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cineca 土谷未央のバースデーケーキショップ vol.1

ヒマワリのバースデーケーキ
『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』

cineca’s バースデーケーキショップ
映画を題材に物語性のある菓子を制作する菓子作家「cineca」の土谷未央(つちや・みお)さんが、独自の視点でセレクトし、誰にでもある誕生日という特別な日に、様々な意味をもって映画に登場するバースデーケーキを紹介します。「味わってみたい!」と思ったら、文末のお店情報をチェックしてみてください。
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザインの職に就く。その後製菓学校で製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
Instagram: @cineca

映画にはよく「バースデーケーキ」が登場する。あの、ろうそくを灯したケーキが運ばれてきたら、誰かの誕生日なんだろうと想像することは容易たやすい。いつから、誕生日とケーキはセットになったのだろうという疑問も浮かんでくるが、それはまた今度ということにして、なぜ、多くの映画で誕生日が描かれるのか、というのは特に気になるところだ。誕生日がない人はいない。誰もが持つ記念日ゆえ、その歓喜をスクリーン越しに観ても、気持ちは映りやすい。反して、祝われないこと、誕生日を喜べないという悲哀もあり、喜と悲が相反し抱えるドラマ性に、多くの人が自分ごととして感情を動かされるからだろうか。
兎にも角にも、わたしは誕生日という日が大好きだ。年齢を重ねてきたこともあるのか、誕生したことの奇跡に涙し、少しずつ死に近づいていく時間の尊さ、命の面白さについて考え立ち止まる日となるから。

もしも、バースデーケーキだけのケーキ屋さんがあったのなら。
友人や家族に誕生日のケーキを贈るとき、どんなケーキを贈ろうかととことん悩んでしまう。そういうときには決まって、「バースデーケーキショップ」なんてものがあったら最高だなあって。
そんなわたしの夢のお店をタイトルに掲げて、映画の中のバースデーケーキについて綴ります。そしてそして、映画の中のバースデーケーキが現実の世界で食べられるとしたら、どのお店のどんなケーキだろうかと膨らませ結んだ私的イメージの、素敵なケーキも紹介していきます(最後にはお店の情報も!)。あの人の誕生日ケーキ何にしよう? と迷ったら、このコラムをのぞいてもらえますように。

太陽のにおいがする誕生日

何度も何度も観ている映画がいくつかある。例えば、『恋する人魚たち』、『ニューヨーカーの青い鳥』、『エリザベスタウン』、『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』などの映画だ。派手な起承転結があるわけでも、映画史に残るような凝った美術やカメラワークがあるわけではないのだけれど、日常やそこに潜む空白を詩に変えるような物語。『ハロルドとモード』も然り。19歳の少年ハロルドと79歳の老女モードが出会い、特に飾り気はない場所場所に出かけ、会話を重ねていく。いつしか少年は老女を愛し、生きることをおざなりにしてきたハロルドの人生に散らばる点と点が少しずつつながっていく。

若きハロルドは自分の人生を持て余すばかり、自殺を演じて母親を困らせたり、暇つぶしに他人のお葬式に出かけたりと、変わった趣味で時間つぶしをして過ごしている。ある日もぼんやりと出かけたお葬式で、同じように葬式見物に来ていたモードと出会う。モードは、自分の最後のピースを見つけた、と思ったのか、ハロルドを誘い、一緒にお茶をしたり、花を見たり、遊園地に出かけたりする。そうして、わたしは鳥のように自由だし、自分なりの方法で戦いを続けていると言ったり、なんというか、彼女の口からこぼれる言葉には嘘がなくて、心に素直に、生きることに懸命だからこそ紡がれるもので、その命の結晶のような言葉をとなりで浴びるうちに、モードという生を愛し、諦めていた人生の生き方を少しずつ知るようになる。

失敗したって傷ついたっていい。当たって砕けて懸命に生きて、面白みのある人間になることができるとモードに教えられ、ハロルドは、80歳のモードの誕生日に、意を決してプロポーズをする。背が高くて気取らないヒマワリになりたいと言うモードへ、サプライズで部屋中をヒマワリの切り絵で飾り、オーガニックのシャンパンと、ヒマワリの絵が描かれたきっと特別にオーダーしたであろう、世界に一つだけの可愛らしいケーキを贈った。けれど、このケーキがスクリーンの中で食されることはない。

あのケーキの断面や味をわたしは何度想像したことか。クランベリーのシロップをたっぷりと染み込ませた少し重めのスポンジ生地を二層に重ねて、ストレスなく育った牛のバターを使った上品な香りのするバタークリームが、スポンジの回りをちょうどいい厚みにするりとナッペ(※)されている。1ピースをカットし、美しい鋭角を口に運ぶと、自由を語る太陽のにおいが広がる…。ハロルドは、どんなお店でどんな言葉でオーダーしたのだろうと、妄想ふくらむヒマワリのケーキ。
そう、バースデーケーキには大きな使命があるのだと、この映画を観た時に気がついてしまった。生まれてきてくれてありがとう、これからも生きてくださいと、言葉にするにはなんだか恥ずかしい、そういう想いをのせているから。
毎日は同じようでいて、まったく同じではない。今日と明日で明らかに違う自分なのに、日常に生きているとなかなか気がつくことができない。けれど、バースデーケーキを食べるその日だけは、明日は新しい自分になるぞって、新しい自分が生まれるスイッチを手に入れたような、ちょっと誇らしい気分になるのです。

※ナッペ…製菓用語で、ケーキなどの菓子にクリームをかける、塗ること。

◯今回ご紹介したバースデーケーキ:
「パーラー ローレル (Parlour Laurel)」のアントルメ

「アントルメ」
¥3,500+税(税込¥3,780)/5号
創業40年になる洋菓子店「パーラー ローレル (Parlour Laurel)」のホールケーキ。日により、“フランボワーズ”、“カシス”、“オレンジ”、“キリッシュ”と味が変わる。精巧な花の飾り細工と、バタークリームが特徴。
今回ご紹介した「ヒマワリのケーキ」は、電話にて「ヒマワリを5本ぐらい描いてください」とオーダーしました。
▽パーラー ローレル (Parlour Laurel)
住所:東京都世田谷区奥沢7-24-3
東急電鉄大井町線 九品仏駅から徒歩4分
電話番号:03-3701-2420
営業時間:9:30〜19:30
定休日:木曜日
※2021年4月28日時点での情報です。
※ケーキのオーダーは電話のみの受付となります。
※新型コロナウイルス感染拡大により、営業時間・定休日が記載と異なる場合がございます。ご来店時は事前に店舗にご確認ください。

FEATURED FILM
監督:ハル・アシュビー
出演:バッド・コート、ルース・ゴードン
自殺を夢見る19歳の少年ハロルドは、何ものにも縛られないで生きる天真爛漫な79歳の老婦人モードと出会い惹かれてゆく。やがて二人の間に不思議な愛情が芽生え、ハロルドも生きる意味とは何かを知る。しかしモードには暗く重い過去があった……
PROFILE
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザインの職に就く。その後製菓学校で製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創める。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
Instagram: @cineca
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