PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

河野知美「揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜」vol.1

2022年10〜11月
病気宣告、そして『水いらずの星』撮影。

Sponsored by 映画『水いらずの星』
揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜
俳優は、プロデューサーは、どんな日常生活を送り、どんな思いで作品の劇場公開までを過ごすのか。そして、もしもその間に、大病を宣告されたとしたら——。
あるときは、唯一無二のルックスと感性を武器に活躍する俳優。またあるときは、悩みつつも前に進む自主映画のプロデューサー。二つの顔を持ち、日々ひた走る河野知美さん。
2023年初冬、河野さんが主演・プロデュースを務める新作映画『水いらずの星』が公開されます。越川道夫監督、松田正隆原作、梅田誠弘W主演の本作。この連載では、その撮影から公開に至るまでの約1年間の日記を、河野さんが綴ります。
第1回は2022年10月から11月までの日記です。
俳優・映画プロデューサー
河野知美
Tomomi Kono
映画『父の愛人』(13/迫田公介監督)で、アメリカのビバリーフィルムフェスティバル2012ベストアクトレス賞受賞。その他のおもな出演作に、映画では日仏共同制作の『サベージ・ナイト』(15/クリストフ・サニャ監督)や、『霊的ボリシェヴィキ』(18/高橋洋監督)、『真・事故物件パート2/全滅』(22/佐々木勝巳監督)、ドラマではNHK大河ドラマ『西郷どん』(18)、Netflixオリジナルシリーズ『呪怨:呪いの家』(20/三宅唱監督)、HBO Max制作のテレビシリーズ『TOKYO VICE』(22/マイケル・マン監督ほか)など多数。また、主演映画『truth~姦しき弔いの果て~』(22/堤幸彦監督)ではプロデューサーデビューも果たし、『ザ・ミソジニー』でもプロデュース・出演を兼任。2023年初冬、梅田誠弘とのW主演作であり、プロデューサーとしての3作目でもある映画『水いらずの星』(越川道夫監督)が公開予定。|ヘアメイク:西村桜子
揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜
ヘアメイク:外山友香(mod’s hair)

2022年10月25日

今日、悪性の乳がんだとわかった。
『水いらずの星』クランクインまで5日。
検査結果を聞いた時より、バスの中でなんか涙が止まらなくなった。
泣き虫な私(みんな知ってる)だけどマネージャーの木村さんに電話して、越川道夫監督に電話した時は背中がやけにピンとして話せたのに、バスの中では涙が止まらなかった。何に泣いているのかもわからなかった。
マスクのおかげでなんとか酷い顔を晒すことを回避。ごまかせたはず。

なんでこのタイミングなんだろうって思う自分と、このタイミングでよかったと思う自分もいて、越川監督と映画を作れる自分はなんてツイてるんだって思ったりして、

一方で、万が一乳房を全摘出しなくても、傷がついてしまう自分にどれだけ女として、俳優としてこれから自信を回復することができるのだろうかと思ったりして、悔しいなぁ。それでなくても自分に自信なんてないのに、まいったなぁ。とかぶつぶつ。

すごく複雑なんだけど、死ぬことが怖いとかって言うより、手術したから摘出できたし安心ということじゃなくて、女としての何かを失うのが怖い。

10月30日

『水いらずの星』撮影1日目。
私はただの役者だ。人だ。
たしかに、プロデューサーと名前のつくような事をしているけど、映画という媒体を通して、演技というものを通して、大事にしたい人に愛されたいとか、何かを伝えたいと思っているだけだ。全ての人に愛されようなんて考えは毛頭ない。

だから、ちゃんと傷つく。大事な人が心を閉ざしてしまったら、閉ざさせてしまったら。ちゃんと傷つく。自分の情けなさ、自分のちっぽけさ。自分のつまらなさ。書き出したら数えきれないけど、そんなこと丸ごとひっくるめて貴方が笑っていてくれたらいい。穏やかでいてくれたらいい。喜んでいてくれたらいい。

撮影初日。『水いらずの星』。海の中に飛び込んだばかりで一面、泡が散乱して視界がよく見えない。バタバタしてる。

“Don’t forget, I’m also just a girl standing in front of a boy, asking him to love her.”
「忘れないで。私もひとりの女よ。好きな男の人に愛してほしいと願ってる」

映画『ノッティングヒルの恋人』より

10月31日

『水いらずの星』撮影2日目。
女の一生について考えさられる。
今日は私が悪性の乳がんであるとわかってから約一週間だ。

『水いらずの星』の“女”は、私自身と形は違えど身体中に傷を負いながら生きてきた。もちろん心も。

そんな彼女を演じることが決まっての診断結果。なんだかなぁ。と思った。

例え生きるための手術だとしても、男に愛されたものを失ったとしたらどんな気持ちだろう。

私は乳房に傷がついた身体で、自信を持って女としていられるのだろうか? 乳房を失ってまで、女として生きられるだろうか。

昨日、私は自分をただの役者であり、人だと言ったけど、私はただの女だ。情けないほど女だ。

越川監督、綺麗に残せたかな。私の女としての記録。

「世の中って、ねえ、人が思うほどいいものでも悪いものでもありませんね」

ギィ・ド モーパッサン『女の一生』より

『女の一生』 (新潮文庫)

11月1日

『水いらずの星』撮影3日目。
共演の梅田誠弘という人を見失っては、“男”役を見ているなかで結局梅田誠弘を見つけだして、また彷徨って、梅田誠弘という人を見つけ出す。その繰り返しのような気がした。

映画が決まって半年以上稽古したけど、稽古よりも大事なことを積み重ねてきたはずなのに、すぐに見失う。

“男”と“女”の役を演じてるけど、私と梅田さんの時間に最終的には行き着くんだろう。

相手を見て芝居をする。

これもまた、見失っては見つけ出して、また見失う。

11月2日

『水いらずの星』撮影4日目。

越川監督の言葉。

この作品を作っているということは、貴方は「私は女優です」と宣言しているんですよ。
この作品が、本当の意味を持ちだすのは、3年後、5年後なんです。
だからそれまで、生きるんですよ。
生きて映画を作り続けるんですよ。
その為にやってるんですよ。河野さん、と。

11月3日

撮休。

つまらない感情が交差する。
本当につまらない感情だ。

確かにプロデューサーという仕事は
みんなにがんばってもらっている仕事だ。

現場が終わって、監督にみんな「ありがとうございました」と挨拶していた。

そうか、監督はありがとうございましたと言ってもらえるのか。
いいなぁ。と思った。さみしいなぁ。と思った。

私はプロデューサーだから頑張るのが当たり前なのか。
主演だから頑張るのが当たり前なのか。

生きるためなら身体を売るのも仕方がないのか。
生きるためなら。生きるためなら。生きるためなら?

つまらない。ちっぽけな感情。

まじでつまんない。

どっかに行って欲しい。そういう感情は。
そうかそうかと、言い聞かせるのもうんざりする。

私がまだ小さいだけだ。もっともっと頑張るしかないんだな。

11月4日

『水いらずの星』撮影5日目。

「生まれ変わってもまた、私と一緒になってくれる?」と“女”は言いました。
「よかよ」と“男”は言いました。
グルグル、ユラユラ廻る時間の中で、二人は水になって青く光る星になりました。

水いらずの星になりました。

朝になると抱えきれない感情が押し寄せてきて、どうしようもなくなる。

幸せだった? 寂しかった? 貴方はどうだった?

“男”のラストカットが撮影された。

走馬灯みたいに、写真から紡いできた“男”と“女”の人生が自分の人生に侵入してきてたまらなくなる。

いかないで。いかないで。って。
もう独りにしないから、いかないで。って。

写真:河野知美

11月5日

『水いらずの星』撮影最終日。
クランクアップ。
まだ、よくわかりません。
実感がわきません。

私が演じていた“女”という役は、私にしか抱きしめて暖めてあげることが出来ないのだ。という事だけはわかる。

そうか。独りぼっちになったのか。と。

一つ一つの呼吸を丁寧にして、自分が息をしていることを確かめながら、流れ出しそうな何かを堰き止める。

私は器用ではないから、少し時間がかかりそうです。

これからプロデューサーという仕事が山のようにやってきます。

制作部ベテランの藤原さんに、頑張らなくていい。人にちゃんと頼りなさい。と言われた。

撮影が終わったから、終わり。に出来ないこの責務を全うするため、心の奥にある何かを奮いたたせようとしてる。
知ってる。今までもやってきた。知ってる。私は知ってる。背筋を伸ばして私は責務を全うする。

ぎゅーって、“女”を抱き締めながら。
大丈夫。大丈夫。って言ってあげながら。

まだまだこれから。まだまだこれから。

11月6日

クランクアップから1日目。

越川監督と、『水いらずの星』を来年10月に行われるであろう、東京国際映画祭にて先行上映出来ないか。という話になった。

昔は海外の映画祭で入選なり、入賞することばかりに目がいっていたけど、今は日本人であるが故。みたいな事が大事な気がしてならない。だから、東京国際映画祭に出品したいと思った。

早速、配給を担ってくれるフルモテルモの財前さんと打ち合わせ。本作は来年11月に公開が決定しているので、劇場側の意向をはかる。

越川監督とも電話で話す。お風呂につかりなさい。ゆっくり休みなさい。なんて言葉をかけられたりして、今後の編集作業フローについて話したり。。
撮影データが撮影の高野さんから監督に2〜3週間で届き、監督から編集の菊井さんに届けるとのことだ。

本編は、私の予想を超えて2時間弱になるかも。とか。映倫審査代があがるなぁ。と心でぼやく。

最近、右に心臓があるみたいにちくちく、ぎゅーってなる。
お医者さんにその話をしたら針検診したのが治りかけだからですよ。と言われたけど、もう検診からかなり経ってる。

私さ、やっぱり大事なものは大事だよって伝えられる人でありたい。ビジネスライクでこんな大変な事出来ない。ビジネスライクを持ちだしたら多分破綻する。私を苦手な人や嫌いな人は離れていくだろうし仕方がないんだけど、愛情持ってやりたい。
いつまで生きられるかなんて知らない。
知らないなら後悔したくない。
有名になるため? 人気者になるため?
違うよ。みんなで楽しいねって、砂場で遊びながら映画を作るんだよ。それが私の映画作り。
楽しいねって作った映画は、自ずと映像に楽しいね。が満ちるんだよ。だから、今日も背筋伸ばして頑張るんだよ。笑って楽しいねって言ってくれますように。

11月9日

永作博美さんと李鐘浩さんの、月桂冠「つき」のCMが大好きだった。
写真家の上澤さんに、『水いらずの星』の“男”と“女”の、6年前の姿を切り取った写真を撮ってもらう際にも、それを伝えた。こんな2人になればいいなって。

私は甘えんぼうだと思う。泣き虫だし、傷つきやすいし、うまい言葉が見つからない。自分に自信もないし、特に顔。笑った顔とか本当に不細工だなぁ。とか思う。

昨日は皆既月食だった。
月が地球に飲み込まれた時、赤い非常灯に見えた。

私の中にある確かな感情は、もはや“女”という役のものではないのかと思う。愛情だと思う。

守られたかったのではなくて、守りたかったのではないか。と思う。

心の奥底にある水面に浮かぶ、触れたら消えてしまいそうな小さな優しい月の光をそっと守り続けたかったのだと思う。

壊れないように。

越川監督と一緒に月を見た。
見上げてるかな。同じ月。

揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜

11月11日

MRI検査へ。

機械の中は爆音がずっと鳴り続けてて、結構しんどかった。
目を閉じてなるべく聴こえないフリして、息をゆっくりした。警報みたいだな。と思った。

途中、薬を注射器で入れるんだけど、その時看護士さんが、「水いれますねー」とかいうから、なんかクスっとなった。
この前『水いらずの星』の撮影で、“女“が目から沢山の水を出したばかりです。って心で答えた。
針の先からスーッと流れて全身に回るひんやりとした水。少し吐き気を感じる。
結構、長い時間だったな。

終わって、外していたコンタクトを入れようとしたら、右目のコンタクトレンズが何故か破れていて、今左目しか見えない。

“女“は右目が義眼だった。
彼女はまだ私にいるんだな。
いや、私が彼女なのかな。
また、なんか笑えた。

これから上澤さんに会う。

11月12日

朝からフルモテルモの財前さんと話す。
劇場側から、東京国際映画祭への『水いらずの星』出品の懸念としては、1ヶ月前なので初日の集客にどう影響してくるか?ということであったが、基本的にNGとの返答はなかった。
実際、自主映画だし、基本マイナスに働くことはなく、それよりも促進剤として影響する予測の方が強い。となった。

『水いらずの星』で東京国際映画祭のレッドカッペートを歩くのは、私と梅田さんの夢であり絶対に叶えたいことなのです。と財前さんにお伝えしたところ、「そうですか。それなら出品しましょう」と言ってくださった。

そもそも、初めてこの企画をやりたいとお伝えした時、越川監督が病気で視力を失いかけた話をきいた。私は、自分自身というよりも、監督の視力が完全に失われる前に作品を残してほしい。撮ってほしいと、勝手ながら熱いものを感じた。

この人の「今」の目で映る新しい世界を見たい。と思った。

越川監督は手術をしたことで、今まで見てきた世界がまるで変わり、距離感がつかめず困惑している時期だった。時に私の理想は、要求された者にとっては、過酷な挑戦となる。私が求めているものが極みだとするならなおさら。映画をつくるといつも、誰かに過酷さを背負わせてしまう。だからこそ、私は背筋がピンとする。

梅田さんが海の中を歩いてくるシーンがある。私にとってこのシーンは絶対に削れないシーンだった。スケジュール的に難しいと言われても、無理を言ってこのシーンの撮影が成立するよう、助監督の二宮さんと藤原さんに無理を言って組み換えてもらったくらいだ。
自分が推し進めたもの。だけど、そのシーンが終了して、寒さの中震えながら車に戻ってきた梅田さんに声をかけることが出来なかった。車内を暖かくして、寝袋広げてなるべく寒くないようにしてあげることしか出来なかった。本当は頑張ってくれてありがとうって言いたかったけど、どう伝えればいいかわからなかった。過酷さを人に強いる時は自分も傷つく。なんかやられる。でも、その画に梅田さんが入り込むことで、その画が完成していることを私は撮影前から確信していたし、きっと梅田さんにとって今後の名場面になることは間違いない。

誰かのために私は映画をつくりたい。

11月16日

「そういえば、越川組終わったそうですね。おつかれさまでした」と日本を代表する名助監督、海野敦氏から突然のメッセージ。
越川組のスタッフィングをしている際、制作部が見つからなくて何を血迷ったのか海野さんに連絡したりした。

それを受けての言葉にしても、なんか嬉しかった。『ザ・ミソジニー』の時は何の策略か、海野さんが助監督で入ってくださることになって。海野さん自身が多分一番びっくりしただろう。輝かしい経歴の末にこんなひよっこプロデューサーの現場に入るなんて。
現場では、もう恐縮恐縮の嵐でまともに話なんて出来なかったけど、カットがかかって海野さんがうなずいてくれるとやけにホッとした。

それから『ザ・ミソジニー』が公開になって、6週続映になって、行ける時は上映後お客様に一人で挨拶に行って。そんなある日、海野さんが劇場からひょんと出てきて。なんか凄く嬉しかった。自主的に見に来てくれるなんて思ってもなかったから。ちゃんと愛情感じてくれてるんだ。とジンと来た。そこからか、ちゃんと話が出来る様になった。沢山映画の話をした。

今、私が病気だからこそ伝えられることを伝えた。「いつまで命が続くなんてわからないですよ。後悔のないようにしてくださいね。新作楽しみにしてます。私に出来ることがあれば何でもします」と。「そうですね。わかりました。ありがとうございます」と返信。

大先輩に向かって、何言ってるんだか。ではあるが、私はやっぱりそういう大事なことをきちんと伝えるために病気になったのかもしれない。と今は思う。病気をダシに使うなんてどうかとも思うけど。

11月18日

『水いらずの星』のスチールカメラマンである、上澤さんについて考える。上澤さんはすごい。
上澤さんはいつも、『水いらずの星』を自分ごとのように考えてくれ、毎朝のやりとりで、毎日のようにインスタで何をアップするか考え、しかもアップしてくれて。本当に感謝しかない。いうまでもないけど、いつも愛を持った写真を残してくださる。だから、私も愛を返したくなる。

予算が充分でない自主映画だからこそいつも思うのは、自分ごとのように考えて関わってくれる人に頭があがらない。ヘアメイクの桜子さんもそう。だからいつもそういう人にお金以外のところで何を返すことが出来るだろう。と考える。自分ごとで考えて行動してくれる人は希少だ。大半は、撮影現場が終わったら終わりだし、お金もらったらそれで終わりだし。あとはよろしくね。って。私も俳優だけをやっていた時は、そういう傾向があった。あとはいいとこ取りみたいな感じで、公開になるとここぞとばかりに登壇する。みたいな。いやいや、少し偏見か。

撮影が終わったあとにすることは、
・オフライン編集作業(ラッシュ選定)いわゆる粗編。→これは撮影部がやる
・監督編集開始→監督と編集さんが作業
・セミオール (99.9%)の編集が終了
・オールラッシュ、所謂ピクチャーロック→ここでやっと映倫審査に出せる
・整音/音楽/合成/グレーディング/クレジット・字幕作成などが開始→2ヶ月くらいかかる
・白パケ(上記のものが完成している状態)が完成
・オンライン編集、アフレコ/プリミックス、音響最終調整→ダビングが始まる
・DCP作成用データを編集さんに、各部が集約し書き出す
・DCP作成→このデータになって初めて劇場で上映できる
・海外映画祭へのエントリー
・公開日情報などのリリース発出、予告編作成。予告編DCPデータ化
・パンフレット用のキャスト・監督インタビュー開始、寄稿者選定、デザイン決め、ライターさんによる文字起こしと文章編集
・パンフレット入稿・印刷、劇場への納品
・マスコミ試写実施
・公開
・公開後キャンペーン実施、地方周り
・二次使用の方向性決定、販売会社選定
・海外配給選定

私が全て諦めてしまって、もうやめた!って言えばこの作品はそこで止まるし、世に出ることもないだろうし、その方がよっぽど楽なんだと思うことは何度もあるけど、上澤さんのような人に出会って、また責任みたいなものを実感して、この人のためにも私は諦められない。って思ったりする。

上澤さんにかかわらず、作品に関わってくれた人全てに対して思うのだけど、それ以上に上澤さんに関してはそう思う。特別な人。

今日はCT検査。朝から病院行ってきます。

11月19日

先日、木村さんと今後のことについて話した。
癌の手術して、そのあと抗癌剤や放射線治療が必要になった場合。
おそらく髪の毛が抜けてくるだろう。と。
その間はお休みが必要になるだろうと。

それって本当に自分にとって幸せなことなのかな。

ここ数年必死に自分なりにやってきて、作品が世に出て、沢山の方に観ていただけたりして。
3作目。『水いらずの星』。
プロデューサーをやるなら、絶対に3本まではやると決めていた。
その3作目。
いつもキャラクター的な役割を担う私が、初めて本当に初めて、「素」の自分として演じられる役。

『水いらずの星』の脚本を、越川監督から初めていただいた時。
「河野はこういう人だろ? そんな顔してるだけで、本当の中身の河野はこういう人なんじゃないかな? いいじゃないですか。やってみれば」と言われた。

初見で本読みをするだけで泣けてきた。
泣けてきたのはたぶん監督の愛情に泣けてきたんだと思う。
私がずっと身体中に充満させてきたものを、“女”がセリフとして導いてくれる。そのプロセスに私を置いてくれた愛情に泣けたんだと思う。「ありがとう」「ありがとうございます」しか言葉が出なかった。

「壊れるよ。たぶん」と監督が言った。
壊れるというのは、私が人間として壊れるって意味じゃないと思う。
監督が「壊れるよ」と言った本来の意味は、私が求められてきた“私”という存在が壊れるって意味なんじゃなかったかと思う。
今はそう思う。

河野知美というイメージを壊す。

壊すために私は映画を作り始めたのではないかとも思う。

とにかくここ数年、自分なりに必死にやってきた。
その最終形態が『水いらずの星』。

この作品を世に出すために止まりたくない。
おやすみはしたくない。

映画の中は優しい。映画の中は暖かい。
ドラマじゃないんだよな。やっぱり映画なんだよなぁ。

映画俳優になりたい。それがなんなのかよくわからないけど。

この写真の梅田氏が最高すぎる。
私たち映画俳優になろう。

揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜
衣装:藤崎コウイチ ヘアメイク:薩日内麻由

11月21日

深夜2時30分。今日もなんだかんだとこんな時間まで作業をしていた。
『水いらずの星』クランクアップリリース作成。

私が得た知識では、木曜日に配信するのがよいらしい。

1st Generationの金田さんが先行してリリースを配信してくださると言う。ありがたい。

昨日は世田谷パブリックシアターにて、松田正隆さんの戯曲『夏の砂の上』を楽日鑑賞。
梅田くんと行った。

シーンの断片断片で、映画『水いらずの星』に通じるエピソードを感じる。
少し胸がキュンとなった。

特に麦わら帽子。
あの日の梅田くん演じる“男”がそこにいたような気がして、なんとなく切なくなった。
また会いたいなぁ。と思った。

松田さんは『水いらずの星』映画化に対するコメントに、こう書いてくださった。

「『水いらずの星』は、2000年に羊団という演劇集団に書き下ろした戯曲です。それまで書いてきた写実的な日常の劇からなんとか離脱したい思いがありました。たとえ登場人物に霊的な存在を構想したとしても、台詞を書きその言葉が俳優にとり憑けばむしろ身体があらわになるということを演劇の面白さとして自覚した契機になりました」

「写実的な日常の劇」ではない。
そのことは、『夏の砂の上』を鑑賞してさらに認識した。

一見、「写実的な日常の劇」なようで、ものすごくファンタジックで幻想的な世界観だからこそ、『水いらずの星』を映画化して良かったと思った。
そこにこそ、映画化できる要素があったのだと。

更には、演出家、キャスティングの力というのを改めて認識。

自信を持って言えるな。
監督が越川さんで、“男”役が梅田くんで良かった。
PINTSCOPE編集部のミリさんと小原さんにも、現場の時にそう言っていただいて嬉しかったけど、今日改めて実感。

半年かけて積み上げたリハーサル。正直、現場に行く寸前すら正解なんてわからない状態だった。梅田くんがどう思っているかは私にはわからないけど、振り返ってみれば、“男”役の梅田くんというより、梅田くんの中の“男”をずっと手探りしていたように思う。そういう時間だった。

あくまでこれは私の私見なのだけど、梅田くんはシャイで不器用で、繊細で何考えてるのかよくわからなくて、あまり多くを語らない。けど思っていることは沢山あるのだな。こういうところで怒ったり、おしゃべりになったり、楽しくなったりするのだな。とか。この人の優しさはこういうところから来てるのだな。とか。梅田くんの人生を感じながら私は“女”として“男”の前にいた気がする。

公開までに色々やらなければならないことがある。
俳優として。 たぶん、最終的な『水いらずの星』の成功はそこにかかっている気がしている。
作品は、あとはもう監督や音楽、編集さんに任せればいい。と思えるものが撮れたわけなので。俳優としての個の力を強めていかなければならない。

一昨日、上澤さんと「水いらず」の語源について改めて調べたけど、 水は他人の象徴で、油が家族や夫婦、恋人。油に水は介入できないところから「水いらず」という言葉ができたらしく、油か。油…。

メインビジュアルは白黒でもいいんじゃないか。白黒の方が私と梅田くんの良さが浮かび上がるのではないかと話し合った。
あと、「ウォン・カーウァイ4K」のポスターいいよねぇ。と。

自主製作だからこそ出来るエキセントリックさを楽しんでいきたい。

11月28日

自主映画の配給について思うことがある。
アドバイスしたいことがある。大多数の方たちが知らない。

ただ一つ。配給決定のタイミングについて。

これは、クランクイン前に決めておくべきだ。ほとんどの場合、配給さんは宣伝を兼ねる場合が多く、スチール、ビジュアルイメージ含めチラシデザインなどを担当するデザイナーさんも合わせて決めておいたほうがよい。撮影現場が終わった後に、あれがなかった! これが足りない! ああしておけばよかった!と言っても後の祭りである。

一方で勘違いしがちなのは、配給と宣伝は別だよ。ということ。
配給さんが決まったからと言って、宣伝してもらえると思ったら大間違い。あくまで別枠である。

配給費と宣伝費は別ってこと。

自主映画で深刻な間違いは、映画作って満足し、全ての予算を注ぎ込んでしまって、いざ公開しよう!となった時に配給費も宣伝費もなくて愕然とするパターンだ。

だから、最低でも配給費、宣伝費合わせて200万は用意が必要です。最低でも!です。

宣伝費を助成金からいただけることもあるので、逐一情報を収集することも忘れないでもらいたい。

ビジネス的な話はあまり好きじゃないけど、勝率を上げて、かつ打撃を最小限の比率にするためには情報収集が必須。

最初から諦めないでやってみてダメなパターンもあるけど、通るパターンもある。

私はプロデューサーをやったこともなかったし、Photoshopをちゃんと勉強したこともない。デザインに関しても。全て独学。知らないことは調べればいいし、盗めばいいし、それでも分からなければ有識者に聞けばいい。

自分で出来ないことはない。自分が満足出来る形にすればいい。

自主映画を継続して製作していくことが大切だと思う。一回作品撮って終わりはもったいない。
予算の幅はあるにしろ、それなりの金額を注ぎ込んでいるわけだから。次に繋がる何かでなければ。

追伸 上記の配給云々も、全て独学なので参照になるかはわからないのと、独学がゆえに人に与えたくない知識でもあったりする。。

11月29日

今日は検査結果がでる。どんな結果になろうとも受け止めるつもりだ。
もう、泣かないと決めたあの日から私は泣いてない。

昨日は屈辱的な日だった。

これはジェンダーの問題なのか、なんなのか。
確かに、私は俳優としてもプロデューサーとしても活動している。
特殊といえば特殊だが、私にとってはごく自然なことだ。もちろん俳優として前に出たいって気持ちがないわけではないけど、映画の中にいる自分の立ち位置は弁えてるつもりだし、プロデューサーという立場なら、全く別の客観的な立ち位置から作品の全体を細部までみている。

自分が発起人ではなく、プロデュースを依頼された案件に対して私は、作品を良くすることしか考えていなかったし、問題点を指摘し、それをいかに解決しながら物語をよりよい方向で成立させるか。ってことしか考えていなかった。
俳優として出演したいなんて微塵にも思っていなかった。
現状としては自己満足な映画にしか見えず、かつ自分が出るべき作品ではないと認識していた。ずっと依頼者に問い続けたのは、その作品にとって脚本にとって、物語を構築する上でそれぞれの登場人物の存在意義があるか否か。ただ出演するだけの登場人物になんの意味があるのか。登場人物たちが絡まり合いながら、いかにゴールにたどり着くかが重要なのであって、どんな有名人が演じようと、その登場人物が物語に必要でない限り、作品の品位を下げるだけ。ということだ。映画が本当に伝えたい核の部分からずれてしまうからだ。

ゆえに、本当によい作品にしたいなら、もう少し余白を残した提案をしないと、依頼された脚本家も監督もきっと困ってしまうだろうと伝えた。それが無理なら、完全に自分で脚本を書いて、自分で監督するくらいの気持ちで、周りのスタッフがわかるように、まずはご自身の理想を文字におこさないと難しい。それなら後悔のない作品づくりが出来ると伝えた。いい作品にしたいのか、自分が納得する作品にしたいのか。本来はどちらも持ち合わせていなければならないが、全てがガチガチで、それを崩すのは至極困難だと判断した。だから後者を提案した。

そうお伝えしたらこんなことを言われた。
「君は女優なんだろ? この映画に出たいんだろ? 女優としての意見から言っているように聞こえるんですよ」
「昔僕が知っていた、個性派と言われた女優たちは、僕が言うことを『はいはい』って聞いたよ。プロデューサーって言ったって、女優としての野望みたいなものがすてきれんのだろ」
とかなんとか。

この人とは、映画の話はできないって思った。
映画を馬鹿にするなって心で呟いた。
映画は誰でも撮れる。撮れる時代になった。
自己満足でもなんでもいい、最後までやり遂げたなら私はそれを尊敬する。
信念を貫いたわけだから。貫くためにはそれなりの覚悟と責任が生じる。
でも、この人は信用ならない。と私に思わせてしまったのだ。

積み上げてきたものは尊敬するが、その発言は尊敬できない。人として。

夜は、友人たちと会った。こういう時間は大事だ。関口アナンくんと、シナプティックデザインズの亀さんと、ゴツプロの制作をやっているりょうちゃんと。
関口アナンくんも自分たちの映像製作団体を立ち上げて、『ロストサマー』という作品を高知で撮ってきたばかりだった。目がキラキラしてた。そうそうこういうことだよねって思った。

信頼関係は双方によって生まれるものである。
一方だけでは成立しない。信じたい望みはなるべく捨てたくないとは思っているし、私は信じるタームが長いタイプの人間だと思う。それがいいのか悪いのか。それは最後までいってみなきゃわからないものでもある。

11月30日

検査結果がでた。
リンパの転移はなかった。
だけど、同じ胸にあと3つ腫瘍があることがわかった。
最初にみつかった腫瘍だけなら一部切除でもありかと思われたが、現状は全摘出だと言われた。

でも、全摘出したくなかった。止まりたくない。
全摘出で、整形を望むなら年末の手術期間ではおさまらないので、手術は延期となった。もっと長い時間休まなければならないのは嫌だった。

だから少しでも可能性があるなら違う方法をとりたいと申し出た。
全摘出が最善策だとして、他に対策があるとするなら、薬と注射があるとのこと。
100%効くとは限らない。でも、体に合えば、進行を抑えられるし、良い人は腫瘍が小さくなっていくそうだ。

どちらにしても、年末の手術ができないのなら、それまで薬を試させてもらいたいと申し出た。
1ヶ月後、その薬の効果を見るとともに、整形外科の先生と整形のエトセトラについて伺うことになった。可能性は探りつつ。。

私の事実は、誰かに同情されたいための事実じゃない。
これからの決断は自分で決めたことだ。
映画を作っている限り、私の背中には大勢の人の思いが乗っかっている。
そんなこと言うなよ。ちゃんと治して、ちゃんと休め。
と木村さんはきっと思っているかもしれないけど、私の判断をちゃんと受け止めてくれた。わかった。と言ってくれた。

私は歩みつづけることを選んだし、このまま止まれないと判断したから。
いろんな人がいろんなことを言うだろう。でもこれは私の人生だ。親からもらった人生だ。
私は木村さんに感謝している。こんなじゃじゃ馬を事務所にいれてくださって。
どこも扱えないよ。ウッディ以外。木村さん以外。

ウッディはただの事務所じゃない。チームだ。みんなが自分を個として捉えた上の集合体だ。
お互いがお互いに協力し合わなければ、その先はない。

今が勝負時。

社長、がんばって?
私働くから。来年1年が勝負時だよ。
背中見てるよ。

ヘアメイク:西村桜子
INFORMATION
『水いらずの星』
時代の流れで造船所の仕事を諦めビデオ屋でバイトをしている男は、ある日余命が僅かだと宣告される。そんなとき頭に浮かんだのは、6年前に他の男と出ていった妻の顔だった。瀬戸内海を渡り訪れた雨の坂出。しかし再会した妻は独り、男の想像を遥かに超えた傷だらけの日々を過ごしていた…。
公式Twitter: @Mizuirazu_movie 
公式Instagram: @mizuirazu_movie
©2022 松田正隆/屋号河野知美映画製作団体
監督:越川道夫
原作:松田正隆
主演:梅田誠弘 河野知美
プロデューサー:古山知美
企画・製作:屋号河野知美映画製作団体
制作協力:有限会社スローラーナー/ウッディ株式会社
配給:株式会社フルモテルモ/IhrHERz 株式会社
2023年初冬公開予定
PROFILE
俳優・映画プロデューサー
河野知美
Tomomi Kono
映画『父の愛人』(13/迫田公介監督)で、アメリカのビバリーフィルムフェスティバル2012ベストアクトレス賞受賞。その他のおもな出演作に、映画では日仏共同制作の『サベージ・ナイト』(15/クリストフ・サニャ監督)や、『霊的ボリシェヴィキ』(18/高橋洋監督)、『真・事故物件パート2/全滅』(22/佐々木勝巳監督)、ドラマではNHK大河ドラマ『西郷どん』(18)、Netflixオリジナルシリーズ『呪怨:呪いの家』(20/三宅唱監督)、HBO Max制作のテレビシリーズ『TOKYO VICE』(22/マイケル・マン監督ほか)など多数。また、主演映画『truth~姦しき弔いの果て~』(22/堤幸彦監督)ではプロデューサーデビューも果たし、『ザ・ミソジニー』でもプロデュース・出演を兼任。2023年初冬、梅田誠弘とのW主演作であり、プロデューサーとしての3作目でもある映画『水いらずの星』(越川道夫監督)が公開予定。|ヘアメイク:西村桜子
シェアする