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「グッモー!」と「サンキュー!」の気持ちがあれば。僕を育てた渋谷と映画【後編】

【特集 街と映画】 井上順 インタビュー

「グッモー!」と「サンキュー!」の気持ちがあれば。僕を育てた渋谷と映画【後編】

前編に引きつづき、お届けします)
「グッモー!」で始まる1日の始まり。
渋谷区で生まれ育ち、現在も渋谷で暮らすタレントの井上順さんは、今日も軽快なダジャレを交えて、渋谷の街や様々なカルチャーの魅力をにこやかにTwitterで紹介しています。2020年に渋谷区名誉区民に顕彰され、「そのお返しに」と毎日の投稿をスタート。渋谷の映画館で観た新旧の映画も取り上げられているつぶやきは、世代をこえて多くの人の共感を呼んでいます。
16歳で一大ブームを巻き起こしたバンド「ザ・スパイダース」に加入。解散後は歌手や俳優、歌番組の司会などマルチなエンターテイナーとして活躍する井上さんですが、その原点は「幼い頃に観た映画だった」と語ります。
戦後、焼け野原だった渋谷は1964年の東京オリンピックを契機に急速な発展を遂げ、現在は100年に一度と言われる再開発が進んでいます。その変化を75年に渡って見続ける井上さんと、共に歩んだ渋谷の街と映画を見つめました。
井上順 インタビュー

百聞は一見にしかず。
「まずは、やってみよう」ってこと!

井上さんは1970年のスパイダース解散後も、歌手活動や歌番組の司会、映画やドラマの撮影などで寝る暇もないほど多忙だったと思いますが、映画をご覧になる時間はありましたか?

井上少しでも時間ができると、映画館へ観に行ってましたね。僕は「百聞は一見にしかず」って言葉が大好きで、気になったことは自分の目で確かめるようにしているんです。

誰かが「この映画はいい」と言ったとしても、一人ひとり感じ方は違うわけじゃない? 「それなら自分の目で確かめよう!」と思う性格なんです。自分で体験することで、「あっ、僕はこう感じるんだな」って自身について理解することにも繋がるわけです。

なるほど。どれだけ忙しくても、自身で体験することを大切にされてきたんですね。

井上僕はフットワークが軽い方だから、映画にしても舞台にしてもお店にしても、思い立ったらすぐに行っちゃうのね。それでいろんなものと出会って、いろんなものを自分で感じてきた人生で。

SNSや著書などで感じてきた「井上さんの魅力」の一端に、いま触れた気がしました。

井上今日ここで出会えたみなさんともそうだけれど、人との出会いって本当に大切なんです。

井上順 インタビュー

井上僕はみんなに「思ったらやってみようよ」ってよく言うんですけど、やる前から成功とか失敗とか、必要か必要じゃないかなんて分からないじゃない。やらないと何にも見えてこないからね。だから僕は歳を重ねても、あれこれ考えずにやってみるようにしてるんです。

まずは、自分で体験して、自分で感じてみると。

井上例えば「あの人どうしてるかな?」って思えば、何も考えずに電話したりね(笑)。相手は「何かあったの?」って驚くけど、「声が聞きたくて」って伝えたら誰だって嫌な気持ちはしないですよ。

だから、忙しくても映画を観たいと思えば、映画を観る。「ごめんなさい、忙しくって…」というのは、要は行きたくないのよ(笑)。自分がやりたいと思えば、とにかく行動することは、僕にとっての人生の秘訣です。

これまでの井上さんのお話を伺っていると、いろんな街に出かけて、いろんな人や出来事と出会う大切さを痛感します。今の時代だから、尚更そう感じるのかもしれません。

井上順 インタビュー

井上世の中って何ごとも時代の流れに乗ってどんどん進んでいくものです。スマホに電気自動車、ドローンだってそう、「こういうものがあったらいいな」ってものを人は本当につくっちゃうわけだから。

渋谷の街も最初は焼け野原から始まって、そこから掘っ立て小屋みたいな家ができて、ようやく駅のまわりにモルタル造りの建物がちょっとずつ増えていき……それが、今や大きなビルが建ち並ぶ世界有数の大都市になっているんだから、そんなコト当時は誰も想像してなかったと思うんですよね。

確かに渋谷の歴史を知れば知るほど、発展のスピードに驚かされます。

僕を育てた渋谷と映画

井上街もどんどん移り変わるだろうし、文明もどんどん栄えていくだろうけれど、変わらずに「感謝の気持ち」を持ち続けていれば大丈夫。「サンキュー」の気持ちですね。それは決して難しいことじゃない。気にかけてくれたら「ありがとう」、出会えたら「うれしいな」。そういう気持ちはどんなにいろんなものが新しくなっても失っちゃいけないと思います。

みんな悩みとか苦しみとかいろんなものを抱えながら生きているけれど、それを全部理解しきれなくてもいいから、その気持ちに寄り添ってあげるとかね。「サンキューの気持ち」、これだけでいいんですよ。

僕を育てた渋谷と映画

井上順の「心にいくつもの映画があれば」

井上最後に「心の一本の映画」を答えるってことだったんだけれど……ごめん、一本には絞れないから、僕にとって大切な映画をいくつか挙げてもいいですか?

はい。井上さんの心に残るたくさんの映画を教えてください。

井上僕はこれまで本当にたくさんの映画を観てきましたが、観終わった後、席から立ち上がれなかったほど衝撃を受けた映画がふたつあるんです。

それほど衝撃を受けたということですね。

井上いや、本当に立ち上がれなかったんですよ(笑)。そのひとつは、『ウエスト・サイド物語』(1961)です。「こんな世界に出会えてうれしい!」と、心が震えました。

『ウエスト・サイド物語』は1950年代後半のニューヨークの下町を舞台に、ヨーロッパ系とプエルトリコ系の移民の若者たちの抗争と、そこで芽生えた愛と悲劇を描いたブロードウェイ・ミュージカル作品を映画化した作品ですね。

井上舞台も観たのですが、素晴らしかったです。今年公開となったスピルバーグ監督の作品も観たんだけれど、これもまた素晴らしかった!

スティーブン・スピルバーグ監督が手がけた『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021)では、アニータ役を演じたアリアナ・デボーズがアカデミー賞助演女優賞を受賞しました。

井上両作を観てうれしいことがあったんです。1961年版の『ウエスト・サイド物語』でアニータ役を演じたリタ・モレノっていう俳優がいてね。

彼女も、この役でアカデミー賞助演女優賞を受賞し、90歳の現在も俳優として活動されています。

井上実は彼女、スピルバーグ版でも若者たちが集まるドラッグストアの店主・ヴァレンティーナを演じてるんですよ。それが分かった時は思わず拍手しちゃった! 時代を超えて表現し続ける彼女には、個人的にアカデミー賞をあげたいくらい(笑)。

井上そして、もうひとつの映画は、その10年後ぐらいに観た『ゴッドファーザー』(1972)。これを観終わった時も、本当に席から立ち上がれなくて。

『ゴッドファーザー』はマフィアの内幕を克明に描いたマリオ・プーゾのベストセラー小説を、フランシス・フォード・コッポラが映画化した作品で、血で血を洗うマフィアたちの深い愛で結ばれた姿を映し出しています。1972年度のアカデミー賞では作品賞、主演男優賞、脚色賞の3部門を獲得しました。

井上その頃にはいろんなタイプの映画を観ていたんだけど、それらを凌駕するショッキングな作品でした。マフィアの一族って本当の家族より血の繋りが強いんだと思うほど、重みというか、深みっていうのかな。それが頭にガーンときて「すごい映画をつくりやがったな!」って。

マフィアの抗争を舞台に、こういう生き方もあるんだと、新しい世界を見させてもらった作品ですね。

『ウエスト・サイド物語』と『ゴッドファーザー』が、井上さんのこれまでの人生で最も衝撃を受けた2作なんですね。

井上次は、好きな監督と俳優を伝えてもいいですか? まずは、日本の映画監督だとやっぱり黒澤明さんだよね。『生きる』(1952)、『七人の侍』(1954)、『隠し砦の三悪人』(1958)、『用心棒』(1961)、『椿三十郎』(1962)…。

井上黒澤監督は映画の制作に入ると、例えば脚本家の菊島隆三さんや橋本忍さんたちと2、3カ月くらい旅館に缶詰になって、脚本を練り上げるそうなんです。誰もが知る黒澤監督の名作は、考えられないほどの労力をかけてつくられているわけですね。

黒澤監督は、ダイナミズムのある演出や完璧主義者ということでも有名ですね。数多くの伝説のエピソードが残されています。

井上僕は多くの人を魅了する映画は、いい脚本と出演者と演出家、その3要素が揃って生まれると思っています。黒澤監督と数多くの映画でタッグを組んだ三船敏郎さんも本当に素晴らしい表現者でしたから。

今はなかなか当時のように予算を潤沢に使えないと思うんですが、いち映画ファンとしては黒澤作品のように構想からじっくり時間をかけてつくられる日本映画をもっと観たいなと思ってしまいますね。

他に好きな監督はいらっしゃいますか?

井上海外の好きな監督だと、フランク・キャプラです。白黒映画の時代に『或る夜の出来事』(1934)と『オペラハット』(1936)、『我が家の楽園』(1938)でアカデミー賞を獲っているすごい人なのよ。

井上彼が撮る映画は全て「正義は勝ち、悪は滅びる」っていうテーマで徹底している。その上で家族や友人、人々の温かさをうまく表現していてね。

『スミス都へ行く』(1939)は、腐敗した政治をみんなのために正義で滅ぼそうっていう映画でしたし、フランク・キャプラの最後の作品になってしまった『ポケット一杯の幸福』(1961)は窮地に立たされたリンゴ売りの初老を、ギャングのボスが一肌脱いで助けてあげるような映画でしたし。

井上彼の作品は本当に心温まる映画ばかりなんです。それと忘れちゃいけない、僕がクリスマスシーズンになると必ず観ている『素晴らしき哉、人生!』(1946)。

『素晴らしき哉、人生!』は、不運の連続で人生に絶望した主人公のジョージ(ジェームズ・ステュアート)がクリスマスイブに自殺を図ろうとするも天使に助けられ、奇跡が起こるファンタジー作品ですね。

井上フランク・キャプラ作品は、自分の中にある悪い考えを浄化してくれるように思うんです。監督の次は、俳優ですね?

僕の好きな俳優さんは、ケーリー・グラント。『断崖』(1941)に『汚名』(1946)、『泥棒成金』(1955)に『北北西に進路を取れ』(1959)とアルフレッド・ヒッチコック監督の作品にもよく出ていた俳優で、他にも『シャレード』(1963)とか『ペティコート作戦』(1959)も名作だよね。

井上中でも『めぐり逢い』(1957)は僕にとって特別な作品なんです。ハラハラさせられるけど、ハッピーエンドで締めくくられるシーンはいつ観ても泣いてしまうほど。

『めぐり逢い』はニューヨークへ向かう豪華客船で運命的な出会いを果たす世界的なプレイボーイとして名を馳せるニッキー(ケーリー・グラント)と、魅力的な歌手・テリー(デボラ・カー)が、すれ違いや悲劇を経験しながらも愛情で強く結ばれる恋愛作品です。

井上僕は、この2作をまだ観ていないという人が周りにいると、恋人同士やご夫婦なら『めぐり逢い』を、クリスマスシーズンには『素晴らしき哉、人生!』を、DVDで差し上げているんです。

映画のプレゼントを贈られているんですね! 最新作もたくさんご覧になっていると思いますが、『コーダ あいのうた』以外に心に残る作品はありましたか?

井上それだと『アメリカン・ユートピア』(2021)だね。

元「トーキング・ヘッズ」のデビッド・バーンのソロアルバムを原案としたブロードウェイのショーを、スパイク・リー監督によって映像化された作品で、現代を生きる私たちの意識をあらゆる角度から問いかけてきます。

井上僕もそうだったけど、最初はこの作品で何が繰り広げられるのか、すぐに理解できない人がたくさんいたと思うんですよ。でも一曲終わると体が揺れて、次の曲では拍手をして、映画が終わると立ち上がっている。「これが音楽の力だ!」「これが映像の力だ!」ってことを、まざまざと教えてくれる秀逸な映画でした。

井上それと、『Mr.ノーバディ』(2021)。これは本当にスカッとした作品だった。「この人がどうしてこうなっちゃうの!?」って驚きもあったし、観終わると踊り出したくなるくらい小気味がいいんだよ。

『Mr.ノーバディ』はさえない中年のハッチ(ボブ・オデンカーク)が、ある事件をきっかけに怒りを爆発させ大乱闘をした結果、やがてマフィアや武装グループを相手に大暴れするイリヤ・ナイシュラー監督作品で、銃撃戦やカーチェイスを繰り広げるハードボイルドなアクションシーンも大きな見どころのひとつです。

井上主人公の父・デヴィッドを演じたのが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)のドク役でもお馴染みのクリストファー・ロイドで、彼の演技もこれまたカッコよくってね。僕がこの役をやってみたかったほどだよ(笑)。

他にも素晴らし映画はたくさんあるんだけど、一個ずつ取り上げていたら切りがないからね。今度、いい映画が見つかったら「この映画いいよ!」ってまたPINTSCOPEに連絡するよ(笑)。

井上順 インタビュー

井上僕は映画を観て、笑ったり涙したり、時には怒ったりと心を豊かにしてもらって、最後には「優しさ」をたくさん受け取ってきたから、本当に「ナイス・トゥー・ムービー」ですね!

(笑)! 井上さんが見つけたその「優しさ」を、メディアを通じて私たちも分けてもらっているんだと思います。

井上うれしいね。そんなに大したことじゃないんだけど。でも、「うれしいこと」や「楽しいこと」って身近なところにいっぱいあるから。

そして、それに気付いたら、今度は自分の喜びをみんなにも分けてあげてほしいよね。きっと「うれしい」とか「楽しい」って一番感じた人が、人生の成功者だと思うから。

僕を育てた渋谷と映画

井上そうそう! 5-6月にかけての季節、明治神宮に行ったら是非ハナショウブを見てほしいんです。「この景色は何!?」って、頭の中のモヤモヤがポンって消滅してしまうくらい綺麗だから。

明治神宮の花菖蒲
6月前後に、約150種1,500株が見事な花を咲かせる。

明治神宮:東京都渋谷区代々木神園町1-1
HP:https://www.meijijingu.or.jp/midokoro/hanasyoubu/

井上これからも、この映画館でこんな映画を観たってことも含めて、生まれ育った渋谷の魅力を発信していければいいなって思いますね。

僕を育てた渋谷と映画
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