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熊谷和徳の映画往復書簡 #3

熊谷和徳から
ハナレグミ永積崇へ
「TARiKi-他力」3通目

(手紙だからこそ、語れることがある。ニューヨークと日本を拠点に世界で活躍されているタップダンサー熊谷和徳さんが、交流のあるアーティストたちと日常の気づきや心に残った映画について語り合う「映画往復書簡」。ミュージシャンのハナレグミ・永積 崇さんとの往復書簡を全4回でお届けします。熊谷さんから永積さんへ、12月上旬に書き綴った3通目をどうぞ。永積さんからの2通目「こちらNICE西日なう」は、こちら。
タップダンサー
熊谷和徳
Kazunori Kumagai
1977年 宮城県生まれ。15歳でタップダンスを始め、19歳で渡米。ニューヨーク大学で心理学を学びながら、本場でタップの修行に励む。20歳でブロードウェイのタップダンスミュージカル「NOISE/FUNK」のオーディションに合格。その後、ニューヨークをはじめ世界各国のダンスシーンで活躍し、タップ界のアカデミー賞ともいわれる「フローバート賞」「Bessie Award最優秀賞」と数々の権威ある賞を受賞。19年にはNewsweek Japanにて『世界で活躍する日本人100人』に選ばれる。現在はNYを拠点に世界中で公演を行うかたわらKAZ TAP STUDIOを日本に構え東京と故郷仙台にて後進の育成にも取り組んでいる。
東京オリンピック2020開会式においてソロパフォーマンス出演ほか、タップダンス振付、楽曲の作曲をおこなった。

熊谷和徳 公式HP: www.kazukumagai.net

タカシくん、是枝監督の『海よりもまだ深く』本当に素晴らしい映画だったよ〜。

時差ボケで夜中に起きてしまって、まだ外が真っ暗で静かな時間に観たんだけど

観終わった後に外が明るくなってきて、なんとも言えない良い気持ちになったよ。

なんでもないように思える日常の瞬間にも、喜びとか悲しみとかの感情は決して白とか黒とか分けることはできなくて、

グラデーションのように混ざり合いながら時と共に変化していくもので、どの瞬間も後から思い返せばどれも愛おしい時間になるんだろうね。

音の入り方も絶妙で、たしかに日々聴いて感じる音の中に懐かしさとか、さみしさとか、愛おしさとかをぐいぐい感じてしまった。

樹木希林さんのもう、、存在がほんとうに素晴らしいね。生き様が滲み出ているね。

時折、ふっと聴こえてくる音の色彩から、タカシくん自身が歌や音楽を通した表現の中で大事にしている事に通じるものがあるなと思った。映画の音楽、すごくいいね。これからもどんどんやってほしいな。

それで、タカシくんとの往復書簡は僕からの手紙がこれで最後という事で、紹介したい映画もたくさんあって絞りきれないのよ。。

今、こちらNYで僕は92YっていうシアターでARTIST IN RESIDENCEとして1年間、練習場所などを提供してもらって作品を創るということをやっていて、

先日は他の3組のアーティスト(主にコンテンポラリーダンサーなんだけど)と現段階の作品を見せ合うということをやったんだ。

その時にテーマを探していたんだけど、たまたま何気なく家で家族で観た フランス映画がとてもよくて『Intouchable』〈邦題『最強のふたり』(2011)〉という映画なんだけど、

主人公は事故で身体のほとんどが麻痺して動かないお金持ちのフィリップと、一方でその介護人となった貧困層の移民のドリスの二人が出会ってお互いに影響しあっていくストーリーで、

一見重苦しいテーマかなと思うけど、これが毒のあるユーモアに溢れていてなんとも人間味のあるお話なのよ。

この映画を観た時に、これから自分が生きていく上で大事にしていきたい価値観として、「他力」っていう言葉が頭に浮かんできたの。

「自分」のことで悩んだり、いっぱいいっぱいになることよりももっと他の人の為にできることを考えられないかなあと。

言葉にすると単純かもしれないけど、自分の力っていうことをそれほど過信せずに、たまには他の人の力を借りたり、必要な時は助けたりしながら、

人と支え合って生きていくことがこれからの自分の生き方の中で大事にしたいことだなあ、としみじみ考えさせられたんだよね。

僕は10代の最後にアメリカに渡って、自由なアメリカの個人主義の考え方の中で20代を過ごして、いつも「自分が」頑張らないとどうにもならないという孤独も沢山味わってきて、

何かを創るというときでもソロのダンサーとして、「対自分」ということばかりをずっと考えてきたような気がする。

その時間も自分にとって大切な時間ではもちろんあったわけだけど、どこかで自分の中の行き詰まりを感じてしまったんだよね、結局は自分だけでできることなんて本当に大したことは何もないってことに、気づいてきたのかもしれない。

今の時代はソーシャルメディアの時代になってしばらく経つけれど、「セルフィー」という言葉もそうだけど常に「自分」「自分」って感じで、今まで以上に「自分」に頑張れ、

もっと頑張れっていう社会のプレッシャーもどんどん大きくなってるような気がする。

やったもん勝ちとか、頑張らないともう一瞬にしておいてかれちゃうような雰囲気というかね。

だけど、人との関わり合いの中で、人と支えあいながら生きていくことで助けたり助けられたりすることを実感する方が、本当はもっと本来の「自分」のあり方が浮かび上がってくるのかなあと思ったんだ。

それは特別なことじゃなくて、是枝監督の映画のように何気ない日常の中で、例えば電車の中でも、スーパーで買い物してる時でも人と人が接触する中で、何か困ってる人を助けてあげたりとかそういうことから始まるのかなと。

ある時、NYの地下鉄のキオスクでぼーっと品物眺めてた時に、暑い日だったんだけど黒人のおっちゃんが来て水買ってたのね。

そしたらおっちゃんが「彼にも一本水やってくれ」って何故か水をおごってくれて、

「こういう暑い日には水が一番うまいぞ」ってなぜか水くれたことがあるのよ笑。

ストックホルムに仕事で行った時に、スーパーで買い物したら、お金が足りなくなっちゃって、そしたら後ろに並んでたにいちゃんが、僕が出すよと言ってお金を払ってくれて、海外の知らない土地で本当に助けられたこともあったよ。

そういう些細なことだけど助けられた経験って忘れないし、その時に自分がどういう気持ちだったか相手は知る由もないだろうけど、実はかけがえもない経験だったりもするわけで、

もしも自分が誰かにとってそういう人間になれるなら、それは「自分」が本当に生きていると実感できる体験なのかなと思う。

それはたまたま特別な日だったかもしれないけど、日常ってそんな風にして人と何かしらのエネルギーを交換しながら生きていると思うと、ハッピーだし、だからもっと外に気持ちをひらいて生きていたいと思うんだ。

NYに日本から久しぶりに戻ってきて、地下鉄に乗った瞬間、全ての人種の人が同じ電車に乗っているのを見て、一瞬にして「あ〜戻ってきたな〜」と感じる。想像もしないようなクレイジーなこともいっぱい起きるしね笑。

毎朝、娘が黄色いスクールバスに乗り込んでいく後姿がいつも勇ましく思えて、「楽しんできてね~!」とエールをかけるんだ。1日1日が冒険なんだよね。

自分にとって、ショウでタップを踏むことや、作品を創ることも実は全くもって特別なことではなくて毎日の延長であって、人との出会いとか関わり合いのなかでのコミュニケーションの一つなんだと思う。

日々のリズムや足音を、日記のように心にとどめておくような作業というか。

僕は踊るときに、いつもノートに言葉を書いて、その言葉を想って踊るんだけど、そうすると、言葉を使ったりあまり考えなくても自然に一音一音リズムが身体から出ていく感覚があって、

そうやって自然に生まれたリズムの方が、観ているお客さんとより共鳴できる感覚があるんだよ。

きっと、昔からタップダンスのリズムも人から人へと伝へといく時に、一歩一歩、一音一音の中に、「願い」とか「祈り」のようなことを込めていたんじゃないかなと想像してる。

だから自分自身も過去から受けとってきたリズムの宝物を大切にしていきたいと思っているし、その一つ一つの想いの本質をできるだけ深い部分で理解して、また自分の表現にしていきたい。だから踊るときには「自分」であって「自分」ではない何かでありたいとも思う。意識的な自分のエゴではなくて無意識の自分でありたいというような感じ。

タカシくんのように言葉をダイレクトにメッセージとして自分の奏でる音と共にたった一人でみんなに届けていくシンガーソングライターは、本当にすごいなといつも思ってる。

アフリカにはグリオといって昔の伝統や慣習を音楽を通して人に伝えていく吟遊詩人がいるけれど、現代のシンガーソングライターにも近い部分もあるのかなあと、一人の観客として聴いていて思うところもあるよ。

今まで一緒に演奏したステージの景色もとにかく忘れられない瞬間ばかりだよ。

今年ももうすぐ終わりだけど、時代はもうすぐ2020年になって、日本ではオリンピックとかアメリカでは大統領選とかいろんなことが起きて世の中が急速に変わっていくことに最近は不安になることも多い。

でも、そのなかでいつの時代にも変わらずにあることがあるということを信じているし、いつまでもその変わらない想いを大事にしていきたいなあと思ってる。

まあ、どんなにまわりが変化していっても、変わらず地面を踏んでるしね(笑)。

そして未来に願うことは、これからもっと「個人」の時代から、

「みんなの時代」になっていったらいいなと思う。

個人の勝ち負けの価値観ではなくて、みんなの心が豊かになる時代。

そうなっていくことを信じて今日もタップを踏んでいくよ。

だから、じいちゃんになっても変わらず一緒に笑顔でセッションしよう。

NYでのセッションも近々実現できるといいいなあ。次回また会うのを楽しみにしているよ!

PS>次のお返事が往復書簡の最後なので、ひとつ質問すると、

タカシくんの音楽からはいつも何気ない日常の空気感を感じられるけど、

詩とかメロディーを生み出すにあたっては、どういう風にインスピレーションを得てるのかな?

PPS>先日は美味しい生姜焼きをありがとう。ほんと美味しかった。

PROFILE
タップダンサー
熊谷和徳
Kazunori Kumagai
1977年 宮城県生まれ。15歳でタップダンスを始め、19歳で渡米。ニューヨーク大学で心理学を学びながら、本場でタップの修行に励む。20歳でブロードウェイのタップダンスミュージカル「NOISE/FUNK」のオーディションに合格。その後、ニューヨークをはじめ世界各国のダンスシーンで活躍し、タップ界のアカデミー賞ともいわれる「フローバート賞」「Bessie Award最優秀賞」と数々の権威ある賞を受賞。19年にはNewsweek Japanにて『世界で活躍する日本人100人』に選ばれる。現在はNYを拠点に世界中で公演を行うかたわらKAZ TAP STUDIOを日本に構え東京と故郷仙台にて後進の育成にも取り組んでいる。
東京オリンピック2020開会式においてソロパフォーマンス出演ほか、タップダンス振付、楽曲の作曲をおこなった。

熊谷和徳 公式HP: www.kazukumagai.net
FEATURED FILM
パリに住む大富豪のフィリップ(フランソワ・クリュゼ)は、不慮の事故で全身麻痺になってしまい、秘書のマガリー(オドレイ・フルーロ)と新しい介護者を探していた。候補者の面接をパリの邸宅でおこない、そこにスラム出身の黒人青年ドリス(オマール・シー)が面接を受けに来る。ドリスは、生活保護の申請に必要な不採用通知を目当てに面接にきた不届き者だったが、フィリップは彼を採用することに。すべてが異なる二人はぶつかり合いながらも、次第に友情をはぐくんでいき……。
出演:フランソワ・クリュゼ オマール・シー アンヌ・ル・ニ オドレイ・フルーロ
監督・脚本:エリック・トレダノ オリヴィエ・ナカシュ
音楽:ルドヴィコ・エイナウディ
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