PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

cinecaのおかしネマ vol.4

心の穴を覗くドーナツ

SNSで最新情報をチェック!
cinecaのおかしネマ
「映画を題材に物語性のあるお菓子を創案、制作」されている菓子作家・cinecaの土谷みおさん。朝起きて一番にすることは「映画を観ること」なくらい、映画が好きな土谷さんが「映画の中のお菓子」に注目し、毎回ひとつテーマとなる”お菓子”の話をお届けします。第4回のテーマは「ドーナツ」。土谷さんを取材した連載「DVD棚、見せてください。」はこちら。
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザインの職に就く。その後製菓学校で製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
Instagram: @cineca

ドーナツという食べものは不思議な力を持っていると思う。ただ小麦粉を揚げただけのお菓子と言ってしまえばそれまでだけど、そんな素朴なお菓子に私たちはなぜ惹かれるんだろう。

その最大の魅力はあの「穴」にあるんじゃないかと考えている。あの穴はドーナツを揚げるときの熱の通りを良くするため科学的に考えられた形だけど、結果、意図せずみんなに愛される奇跡の穴となった。ドーナツはただの丸じゃない、穴がある。それがポイントなのだ。

わたしはいつからか心に穴があいている。飼っていた猫の死を受け入れなくてはいけなかったときからか、自分と母に大きな違いがあることを感じたときからか、想いが叶わない恋を目の当たりにしたときからか、嘘をつかなくてはいけない現実を知ったときからか、その穴はいつからあいているのかわからない。
たぶん最初は針でプスっと開けたくらいのとても小さな穴だったのだろうが、歳を重ねるごとに少しずつ大きくなっていったような気がする。

映画『チョコレートドーナツ』(2012年)の原題は『Any day now』だ。Any day nowは“もうすぐ”の意味。そんな言葉を邦題にどう変換するか考えるだけでむずかしそうだけど、『チョコレートドーナツ』というタイトルへ着地させたことは偉業であると、この映画を観た人であればみんなきっと納得する。
麻薬依存の母親が育児放棄したダウン症の男の子マルコ(アイザック・レイヴァ)と、ルディ(アラン・カミング)とポール(ギャレット・ディラハント)というゲイのカップルが出会い、一緒に過ごし、マルコを養子にしたいと行動する。1970年代のアメリカで、実際にあった話に基づいた物語だ。
母親にまともに愛されたことがないマルコがルディたちとはじめて3人揃って食事を共にする日、マルコは「ドーナツが食べたい」と言う。ルディは「そんな体に悪いもの」と答えるが、ポールは「たまになら害にならないよ」とチョコレートドーナツを用意する。パクリと頬張るマルコのその口から「ありがとう」という言葉があまりに自然と出てくるシーンに胸が熱くなる。このとき見えることのないマルコの心の穴が少しだけ塞がったような気がした。

愛を求める子供、社会で認められたい同性愛者、自分の存在を守りたい大人。ただ求め、愛され、守りたいだけなのになかなか叶わない現実が知らぬ間に心に穴をあけていく。
その穴は普段は静かに在るだけだからなかなか気づかないけれど、スースーっと風が通ることがあって、そんなときだけ知らされる。現代に生きるわたしたちみんなが抱えているかもしれない、寂しいとか苦しいとかそんな簡単な言葉では表現できないようなむずかしくてもやっとした感情や想いが、この穴の中にはある。

わたしはドーナツが大好きだ。それがあまり体に良くないことも、ハイカロリーで栄養バランスが悪いこともわかっているけれど、それでも食べたいと思ったときはドーナツを買いに出かける。
もしかしたら無意識のうちに心の穴からこぼれ落ちるなにかを止めたくて、ドーナツを手にしているのかもしれないと『チョコレートドーナツ』を観たときに気がついた。
なにかを“食べたい”と思う欲求に正直になっていいときがあると、食べたいものを食べた方が良い日があるんだと教わった。

ドーナツを掴み、心の穴を覗こう。そして、ドーナツの穴を食べてしまえば心の穴もきっと消えてなくなる、かもしれないから。
きっとドーナツはわたしたちの心の穴を覗くことができる魔法のお菓子なんだって、わたしはずっとずっと本気で信じているのだ。

FEATURED FILM
監督:トラヴィス・ファイン、出演:アラン・カミング、ギャレット・ディラハント、アイザック・レイヴァほか
©︎2012 FAMLEEFILM,LLC
僕たちは忘れない。
ぽっかりと空いた心の穴が
愛で満たされた日々―。

世界の片隅で家族になった3人。実話から生まれた魂を震わす物語。
わずか1館の公開から100館越えの拡大へ―。話題沸騰、口コミが口コミを呼び日本中を感動に包みこむ大ヒット!
行列、満席、リピーター多数。社会現象にまでなった今年最大級の話題作。
PROFILE
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザインの職に就く。その後製菓学校で製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
Instagram: @cineca
RANKING
  1. 01
    嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち! 第4回
    ホラーよりも怖い!?
    究極の恐怖が一人の父親を襲う『震える舌』
  2. 02
    映画を観た日のアレコレ No.40
    アイドル
    和田彩花の映画日記
    2021年4月6日
  3. 03
    高良健吾×松居大悟監督 インタビュー
    自分のことなんか自分ではわからなくて。仲間や映画、音楽が僕を何者かにしてくれた
  4. 理解できない! それなのに、危険な存在に惹かれてしまう怖さって? 04
    嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち! 第2回
    理解できない! それなのに、危険な存在に惹かれてしまう怖さって?
  5. 「愛とはなんだ?」めんどくさい、正解がない、よくわからない…でも手探りし続けられるからこそ、いいんじゃない?『愛がなんだ』 05
    岸井ゆきの×成田凌×深川麻衣×若葉竜也 インタビュー
    「愛とはなんだ?」めんどくさい、正解がない、よくわからない…でも手探りし続けられるからこそ、いいんじゃない?『愛がなんだ』
  6. 映画が「好き」だから、「本気」で観る。古今東西の作品から受け取ったもの 06
    磯村勇斗 インタビュー
    映画が「好き」だから、「本気」で観る。古今東西の作品から受け取ったもの
  7. 街があるから人がいて、 人がいるから出会いがある。 『街の上で』  07
    若葉竜也×穂志もえか×古川琴音×萩原みのり×中田青渚 インタビュー
    街があるから人がいて、
    人がいるから出会いがある。
    『街の上で』
  8. 夢や希望、生きる意味を見失った時、再び立ち上がる力をくれた映画『ライムライト』 08
    どうしても語らせてほしい一本「大事な人と観たい、大事な人に届けたい映画」
    夢や希望、生きる意味を見失った時、再び立ち上がる力をくれた映画『ライムライト』
  9. ドラァグクイーン ドリアン・ロロブリジーダの映画日記 2020年11月25日 09
    映画を観た日のアレコレ No.28
    ドラァグクイーン
    ドリアン・ロロブリジーダの映画日記
    2020年11月25日
  10. 「思ってるだけで何もしないんじゃな、愛してないのと同じなんだよ」 10
    映画の言葉『男はつらいよ お帰り 寅さん』のセリフより
    「思ってるだけで何もしないんじゃな、愛してないのと同じなんだよ」
シェアする