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cinecaのおかしネマ vol.5

クッキーはバランサー

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cinecaのおかしネマ
「映画を題材に物語性のあるお菓子を創案、制作」されている菓子作家・cinecaの土谷未央さん。朝起きて一番にすることは「映画を観ること」なくらい、映画が好きな土谷さんが「映画の中のお菓子」に注目し、毎回ひとつテーマとなる”お菓子”の話をお届けします。第5回のテーマは「クッキー」。土谷さんを取材した連載「DVD棚、見せてください。」はこちら。
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザインの職に就く。その後製菓学校で製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
Instagram: @cineca

365日クッキーを欠かさない。テーブルのセンターに鎮座させ、電子レンジの中や食器棚の隙間にも、いつもひっそりとクッキーを潜ませている。
それはコンビニに売っているショートニングたっぷりの気楽な100円程度のものだったり、ちょっとしたパティスリーで買い求めた上質でバターたっぷりなもののこともあれば、お菓子の試作の余り生地で作った歪(いびつ)な形のもののことも。家にクッキーがあると思うと、仕事も家事も安心して進むし、映画のお供に困ることもない。私がいつでもどこでもクッキーを買いすぎてしまうのは、ただの心配性によるものなのか。ひとつ明らかなのは、家にストックされたクッキーらが私の守護天使のように“稀に見る安心感”をもたらしているということだ。

はじめましてを解すものとして、お菓子が務める役割があると思う。特にクッキーは、サイズや重さ、素材感がちょうどいいと感じる。切り分ける面倒臭さや温度変化による溶解の心配もなく、簡単に摘める気軽さが、心情や時間や空間のシェアにも結びつくのではないか。大きすぎず、小さすぎず、硬すぎず、柔らかすぎず、口の中でちょうどいい具合に咀嚼を楽しめる。手が汚れすぎないことも相まって、これこそがおやつの成功例です。と胸を張って言いたくもなってくる。

『歓びを歌にのせて』は2005年に日本で公開されたスウェーデンの映画だ。天才指揮者として世界的な成功を手にした男ダニエルが、病を患ったことをきっかけに幼少時代を過ごしたスウェーデン北部の村に帰る。そこで小さな協会のコーラス隊の指導を始めることが物語のはじまり。

問題のない人なんていないと考える私だが、この映画もそんなことを伝えたいのかもしれない。心から音楽と触れることで浮き彫りになっていく人間模様。小さな村に少しずつ変化が起きていくその泥臭いエネルギーから最後まで目が離せない。

ずっとプロフェッショナルの世界で生きてきたダニエルにとって、アマチュアコーラス隊の指導はすぐにうまくいくものではなかった。そんなときに潤滑剤として登場するのが“コーヒータイム”だ。

それは、スウェーデンの言葉でいうと「フィーカ」。コーヒーとお菓子とともに一息つく時間だ。歌の練習場のすぐ目の前のテーブルに(多分コーラス隊の誰かの手作りの)何種類かの焼き菓子が並べられ、音楽の隙間を縫う。「音楽とは聴くことだ」とダニエルは言うが、音楽に留まらず、それがコミュニケーションの正解なのかもしれない。つい話すこと、歌うこと、伝えることに必死になってしまいがちだが、聴くことは自分の声を探す行為にも重なるだろう。

フィーカにはいろんな焼き菓子が並ぶが、そこで欠かせないお菓子の一つがクッキーである。おそらく無意識に求めているのはあの色ではないか? あの焼き色だ。温かみを帯びたたまご色とじんわり焦げ色の間のなんとも形容しがたい安心色。ちょうどよく火が入ることで変化したその「おいしいカラー」にびっくりするほど簡単に魅了されてしまう。

私は、クッキーをつくるたびにクッキーというお菓子のバランスの良さに関心する。材料の親密性、判然たる調法、大概の美味しさ、この黄金の3バランスがとれたお菓子もあまりないだろう。必要なのは、バター、砂糖、たまご、小麦粉という身近な4素材のみ。バターをほぐしたところに砂糖とたまごを入れてよく混ぜ、最後に小麦粉を加えたら軽く練り、好きな形に成形して焼けば完成する。焼き時間も10~15分程度と短くていいし、成形が綺麗に出来なくても大抵はおいしく仕上がる。それに、クッキーのレシピを基本にすれば、様々な焼き菓子への発展性も期待できるのだ。失敗も少ないお菓子なので、はじめてのお菓子作りに悩む人がいたら、まずはクッキーを作ることをオススメしよう。

なんでも最初はバランスをとるところからはじめたい。だいたいのことはとっ散らかった状態で始まるからだ。欠けていたもの失くしてしまったものを補ったりまた捨てたりと、基本のバランスがとれたところでその中の個を探し出し、自分だけの新しいバランスを掴む。その傍らにはいつもクッキーを置き、毎日の、人生の潤滑剤として、呼吸するように口に運びたい。その、あたりまえの「おいしい」がまだ見ぬ新しい「おいしい」に膨らむことに期待して。

FEATURED FILM
監督・脚本:ケイ・ポラック
出演:ミカエル・ニクビスト、フリーダ・ハルグレン、ヘレン・ヒョホルム
ケイ・ポラック監督が18年ぶりに映画界に戻り、俳優ミカエル・ニクビストと手を組み、スウェーデンの離村を舞台に人生の悲喜を描いた感動作。スウェーデンでは空前の大ヒットを記録した。
天才指揮者のダニエル(ミカエル・ニュクビスト)は、病に倒れ第一線を退く。幼少時代を過ごした村に戻り、レナ(フリーダ・ハルグレン)ら教会のコーラス隊のメンバーと知り合う。そこで、村の聖歌隊の指導を依頼される。
PROFILE
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザインの職に就く。その後製菓学校で製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
Instagram: @cineca
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