PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

山田真歩のやっほー!シネマ 第5回

未来よ こんにちは

SNSで最新情報をチェック!
山田真歩のやっほー!シネマ 第5回

(「彼女がいないと日本映画界が回らない」と言っても過言ではない、ユニークな魅力と幅広い演技で、映画にドラマに引っ張りだこの女優・山田真歩さん。そんな山田さんがある映画を出発点に、暮らしのことや仕事のこと、思い浮かんだ情景を感性豊かに書き綴る連載「やっほー!シネマ」、隔月連載中です。)

三十七歳の誕生日を両親が祝ってくれた。
雨の中、近くのスーパーマーケットに車で出かけて、お寿司とピンクの花束を買ってくれた。夕食のときに「おめでとう」とグラスを重ねたとき、ふいに涙がこぼれそうになってあわててこらえた。「誕生日、誰か祝ってくれたの?」と母に聞かれ、「うん」と祝ってくれた人達の顔を思ったけれど、去年と同じではなかった。もう会わなくなった人もいるし、今でも会う人もいる。二十代の初めから仕事をしながらいろいろな場所に住み、その間にいろいろな人達との出会いと別れを繰り返し、再び生まれ育った家に戻って来た。兄も妹も今はもうそれぞれの家庭を持ち、他所に住んでいる。「人生を楽しみなさい」と母。「真歩のやっていることに勇気をもらっている人もいるよ」と父。
その夜、台風が来た。真っ暗な部屋の中で布団にくるまって、叩きつける雨と風の音を聞いていた。大きな宇宙の中で私は偶然生きているんだなあと、なんだか心もとなくなって思わず尻の肉をつかんだ。そして暗闇を見つめながら、「これから自分はどうなっていくんだろう」とぼんやり未来のことを思った。

次の日、長野に住む幼馴染みのSに会いに行った。
彼女とはゼロ歳の保育園のころから、小学校のとき通っていたピアノ教室も、高校のクラスも一緒だった。大学を卒業してからはそれぞれ別々の道を行ったけれど、半年を空けずに何を話すとでもなく顔を合わせている。彼女もいろいろな時期を経て、今は小さなギャラリーをやりながら山奥の両親の別荘に一人で暮らしている。
「電気まだ止まってるかも」と車を運転するSが言った。台風の後で山道には枝の折れた大きな木が倒れていて、そこらじゅう芝を刈った後のような草の匂いがした。山小屋に着くと真っ暗で、私たちは懐中電灯で照らしながら夕飯をつくり、蝋燭の灯りで食べた。「キャンプしてるみたいで楽しい」と私が言うと、Sは「昨日の夜も真っ暗な中で食べたよ」と笑った。私は台風の夜、この山小屋で夕食を食べる彼女の姿を思った。
翌朝目を覚ますと、窓の外には見渡す限り山の木々と雲の浮ぶ青い空が広がっていた。騒音で溢れた都会の中をうつむいて足早に歩くような生活をしている私には、大自然に囲まれたこの場所は天国みたいに思えた。耳を澄ませると鳥の鳴き声しかしない。Sはもう起きていてパジャマのまま外のバルコニーのベンチに座っていた。「朝起きるとここに座って、この景色見ながらタバコを一本吸うんだけどさ、これからどうなるんだろうって思うんだよね」と彼女が言った。

+

それから二週間後、久しぶりにSが東京に戻って来た。
二人で地元の駅から歩いている途中、「いやー、いろんな生き方があるよね」とSが話を始めた。最近はよく映画を借りて来て、夜あの山小屋で一人で観るのだという。彼女が言うには、映画の登場人物たちは実にいろいろな生き方をしていて、どの生き方もそれぞれに面白く、また正しいように思える。主人公が何かに迷い、道を選び取っていくその様を観るのが面白い、と。私から見るとSも“いろいろな生き方”をしている人の一人だよと思いながら「うんうん」と聞いていた。
「でも、いろいろ観たけど、一番面白かったのは『未来よ こんにちは』だったな。不思議な映画でさ、観終わったとき涙が流れてすごく救われたんだけど、何がよかったのか言葉にできないんだよね」。

その夜、『未来よ こんにちは』をベッドの中で観た。
主人公は高校で哲学を教えている五十代の女教師で、長年連れ添った夫(彼も哲学教師)と暮らしている。二人の子ども達は大きくなって家を出てたまに会いにくる。昔モデルだったという老いた彼女の母は、今は他所に一人で暮らしている。
「人は他者の立場に立てるか」という問いから始まるこの映画を一言で語るのは難しい。ただ、印象に残っているのは一瞬一瞬のシーン。たとえば、主人公の女性が、朝まだ暗い部屋で明かりもつけずに冷蔵庫から冷えた朝食を出して一人で座って黙々と食べる姿だったり、満員の通勤電車の中で体を小さくしながら本を読み耽っている姿だったり、「自分の頭で考えなさい。本を読みなさい」と生徒達に話す彼女が、ベッドの中で一人ですすり泣く姿だったりした……。
どうしようもなく「寂しい」と感じるときがある。ふとした瞬間「ああ、一人だな」とか「これからどうなっていくんだろう」と思う。だけどこの映画を観ていて気づいたのは、寂しいのは自分だけじゃないということだった。家族がいても、子どもや恋人がいても、私たちは基本的に「寂しい」存在なんだと思う。だからこそ、誰かの心の温かさに触れたとき心が震える。映画の中で、主人公を演じるイザベル・ユペールは、自分の孤独を紛らわせたりせずにちゃんと向き合って、抱きしめて生きて行こうとしているように見えた。そしてそういう姿を見ることはとても勇気をもらうことだった。
最後はクリスマスに集う家族のシーンで終る。エンドロールで流れる曲を聴いてたら、ふいにこれまで出会った大好きな人達に会いに行きたくなった。観終わった後、用もなく誰かに電話をかけたり、抱きしめに行きたくなるような映画は、言葉で説明なんかできなくても傑作なんだよね。たぶん。
エンドロールに流れる歌「Unchained Melody」はこんなふうに歌っていた。


私の愛しい人 マイラブ
ずっとあなたに触れたかった
長く寂しい時はこれで終わり
時は過ぎていく とてもゆっくりと 多くのことを成し遂げてくれる
まだあなたはいるかしら? あなたの愛が必要なの
私を愛してくれたら嬉しいけど
頼りない川は海へと流れ着く 腕を大きく広げた海の中へと
孤独な川は ため息ついてこういうの
“私を待ってて もうすぐ戻るから 私を待ってて”
私の愛しい人 マイラブ

歌っているのは、男女三人組のコーラス・グループ、フリートウッズ。眠れぬ夜はこれからこの映画のことを思い出そう。

山田真歩のやっほー!シネマ 第5回
RANKING
  1. 01
    DVD棚、見せてください。第25回
    おうち時間は、アジア映画で異国情緒に浸る。小谷実由さんと島田大介さん夫妻のDVD棚
  2. 02
    嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち! 第2回
    理解できない! それなのに、危険な存在に惹かれてしまう怖さって?
  3. 03
    森山未來 インタビュー
    今ここで何を感じ、考えたか。
    言葉に頼らない挑戦の先にある、存在表明。
  4. アイスクリームから広がる映画の世界。もっと映画が好きになる “おうち映画の楽しみ方”見つけました! 04
    【特別企画】cineca 土谷みお×Homecomings 福富優樹「アイスクリームと映画のはなし」【音声配信!】
    アイスクリームから広がる映画の世界。もっと映画が好きになる
    “おうち映画の楽しみ方”見つけました!
  5. 2020年5月9日 明和電機・社長 土佐信道の映画日記 05
    映画を観た日のアレコレ No.3
    2020年5月9日
    明和電機・社長
    土佐信道の映画日記
  6. 「整理とは、捨てることなり」 06
    映画の言葉
    「整理とは、捨てることなり」
  7. 「わからなさ」を恐れるな。 人生はわからないからこそ、おもしろい 07
    オダギリジョー監督×柄本明 インタビュー
    「わからなさ」を恐れるな。
    人生はわからないからこそ、おもしろい
  8. 2020年5月4日 書店「スノウショベリング」店主・中村秀一の映画日記 08
    映画を観た日のアレコレ No.2
    2020年5月4日
    書店「スノウショベリング」店主・中村秀一の映画日記
  9. まるで寅さんのように。 「フジロック」≒『男はつらいよ』!? 時代を切り拓く男の共通点 09
    「FUJIROCK FESTIVAL」主催 SMASH代表 日高正博さん インタビュー 「男はつらいよ50周年×PINTSCOPE」
    まるで寅さんのように。
    「フジロック」≒『男はつらいよ』!?
    時代を切り拓く男の共通点
  10. 大人でも子供でもない、あの一瞬の輝き。『御法度』松田龍平演じる加納惣三郎の強烈な魅力とは? 10
    嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち! 第1回
    大人でも子供でもない、あの一瞬の輝き。『御法度』松田龍平演じる加納惣三郎の強烈な魅力とは?
FEATURED FILM
監督:ミア・ハンセン=ラヴ
出演:イザベル・ユペール、アンドレ・マルコン、ロマン・コリンカ、エディット・スコブ
『あの夏の子供たち』『EDEN/エデン』などで注目の、弱冠37歳という若さのフランス人女性監督ミア・ハンセン=ラヴ。彼女がメガホンをとり、大女優イザベル・ユペールを主演に迎え、50代後半にして様々な困難にぶつかりながらも、未来に希望をもって生きる女性の姿を描いたヒューマンドラマ。パリの高校で哲学を教えているナタリーは、同じく哲学教師の夫と暮らし、子どもたちも独立して充実した人生を送っていた。ところがバカンスを目前に、夫から離婚を切り出され、年老いた母も他界。気が付けば一人ぼっちになってしまっていたが…。2016年・第66回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞。
PROFILE
女優
山田真歩
Maho Yamada
1981年生まれ、東京都出身。女優。大学卒業後、出版社勤務を経て、2009年に映画『人の善意を骨の髄まで吸い尽くす女』でデビュー。同年の『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』で主演に抜擢され、NHK連続テレビ小説『花子とアン』(2014年)をはじめ、映画・TV・舞台で活躍。2016年、主演作『アレノ』で高崎映画祭最優秀主演女優賞を受賞。2019年は日本テレビ新日曜ドラマ『あなたの番です』や、フジテレビ月曜9時「シャーロック」に出演し、話題に。映画『夕陽のあと』など。女優業の傍ら、ブログでの文章・イラスト執筆なども行う。
シェアする