PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

cinecaのおかしネマ vol.7

キャラメルが絡めとるモノ

SNSで最新情報をチェック!
cinecaのおかしネマ
「映画を題材に物語性のあるお菓子を創案、制作」されている菓子作家・cinecaの土谷未央さん。朝起きて一番にすることは「映画を観ること」なくらい、映画が好きな土谷さんが「映画の中のお菓子」に注目し、毎回ひとつテーマとなる”お菓子”の話をお届けします。第7回のテーマは「キャラメル」。土谷さんを取材した連載「DVD棚、見せてください。」はこちら。
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザインの職に就く。その後製菓学校で製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
Instagram: @cineca

鍋に砂糖とレモン水とハチミツを入れて火にかける。鍋の底からぐつぐつと泡立ち始め、だんだんと粘り気が出てくるが、ぐっと堪えて焦げる一歩手前まで熱していくとキツネ色が見事なキャラメルのできあがり。あつあつのを手で絡め取りながら口に入れて溶かしていく。熱がなくなれば硬くなる菓子だから、鍋から下ろしたあとの少しの時間は特別に贅沢な時間。

レバノンの首都ベイルートが舞台の映画『キャラメル』は、小さなヘアサロンで働く4人の女性を中心に物語が進む。紛争のイメージが強く、中東文化も色濃いレバノンの作品だけど政治的なメッセージはなく、レバノンに生きる女性の生活を垣間見ることができる貴重な一本だ。

この映画ではキャラメルが、「食の一面」と「道具の一面」の2面性を持って登場する。

家族のいる恋人を持ち、心悩ませる美しい女性ラヤール(ナディーン・ラバキー)が、出来立てのキャラメルを慣れた動きで練って口へと運ぶ…官能的なシーンにうっとりしていると、後にはその練ったキャラメルを使った脱毛シーンが始まる。舞台となるヘアサロンでは、脱毛も人気の施術の一つで、男女問わず脱毛に訪れる。脱毛の道具として、カミソリでもレーザー治療でもなく、キャラメルが使われるのは中東にあるレバノンならではだろう(この映画以外でキャラメルが脱毛に使われるのを見たことがない)。

肌にあつあつのキャラメルをぺとりと付けたらすぐにピリッ! と勢いよく剥がすのを何回も繰り返す。施術中は小さな悲鳴が聞こえてくるが、終わればみんな爽快な顔をしている。そんな表情からキャラメルにより剥がし取られたものは、いらない毛だけではない気がするのは私だけだろうか。

キャラメルを作る工程にはいつも駆け引きを感じる。使う道具は鍋と木ベラのみ。火にかけて煮詰め、どのくらい混ぜるかどのくらい焦がすかは自分次第。キツネ色に色付いてきたら、今だ! というタイミングを見極めすぐさま火を止める。

一歩間違えれば焦がしてしまうかもしれない緊張感や熱さ故の危険性は、キャラメル作りでしか持てないスリリングな時間だ。でも最後には甘さも美味しさもあるから、また鍋を手に取り、作りたくなってしまう中毒性があることも忘れてはいけない。

キャラメルは甘くて美味しくて美しいだけではなくて、人を焦がし痛める道具にもなり得る性格もある。だから女性という性を語るのにふさわしい菓子素材のように感じる。女性には、特有のしなやかさや柔らかさ、艶やかさがあると思う。その外面の内側では「社会的に女性はこうであるべき」と立場を強いられる現実に、生きづらさを感じる人もいるだろう。

レバノンでは、未婚の女性はひとりでホテルに宿泊できないとか、処女であることが結婚条件の一つであるとか、宗教上のしがらみや男女不平等の現実が突きつけられる。そんな中、社会的に、というところにとどまらず、家庭から、自分からの解放を願い生きる女性たちも多い。もっと軽やかに自由であって欲しいのだと、この映画から彼女たちへ、世界へと届くメッセージは大きいに違いない。

「息苦しさに繋がるような、もやもやっとしたお腹のあたりにあるかたまりを脱毛のついでに絡めとって捨ててください。」そう願いながらあの“キャラメル脱毛”に通うレバノン女性も少なくないかもしれない。 ーー日本人だけど、同じ女性として、人間として私にも抱えるもやもやがあるから“キャラメル脱毛”試してみてもいいでしょうかーー 多分それは痛くて甘い、体と心のカウンセリングに代わるものにもなるはずだから。

FEATURED FILM
監督・脚本・主演:ナディーン・ラバキー
出演:ヤスミン・アル=マスリー、ジョアンナ・ムカルゼル、ジゼル・アウワード
世界130カ国で絶賛上映された感動作。女性たちが美しさを求めて集まる場所“中東のパリ”ベイルートのエステサロンを舞台に、誰にも言えない悩みを抱えた5人の女性たちの人生を描いたドラマ作品。それぞれに苦しみながらも、肩を寄せ合いお互いを思いやり、前を向いて生きていく女性の姿が観る者を優しく包み込む。
PROFILE
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザインの職に就く。その後製菓学校で製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
Instagram: @cineca
RANKING
  1. 01
    嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち! 第4回
    ホラーよりも怖い!?
    究極の恐怖が一人の父親を襲う『震える舌』
  2. 02
    おすすめ恋愛映画(邦画)特集!
    特別な一本を選ぶなら…
    おすすめ恋愛映画12選【邦画】
  3. 03
    林遣都 インタビュー
    命と向き合う。その生き方が「命の大切さ」そのものとなる
  4. 理解できない! それなのに、危険な存在に惹かれてしまう怖さって? 04
    嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち! 第2回
    理解できない!
    それなのに、危険な存在に惹かれてしまう怖さって?
  5. ゴーイングマイウェイは取扱注意!人の目も気にした上で「これが私」と言いたい 05
    千葉雄大 インタビュー
    ゴーイングマイウェイは取扱注意!人の目も気にした上で「これが私」と言いたい
  6. 夢や希望、生きる意味を見失った時、再び立ち上がる力をくれた映画『ライムライト』 06
    どうしても語らせてほしい一本「大事な人と観たい、大事な人に届けたい映画」
    夢や希望、生きる意味を見失った時、再び立ち上がる力をくれた映画『ライムライト』
  7. 「みんな我慢しているから、あなたも我慢するべき」という同調圧力。“姥捨て山”のある社会にしないために『楢山節考』 07
    嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち! 第8回
    「みんな我慢しているから、あなたも我慢するべき」という同調圧力。“姥捨て山”のある社会にしないために『楢山節考』
  8. 人の本質がまる見え!? 怖い…けど面白い! 「トラウマ映画」のススメ 08
    実体験にもとづく! オススメ「トラウマ映画」特集
    人の本質がまる見え!?
    怖い…けど面白い!
    「トラウマ映画」のススメ
  9. おうち時間で名作映画を堪能できる「TSUTAYA DISCAS」ってどんなサービス? 09
    おうちで映画を宅配レンタル!「TSUTAYA DISCAS」とは?
    おうち時間で名作映画を堪能できる「TSUTAYA DISCAS」ってどんなサービス?
  10. 夫婦の極限状態がぶつかる、生々しい修羅場!不倫による裏切りで、人はどう壊れていくのか?『死の棘』 10
    嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち! 第9回
    夫婦の極限状態がぶつかる、生々しい修羅場!不倫による裏切りで、人はどう壊れていくのか?『死の棘』
シェアする