいつか息子が大人になって巣立っていく未来が確実にくるということを考えています。それまで、今というかけがえのない日々を精一杯大切に生きていくことができるようにと願いながら。

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FEATURED FILM
監督 : ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚色 : エリック・ハイセラー
音楽 : ヨハン・ヨハンソン
原作 : テッド・チャン
出演:エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカー

デジタル配信中
Blu-ray 2,619円(税込)/DVD 2,075円(税込)/4K ULTRA HD & ブルーレイセット7,480円(税込)

発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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突如地上に降り立った巨大な宇宙船。謎の知的生命体と意思の疎通をはかるために軍に雇われた言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)は、物理学者イアン(ジェレミー・レナー)とともに、“彼ら”が人類に何を伝えようとしているのかを探っていく。そして、その言語の謎が解けたとき、彼らが地球にやってきた驚くべき真相と、人類に向けた美しくもせつないラストメッセージが明らかになる――
PROFILE
映画・演劇ライター
八巻綾
Aya Yamaki
映画・演劇ライター。テレビ局にてミュージカル『フル・モンティ』や展覧会『ティム・バートン展』など、舞台・展覧会を中心としたイベントプロデューサーとして勤務した後、退職して関西に移住。八巻綾またはumisodachiの名前で映画・演劇レビューを中心にライター活動を開始。WEBサイト『めがね新聞』にてコラム【めがねと映画と舞台と】を連載中。
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